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フラシュ王国への道中

酒場に来ました

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 宿場街の端には馬を停めるための畜舎じみた小屋があり、そこへ竜蜥騎と荷車を置いたホイム達は宿場街を歩いていた。

「ほんの短い距離ですけど、ここだけ本当に街中みたいな雰囲気ですね」

 銀毛の狼ルカを抱えた少年ホイムが、日が暮れ屋内から溢れる明かりが照らし出す宿場街の道を進みながら、辺りを見上げて呟いた。

「人の行き来の多い道のようでしたから、付近にいた旅人が押し寄せているのでしょう」

 忍装束に短い外套を羽織ったアカネがホイムの隣を歩きながら、素顔を晒したその口で答えていた。

「フラシュがきな臭くなる前の往来はもっと多かったぞ」

 いつもと違いアカネが素顔を晒している代わりに、今宵はエミリアがフードを目深に被り人目を避けるようにしていた。背が高いのでどうしても目立ってしまうが、何もしないよりマシというところだ。
 ちなみに鎧一式はアカネが背負う風呂敷に隠しているので、今のエミリアは軽装スタイルである。
 とはいえアカネが口にした通り近場にいた冒険者や行商人の多くが集っていることに加え、丁度夕食時ということも相俟って宿場街は喧騒に包まれていた。
 この場に唯一ある酒場を兼ねた食堂からガヤガヤとした活気と空腹を刺激する匂いが漂ってくる。

 ぽふんっ。

 とホイムが煙に覆われたかと思うと、人の姿に戻った獣狼族の少女が下着と見紛うような過度な露出の格好でホイムにギュッと抱きついていた。

「……お腹空いた」

 拗ねた子どものような表情と口調。

「ようやく口を開いたかと思えばそれですか」

 呆れたように呟くアカネに「まあまあ」と告げるホイムの顔は、半分ルカの胸に埋もれていた。

「宿を探す前に腹ごしらえがいいか?」
「うん!」

 エミリアはホイムに訊いたつもりであったが、いち早く答えたのはルカであった。

「そうしましょうか」

 ようやく元気になってきたルカを尊重することにし、ホイムは皆と一緒に宿場街唯一の食事処を訪れることにした。
 一番目立たない端のテーブルに着く四人に出されたのは、パンとチーズ、そしてスープ。
 それだけでは明らかに不服そうなルカを見兼ねて肉を注文したところ、テーブルの中央にデンと置かれたのはワイルドボアの丸焼きである。

「ご馳走!」

 隣に座るルカの目はすっかり輝きを取り戻し、いの一番に肉に掴みかかって引きちぎってガブガブしだした。

「コラコラはしたないぞ」

 ルカと肉塊を挟んで座るエミリアが嗜めながら、ナタのようなナイフで肉を切り分け自分の皿に取り分けていく。
 沢山食べる二人に比べれば、ホイムとアカネの食事量は微々たるものに思えてしまう。

「……食欲があるのはいいことです」

 向かいにいるアカネに話しかけると、彼女もゆっくりと頷いた。

「それにしても」

 騒々しい店内の様子を見回したホイムがアカネとのお喋りを続ける。

「街の食堂とは雰囲気が変わるものですね」

 賑やかで騒々しい様は共通しているものの、一定の治安を保たれている街中と比較してしまうと良く言えば活気に満ち……悪く言えば品がない。
 店の中心では大声で言い合う者がいたり、まさに殴り合いに発展しそうなグループもあった。

「街に入れない粗野で粗暴な者が多いのでしょう。そういう者たちにとって宿場街は我が物顔で振る舞える場所なのでしょうが」

 アカネの視線の動きを追うと、ホイム達のように店の端にいる一行を捉えていた。
 店の中で暴れる集団と比べれば小奇麗な格好をした旅人たちのようである。彼らもまたホイム一行のように、騒ぎ立てる集団に迷惑そうな表情を浮かべていた。

「道中立ち寄った者たちは肩身が狭く感じてしまいますね」
「ハメを外し過ぎちゃうんでしょうか」
「他者への配慮の欠けた常識知らずなだけです」

 そして常識知らずな者たちは、何が原因かさっぱり分からぬままとうとう拳を交わし始めた。

「はあ。始まっちゃいましたよ」
「飛び火しなければいいのですが」

 なるべく関わりたくないと呆れるホイムとアカネをよそに、ルカは我関せずと肉を嬉しそうに喰らい続けていた。
 そしてエミリアは片手に持った木製ジョッキをドカンとテーブルに叩きつけ、

「けしからん」

 と、やけに座った瞳で喧嘩を始めた男たちを睨みつけていた。

「……ちょっと待ってください、いつの間にその飲み物頼んだんです?」

 知らぬ間にエミリアが片手に持っていたジョッキにホイムは不信感を覚えた。
 フードの奥で仄かに……どころではなく真っ赤になったエミリアの顔が見え隠れしている。

「お酒ですね」
「ホントいつの間にだよ!」

 アカネの冷静な指摘に突っ込まざるを得ないホイムであった。

「ほうとちつ、ちつじょを守るきひとひて」
「呂律! 呂律!」

 これはまずい。
 騒動の最中に割って入るつもりだと察したホイムは慌ててエミリアを制そうとしたが、その必要はまるでなかった。

「きひと……ひてえ」

 ビタン。
 テーブルの上に顔面から突っ伏したエミリアは、それから微塵も動く気配がなかった。

「弱すぎる……」

 そんなに弱くて何故アルコールを頼んだんですかと疑問に思うホイムのいるテーブルに、店員の女性がやってきた。

「すいません。これお隣の席の注文でした」

 気を失ったエミリアの手からジョッキをそっと回収した店員さんはそそくさと姿を消していった。

「……ミスなら仕方ないですね」
「それを飲むエミリアもおっちょこちょいですね」

 アカネは隣で寝入ってしまったエミリアを見下ろしながらすごく良い表情を浮かべて鼻で笑った。
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