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第8話:天然令嬢、恋の噂で揺れる。そしてまさかの“王妃候補”説
しおりを挟む「ねぇ、聞いた? 昨日の実技演習で、王太子殿下が副教官なのにゼフィリア嬢の隣から一歩も離れなかったって!」
「しかも彼女を“お姫様抱っこ”寸前だったらしいわよ! もはや婚約者ポジションじゃない?」
「いやいや、護衛役はアシュレイ教官だったのに、王太子殿下がずっと見てたって話もあるし、クラヴィス様も花壇を通るたびに睨んでたらしいし……もしかして三角関係!?」
――朝の登校時間。王立学園の門をくぐった瞬間、ゼフィリアは耳を疑った。
「……こ、婚約者って……誰の……?」
その場にいた誰も、本人が“噂の中心”に立っているとは夢にも思っていない様子で、自由に妄想を膨らませていた。
「きっとゼフィリア嬢、王太子殿下の“本命”なんだわ! 王妃候補ってことよね!」
「わたし、クラヴィス派だったけど、今はアシュレイ様が一番真剣そうに見える!」
――ゼフィリアの脳内、軽くフリーズ。
(あれ……? 私、なんかとんでもない立ち位置に置かれてない……?)
◆ ◆ ◆
授業中も、昼休みも、すれ違う生徒たちがこそこそ話してくる。
「見て、あの笑顔……そりゃ男どもが胃を壊すわけよね……」
「王妃になっても、寝癖ついたまま登校しそう」
「でもそれが……可愛い」
何もしていないのに、勝手に上げられていく株価。
それとは対照的に――
「なんで噂になってるのか、まるで分かりません!!」
ゼフィリア、食堂で思わず叫ぶ。
エリオンが慌ててなだめる。
「お、落ち着いて、ゼフィリア。たぶん演習のときに、僕たちが……その、ちょっと“過保護”だったかもしれなくて……」
「そうなの!? そうなのね!? あれ、普通じゃなかったのね!?」
その場にいたアシュレイは口をつぐみ、クラヴィスはスープを逆流させた。
「だって、皆さん“護衛”でしたし、教官ですし、王子ですし……紳士的な振る舞いなのだと思ってましたのに……っ」
その瞬間――
「ゼフィリア嬢、お話が」
突然、教室の扉が開き、入ってきたのは――
王太子の侍従だった。
「え……?」
「殿下よりご指名です。“王宮にて、正式な場で話をしたいことがある”と」
教室内、ざわめく。
生徒たちの中で「これはもう確定では!?」という顔が多数浮かび上がった。
「し、正式な場……!? わ、私、髪に花くずついてますけど!?」
「……それは問題ではありません」
侍従の真顔に、ゼフィリアは真剣に怯える。
◆ ◆ ◆
放課後。王宮近くの応接室。
「ゼフィリア、驚かせてごめん。どうしても、ちゃんとした形で……君に聞いてほしかったんだ」
エリオンの顔は、真剣そのものだった。
「僕が、君のことを“誰よりも特別に思っている”ということを」
「……!」
「まだ君が分からないなら、それでいい。急がなくてもいい。
でも、このまま“噂”で流されてしまうのは、嫌なんだ。
君の返事じゃなくていい。ただ、“想い”を、君に知っていてほしい」
ゼフィリアは、数秒黙った後、静かに頷いた。
「ありがとう、エリオン。今、すごく心がふわっとして……でもまだ、きちんと考えたいの。私、初めてだから」
「……うん。それでいい」
彼女の言葉を聞いたエリオンの表情は、少しだけ、緊張から解き放たれたように見えた。
だがこの“個別呼び出し”の情報は、即座に学園に伝わる。
そして――
「ゼフィリア嬢と王太子、ついに婚約準備――!?」
クラヴィス、机を蹴り飛ばす。
「……勝負の時か」
アシュレイ、剣の柄を静かに握りしめる。
三人の胃が、また一つ、限界に近づく。
──つづく。
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