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王都フラシュ
地下です
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「――むっ!」
独りで下水道のように薄暗く汚れた城の地下通路を進んでいたアカネは何かを感じ足を止めた。
「今……ホイム様が誰かの手を握った気がします」
誰にも説明ができない理屈でそう察したアカネであったが、すぐにイヤイヤと気を引き締め直す。
「いけません。些細なことに気を取られては任務が果たせません……そうなればホイム様に叱られてしまいます」
やるべきことを思い出したアカネは音もなく駆けながら、地下を抜けてホイムと合流したらすぐにその手をにぎにぎしたいという欲求を抱くのであった。
それはそれとして。
任務を忠実にこなす忍となったアカネは真面目に頭の中に地図を思い描く。
エイーリオで見た街と城の地図と実際の現在地を照らし合わせ、もうそろそろ目的の地下の幽閉場へと辿り着いてもいい頃だと勘案していた。
果たして彼女の読みは当たっていた。
静かに足を緩めるアカネは、罪人を囚えておくための鉄格子の牢屋が幾つも並ぶ一画へと辿り着いた。
ここからはより静かに行動する必要がありますね。
口元を隠す覆面を正し、一番手前にある牢へと無音で近付き中の様子を伺う。
剥き出しの石床に最早用を成していないボロ布の筵が敷かれた牢内には、ひとりの女性がうつ伏せに倒れていた。
片隅に汚物が積まれ鼻を覆いたくなる(覆面で覆っているのでその必要はないが)その場所に罠などないことを用心深く探ってから踏み込んだアカネは、そっと女性の首筋に指を当てた。
裸に剥かれ幾多の傷を刻まれているが生きている。純潔のままか否かは判断しかねるがそこまで調べる必要は感じない、生きていることだけ判明すればホイムも安堵するであろう。
うつ伏せとなっていた騎士を仰向けにすると、生気を失ったやつれた顔をした彼女の口元に小瓶を傾けた。
それはホイム謹製の回復薬である。こんなこともあろうかと事前にアカネで持たせていたのである。
囚われている女性騎士十人分を準備していたのだが、半数は街の広場でホイムが直接治癒を施している。
薬はダブついているが、余って困るものではない。
(飲み下すには至りませんか……)
女性の口に回復薬を含ませたものの、そこで止まってしまう。飲み込むだけの体力すらない程痛めつけられているのだ。
晴れぬ表情で傷だらけの騎士の看護をするアカネであったが、ホイム薬は口に含ませるだけで充分だったらしい。
次第に彼女の傷は塞がっていき、土色をしていた肌も徐々に赤みを取り戻していく。呼吸も安らかなものとなっているようである。
薬の効果を見届けたところで静かに布を取り出して女性の体を包み、筵の上に横たえる。
まずは一人。残りは四人。
用件が済んだ牢を出て次の牢へと向かおうとする。
しかしアカネはピタリと足を止めたかと思うと、そのまま闇へ溶けるようにスッと姿を消した。直後に少し離れた角の先、地下牢への扉を開けて来る何者かの足音が石造りの地下へ響き渡る。
槍を携行し兵隊服を着た男が二人、虚ろな表情で地下を歩き回る。
どこを見ているのか定かではない見回りはただの徘徊でしかなかった。
エイーリオで遭遇した兵士は尊大な態度ながらも自我はあったが、彼らにはそれがないようである。
城にいるとこうなってしまうのでしょうか。
考察するにも情報が少なく意味がある行為ではないので、すぐに思考を打ち切ったアカネは二人の背後から無音で姿を現し、間を縫うようにすり抜ける。
途端に二人は糸の切れた人形のようにドシャリと崩れ落ちる。気を失い屍のように倒れたその表情は相も変わらず虚ろなものであった。
まとめて意識を刈りとったのは残りの騎士の看護を邪魔されないためである。
殺しはしない。彼らが何がしかの手段で尋常ではないのは明白であったからだ。
それに兵士とはいえ国の民。その血を流さず制圧できたとなれば彼女の主も手際を褒めてくれるだろう。
少しだけ得意になって手付かずの牢に足を弾ませていくアカネの背筋に悪寒が走った。
シュッと空気を斬り裂く音と共に彼女の毛先が幾つか宙に舞った。
深く身を屈めた彼女の頭上を鋭利な何かが掠めていったのだ。
『おど……ろいた……』
声が彼女の足元からする。
視線を下げた彼女が目にしたのは兵士の首であった。だらりと開いた口は微動だにしていないのに、確かにそこから声がした。
「影口……」
敵意を前につい言葉が漏れてしまった。
影口とは彼女が知る忍術の一つ。相手の意志と無関係に対象の口で言葉を操るさして難しくはない術である。
それとよく似た術が彼女の眼下で披露されている。
そして悟る。今襲いかかってきているのは彼女と同じ闇に忍ぶモノであると。
アカネの頭上で槍を振るったのは首を失くした兵士の体であった。絶命しているとしか思えない状態にも関わらず、その体は油の切れたカラクリのようにギリギリとぎこちない仕草で動き続ける。
人間であればそのようなことができるはずもない。特別な手段を施されて動いているのは間違いないはず、そしてそれを行っているのは、兵士の首から言葉を発したナニカ。
離れた位置にある松明のみが光源となる薄暗い場所で、正体不明の何かを相手にすることになったのだった。
独りで下水道のように薄暗く汚れた城の地下通路を進んでいたアカネは何かを感じ足を止めた。
「今……ホイム様が誰かの手を握った気がします」
誰にも説明ができない理屈でそう察したアカネであったが、すぐにイヤイヤと気を引き締め直す。
「いけません。些細なことに気を取られては任務が果たせません……そうなればホイム様に叱られてしまいます」
やるべきことを思い出したアカネは音もなく駆けながら、地下を抜けてホイムと合流したらすぐにその手をにぎにぎしたいという欲求を抱くのであった。
それはそれとして。
任務を忠実にこなす忍となったアカネは真面目に頭の中に地図を思い描く。
エイーリオで見た街と城の地図と実際の現在地を照らし合わせ、もうそろそろ目的の地下の幽閉場へと辿り着いてもいい頃だと勘案していた。
果たして彼女の読みは当たっていた。
静かに足を緩めるアカネは、罪人を囚えておくための鉄格子の牢屋が幾つも並ぶ一画へと辿り着いた。
ここからはより静かに行動する必要がありますね。
口元を隠す覆面を正し、一番手前にある牢へと無音で近付き中の様子を伺う。
剥き出しの石床に最早用を成していないボロ布の筵が敷かれた牢内には、ひとりの女性がうつ伏せに倒れていた。
片隅に汚物が積まれ鼻を覆いたくなる(覆面で覆っているのでその必要はないが)その場所に罠などないことを用心深く探ってから踏み込んだアカネは、そっと女性の首筋に指を当てた。
裸に剥かれ幾多の傷を刻まれているが生きている。純潔のままか否かは判断しかねるがそこまで調べる必要は感じない、生きていることだけ判明すればホイムも安堵するであろう。
うつ伏せとなっていた騎士を仰向けにすると、生気を失ったやつれた顔をした彼女の口元に小瓶を傾けた。
それはホイム謹製の回復薬である。こんなこともあろうかと事前にアカネで持たせていたのである。
囚われている女性騎士十人分を準備していたのだが、半数は街の広場でホイムが直接治癒を施している。
薬はダブついているが、余って困るものではない。
(飲み下すには至りませんか……)
女性の口に回復薬を含ませたものの、そこで止まってしまう。飲み込むだけの体力すらない程痛めつけられているのだ。
晴れぬ表情で傷だらけの騎士の看護をするアカネであったが、ホイム薬は口に含ませるだけで充分だったらしい。
次第に彼女の傷は塞がっていき、土色をしていた肌も徐々に赤みを取り戻していく。呼吸も安らかなものとなっているようである。
薬の効果を見届けたところで静かに布を取り出して女性の体を包み、筵の上に横たえる。
まずは一人。残りは四人。
用件が済んだ牢を出て次の牢へと向かおうとする。
しかしアカネはピタリと足を止めたかと思うと、そのまま闇へ溶けるようにスッと姿を消した。直後に少し離れた角の先、地下牢への扉を開けて来る何者かの足音が石造りの地下へ響き渡る。
槍を携行し兵隊服を着た男が二人、虚ろな表情で地下を歩き回る。
どこを見ているのか定かではない見回りはただの徘徊でしかなかった。
エイーリオで遭遇した兵士は尊大な態度ながらも自我はあったが、彼らにはそれがないようである。
城にいるとこうなってしまうのでしょうか。
考察するにも情報が少なく意味がある行為ではないので、すぐに思考を打ち切ったアカネは二人の背後から無音で姿を現し、間を縫うようにすり抜ける。
途端に二人は糸の切れた人形のようにドシャリと崩れ落ちる。気を失い屍のように倒れたその表情は相も変わらず虚ろなものであった。
まとめて意識を刈りとったのは残りの騎士の看護を邪魔されないためである。
殺しはしない。彼らが何がしかの手段で尋常ではないのは明白であったからだ。
それに兵士とはいえ国の民。その血を流さず制圧できたとなれば彼女の主も手際を褒めてくれるだろう。
少しだけ得意になって手付かずの牢に足を弾ませていくアカネの背筋に悪寒が走った。
シュッと空気を斬り裂く音と共に彼女の毛先が幾つか宙に舞った。
深く身を屈めた彼女の頭上を鋭利な何かが掠めていったのだ。
『おど……ろいた……』
声が彼女の足元からする。
視線を下げた彼女が目にしたのは兵士の首であった。だらりと開いた口は微動だにしていないのに、確かにそこから声がした。
「影口……」
敵意を前につい言葉が漏れてしまった。
影口とは彼女が知る忍術の一つ。相手の意志と無関係に対象の口で言葉を操るさして難しくはない術である。
それとよく似た術が彼女の眼下で披露されている。
そして悟る。今襲いかかってきているのは彼女と同じ闇に忍ぶモノであると。
アカネの頭上で槍を振るったのは首を失くした兵士の体であった。絶命しているとしか思えない状態にも関わらず、その体は油の切れたカラクリのようにギリギリとぎこちない仕草で動き続ける。
人間であればそのようなことができるはずもない。特別な手段を施されて動いているのは間違いないはず、そしてそれを行っているのは、兵士の首から言葉を発したナニカ。
離れた位置にある松明のみが光源となる薄暗い場所で、正体不明の何かを相手にすることになったのだった。
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