エイネリア・サーガ

ポップコーン

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第1章 聖国ミネルヴァと開放のエイネリア

始まりのエイネリア

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 「お願い……私に力を下さい!」

 アルティがそう叫びながら使者の持つ結晶に手をかざし力を込める。その瞳には、今までの辛い日々と、どうしてもエイネリアとして認められたいという強い決意が宿っていた。

 これで何も起きなければエイネリアになることは二度とできない。それはエイネンに選ばなかった普通の人間として生きていくということ。

 彼女はそれを望んでいない。親友と一緒にエイネリアとなり人のために生きていく人生を送りたい。

 これが最後のチャンス。

 そう思った瞬間、結晶は徐々に淡い光を放ち始め、次第にその輝きは強さを増し、まるで生きているかのように脈打っていた。

 アルティの心臓もその光と共に高鳴り、部屋中が神聖な雰囲気に包まれていく。

 周りにいたアルティの両親や親友のリリー、そして騎士団からやってきていた使者は光に視界を奪われる。
 
 また突然のことに使者は手にもっていた結晶をアルティの足元に落としてしまった。

  光は次第に強さを増し木造の家の隙間から光が漏れるほどに輝きを放つ。

 「いったい何が起こったというのだ」
  
 使者は経験した事がない事態に間抜けな声を上げている。

 「アルティ、大丈夫か?」

 「アルティちゃん!  怪我はない!?」

  アルティの父、そしてリリーがアルティのいた方へ尋ねる。

 「私は大丈夫だよ。それにこの光。なんだか暖かくて安心するんだ」

  アルティがそう答えると部屋にあったどよめきが小さくなる。

 光が放つ安心感を皆も感じることが出来たらしい。
 
そうしているうちに光は次第に弱まり、皆が目を開く。

  と、そこには信じられない光景が待ち受けていた。

 「誰じゃワシのことを無理やり呼び出したのは……」

 焦げ茶色の鱗に小さな翼を持ったドラゴンの幼体が結晶のあった場所に座り、欠伸をしている。

 見た目はぬいぐるみのようだが、その態度には威厳とわずかな苛立ちが見え隠れしていた。

「こ、これは……召喚したのか? 君が、ドラゴンを!?」

 使者は目の前で起きた信じられない現象に冷静さを欠いており、うろたえながらアルティの肩を掴みその小さな体を強く揺らし始める。

  アルティは肩を握る力の強さに痛みを覚え苦悶の表情を浮かべるが使者はそれに気づかず彼女の肩を揺らし続けている。

  その表情は嬉々としているが、同時に非現実を見たというようなある意味では恐怖とも呼べる色を浮かべている。

「ちょ、痛いです……」

 アルティはとうとう痛みが我慢の限界を超え小さく声を出す。

 なんとかその声は使者に届いたらしく、彼は申し訳ないと一礼しアルティの肩から手を離した。

 「まったく、人間という種族はどうしてこうも身勝手なのじゃ。悠久の眠りからワシを呼び起こした挙句、無視して話を進めておるわい」

「しゃ、喋った⁉︎」

  周りの人間はドラゴンの起こした行動に戸惑いを隠せていない。ドラゴンの甲高い声は部屋中に響き渡り、その存在感を誇示していた。

 しかしドラゴンの方はそんなことに目もくれず甲高い声からは想像ができないほど流暢に話し、小さな羽をパタパタと動かし浮遊を始める。

 どうやらドラゴンは自身の扱いに対し不満を覚えているらしい。

  それを見たアルティはドラゴンに目線を合わせ、大きくつぶらな瞳を見つめる。

「なんじゃお主は……ふむ、どうやらワシを呼び起こしたのはお主のようじゃな」

 ドラゴンはアルティを見つめ返し、自身の召喚者が彼女であることを告げるも、当のアルティは全く聞いておらず満面の笑みを浮かべている。

「か……」

「か?」

「かわいい!」

 相変わらずな態度の竜に対しアルティは甘い声を上げながらその小さい体を目いっぱい抱きしめる。
 そしてドラゴンの頭や角や羽を矢継ぎ早に撫で始める。

「の、のおおおおおお!」

 ドラゴンは形容しがたい声を上げながらジタバタと抵抗しているが、アルティの愛撫はとどまることを知らず、次第にドラゴンもその絶妙な力加減の感覚に身を委ねている。

  こうなると、ただのぬいぐるみと変わらないように見えてしまうのも無理がない。

 「本当に私がドラゴンさんを召喚したのね!」

 アルティは嬉々とした表情を浮かべ抱きかかえているドラゴンに話しかける。

 自身を撫でる手が止まったことが少し不満なのかドラゴンは少し眉間にしわを寄せ口を開いた。

 「ん……むふぅ、そうじゃ。正真正銘、ワシはお主のエイネンに繋がれて現界へと繋げられておる……ふにゃあ」

  ドラゴンがそう説明した後アルティがまた愛撫を始めると同時にその顔が砕ける。

  それを聞いていた使者はドラゴンとアルティの様子に戸惑いを隠せていないようではあるが、召喚されたドラゴンが言うからには確実と口を開く。

 「うむ。極めて稀な例ではあるが協力者の召喚に成功したということ、そなたにエイネンの適合があるとみて間違いない。よって、アルティ=ノーラをエイネン適合者として王立エイネリア騎士団の訓練生としての資格を与える」

  その言葉を聞いて一番喜んだのはアルティではなく、親友のリリーだった。

 「アルティちゃんやったね、私たちまた一緒の学校にいけるんだ! 本当に良かった適合おめでとう!」

 リリーは、喜びで目を輝かせながら、ブロンドのおさげを揺らしアルティに飛びついた。その顔には安心と嬉しさが満ち溢れていた。

「よかった……本当に良かった。アルティ、おめでとう」

 アルティの両親は目を潤ませながら、心からの安堵と誇りを感じていた。

 父は固く握りしめた拳を胸に当て、母は静かに涙を拭いながら、娘の成長を見守っていた。

「ありがとう、お父さんお母さん、リリーちゃん。ドラゴンさんも」

  そう言ってアルティはドラゴンを抱きしめる力をさらに強くする。

「の、のほおおおおおお」

  アルティとリリーの両名に抱きつかれ、静かではなかったのは召喚者に抱かれるドラゴンのみだった。
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