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第22話 権威の足音と誇りの声
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学院の大広間は、普段は生徒たちの発表や式典に使われる場所だった。
だが今日そこに並んでいるのは、魔女の黒ローブでも教師の淡い灰色でもなかった。
深紅や群青、金刺繍のついた貴族服を纏った男たち。
王都から来た高官、軍属の魔術師、そしていくつかの大貴族の代理人。
彼らは長いテーブルに陣取り、銀の細工のついた椅子に腰掛けていた。
その視線はまるで見世物を見るかのように、正面に立つユグナを値踏みしている。
「理屈の人とやら、貴殿がこの学院で編み出した魔素理論……正式に我々の魔法軍団へ提出願いたい」
重々しく言葉を発したのは、金髪を後ろに撫で付けた男だった。
胸元には王都魔法省の紋章が光っている。
「拒否は許されない。これは国の命運に関わる」
周囲の貴族たちが同意するように小さく頷き、また冷ややかな視線が集まる。
ユグナは一度静かに目を閉じ、それから淡々と口を開いた。
「私の理屈は、戦争のためには作っていない。
君たちに提供する気はない」
大広間に冷たい空気が落ちた。
「……異界から来たからといって、思い上がるなよ」
椅子の一つから立ち上がった老貴族が声を荒げた。
彼の背後には、控える形で貴族の魔術師たちが数人並ぶ。
「この国の魔法資源は慢性的に減少している。
君の理屈が三割の魔素消耗を抑えられるなら、それは国全体を救う鍵だ。
それを独占するなど許されるわけがない!」
ユグナは一歩も退かず、その視線をまっすぐに返した。
「私の理屈は、血筋や戦争の道具のためにあるのではない。
この学院で学ぶ子供たちが、君たちの権力争いに命を使い潰されないために作ったんだ」
貴族たちがざわつく。
だがそのとき。
「――いいえ、先生の理屈は私たちが守ります」
澄んだ声が広間に響いた。
視線が一斉に集まった先には、フィオナが立っていた。
金糸の髪を高く束ね、胸元には赤い魔力計の宝石が輝いている。
彼女は一歩前に出ると、堂々とユグナの隣に並んだ。
「私はアルメリア家の魔女です。この学院の主席です。
私の血は確かに国にとって貴重でしょう。ですが、私は決してあなたたちの魔力兵器にはなりません」
一人の貴族が小馬鹿にしたように鼻で笑う。
「国の誇りを守るための血だろう?
アルメリア家こそ、代々魔法戦争で最前線に立つ家柄ではないか」
「ええ、誇りです。でも私にとってその誇りは、
こうして自分の意思で立てることを意味しています。
誰かに使われるためじゃない。私の魔法は私が選ぶんです!」
その瞳は赤く光り、かすかに魔力の粒子が周囲に漂った。
「フィオナ……」
ユグナが小さく呟く。
フィオナはそっとユグナの袖を握り、その指に小さな力を込めた。
「先生が作ってくれた理屈は、私の魔法を壊さなかった。
だから私は先生の側に立ちます」
老貴族が苦々しい顔で吐き捨てる。
「ならば学院ごと王都に連行するしかあるまい。
我々には国法があるのだ。魔素資源管理法により、その理論は王都に提出される義務がある」
緊張が広間を満たす。
だがそのとき、さらに別の声が響いた。
「俺も賛成だな」
セスが廊下の奥からゆっくりと歩いてきた。
その後ろにはノルド、ティナ、カイ、そしてユーミルも続いている。
「賛成ってのは、先生にだ。
あんたらのためにこの理屈を渡す気は俺にもない」
「……愚か者ども」
貴族の一人が怒りに顔を赤くし、魔力を纏おうとした瞬間。
ユーミルがそっと前に出て、指先を振った。
次の瞬間、貴族たちの足元に淡い結界が展開し、その魔力が霧散する。
「あなたたちに、この学院を好きにはさせません」
小さな声だったが、その瞳は誰よりも強かった。
広間に再び静寂が戻る。
ユグナはゆっくりと周囲を見渡し、最後にフィオナを見つめた。
その金の瞳は、少し涙を滲ませながらも凛としていた。
「……ありがとう、みんな」
そう呟いたその声は、誰に向けたものでもなく、ただこの学院全体に優しく響いていた。
だが今日そこに並んでいるのは、魔女の黒ローブでも教師の淡い灰色でもなかった。
深紅や群青、金刺繍のついた貴族服を纏った男たち。
王都から来た高官、軍属の魔術師、そしていくつかの大貴族の代理人。
彼らは長いテーブルに陣取り、銀の細工のついた椅子に腰掛けていた。
その視線はまるで見世物を見るかのように、正面に立つユグナを値踏みしている。
「理屈の人とやら、貴殿がこの学院で編み出した魔素理論……正式に我々の魔法軍団へ提出願いたい」
重々しく言葉を発したのは、金髪を後ろに撫で付けた男だった。
胸元には王都魔法省の紋章が光っている。
「拒否は許されない。これは国の命運に関わる」
周囲の貴族たちが同意するように小さく頷き、また冷ややかな視線が集まる。
ユグナは一度静かに目を閉じ、それから淡々と口を開いた。
「私の理屈は、戦争のためには作っていない。
君たちに提供する気はない」
大広間に冷たい空気が落ちた。
「……異界から来たからといって、思い上がるなよ」
椅子の一つから立ち上がった老貴族が声を荒げた。
彼の背後には、控える形で貴族の魔術師たちが数人並ぶ。
「この国の魔法資源は慢性的に減少している。
君の理屈が三割の魔素消耗を抑えられるなら、それは国全体を救う鍵だ。
それを独占するなど許されるわけがない!」
ユグナは一歩も退かず、その視線をまっすぐに返した。
「私の理屈は、血筋や戦争の道具のためにあるのではない。
この学院で学ぶ子供たちが、君たちの権力争いに命を使い潰されないために作ったんだ」
貴族たちがざわつく。
だがそのとき。
「――いいえ、先生の理屈は私たちが守ります」
澄んだ声が広間に響いた。
視線が一斉に集まった先には、フィオナが立っていた。
金糸の髪を高く束ね、胸元には赤い魔力計の宝石が輝いている。
彼女は一歩前に出ると、堂々とユグナの隣に並んだ。
「私はアルメリア家の魔女です。この学院の主席です。
私の血は確かに国にとって貴重でしょう。ですが、私は決してあなたたちの魔力兵器にはなりません」
一人の貴族が小馬鹿にしたように鼻で笑う。
「国の誇りを守るための血だろう?
アルメリア家こそ、代々魔法戦争で最前線に立つ家柄ではないか」
「ええ、誇りです。でも私にとってその誇りは、
こうして自分の意思で立てることを意味しています。
誰かに使われるためじゃない。私の魔法は私が選ぶんです!」
その瞳は赤く光り、かすかに魔力の粒子が周囲に漂った。
「フィオナ……」
ユグナが小さく呟く。
フィオナはそっとユグナの袖を握り、その指に小さな力を込めた。
「先生が作ってくれた理屈は、私の魔法を壊さなかった。
だから私は先生の側に立ちます」
老貴族が苦々しい顔で吐き捨てる。
「ならば学院ごと王都に連行するしかあるまい。
我々には国法があるのだ。魔素資源管理法により、その理論は王都に提出される義務がある」
緊張が広間を満たす。
だがそのとき、さらに別の声が響いた。
「俺も賛成だな」
セスが廊下の奥からゆっくりと歩いてきた。
その後ろにはノルド、ティナ、カイ、そしてユーミルも続いている。
「賛成ってのは、先生にだ。
あんたらのためにこの理屈を渡す気は俺にもない」
「……愚か者ども」
貴族の一人が怒りに顔を赤くし、魔力を纏おうとした瞬間。
ユーミルがそっと前に出て、指先を振った。
次の瞬間、貴族たちの足元に淡い結界が展開し、その魔力が霧散する。
「あなたたちに、この学院を好きにはさせません」
小さな声だったが、その瞳は誰よりも強かった。
広間に再び静寂が戻る。
ユグナはゆっくりと周囲を見渡し、最後にフィオナを見つめた。
その金の瞳は、少し涙を滲ませながらも凛としていた。
「……ありがとう、みんな」
そう呟いたその声は、誰に向けたものでもなく、ただこの学院全体に優しく響いていた。
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