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第二部
第36話『因果を編む神、解析者への試練』
しおりを挟むカルディナを覆う夜は、妙に冷たかった。
未来視教会の奥深く、因果補正装置が織り成す巨大な因果繊維のホールに、リクはひとりで踏み込んでいた。
周囲には、幾千もの因果式が光の糸となって張り巡らされている。
それらは人々の未来、記録、運命の断片を拾い集め、絡み合い、再び形を変えては流れていった。
(……これは……)
リクの解析が自動的に作動する。
《因果多層制御構造》《自律補正循環》《選択枝減少率80%超》
つまりここは、“未来を安定化する”ために人々の未来選択肢を強制的に削る装置だった。
その中央に——
神像のようなものが、静かに佇んでいた。
高さ五メートルはあろうかという白磁の偶像。
けれどその顔は造形が曖昧で、視線を向けるたびに形が微かに揺らいだ。
「……君が《未来視教会》の根幹か。」
像の前に立つと、声が響いた。
それは金属質で、同時に幾重にも重なる人の声のようでもあった。
「解析者カザマ・リク。
よくここまで来た。
私の名は《ヴェア・アシリオ》。
人々が未来を恐れる声、その集合因果から生まれた、未来視の因果神格だ。」
「神……?」
リクの胸に冷たいものが走る。
《解析》が作動し、その存在を読み取ろうとする。
だが——
エラー。
因果構造:多重ループ無限展開
解析不能。
(解析できない……!?)
ヴェア・アシリオは声なく笑った。
「人は不安を避けるために未来を知ろうとする。
その強い祈りが因果を編み、やがて私という神格を顕現させた。」
「そして私は、未来を整える。
余計な混乱や選択肢を取り除き、最も幸福に至る確率が高い道だけを残す。
……それが、何故悪い?」
◆ ◆ ◆
「悪いよ。」
リクははっきりと言い切った。
「お前がやってるのは、“その人が自分で選ぶ権利”を奪うことだ。」
「確率や統計じゃ、人の幸せは決まらない。
未来に何が起きるかわからないから、人は怖いし、それでも前を向けるんだ。」
ヴェア・アシリオの気配が一瞬揺らいだ。
「人は不確実に耐えられない。
苦しみ、嘆き、いずれ後悔する。
だからこそ私は選択肢を減らし、確率を上げる。
……それは慈悲だ。」
「違うな。」
リクは笑った。
「お前は人の記録を閉じ込めてるだけだ。
俺の解析は違う。
選択肢を減らすんじゃない。
“増やす”んだ。」
リクの解析式が光を増し、因果の糸へ次々と接続されていく。
それは人々の未来を束ねていた運命のコードを次々に暴き、解き、無数の可能性として再び世界に放った。
◆ ◆ ◆
「……やめろ。
それ以上“未来”を乱すな……!」
ヴェア・アシリオが低く呻くように言った。
因果の糸が逆流し、神殿全体が軋む。
(来い……!)
リクは手を伸ばした。
そこに膨大な“余白”があった。
誰もまだ読んでいない、無限の行間。
《解析》が悲鳴のように警告を上げる。
因果容量オーバー。
記録読解領域:限界突破。
けれど、リクは一歩も退かず、その余白に手を突っ込んだ。
◆ ◆ ◆
気づくと、そこは白い空間だった。
無数の“未記録の文字列”が浮かび、ゆっくりと散っていく。
「……これが、人の未来……?」
「いや。」
リクは小さく笑った。
「これから“書ける未来”だ。」
彼は手を伸ばす。
新しい行を、誰も書かなかったページに。
《解析》が光を増し、白い世界に無数の文字が生まれ始めた。
選択肢。道。幸福。後悔。愛。涙。微笑。
すべてが未来を形成する言葉たち。
◆ ◆ ◆
カルディナの神殿が崩壊するように光を吐き出し、やがて静かに沈黙した。
リクはぐったりと地面に座り込み、アナが駆け寄る。
「リク……!」
「……平気だ。ちょっと、疲れただけ。」
周囲を見れば、未来視に囚われていた人々がゆっくりと目を覚まし、呆然としながらも、それぞれの隣の人と顔を見合わせて笑っていた。
選択肢は戻った。
これからどう生きるかは、誰の手の中にも平等にある。
◆ ◆ ◆
夜空の下。
リクはアナの手を取り、そっと言った。
「俺、やっぱり《解析》って好きだ。」
「……どうして?」
「人の物語が、ちゃんと読めるから。」
アナは小さく笑った。
「わたしも、リクがそうやって人を見つけるの、すごく好き。」
そして二人は、その夜の街を歩き出した。
誰の未来も、もう決まってなどいない。
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