『初恋令嬢は鈍感すぎて、王太子・騎士団長・学園貴公子の胃を壊す』

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第12話:舞踏会の夜、恋の鼓動と答えの兆し

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 王宮の大広間には、春の花々と香の煙がたゆたっていた。
 年に一度、若き貴族たちを迎えて開かれる《春の舞踏会》。
 それは、政治と恋が複雑に絡み合う“静かな戦場”でもある。

 

 ゼフィリア・リューデルは、シャンパンカラーの軽やかなドレスに身を包み、ぎこちない足取りで会場に現れた。

 

「……私、本当にここにいていいのかしら」

 

 自分が“王妃候補”として噂されることになった舞台に、自ら足を踏み入れることになるとは。
 しかし、今夜だけは――もう逃げないと決めていた。

 

 そして、彼女を迎えに来たのは、まさかの――

 

「ゼフィリア。よく来てくれた」

 

 王太子、エリオン・ルシス・アルティエルだった。

 

 その姿は、ただの同級生でも、教官でもなく――“王位継承者”そのもの。
 騎士たちを従えて現れた彼の姿は、誰の目にも“本気”を感じさせるものだった。

 

 ――そして、それは即座に波紋を呼んだ。

 

「殿下がエスコート……!」

「やはりもう決まりなのでは?」

「でも見て、クラヴィス様とアシュレイ教官も動いたわ」

 

 そう、彼らもまた黙ってはいなかった。

 

◆ ◆ ◆

 

 舞踏会の前半は、形式的な挨拶と食事が中心となる。

 だが、後半に入れば――“自由舞踏”の時間となる。

 

「ゼフィリア嬢。……一曲、よろしいでしょうか」

 

 真っ直ぐな眼差しを向けたのは、クラヴィスだった。
 軽快で、しかし今夜ばかりは静かな熱を宿したその手が、彼女に差し出された。

 

「えっと……はい」

 

 ぎこちない返事。だが、手を取るその瞬間の鼓動だけは、本物だった。

 

 クラヴィスのリードは柔らかく、それでいて確信に満ちていた。

「ゼフィリア。君の名前を、僕はもう何度夢に見たか分からないよ」

 

「……夢に?」

「その意味が、君の中でいつか咲くといい。僕はずっと、水をやって待っているから」

 

 ゼフィリアの胸の奥に、花びらがふわりと落ちる感覚があった。

 

 そして、二曲目の声がかかる。

 

「次は私の番だ」

 

 アシュレイが、騎士団の制服のまま彼女の前に立つ。

「こういう場は苦手だが……君の手を取らずにはいられなかった」

 

 その手は、剣を握る時と同じように確かだった。

「私は、君に誓いたい。“王妃”などではなく、“ゼフィリアという人”を守りたいと」

 

 ゼフィリアの胸は、また一つ鼓動を早める。

(この気持ちは……どこから来るの? どうしてこんなに、心が痛いの?)

 

 そして、再びエリオンが彼女に近づいたとき。

「ゼフィリア。最後の一曲を、僕にくれないか?」

 

 ゼフィリアは――静かに、彼を見つめた。

 

 そして、微笑む。

「はい。……この夜は、私にとって“始まり”の夜ですから」

 

 三人の男たちは、それぞれに彼女の言葉を噛みしめた。

 そして、遠くからその様子を見ていた貴族たちは――

 

「リューデル嬢が、あれほどまでに……」

「これは、“本物”だな」

「王妃候補として、再評価の必要がある」

 

 政治と恋が交差する春の夜。

 ゼフィリアの中には、もう“名前のついた想い”が芽生え始めていた。

 

──つづく。
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