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「大事なかったか……。知らせるのを躊躇った私の落ち度だ。アミアン、怖い思いをさせてすまなかった」
襲撃事件の報を受け、大公家へ駆けつけたシャーウッド公爵は、ベッドで横たわるアミアンをいたわるように慰めた。
「皆が、私のことを魔女だと……。殿下をたぶらかした、悪女だと言うのです──」
アミアンは襲撃の恐怖を思い出し、瞳に大粒の涙を溜めた。
「そのようなこと、誓ってしておりませんのに……」
「わかっている。お前はただ、酷い誤解をされているだけだ」
しかし、この誤解はあまりに根深く、組織的だった。公爵は襲撃犯の即刻逮捕を命じたが、憲兵局はのらりくらりと釈明を繰り返すばかりで、犯人が捕まる気配はない。憲兵を取り仕切る侯爵が王の派閥に属しており、大公家の失脚を陰で嘲笑っているのは明白だった。
陛下はこれほどまでに手段を選ばず二人を引き離そうとされるのか。
公爵は悲痛に沈むアミアンの手を握りしめ、無力感に苛まれながら俯くしかなかった。
「ハンナ。……もしかすると、殿下とアミアンを会わせることは、二度と叶わないかもしれん」
去り際、公爵はハンナに絞り出すような声で告げた。
「あんまりです!あの噂だって、誰が流したことか。大公様を恐れる王派閥の卑怯な仕業に決まっています!」
「私もアミアンの幸せを願っていた。だが、教会からも糾弾の書簡が届いた今、事態は破滅的な段階にある。このままでは、セドリック殿下の地位さえ危うい」
私のせいで……殿下が……?
公爵を見送ろうと手すりに捕まりながら階下へ降りてきたアミアンは、陰でその会話を聞いてしまった。アミアンは脱力するように床へ崩れ落ちた。
私が悪いんだわ……!
本来、王族でもない、一介の伯爵令嬢にすぎない自分が、公女なんかになったから。
あんなに輝かしい方の未来を、私が潰してしまった──
数日後、追い打ちをかけるように非情な王命が下った。
『禁忌を犯し、聖なる教会より弾劾されたアミアン公女に対し、セドリック殿下との接触を一切禁ずる。これに背けば、反逆罪として厳罰に処す』
使者が淡々と読み上げる書簡の内容を、アミアンは空虚な頭で受け止めていた。
もう、二度とお会いできない。
遺跡で楽しく語り合った日。
殿下の美しいピアノの調べ。
私の手に触れた殿下の温かい唇。
全て失ってしまうのね──
アミアンの目からは、涙さえ出なかった。あまりの絶望に、自我が消失したようだった。虚しさだけが、心に吹きすさんでいた。
そんな最中、見舞いと称してベティが姿を現した。
「お気の毒ね、こんなことになってしまって」
「…………」
アミアンは虚空を見つめたまま、言葉を返すことすらできなかった。打ちのめされたその姿に、ベティの口角が吊り上がる。
「アミアンが殿下と仲睦まじそうだったから、私が少し、周囲を焚き付けて差し上げたの。そうしたら、みんな面白いように飛びついてきて」
「……焚き、付けた……?」
反応した!
微かな反応にベティは味を占めた。言うつもりはなかったのに、止まらぬ優越感からひねった蛇口のように饒舌に語り始めた。
「王家転覆を目論んでいるだなんて、少し大袈裟だったかしら? でも、大衆はそういうスキャンダラスな話が好物なのよ。あなたの大好きだったウィルも手伝ってくれたのよ?悪女が権威をかざして純朴な王子を惑わしているという筋書きには、法王様までご立腹なさって。まさか王命まで下るなんて、私まで驚いてしまったわ」
油断したベティは、自分が仕掛けた悪辣な工作のすべてを、得意げに洗いざらい喋り散らした。
「この事を誰かに言っても無駄よ。魔女と呼ばれているあなたの言う事を信じる者なんて、もういないわ」
「……」
しかし、ここまで言われてもアミアンはただ静かにそれを聞いていた。
なによ、黙ったままで。
つまらないわね。
「これで運が尽きたわね。私に婚約者を奪われ、最愛の王子まで失って。……惨めな人生だったわね、アミアン」
勝ち誇ったベティは、動かなくなったアミアンを置いて部屋を去った。
ベティの暴露は、死に体のアミアンに残されていた最後の尊厳を完全に打ち砕いた。
魂の抜け殻となったアミアンは、その翌朝早く、昏睡状態で眠り続ける大公の枕元に立っていた。
「お父様、ごめんなさい……せっかく養女にしてくださったのに、私のせいで大公家に泥を塗ってしまいました──」
膝をつき、眠れていない赤い目で大公の手を握りしめたあと、アミアンは誰にも気づかれないまま、姿を消した。
襲撃事件の報を受け、大公家へ駆けつけたシャーウッド公爵は、ベッドで横たわるアミアンをいたわるように慰めた。
「皆が、私のことを魔女だと……。殿下をたぶらかした、悪女だと言うのです──」
アミアンは襲撃の恐怖を思い出し、瞳に大粒の涙を溜めた。
「そのようなこと、誓ってしておりませんのに……」
「わかっている。お前はただ、酷い誤解をされているだけだ」
しかし、この誤解はあまりに根深く、組織的だった。公爵は襲撃犯の即刻逮捕を命じたが、憲兵局はのらりくらりと釈明を繰り返すばかりで、犯人が捕まる気配はない。憲兵を取り仕切る侯爵が王の派閥に属しており、大公家の失脚を陰で嘲笑っているのは明白だった。
陛下はこれほどまでに手段を選ばず二人を引き離そうとされるのか。
公爵は悲痛に沈むアミアンの手を握りしめ、無力感に苛まれながら俯くしかなかった。
「ハンナ。……もしかすると、殿下とアミアンを会わせることは、二度と叶わないかもしれん」
去り際、公爵はハンナに絞り出すような声で告げた。
「あんまりです!あの噂だって、誰が流したことか。大公様を恐れる王派閥の卑怯な仕業に決まっています!」
「私もアミアンの幸せを願っていた。だが、教会からも糾弾の書簡が届いた今、事態は破滅的な段階にある。このままでは、セドリック殿下の地位さえ危うい」
私のせいで……殿下が……?
公爵を見送ろうと手すりに捕まりながら階下へ降りてきたアミアンは、陰でその会話を聞いてしまった。アミアンは脱力するように床へ崩れ落ちた。
私が悪いんだわ……!
本来、王族でもない、一介の伯爵令嬢にすぎない自分が、公女なんかになったから。
あんなに輝かしい方の未来を、私が潰してしまった──
数日後、追い打ちをかけるように非情な王命が下った。
『禁忌を犯し、聖なる教会より弾劾されたアミアン公女に対し、セドリック殿下との接触を一切禁ずる。これに背けば、反逆罪として厳罰に処す』
使者が淡々と読み上げる書簡の内容を、アミアンは空虚な頭で受け止めていた。
もう、二度とお会いできない。
遺跡で楽しく語り合った日。
殿下の美しいピアノの調べ。
私の手に触れた殿下の温かい唇。
全て失ってしまうのね──
アミアンの目からは、涙さえ出なかった。あまりの絶望に、自我が消失したようだった。虚しさだけが、心に吹きすさんでいた。
そんな最中、見舞いと称してベティが姿を現した。
「お気の毒ね、こんなことになってしまって」
「…………」
アミアンは虚空を見つめたまま、言葉を返すことすらできなかった。打ちのめされたその姿に、ベティの口角が吊り上がる。
「アミアンが殿下と仲睦まじそうだったから、私が少し、周囲を焚き付けて差し上げたの。そうしたら、みんな面白いように飛びついてきて」
「……焚き、付けた……?」
反応した!
微かな反応にベティは味を占めた。言うつもりはなかったのに、止まらぬ優越感からひねった蛇口のように饒舌に語り始めた。
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「……」
しかし、ここまで言われてもアミアンはただ静かにそれを聞いていた。
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