異能の共鳴

久住岳

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第1巻 ダーク・テミス編

第一章 異能作家 久住晴翔

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    異 能 の 共 鳴
    
   ダ ー ク・テ ミ ス 編


 久住晴翔(くずみはると)
直木賞を受賞した小説家だ。十八歳の時に日本を離れ十年間、世界中を放浪し帰国する。十年間の間に身体に落とし込んだ能力…不思議な異能の持ち主だった。政治が絡んだ事件を追及する久住は世間から、《異能作家》《異能探偵》と呼ばれていた。

 沢渡涼子(さわたりりょうこ)
フリージャーナリスト。緻密な論理構成で悪しき政治家を追い詰めていく姿を、人は《美獣》《雷光天女》と呼ぶ。久住晴翔の理解者であり、真のジャーリストだ。

 ダーク・テミス
昭和の時代から政界を牛耳る巨悪を葬る闇の裁き神。その素性はやがて明らかになるが。久住晴翔、沢渡涼子と共に、日本の闇を切り裂く異能の力の持ち主。

 三人の異能の力が共鳴し、見えない闇を切り裂き…光を地の底に届けていく。




   第一章 異能作家・久住晴翔


 『あなた、どうしたの?キャ~、あなた!あ…』

 二千四年五月五日深夜…東京の住宅街にある一軒家に何者かが忍び込んだ。男達の目的は家の主が持っていた書類だった。表札には《今泉》と書いてある。今泉信也(いまいずみしんや)、妻、栞(しほり)と一人娘の果那(かな)三歳が住む普通の一軒家だ。静かに忍び込んで家探しをしていた賊の物音に気付き、書斎のドアを今泉信也が開けた。

 信也『う…』

 今泉信也は外務省経済局、後の外務省国際協力局に所属する官僚だった。ODA(政府開発援助)の政策の企画、立案を担う部署で精力的に働いていた。真面目な性格で正義感も強く、役人として国家、国民の為に働く事に誇りも持っていた。発展途上国に対する開発援助の企画を進める傍ら、その国で暮らす貧しい人々の支援の為、ボランティアでも妻と共に活動していた。

 書斎に入って灯りをつけた瞬間、賊の男の手にした刃物が信也を襲った。悲鳴を上げる事も出来ずに信也はその場で絶命した。書斎を見に行った夫の事が気になり妻の栞が部屋の中に入った。その時、栞にも賊の刃が振り下ろされ、栞は書斎の床に倒れ込んだ。三歳の果那も目を覚まし父と母が倒れる書斎に入ってきた。

 『娘か、どうする?』

 『見られた以上、仕方ないだろう』

 男が振り下ろすナイフが三歳の果那に迫った。

 『あ、消えた、消えたぞ?』

 『Убегать』

 『なに?なんて言っているんだ?』

 『ロシア語で逃げるぞといったんだろう、行くぞ。』

 賊がナイフを振り下ろし果那の身体に触れる直前、果那の姿がその場から消えた。賊たちは部屋を見渡し廊下に出てみたが少女の姿は無かった。恐ろしくなった二人の男は、書斎にあった書類やパソコン、記憶媒体全てを詰め込み、もう一人の大きな男と慌てて家を出ていった。たまたま隣の家で受験勉強をしていた高校二年生の男子が窓から視ており、警察に通報し交番から警察官が駆け付けた。

 警察官『これは…すぐに本庁に連絡だ。殺人事件だ。』

 明け方の住宅街は騒然となった。パトカーが何台も停まり、たくさんの捜査員が家の中に入っていた。少女は書斎と同じ階の寝室で発見された。少女に怪我はなく警察は犯人達が少女に気づかなかったと結論付けた。

 捜査には警視庁捜査一課が出動し、犯行が行われた書斎を中心に、鑑識班も入って家宅捜査が行われた。そこに捜査二課の刑事も姿を現した。捜査二課は汚職等を追う部隊だ。本来は殺人現場に出動する事はない。二課が出張ってきた背景には国際協力機関での汚職事件の密告があり、今泉信也に事情聴取する事になっていた。密告したのは今泉信也だった。

 刑事『汚職がらみかもしれん。金品は残されているのに、パソコンや書類が全くないからな』

 捜査は殺人事件と汚職疑惑の両面で進んでいった。警視庁の捜査一課と二課の合同捜査を行い、部屋の中や家の中から一人の男の毛髪が発見された。照合の結果、傷害や窃盗で何度か逮捕されている男が捜査線上に浮かんだ。捜査一課が行方を追っている最中、男の遺体が多摩川沿いの河川敷で溺死体となって発見された。近くには靴と遺書が残されており、今回の強盗殺人を認めた内容だった。
 
 刑事達『出来過ぎだ。部屋からは数本の毛髪しか出ていないなんて、証拠をわざと置いて行ったとしか思えん。』

 捜査一課、捜査二課の刑事達は裏で動いている真犯人がいると読み、捜査を続行させるつもりでいた。しかし突然、被疑者死亡で書類送検され、事件は幕引きとなり捜査は打ち切られた。部屋から無くなっていたパソコンや記憶媒体、書類の行方も判明しないまま、凶器すら発見されていなかった。刑事達は歯ぎしりしたが、上層部の決定には従うしかなかった。

 そして、それから十九年の時が経った。

 二千二十三年一月、正月の特番も終わりつつある八日、テレビの生番組で政治家の汚職の話題が討論されていた。昨年の夏に起きた国有地の売却に関わる事件だ。和歌山にある国有地が民間企業に払い下げられたが、十四億円の評価額の土地が、僅か一億三千万で払い下げられていた。報道局への内部告発があり、この一件は世に知られる所となった。

 関与したと疑惑があがったのは、政権与党の超大物、麻倍階(あぶかい)元総理。齢八十歳になる老人だが未だ議員職にある。この男の元に四億の金が流れているという内部告発があり、関わった複数の人の名も明らかになっている。企業側は経理課長が窓口になり、元総理側は秘書が窓口だった。そして国有地を管理する財務局の局長の名も挙がっていた。

 一時、うやむやになりつつあった事件を論理的に説明し、関係者の証言や証拠を集めて糾弾したのは、久住晴翔(くずみはると)という作家だった。久住は警察が捜査を躊躇している状況を、テレビに出てコメンテーターとして追及し、政治家の圧力に言及して世論を味方につけていった。その結果、久住晴翔を頼って関係者からの証言や、数々の証拠類が集まってくるようになる。久住は関係者と会って話をして、かん口令が敷かれる財務局や、企業側の証言を何故か引き出していた。

 久住晴翔、千九百八十七年二月生れで三十五歳になる男性。高校を卒業後、大学へは進学せずに就職をする事も無く世界を飛び回っていた。十八歳からは殆どの時間を海外で過ごし、その間、何をしていたかを知る者はいなかった。十年後、二十八歳で日本に定住した時には、数千万の貯えを持っており、千葉県の高層マンションを拠点にした。そして三十歳の時にサスペンス小説を発表し直木賞を受賞して、一躍、流行作家の仲間入りを果たす。その後も執筆活動は続け年に一冊のペースで執筆し作品を発表している。ある意味、謎の多い男だった。世間では異能作家、異能探偵と呼ぶものも多くなっていた。

 政治や経済を含め様々な事に知見があり、二年前から幾つかのテレビ局の報道番組で、コメンテーターとして出演するようになった。彼がコメントするのは経済政策や刑事事件、民事事件など多岐に渡るが、どれも巨大権力が絡むものばかりだった。その為か暴漢にも三度も襲われている。しかしいずれも襲ってきた暴漢を無傷で取り押さえていた。三度目に襲われた時はナイフを持った三人組だった。テレビのロケ現場で撮影中の事件だったが、カメラマンが撮影する中で、三人のナイフを持った男達をいとも簡単に倒してしまった。

 司会『久住先生。企業側の経理担当者への任意聴取が続けられていますが、この先、どう動いていくと思いますか。』

 久住『そうですね。財務局は麻倍階元総理の指示で動いていただけでしょう。企業側から裏金を受け取って口利きをした政治家が一番の問題です。財務局長の指示で動いた職員と、企業側の経理担当者が口を割るのは案外、早いかもしれませんよ。』

 司会『先生は二人とお会いになっているんですよね?秘書とは流石に会えなかったようですが…よく会う事が出来ましたね。どうやったんですか?』

 久住『う~ん、まあ、私の特殊能力とでも言っておきましょうか。』

 司会『先生と面と向かうと嘘がつけなくなるんですよ。格闘術も身に付けているみたいだし。不思議な方ですね。』

 私の特殊能力…久住晴翔は精神干渉の能力を持っていた。対峙する相手の精神に干渉し口を閉ざしている相手でも、否応なく真実を語らせせる、いや、語りたくなるようにしてしまう。この能力で今までも幾つかの事件の解決を、警察よりも先に報道を通して行ってきた。今回もこの能力が事件解明に役立っていた。そんな久住を一番苦々しく思っていたのは、巨悪の根源、麻倍階元総理だった。脅しのつもりで三人の暴漢を差し向けたが、全く意味が無かった。

 麻倍階『奴らに依頼して、あの小僧をなんとかしろ。あの連中なら何とか出来るだろう。』

 森本『先生、今はまずいですよ。テレビで脚光を浴びていますから…あの男を自殺に見せかけるのは無理でしょう。殺害すれば火の粉が確実に先生に降りかかります。』

 麻倍階『何故、あの者達は口を割っているんだ?このままだと足元をすくわれるぞ。』

 森本『秘書の責任にするしかありません。財務局の者は払い下げの書類関係の記載偽造だけですから、事の本質までは知らないはずです。局長まで責任追及できる証拠類は残していません。企業側も聴取を受けている経理の担当者は、金の受け渡しだけですから問題はないでしょう。しかし経理課長は放置できませんね。すでにあの連中に秘書から依頼させました。私からも連絡しておきます。』

 与党の超大物、麻倍階元総理の屋敷で側近の森本という男と、麻倍階元総理が二人でテレビを観ながら苦々しく思っていた。森本(もりもと)という男は麻倍階の子飼いの部下で、元総理の闇の部分を一手に仕切っている男だ。いままでに麻部階が絡んできた事は、殆どが森本が関与し闇に葬ってきた。今回の件も秘書が独断で、自分の利益の為に麻倍階元総理の名を使った事にするつもりだった。

 久住晴翔の事実に基づく追及で報道各社が連日、この疑惑を追及していた。麻倍階は森本に命じて捜査を数人の逮捕で終わらさせるように、警察上層部に圧力をかけていた。しかし久住の事実に基づく追及もあり、報道を聞いている国民の反発を恐れて、警察も捜査をせざる負えない状況だった。自分の力でも抑えきれない事に、権力志向の麻倍階元総理は地団駄を踏んで怒り狂った。

 森本『そうか…処分したか。』

 財務局の担当者が公文書偽造を認め、警視庁に逮捕された。彼は取り調べで上司からの指示と供述したが、上司も局長も否定した。指示した文書は無く全て口頭で指示をしていた。言った言わないでは捕まえる事は出来ない。警察は企業側の経理課長にターゲットを絞り、任意での聴取を行う方針を固めた。その矢先、経理課長がマンションの屋上から飛び降りた。即死だった。
警察の現場検証でも不審な点は発見されず、経理課長は自殺として処理された。企業側は警察の執拗な聴取や取り調べが、経理課長を追い詰め自殺に追い込んだと非難の声明を出した。遺族側も警察や報道機関に対して、自殺に追い込んだ責任を追及する会見を行った。麻倍階はすぐに動き記者会見を行った。

 麻部階『私の支持者、国民の皆様には大変なご心配をおかけしました。内部調査の結果、誠に残念ではありますが、今回の払い下げに秘書が関わった事が判明し、警察にも報告を致しました。秘書は私の名を使い巨額な賄賂を受け取ろうとしたようです。私の監督、監視が行き届かなった事、お詫び申し上げます。』

 記者『秘書の責任にするつもりですか?貴方が関与していたと国民の大半が考えていますよ。』

 麻部階『記者諸君の言う国民というのが誰を指すのかは知らんが、秘書の独断で私腹を肥やす為にやった事です。何の確証も無く追い詰めていくという事が、どんな結果を生んだのか…君達は経理課長の自殺の責任をどう取るつもりか。』

 会見は数分で終わり麻倍階元総理の一方的な話で終わった。世論は沸騰し元総理の責任を追及する声と、経理課長を自殺に追い込んだという警察や報道機関への非難の声に二分された。麻倍階の側近、森本の計算通りの展開になっていった。森本はこういった熱がすぐに冷める事を知っている。そして経理課長の死を自分達の味方につける術も心得ていた。日本の民衆はデマや情に流されやすく、真実を見抜く事をしようとはしない。

 秘書が自首し逮捕され送検され、事件捜査が終われば世間はすぐに忘れてくれる。麻倍階元総理に対する追及は無くなり、自殺に追い込んだという流言を垂れ流せば、事件そのものの信憑性さえ無くす事が出来るだろう。阿倍階が自宅に戻ると森本が出迎えた。

 森本『先生、素晴らしい会見でした。』
 
 麻倍階『これで収まるだろう。総理にも騒ぐなと伝えておけ。』

 この騒動で政権内部に動揺が走っていた。記者の追及は現政権にも及び、岸川現総理は会見をせずに黙殺し続けた。元々、気の弱い男で総理になる器ではなかったが、政権の不祥事が重なり偶然にも総理の椅子が転がり込んできた。気は弱いが権力には固執する男で、転がり込んできた椅子にすぐに座っていた。麻倍階元総理は岸川総理が余計な事を話さないように、森本に釘を刺すように命じていた。

 秘書は逮捕され取り調べが始まった。麻倍階の会見通りに私腹を肥やす為に、土地の払い下げを企業側から持ち掛けられ、便宜をはかったと供述した。企業側は経理課長が土地の取得に会社の資金を勝手に流用したと会見し、転落死した経理課長一人に責任を押し付けた。事件はこのまま終わるかと思われた時、久住晴翔が動き出した。
 
 司会『皆様、報道局です。今日は久住先生が、国有地払い下げの事件の検証を行うという事で、生放送でお届けします。リポーターさん、そちらはどうですか?』

 リポーター『はい、今ですね、久住先生と経理課長が転落死したビルの屋上に来ています。先生が何をしに来たのかは不明ですが…先生、宜しくお願いします。』

 久住『いい天気ですね。転落した時もいい天気だったようですが。私はあれは事故や自殺ではないと思っています。何者かによる殺人ではないかと考えています。』

 司会『先生、本当ですか。』

 久住『まず入手した映像を流してください。この映像はたまたま信号待ちで停まった車の、ドライブレコーダーに移った映像です。ここから転落死する二日前のものです。自首した秘書が男に封筒を渡している映像です。』

 テレビにドライブレコーダーの映像が流れた。狭い交差点で停まった車の前に麻倍階元総理の逮捕された秘書と、サングラスに帽子をかぶりマスクをした男が映っていた。秘書は男に分厚い袋を渡している、袋には銀行名が書かれてあった。渡された男の方は政治や企業に関係があるとは思えない様相の男だった。

 司会『銀行の封筒ですね。現金を渡していたという事ですね』

 久住『ええ、恐らくはそうでしょう。そしてもう一つの映像ですが、転落死した直後の映像です。これもたまたまベランダで子供を写していた映像に映っていました。さっきの封筒を受け取った男がもう一人の男と、このマンションから出ていく様子が映っています。』

 司会『あ、本当だ。じゃあ、この男が…』

 久住『ええ、秘書から金を受け取り、経理課長をビルから突き落とした犯人ですよ。ここを見てください。現場にも痕跡が残っています。おそらく抵抗した時に押し出そうとして、犯人の男が足を網に付けたのでしょう。血痕もあるんですが警察は何を捜査していたのでしょうね。』

 司会『血痕は誰の?ですか』

 久住『死亡した経理課長の御遺族に葬儀の際に、御遺体をみせて戴きました。顔に不自然な怪我があったんですよ。警察は地面に叩きつけられた際のものと言っていますが、傷の状況が明らかに違います。あの傷は掌底で出来たものです。靴跡の血痕を鑑定すれば経理課長の血だとわかるでしょう。つまり経理課長は自殺ではなく、口封じの為にこの場で網に足をかけて、突き落とした男がいるという証明になるんです。』

 司会『先生、どうしますか?警察に証拠として提出しますか?』

 久住『ええ、提出してください。画像のコピーは残っていますしこれだけ報道されれば、警察もうやむやには出来ないでしょうからね。』

 麻倍階を追及する声と自殺に追い込んだと、報道各社を非難する声に二分していた世論の声は、この報道後、警察の怠慢と麻倍階元総理に対しての非難の声に一本化していった。世間の声に押された警察が現場検証を再び行い、血痕は経理課長のものと断定され、映像に映った二人の男を殺人容疑で捜査を始めた。秘書は収賄の他、殺人教唆でも取り調べが行われた。秘書は黙秘を続け男の事も会った理由も自白する事は無かった。

 森本『久住晴翔…あの小僧はどうやって映像を見つけ出したんだ。先生の言うように始末するしかないか。』

 久住晴翔は企業側の経理担当者、財務省の職員と面会し精神干渉能力で事実を把握していた。その際に企業側の経理課長が収賄の要になって動いた事を知った。企業の上層部、阿部階元総理、財務省の上層部に繋がる証拠と証言が出来るのは経理課長だった。企業側は経理課長を休職扱いにして、報道陣から身を隠すように指示していた。

 そんな矢先、警察が経理課長への任意聴取に取り組む事になり、阿部階の耳にもその情報は届き森本が殺害を秘書に依頼させた。久住晴翔も経理課長の行方を追い、潜伏先のホテルのロビーで会う事が出来た。経理課長の周囲は企業側の複数の人間と、阿部階の息のかかった者達が囲んでいて、流石の久住晴翔も面談をする事が出来なかった。しかし経理課長と『接触』する事は出来た。

 晴翔は精神干渉の異能力以外に、もう一つの特殊能力を身体に潜ませている。経理課長の殺害の証拠映像の入手は、晴翔のもう一つの能力が導き出した。勿論、麻倍階も森本もその事を知る事はなかった。

 麻倍階『まさか…あの者たちが映像を撮られるとは…大失態だ、こんな事は先代の時にも無かった事だ。森本!』

 森本『先生、申し訳ございません。奴らには暫くアジトから出ないように伝えてあります。』

 麻倍階元総理も森本も焦りの色を浮かべていた。流石に秘書が口を割るとは思えないが、弁護士を通して秘書に脅しも掛けておいた。男達の素性も行方も全く掴めないまま一週間が経っていた。サングラスに帽子とマスクで顔を隠し、ブカブカの衣服で体格もわからない。警察はこういった事を請け負う、反社組織に的を絞って捜査した。

 久住晴翔が秘書の拘置されている拘置所に現れた。秘書との面会をするつもりのようだ。報道番組のリポーターも付き添っていたが、流石に秘書が面会に応じるとは思えなかった。面会を申しいれると意外にも秘書は応じた。驚くリポーターを残し晴翔は秘書との面会に向かった。秘書が面会を承諾した理由…それは久住晴翔の精神干渉能力だ。拘置所にいる秘書の精神に干渉し、面会を受け入れさせた。そして面会時には自白するように強い精神干渉を行った。面会時、久住は秘書から事の顛末を全て聞き出していた。秘書は面会の三十分後、取り調べの為、取調室に連行された。取り調べが行われている時、テレビの生放送に久住晴翔の姿があった。

 司会『久住先生、秘書との面会が出来るとは驚きました、よく会ってくれましたね。話は聞けたのですか?』

 久住『ええ、今頃、取り調べでも話しているでしょう。秘書が経理課長の殺害を《コブラ》という組織に依頼したという事です。』

 司会『コブラですか?一体、なんなんですか?』

 久住『詳細は不明です。しかしこの組織には何度か依頼しているようです。秘書は初めてだと言っていましたが、麻倍階元総理の周辺からは何度もあるようですよ。』

 秘書は警察の取り調べで、久住がテレビで言った通りの事を供述した。コブラという組織に殺害の依頼をするように、森本の息のかかった反社の男から指示を受け、連絡先を書いたメモを受け取った。反社の男はその後、行方をくらましていた。世間の注目は麻倍階元総理に集まった。収賄だけでなく殺人にまで関わっていると世論は判断していた。麻倍階は自宅に籠もり一切の取材に応じなかった。

 麻倍階『森本、秘書には口止めをしたのではないのか!』
 
 森本『先生、勿論しています。まさか…なぜ口を割ったのか…コブラの名前まで吐くとは…。久住晴翔は始末するしかないでしょう。』

 テレビでは久住が定期的に出演する報道番組で、阿部階の疑惑についての報道がされていた。久住晴翔も出演し局のアナウンサーが司会、フリージャーナリストの女性も出演し、麻倍階の収賄容疑と殺人教唆について報道していた。

 司会『久住先生。秘書がコブラの名を供述して一週間ですが、何も進展がないようですね。』

 久住『ええ、そうですね。どういった連中なのか、日本にもそんな事を請け負う組織があった事が驚きです。』

 司会『緊急速報が入った模様です。先生、すみません。現地のリポーターさん、どうぞ。』

 朝十時から始まった報道生放送の最中に緊急速報が入った。奥多摩の湖の畔に立つ倉庫で夜明け前に銃声が聞こえ、五キロ離れたコンビニにまで聞こえてきた。コンビニの店長が警察に通報し、倉庫に向かった警察官が四名の他殺体を発見した。四人とも手に銃を持ち硝煙反応が検出された。手に持った銃からは十発の実弾が発射され、倉庫の壁に弾がめり込んでいた。

 四人の死因は銃によるものではなく。鋭利な刃物によるものだった。四人とも心臓を一突きで死に至らしめられていて、凶器は発見されていないが細長い刃物と推察された。倉庫からは銃や手榴弾、ライフル銃など様々な刃物類や薬物が見つかった。まるで戦争でも起こしそうな武器類が押収された。

 この倉庫に向かうには湖の湖畔を走り、倉庫の五キロ手前にあるコンビニで二股に道が分かれる。湖畔に沿ってコンビニを左に入る一本道を通り、五キロ走ると倉庫のある場所につく。倉庫の先は行き止まりになっており、犯人が車で来たとすれば戻るしかない場所だった。コンビニの防犯カメラは駐車場の前を通って行く車が二台映っていた。その二台の車は倉庫の前の空き地で発見されている。映っていた二台の車は殺害された四名の車両の可能性が高かった。

 司会『これは、なんでしょうか。久住先生。』

 久住晴翔は正面を見据えて考え込んでいた。現時点での情報を整理しても話す事の出来るものは何もなかった。犯人の手掛かりは全くなく防犯カメラの映像にも、二台以外の車も人も映っていない。そして現場の倉庫に《ダーク・テミス》とスプレーで書かれた文字が残っていた。番組に出ているもう一人の元刑事が語り出した。

 元刑事『いいですか。これはですね、内輪もめでしょう。四人同士で揉めた末の結果ですよ。』

 司会『銃で撃たれたわけじゃないですよ?犯行に使われた凶器も見つかっていないようですし。』

 元刑事『どうにかしたんでしょう。もう一人いて最後に何かで気絶した四人を刃物で殺害したんですよ。』

 司会『しかし…現場に行くにはコンビニの前を通るしかないんですよ。銃声の後、通報を受けて派出所の警察が駆け付けたのが二十分後。どうやって逃げたんですか?』

 元刑事『それは捜査が進めばわかる事です。押収されたものを見る限り、危ない連中ですよ。ダーク・テミスという組織なんでしょうね。』

 司会『推理に無理がありそうですが…コブラという名前が例の事件で出ましたが、似たような連中という事ですか?』

 沢渡『久住先生!禁煙ですよ。』

 司会の横にいたフリージャーナリストのキャスター、沢渡涼子(さわたりりょうこ)が慌てたように久住を制した。久住晴翔は無意識にポケットから電子タバコを取り出し吸い始めようとしていた。考えが纏まらない時、久住は煙草を手にする事が多い。今回の事件はそれほど久住にとって、わからないことだらけだった。

 久住『ああ、ごめんなさい。うっかりでした。』

 沢渡『煙草に手が出るなんて…久住先生でもわからないみたいですね。』

 久住『ええ、謎ですね。警察が発表した内容と照らし合わせて、現時点で推理できることを話しましょうか。まず殺害された四人が手にしていた拳銃です。デザートイーグルの四十四口径、この銃は一般の…一般という言い方は語弊がありますね。反社や暴力組織が使用する銃ではありません。反動も大きいですし銃に慣れていないと、姿勢が悪い状態で連射は無理でしょう。』

 沢渡『という事は…それなりの人達という事ですね。』

 久住『ええ、そうです。そして倉庫から発見された銃火器類、恐らく殺人などを請け負う連中だと思います。日本にそんな組織が多くあるとは思えませんから、例のコブラの可能性もあると思います。そして仲間割れという事はないでしょう。明らかに敵に向かって十発の銃弾を発射していますからね。アジトにいた所を何者かに襲われたとみた方がいいでしょうね。』

 沢渡『何者でしょうかね。ダーク・テミスというのは、組織の名前なんでしょうか?』

 久住『こういった裏に…闇に住む連中は反社や暴走族とは違います。自分達の存在をアピールするような真似はしませんよ。自分達の名前を書いたり証拠を残すような事はしないでしょう。何で書かれた文字なのかは発表が無いようですが、スプレーやペンキであれば鑑識が調べれば、いつくらいに書かれたかはわかるでしょう。仮に直近であれば…犯人が残したものという事になりますね。』

 沢渡『なるほど。どんな犯人だと思いますか?』

 久住『それが謎なんですよ。まず、どうやってこの倉庫に行って、どうやって逃げたのか?コンビニからは一本道で、道の左は湖が下にある、高さ二十メートルもある崖でしょう。右側は山ですからね、傾斜もありそうだし道も無いでしょう。それがわからない、それと…』

 沢渡『それと?』

 久住『四人をどうやって葬ったのかです。銃を手にした四人の男、しかも銃に慣れていて恐らく戦闘の精度も高い連中を相手に、どんな凶器かはわかりませんが刃物で一突きですからね。』

 沢渡『久住先生は格闘術に精通されていますよね?先生ならどうですか?』

 久住『難しいですね。そういった状況になれば時間をかけて周りにある物とかも利用して、何とかしようとするでしょうけど。短時間でこれだけ正確になんて…無理ですね。』

 その後の捜査で《ダーク・テミス》と書かれた文字は、殺害が行われた日に書かれたものと分かった。そしてコンビニの前の道路を通る以外には、湖に向かって降りるのも、山に向かって登るのも不可能と判断された。犯人の遺留品と思われる物は何も発見されず、数日が経過した頃、久住晴翔が報道番組で質問を受けていた。

 沢渡『久住先生、その後の捜査で侵入経路も逃走経路も結局、わかっていません。ダーク・テミスの文字は犯行の当日と判明しましたが。』

 久住『謎ですよ、あれからいくら考えても、わかりません。ただ、一つだけ』

 沢渡『なんですか?』

 久住『ダーク・テミスと書いたのは恐らく犯人です。何故、この文字を残したのかですね。沢渡さん、ダーク・テミスと聞いて、どう思いますか?』

 沢渡『う~ん、特に何も思いませんが。』

 久住『そうですよね。普通は思いません。でも、ダーク・テミスという名で、事前に何か受け取っていたらどうですか?』

 沢渡『事前にですか?それなら、あ!って思いますよ。あのダーク・テミスかって。そっか、事前にその名前を知っていれば、メッセージになるという事ですね。』

 久住『ええ、そうです。犯人が残した理由で考えられるのは、今の理由が一つ。もう一つ可能性があるのは、これから連続してダーク・テミスの名が出るという事ですね。』

 沢渡『なるほど、そうなると模倣犯とかも出そうですね』

 久住『まあ、そうですけど。模倣犯かどうかはすぐにわかりますよ。この犯行が出来る者がいるとは思えないですからね。私は誰かに対するメッセージだと思います。誰かに依頼されたとしたら報告の意味で、そうでなければ誰かに対する脅しに近いものか…。ダーク・テミス…テミスはギリシャ神話の法、掟の女神ですからね。闇を裁く神という意味なのかもしれません。』

 その頃、捜査本部で殺害された中の一名の男が、経理課長の殺害現場に残された靴跡と一致した事が判明していた。この事実に捜査本部には衝撃が襲った。四人は《コブラ》の構成員の可能性が高くなった。この情報はすぐに会見で公表された。同じ頃、都内の麻倍階の屋敷の警備が厳重になっていた。警備会社のボディガードが数十人体制で屋敷の中や周りを警護している。テレビに映る久住晴翔と沢渡涼子を、屋敷に中で麻倍階元総理と森本が観ていた。

 麻倍階『秘書が口を割ったのは、あの久住とかが面会に行った後だそうだな。それにあの女、沢渡とかいったか、あの時の記者だな。』

 森本『久住を今は消すわけにはいきませんが、警察を動かして何とかしてみます。沢渡涼子ですね。先生が総理の時に追及した新聞記者ですよ。』

 麻部階『憎々しい女だ、あの時もしつこくつき纏って来ておったわ。ダーク・テミスというのは何者なんだ。まさか…あの連中の一味なのか。森本、お前ならあの連中の事も少しは知っているだろう。』

 森本『何度か会った事はありますが…我々と正面から敵対するとは思えませんが…探りは入れてみます。コブラの消滅は痛手です、あの連中に対抗する為にも再構築を考えます。沢渡の方は様子を見ましょう。』

 麻倍階元総理と森本が視ていたテレビ画面を、同じ時間に別の場所で観ていた人物がいた。都内のマンションの一室に一人で座る者…視線の先には画面に映る久住晴翔がいる。久住の語る言葉や仕草を探るように視る人物…ダーク・テミスは報道番組が終わると息を吐き呟いていた。

 ダーク・テミス『久住晴翔…何か異質な力を感じる男だ。私の目的を果たす為には彼の協力が必要かもしれない…。』

 麻部階と沢渡涼子は新聞記者時代に多少の因縁があった。森本は秘書を通じて警視庁の誰かに連絡をしていた。テレビ報道での久住の存在感が大きくなり、麻部階周辺への批判の声も高まっていた。森本は警察の力で久住の行動を抑える為に動き出した。警視庁捜査一課三係の係長と刑事二名が、本庁を車で出ていった。三係に指示をしたのは一課課長ではなく、警視庁の上層部が直接、指示を出していた。

 沢渡『やはりコブラでしたね』

 久住『ええ、予想通りというか…しかし、ダーク・テミスの事が未だに不明ですからね。』

 沢渡『久住先生でも全くわかりませんか。では、次のニュースです』

 報道番組が終わった後も、テレビクルーは久住を追いかけていた。特別番組として久住晴翔の密着ドキュメンタリーを撮っていた。二人のカメラマンとテレビ局の一名のスタッフが、久住と適度な距離を保ちながら撮影していた。久住がテレビ局の建物を出て駐車場に向かった時、三人の男性が行く手を遮った。警視庁捜査一課三係の三名だった。

 刑事『警視庁だ。久住だな、車に乗りなさい。』

 久住『何の用ですか?』

 係長『車に乗れというのが聞こえないのか。』

 久住『令状は?』

 係長『任意同行だ。』

 久住『無理だね、忙しんだよ。そこをどきなさい。』

 その時、刑事の一人が久住に後ろからぶつかり倒れ込んで騒ぎ出した。

 刑事『障害及び公務執行妨害の現行犯で逮捕する。』

 刑事達は久住に手錠を嵌め車に押し込み警視庁に連行していった。その様子は帯同していたカメラマンが全て映像に捉え、そのまま報道局に飛び込んでいった。警視庁に連行され取調室に久住が入った時、報道特番が組まれ刑事の横暴が世間に公表されていた。他の報道各社もその映像を報道した。取り調べ室では三係係長と刑事二名が聴取を行っていた。

 係長『おまえとダーク・テミスに繋がりがあるのはわかっているんだ。吐け。』

 久住『(笑)。わかっているんだろう?じゃあ、聞くなよ。何の取り調べなんだい?傷害とかいってなかったか?』

 刑事『警察を舐めるんじゃねえぞ、若造。』

 久住『猫に脅されて怖がる虎がいると思うか。』

 取調室の空気が変った。久住が身に潜めている闘気が室内に広がり、三人の刑事達は凍えたように動けなくなった。その時、捜査一課長が取調室に入ってきた。係長を取調室から呼び出し、耳元で怒った口調で話し始めた。

 課長『何をしているんだ、私は君達にこんな指示は出していないぞ。すぐに釈放しなさい。』

 係長『しかし…課長、わかっていますか?上からの指示ですよ』

 課長『上からだと?馬鹿者、お前たちがやった事は全て映像として報道され、警察に対して批判が殺到しているんだ。すぐに釈放しなさい。もういい、私が直接、話をする。』

 係長を叱り飛ばした後、刑事一課長が取調室に入ってきた。目力のある剛健な感じの警察官だった。流石に東京都内の強行犯罪全てを取り締まる、捜査一課のトップだけの事はある。今回の事も本来はありえないが、一課長を通さずに更に上からの指示で、捜査一課三係は動いていたようだ。

 課長『久住先生。申し訳なかった、手違いがあったようです。釈放いたします。』

 久住『そうですか、では、テレビ局まで…拉致した場所まで送り届けてください。当然の要求ですよ。』

 久住が釈放され警視庁を出て来ると、多くの報道陣が集まっていた。警察は久住の要求を聞きテレビ局まで送り届けた。刑事部長が会見し三係の係長、刑事二名の戒告処分を発表した。三名は即日、辞表を出し自主退職扱いで警察を後にした。森本は歯軋りしテレビの報道を見ていた。翌日、報道番組に久住の姿があった。

 沢渡『久住先生、昨日は大変でしたね。』

 久住は笑いながら聴取の様子を話し、初めての取調室は作家としてはいい経験だったと語っていた。そして、ダーク・テミスと関りがあるんだろうと、刑事達に問い詰められた事も話した。久住晴翔の存在が邪魔だという権力者が、警察に手を回したのだろうと話していた。

 コブラ関連の捜査は一向に進んでいなかった。経理課長の死は秘書が殺人教唆で送検され、コブラのメンバーの一人が被疑者死亡で送検されたが、奥多摩の事件については全く進んでいない。押収された証拠も銃火器類の入手経路や、薬物や刃物類の入手経路も不明のままだ。何よりも四人の素性が全く不明だった。

 沢渡『捜査の進展がなかなか…え?なに?久住先生!』

 スタッフが沢渡や他の出演者、久住に向けてボードを掲げている。《ダーク・テミスからネット通話です。繋げます》。生放送中にダーク・テミスを名乗る者から、番組に対してネット通話をしてきていた。スタジオは慌ただしくなり、沢渡や出演者たちにも激震が走った。その中で久住晴翔は落ち着いた感じだ。彼は殆どの事で精神を乱す事は無い。十数年の放浪で身に付けた物がそうさせているようだ。通話が繋がり画面には頭から足の先まで黒い布に覆われた人物が現れた。

 沢渡『沢渡と申します。ダーク・テミス…?本人ですか?』

 ダーク・テミス『それはそちらで判断すれば良い。久住晴翔さん、君と話しがしたくてネットで繋いだ。』

 黒い布で覆われ椅子に座った人物は、体格も身長も全くわからない。声はモバイルの自動音声を使っているようだ。声でも人物の特定は出来そうもない。フリーアナウンサーとして総合司会を任された、沢渡涼子は久住に託すことにした。久住なら本物かどうか判断できる、沢渡はそう信じていた。

 沢渡涼子。今年三十一歳になる美獣、雷光天女の異名を持つ、フリーのジャーナリストだ。大学卒業後、大手新聞社の社会部で取材に関わり、雷のような鋭い切り口と突っ込んだ取材で、多数の政治家から一目置かれた存在だった。脛に傷を持つ政治家たちは彼女を遠ざけようとした。新聞社とはいえ営利企業だ。スポンサーや政財界との関係性は重視される。営利企業に身を置いた取材に限界を感じ、二十七歳の時にフリージャーナリストに転身した。フリーになったと同時くらいに久住と番組で一緒になり、ジャーナリストとして久住晴翔を追う事も仕事になっていた。久住の事をよく知る人物の一人だ。

 彼女が生れたのは千九百九十二年六月、今年三十一歳になった。五十九歳になる父、昇と五十六歳の母、エレンの長女として産まれた。三歳下に妹、百合がいる四人家族の家庭に育った。父は外資系の会社で働いており海外への赴任も何度かあり、その都度一家は海外で暮らす事になる。物心ついた三歳の頃、涼子が暮らしていたのはカナダだった。自然豊かなバンクーバーで四年間、家族と共に暮らしていた。

 自然を感じながらの暮らしは、涼子を活き活きと成長させた。家庭環境も涼子の人格形成に大きく関わっている。父は物静かで迂闊な事は口にしないタイプの人だった。何かを聞いてもそれが真実かどうか、自分自身で確認が取れるまでは決めつける事はしない。論理的に実証を重ねて判断する人物だった。

 母は陽気で人づきあいがうまい女性だっだ。北欧の出身で日本に留学中に父と知り合い結婚した。母の周りには常に人が集まる感じで、賑やかな会話の中心には、いつもエレンの姿があった。話し方もうまかったが特に聞く事に長けていた感じだった。会話の中心にはいるが出しゃばる感じではなく、自然に母の周りに人が集まり、いろいろな相談を聞いている姿を見て涼子は成長する。父の思考手法と母のコミュニケーション能力を自然に受け継いで育っていった。

 沢渡涼子はカナダから七歳の時に日本に戻り、三年間、日本の小学校に通う事になる。日本の学校生活で涼子にとって一番、不可思議だったのは級友たちの姿だった。人と違う事はしない、目立つ事は極力控える…一人が右を向くとみんなも右を向く…そんなクラスの同級生達が不思議でならなった。涼子はカナダの時と同様に自分の意見を発信して、思う通りに学校生活を送っていたが反発も多かった。特に教師からの反発が強かった感じだ。

 担任の教師が間違った事をすれば涼子は手を上げ、真っすぐに目を見て教師の間違いを正した。頭ごなしに??りつけようとしても、涼子に対しては無駄だった。決して怯む事なく間違いを正確に、論理的に説明し教師は話を切り上げ立ち去る事も多かった。通知表に書かれた《輪を乱す言動が多い》という文字に母は怒り、父は冷静に涼子と向き合って話し合った。

 昇 『涼子、明日、一緒に学校に行こう。』

 父は笑顔で涼子に言って翌日、涼子の学校に来て校長や教頭、担任教師と面談した。面談の際、教師は涼子を教室に行かせようとしたが、父、昇が涼子を同席させる事を求めた。通知表を出して《輪を乱す言動》について質問し、担任教師の答えを聞き教師と校長を諭すように??りつけた。教師の言う事は感情論であり、正当な意見に対する弾圧に近いと父は学校側の態度を戒めた。

 昇 『娘には公平な正直な人になれと教育しています。そして自分の意見を正確に表現し、表明しなさいと教えています。彼女が間違った事を言う時もあるでしょう。その時は注意していただいて結構です。あの子は頭の良い子ですから、間違っていた事を知れば、訂正もし謝罪もします。しかし、間違っていない事や行動に対して余計な指導はしないで頂きたい。』

 父は娘の前で《お前は間違った事はしていないよ》と言葉ではなく態度で示してくれた。一番身近にいる人達が認めてくれる環境は、涼子の精神と魂、肉体を鍛え上げていった。小学校での涼子の周りには友達が集まり始めていた。今までの苦しかった事や辛かった事を、涼子は真摯に友達から聞き相談に乗った。母、エレンの真似をしている感じだったが、徐々に真似ではなく涼子自身の特性に変わっていった。

 ジャーナリズムに目覚めるきっかけになった出来事は、大きな二つの世界的な事件にあった。一つは涼子が十一歳の時、一家はアメリカに駐在していた。二千三年三月、時のアメリカ大統領ブッシュが、イラクの大量破壊兵器の保持と破壊を理由に戦争を起こした。アメリカ国内の世論は大統領を支持し、新聞やニュースはどこも戦争支持の論評になっていた。

 涼子『お父さん、イラクって危険な国なんでしょう?早くフセインを倒せるといいわね。』
 
 昇 『涼子、報道に惑わされてはいけないよ。テレビや新聞の報道が真実とは限らないからね。事実を見極めて判断しなさい。この戦争の大義はフセインの隠し持つ大量破壊兵器の脅威の除去だけど、本当に兵器があるのかは確認されていないんだ。イラクを攻めた理由は別な所にあるのかもしれない。』

 穏やかに父、昇は涼子に話していた。五月に戦争が終結したがイラク国内からは兵器は発見されず、大量破壊兵器の保持はアメリカ政府の捏造だった事が数年後に露呈した。中東での石油資源の利権の独占を狙った戦争だという声も出始めた。国民の多くはテレビや新聞の報道に惑わされ信じ込んでいた。涼子の心の中に報道に対する信頼が揺らいだ事件だった。

 二つ目の事件は二千七年八月、涼子が十五歳の時ロンドンで行われた集会に参加した事だった。この歳の一月から一家は、ロンドンに移り住んでいた。十年前の千九百九十七年八月三十一日、パリのトンネル内でダイアナ妃が事故死した。ロンドンではダイアナ妃の没後十年の、追悼集会が大々的に開催されていた。涼子は追悼集会に両親と妹と一緒に参加した。

 ダイアナ妃…涼子が物心ついた時から大ファンだったお姫様だ。綺麗な人だったがそれ以上に、知的で上品な振る舞いに涼子は惹かれた。三歳の頃、カナダでダイアナ妃を真似て、エレンにドレスを作って貰った程だった。涼子が五歳の時に事故で急死し涼子も悲しみに暮れた。ロンドンに来てすぐにダイアナ妃の墓所のある湖に行っている。湖の島には渡れないが湖畔から祈りを捧げていた。

 没後十年の追悼集会は盛大な行事だった。英王室からも多くが参加していた。涼子はダイアナが事故に遭った直接の原因が、過度なマスコミの追尾にある事を知っていた。パパラッチと呼ばれる商業目的の盗撮魔、そういった連中が《報道》の名の元に、いわれなき汚名を着せたり、不必要に追いかけ回す事に違和感を覚えていた。真実の報道、報道すべき報道というものを追い求めたい。そんな思いが涼子の中に育っていった。

 十七歳の時に再び日本に戻った。父は日本法人の副社長兼西日本の総括として、大阪を拠点に仕事を始めた。しかし大阪には住まずに京都に家族で住み始めた。京都の古風な街並みをみて日本の歴史にも興味が出た事もあり、また自由な校風にも惹かれ涼子は京都大学に進学する。二千十一年、東日本大震災が発生し多くの被災者が出た。テレビの画面に映る恐ろしい光景に、身体が固まる様な感覚を憶えていた。地震の報道は混乱の中、事実が掴めない中で報道関係者が走り回っていた。混乱の中でのジャーナリズムの重要性と、報道の難しさを感じた年でもあった。

 地震の後の五月、父が日本法人の社長になり、東京に引っ越す事になった。涼子は京都に残り一人暮らしを始めた。初めての一人暮らしだった。京都での四年間、史実にあった歴史的な事件や、伝説として残る昔話に出て来る妖魔、妖怪の類も涼子の興味と調査の対象になっていた。新聞やニュース報道を見て、自分なりに考察し事実から仮説を創る事の大切さも学んでいた。

 卒業すると迷いなく新聞社に就職した。希望部署は社会部だった。入社一年目の社員が希望部署に配属される可能性も低いが、神の思し召しか涼子は社会部に配属になった。入社一年目は先輩記者に着き、補助的な取材や記事の作成を任されていた。そんな中、閣僚の不正献金疑惑が取りざたされた。総理大臣は麻倍階(あぶかい)だった。長期政権を続けて五年目になった麻倍階第三次内閣の大臣の不正献金だった。

 新聞社は海外で日本人ジャーナリストが、テロ組織の人質となり殺害された事件に追われていた。また、当時の与党は万全の基盤で追及は難しいという読みもあり、この件を新人の沢渡涼子に任せる事になった。涼子の取材能力は群を抜いていた。献金したという企業を回り、母譲りのコミュニケーション能力と、にこやかに微笑む笑顔でターゲットに安心感を与え、様々な事実を掴みだしてきた。涼子の書いた記事は他紙には無い情報が溢れ、その全てが事実で幾つかの確証も得ていた。

 涼子『大臣、大臣の事務所が受け取ったとされるお金は、今、問題になっている企業だけではありませんね。○○や○○、○○からも五百万から二千万の献金があったはずです。収支報告に記載されていないのはどう説明しますか。』

 大臣『それは…おい、』

 秘書『これを』

 大臣『え~、事務所の者の記載ミスという事でございます。』

 涼子『しかし政治資金規正法に違反している献金ですよ。企業から大臣の事務所への献金は違法ですよね?大臣が関わった事案で献金した企業が優位になっていますね?どういう事か説明してください。』

 涼子の質問は他社の記者たちも、押し黙って見守るしかないほどの迫力があった。まるで雷光が空を貫き、そのまま身体を貫いていった感じすら受けた。大臣も圧倒されてしどろもどろになった時、涼子の口調が穏やかな感じに変わった。まるで諭すような優しい口調、菩薩か天女のように語り掛けた。

 涼子『大臣、大臣も人の子ですから、お付き合いもあるでしょう。大事にされているお友達や支援者を無下には出来ませんよね。お金を受け取っていますが、お金なんか無くても支援者やお友達の為に何とかしたいですよね。』

 大臣『そ、その通りだよ。金は秘書が受け取ってしまっただけだ。僕は支援者の為に働いただけだよ。』

 涼子『やはり口利きをした、大臣の権力で企業の支援の為に、働きかけたという事ですね。』

 大臣『あ…』

 大臣は翌日、麻倍階総理に辞表を出し辞任した、その後、党からも離党しているが、騒ぎが収まった二年後に復党した。涼子の追及は麻倍階総理にも及んだ。大臣の任命責任に対して突っ込んだ質問を浴びせた。そして翌年、麻倍階の周辺にも疑惑が生じ追及の手を緩めない涼子に手を焼き、麻倍階の長期政権は終息を迎えた。病状の悪化の為に総理を辞任するというのが表向きの理由だったが、叩けば埃がたっぷりと出る麻倍階だ。年齢的な事もあるがこれ以上の追及を避け、表舞台を離れ裏から政界を操る方が良いと判断したのだろう。そんな事が続きいつからか沢渡涼子は、美獣、雷光天女と呼ばれるようになった。

 スタジオではダーク・テミスと久住晴翔の対面が実現した。

 久住『久住です。私も話がしたかったんです。』

 ダーク・テミス『直木賞作家にそんな事を言われるとは光栄だね。久住先生、警察がまともに捜査をしていると思いますか。』

 久住『…それはわかりません。圧力があるのは確かでしょうが、証拠がないというのも本当かもしれません。』

 ダーク・テミス『先生を連行するような警察ですからね。証拠があっても隠蔽するでしょう。権力に弱いのがこの国の官僚ですからね。』

 久住『そうかもしれませんね。ダーク・テミス、コブラを倒した目的は何ですか?』

 ダーク・テミス『目的は先生、君と変わらないと思いますよ。闇に隠れる巨悪を罰する事、それが私の目的ですよ。』

 久住『巨悪ですか。確かに異様な暗殺組織ですが、利用した者が巨悪なのではないですかね』

 ダーク・テミス『その通りだ。面白いものを見せてあげよう。』

 画面に動画が流れ始めた。動画に移った人物は《コブラ》の一員とみられる男、そして一人は麻倍階元総理の第一秘書だった。音声もしっかりと聞こえている。会話の内容から五年前の架空融資の事件である事がわかる。事件の概要は倒産した中小企業に五億円以上の融資が行われ、銀行では貸付金未回収で損金処理をする手はずだった。しかし融資先の倒産した企業の社員からの告発で、この融資が架空融資である事が判明した。

 銀行側は告発を受け社内調査を行い、融資の際に入力担当した女子行員が、五千万の融資を五億五千万に書き換えて、五億円を着服して逃走したと発表した。女子行員はその後、琵琶湖の湖面で遺体となって発見され、事件性はない自殺と断定されていた。着服したとされる現金はいまだに見つかっていない。この捜査も行員の自殺と共に不自然な感じで捜査本部は解散していた。

 ビデオ画像は麻部階の第一秘書が、コブラの一員に女性の口封じを依頼するものだった。殺害方法も他殺ではなく、自殺で処理できるよう要請している。手渡した封筒から見える札束は、一千万はありそうな厚さだった。男は金を受け取り画面から消えていった。コブラの構成員と第一秘書の十数分の会話も流され、五億円が麻倍階元総理に渡った事がはっきりと録音されていた。

 久住『これは…五年前の事案ですね。何故、こんな映像をあなたが持っているのですか?』

 ダーク・テミス『奥多摩のコブラのアジトには銃火器類だけではなく、多くの証拠画像が残っていた。USBが何本もだよ。恐らくは依頼者が裏切らないように、脅しの意味で撮ったのだろう。その全てを私はコピーして持ち出した。原本のUSBはアジトに残しておいたよ。』

 久住『では、この映像も警察はすでに押収しているという事ですか?』

 ダーク・テミス『そうだ、しかし、全く公表されない。警察は隠蔽するつもりなのだろう。麻倍階には全ての罪を認めて出頭し、法の裁きを受ける事を要求した。期限は三日後までだ。』

 久住『もし要求に応じなければ?』

 ダーク・テミス『私が裁きを下す事になる。』

 久住『あなたの目的は私と同じだと言った。しかし、私はその為に殺人を行う事は、間違っていると思います。』

 ダーク・テミス『…君ならそうだろうな。考え方の違いだ。久住晴翔、やはり君は面白い男のようだ。また、連絡する。』

 久住『最後に一つ聞かせてください。奥多摩の現場にどうやって入ったのか、どうやって四人を倒したのか?』

 ダーク・テミス『それは教えられない。君の言葉をそのまま借りて、特殊能力とでも言っておこう。』

 通話は切れた。報道局の画面は真っ黒になり、スタジオ内はまだ静まり返ったままだった。久住はイスに深く腰掛け、ポケットから電子タバコを取り出し、沢渡からすぐに指摘されポケットにしまった。この生放送の終了後、世間は大騒ぎになっていた。麻倍階元総理に対する非難は日に日に大きくなり、警察も動かざる負えなくなっていた。第一秘書が出頭し自分の私腹を肥やす為にやった事だと供述し、麻倍階元総理に及ばないようにした。

 警視庁で緊急会見が行われた。警視総監が会見に現れ刑事部長や警務部長も同席する物々しい会見となった。冒頭、警視総監から国民に対して疑念を持たせてしまった事への謝罪があり、刑事部長が捜査状況を説明した。

 刑事部長『押収した物証の中にUSBがあったのは事実です。しかし決して隠蔽はしていません。まだ、捜査段階で押収した証拠物件の検証中であります。』

 記者『ダーク・テミスが流した画像は、証拠の中に存在していたんですか?あったのなら隠蔽と言われても仕方ないじゃないですか。』

 記者も報道も国民も納得する説明、会見にはなっていなかった。会見後、警察庁長官と警視総監が話し合っていた。政府与党からは証拠の隠蔽と破棄を、秘密裏に要請されていたが、警察庁は警察の立場として拒んでいた。ダーク・テミスの暴露によりこれ以上の捜査遅延は出来ない事を、政治家に対して強く訴える機会でもあった。

 警察庁長官『わかっていると思いますが、我々は政治家の番犬ではありませんよ。警視庁が動かなければ警察庁が検察と主導せざる負えなくなる。』
 
 警視総監『…東京都内で起きている案件は警視庁の管轄ですよ。国政と協力して捜査を進めるというのが、警視庁の方針です。』

 警視庁は政府与党の息のかかったキャリア組が、警視総監をはじめとする幹部職を独占していた。これほどの騒ぎになっていても議員との関係を保つ事を優先するような返答だった。警視総監の胸の内は…半年も経てば騒ぎは収まる…収まれば議員との関係は今と同じように重要だという考えだった。最低限の逮捕者で事を終わりにするように、麻倍階元総理周辺や岸川現総理周辺から圧力があった。警視庁はその方向で動こうとしていた。

 麻倍階元総理は秘書を通してダーク・テミスからの脅迫文?を公開した。《罪を認めて裁きを受けよ》という文字が書かれた紙だった。この脅迫?を理由に警視庁に警護の要請があり、警視庁は五十人態勢で麻倍階元総理の屋敷の警護に当たった。民間のボディガード五十人も加えると百名体制の厳重警備だった。

 警視総監『警視庁の威信にかけてダーク・テミスという殺人犯を捕縛せよ。』

 警視総監は警視庁幹部に対して指示をした。麻倍階元総理の屋敷の周囲は、報道関係のカメラの放列で埋め尽くされた。近隣のマンションの一室も報道関係者が借り受け、二十四時間体制で張り付き取材を行った。麻倍階元総理は屋敷内にある堅牢な地下室に籠もっていた。

 地下室には一階から通じる階段からしか入れない。扉は頑丈な鋼鉄製で壁も鋼板の上に、コンクリートで固めた要塞のような部屋だ。手榴弾や小型爆弾程度では、壁を破る事も出来ない構造だった。鉄扉の鍵は外からだけではなく、内側からも鉄の閂(かんぬき)をはめることが出来る。外から鍵を開けても閂がある限り、部屋に侵入するのは困難だ。監視カメラも邸内各所に設置されていた。

 ダーク・テミスが麻倍階元総理に示した期限の日が来た。期限は今日の午後三時までに麻倍階元総理が、警察に出頭する事を求めている。朝から多くの報道陣が麻部階邸を囲み、カメラの放列が屋敷を捉えている。上空にも各社の報道ヘリが飛び、屋敷の庭まで映し出していた。二時五十分、報道特別番組が始まり、総合司会の沢渡涼子が画面に映し出された。

 沢渡『皆様、こんにちは。司会の沢渡です。今日は麻倍階元総理について緊急特番を放送します。スタジオには久住先生に来て頂いています。早速ですが久住先生、麻倍階元総理にダーク・テミスが示した期限が迫っていますが、どうなるとお考えですか?』

 久住『警察にまで警護要請をしていますからね、出頭はしないつもりでしょう。』

 沢渡『という事は…ダーク・テミスが狙う事になりますね。しかし、この警備では難しいですね。』

 久住『そうですね。ただ、ダーク・テミスは期日後にという表現でしたからね。いつ迄とは言っていないですから、この先、安心して暮らす事は出来ないという事になるでしょうね。』

 沢渡『狙う側の方が有利という事ですか。』

 現地リポ『スタジオの沢渡さん。麻倍階元総理の屋敷前からです。いまダーク・テミスが要求した三時を過ぎました。今のところ特に動きはないようです。麻倍階元総理、出頭はしない模様です』

 沢渡『わかりました。何か動きがあったらお願いします。久住さん、このまま屋敷で守り続けられれば、麻倍階元総理は安泰という事ですか。』

 久住『安泰ではないでしょう。すでに権力構造から除外されつつあるようです。ここまでの騒ぎになったら復権は無理でしょうね。むしろ麻倍階元総理から何かが漏れる事を恐れる人もいるんじゃないですかね。』

 現地リポ『スタジオの沢渡さん、今、銃声のような音が聞こえました。邸内が…警備の人間が邸内に流れ込んでいきました。何かが起きたようです。』

 沢渡『ヘリからはどうですか?』

 ヘリ『上空のカメラからの映像です。邸内で何か起きていると思いますが…上空からはよくわかりません。』

 久住『……』

 異変は突然起こった。地下の麻倍階元総理の部屋は内側から閂がかかり、堅固な要塞と化していた。部屋の中には監視カメラが何台も設置され、死角になる場所は存在しない。部屋のドアの外側には三人のボディガードと二人の警察官が警護し、地下室に向かう階段の前には三人が立っていた。各所に数人態勢で監視に当たり、それこそネズミ一匹入れない警備体制だ。
 
 一階の監視ルームにはモニターが庭、一階部分、二階部分、屋根等、それぞれの設置場所毎に数台ずつ並んでいる。六人の警備員がモニターの監視に当たり、地下室のモニターも四台あり部屋の全てを映し出した。
 
 最初の異変は麻倍階元総理の籠る、地下室の監視モニターだった。四台のモニターのうち二台のモニターの画面が真っ黒になった。部屋の四隅に設置し二台が向かい合い、向かい合うカメラも映っているが、向かい合う二台のカメラに異変が起きた。そして数秒後、残りの二台のモニターの画像も消えていった。知らせを受けた森本が地下室に向かう途中、地下室から二発の銃声が響き渡った。

 麻倍階『なんだ?』

 地下室で散弾銃を抱きかかえ、ソファーに座っていた麻倍階元総理の前に、二台の監視カメラが落ちるのが見えた。すぐに残りの二台も絨毯の上に落ちてきた。焦った表情で立ち上がり天井や周囲を見回し、猟銃を構える麻倍階元総理の耳元で囁く声が聞こえた。

 ダーク・テミス『往生際が悪いですね。裁きを下しに来ました。』
 
 麻倍階『ダーク・テミスか。どこだ、貴様、女か。』

 麻倍階元総理の眼の前に、黒いウェットスーツのような物に身を包んだ人物が立っていた。どうやって部屋に入ったのか?最初から潜んでいたのか。麻倍階元総理もわが目を疑ったほどだ。手に持った猟銃をその人物に向かって一発撃った。発射された散弾銃の弾がダーク・テミスに向かっていく…身体に当たると思われた瞬間、人の姿が消えていた。

 麻倍階『なんだ、どこだ?』
 
 ダーク・テミス『何を怖がっているの?』

 振りかえるとすぐ後ろにその人物は立っていた。声もシルエットも女性のようだった。麻倍階元総理は振り返りざまに二発目の銃弾を発砲した。しかしその銃弾も女性に届く前に、女性の姿は霧のようにかき消えた。撃った方向を唖然として見る麻倍階元総理の胸を、細い金属の刃物が貫いていた。心臓を貫かれた麻倍階の耳に『地獄で裁きを受けなさい』という声が聞こえた。刃物が抜かれると麻倍階元総理は絨毯の上に倒れ、悪事に染まった人生の幕を閉じていた。

 森本『先生、麻倍階先生、開けてください。駄目だ、扉を焼き切るんだ、閂が外せるように真ん中に穴を空けろ。早くしろ。中にダーク・テミスがいるかもしれん。警備を固めろ』

 部屋の外が騒がしくなった時、すでに麻倍階元総理は息絶えていた。ダーク・テミスは麻倍階を見下ろした後、空間の中に霧のように消えていった。何の痕跡も残さずに霧のように現れ、何もなかったかのように消えていった。ダーク・テミスが久住晴翔に言った《特殊能力》というのはこの事なのかもしれない。

 扉の外側で鉄製の扉をガスバーナーで焼き切ろうとしていた。森本の指示通りに閂が外せるように、中央部分を丸くくりぬく感じで穴が空いた。十分後、鉄のドアの中央部に穴が空き、森本が手を差し込んで閂を抜き刑事と共に地下室に入ってきた。目の前には絨毯に倒れ息絶えた麻倍階元総理の姿があった。壁には散弾銃が打ち込まれた痕が残っていた。

 森本『先生…医者を…早く医者を連れてくるんだ。』

 地下室の中に屋敷内で待機していた、麻倍階家のかかりつけの医師が駆けつけた。医師は倒れている麻倍階元総理に駆け寄り、十数秒後に森本を振り返ってみて首を横に振った。警護に当たっていた警察官の一報を受け、捜査一課と鑑識班、救急車が麻倍階邸に急行した。邸内の騒乱は邸外に待機する報道陣にも伝わっていた。各社が邸内を正門前と上空から映し出し実況放送していた。スタジオにいる久住も沢渡も現場の報道に耳と目を集中させている。そして報道陣の目の前を麻倍階元総理の遺体を乗せた救急車が走り去っていった。

 沢渡『久住先生、麻倍階元総理が襲撃されたという事ですね?』
 
 久住『恐らくはそうでしょう。今夜か遅くとも明日には警視庁が会見を開くでしょうから、ある程度の事はわかるかもしれません。しかしあの厳戒態勢の中どうやって…』

 地下室の鑑識班の捜索により散弾銃が二方向に二発、ほぼ連続で発砲された事がわかった。発射残差から撃ったのは麻倍階元総理、誰に向かって撃ったのかが判明する事はなかった。森本と警察官と警備員が部屋に飛び込んだ時、そこに横たわる麻倍階以外の人影はなかった。残っていたのは火薬の匂いと遺体だけだ。絨毯や壁、あらゆる場所の捜索が行われ、鑑識班が微粒なものまで採取していった。警視庁が厳重に警備する中での犯行、面子にかけても犯人逮捕をと意気込んでいた。

 麻部階元総理の死因は細長い刃物による心臓への刺傷、奥多摩のコブラの四人と同じ凶器と断定された。細いピックのような物だが両側に刃物の付いた特殊な刃物だ。正確に肋骨を避け心臓を貫いている。凶器は残されていなかった。鑑識班が持ち帰った部屋の遺留物からも、犯人のものと思われる物は一つも出なかった。毛髪や皮膚片は数名のDNAが検出されたが、麻倍階元総理や森本等、麻倍階の周囲の者のものだった。何も情報がないまま時間が過ぎ、報道特別番組は終了の時間になった。

 沢渡『麻部階元総理が邸内で襲撃されたという事しか現時点で判明しておりません。元総理の容態についても公式発表はありませんが、取材での情報では搬送される際に動くことはなかったようです。明日この時間に報道特集を組む事が決まりました。引き続き事件について解明していきたいと思います。久住先生、明日も宜しくお願いします。』

 病院に搬送された麻部階元総理は、その場で死亡が確認され司法解剖に回された。死因や凶器の検証が終わり、麻部階の遺体は深夜に屋敷に戻った。沈痛な想いで森本は主人を迎えていた。森本は在日韓国人の父と日本人の母の間に生まれ、今年六十歳になる二世の男性だ。千九百七十九年、韓国で大統領暗殺事件が起こり、政権側だった祖父が危険を感じ縁のあった麻倍階の祖父を頼り日本に渡ってきた。その時に一緒に韓国から渡ってきた、中央情報局の部下達が十人いた。

 森本の祖父は麻倍階の祖父、岸本(きしもと)総理に忠誠を誓い、一緒に渡ってきた部下達と岸本機関という組織を作った。暗殺や買収、脅迫…ありとあらゆる事を岸本家の為に行ってきた。父は日本人と結婚し養子に入る事で、苗字を日本名に変えた。麻倍階の祖父、岸本元総理が長男に地盤を譲り政界を引退した。次男は親戚筋の麻倍階に子供がいなかった為、麻倍階家の婿養子になっていた。

 森本の祖父と岸本元総理が作り上げた《岸本機関》は、岸本の意向で地盤を継いだ長男ではなく、養子にいった次男の麻倍階元総理が引き継ぐ事になる。岸本元総理は実直な長男では、岸本機関の運営は難しいと考えたようだ。麻倍階家に移った後は森本家の祖父と父は、養子に入った麻部階元総理の元で働いた。森本の祖父は引退し森本の父に岸本機関のリーダーを任せた。岸本機関をコブラに改名したのも森本の父だった。祖父と日本に渡ってきた初代の構成員も年を取ってきた。半島の政変も収まりつつあり、祖父と一緒に日本に渡ったメンバーの内、五人が引退し本国に戻っていった。

 森本の父は残った祖父の仲間と一緒に、半島から来ている子供達に声を掛け《コブラ》のメンバーとして育てていった。コブラに残った祖父の仲間も歳を取り、メンバーの育成は重要な課題だった。集めた子供達はいずれも半島出身の孤児で、十歳未満の七名だった。資金や物品は麻倍階が手配した。コブラは最盛期には祖父の仲間と孤児たち七名の、十四名の部隊になっていたが祖父の仲間は歳を取り去っていき、仕事の途中で命を落とす者もおり、五名までに減っていた。森本の父が身体を壊し引退を余儀なくされた時、コブラのメンバーから次のリーダーが選ばれた。森本の父は森本をコブラに関わらせずに、麻倍階元総理の側近として育てていた。

 二代目のリーダーが歳を取り、戦列を離れる事になった時、当面の間は森本が指揮を執る事になった。それが五年前の話だ。森本は素性も顔を明かさずに、コブラの棟梁として隊員に指示を与えてきた。それも全て麻倍階元総理の為だった。森本は麻倍階元総理の古くからの従者という形で、麻倍階の秘書や関係者には認識されていた。コブラへの連絡や指示は直接行っていたが、秘書たちへの指示を森本が行う時は、麻倍階の思いを秘書たちに伝え、忖度させるような方法を取ってきた。麻倍階元総理の秘書や関係者は森本を従順な執事程度にしか認識していなかったかもしれない。

 昭和、平成の時代を牛耳ってきた妖怪が消えた。身命を賭して付き従った麻倍階が消え、遺体の側で森本は肩を落とし大粒の涙を流して見送った。麻倍階には子供も孫もいなかった、それが齢八十一歳になっても政界を引退しない理由でもあった。森本も守るべき依り代を失い、手駒のコブラも失った。後ろ盾を失った森本に従う者も少ないだろう、むしろ恨みを持つ者、命を狙われる可能性の方が大きかった。麻倍階元総理の葬儀が行われる前に、森本の姿は消えていた。従順な執事程度と認識されていた森本が一体何を恐れたのだろうか。

 警視総監『前代未聞だ、警視庁のメンツが丸つぶれだ。』
 
 刑事部長『はい、申し訳ございません。こうなった以上、必ずなんとしてもダーク・テミスを逮捕致します。』

 警視総監『内閣官房から例の番組の局に、捜査協力を強力に要請した。局の全ての通信を傍受して、ダーク・テミスから通信がはいったら発信元を特定しろ。あの久住とかいう作家先生に連絡するとか言っていただろう。その時がチャンスだ。生死は問わん…絶対に身柄を確保しろ。』

 翌日、テレビ局に変装した捜査員が何人も入り込んでいた。警察に協力するという情報は、現場のプロデューサーには伝えられたが、他のスタッフや出演者には伝えられていない。サイバー班が局の通信全てに機器類を取りつけ、回線会社にも令状で捜査協力をさせた。警視庁の一課だけではなく、二課や組対も待機し出動の指示を待っていた。警視庁総出の捜査態勢が整っていた。

 沢渡『報道特集担当の沢渡です。今日は昨日の事件から検証したいと思います。警察の発表で麻倍階元総理の殺害は、奥多摩の犯人と同一人物と発表がありました。久住先生、どう思われますか?』

 久住『奥多摩の時と同様ですが、どうやって部屋に入ったのか、どうやって出ていったのかが全くわかりません。ダーク・テミスは特殊能力と言っていましたが…何か特別な力なのかもしれませんね。警察がダーク・テミスを殺人罪などで逮捕する事は出来ないでしょう。』

 沢渡『それは何故ですか?』

 久住『証拠がないでしょう。奥多摩のアジトを襲った証拠も、麻倍階元総理の屋敷に侵入した証拠がないですからね。まあ脅迫状?でしたっけ、その件で任意聴取が限界でしょう。』

 沢渡『確かにそうですね。邸内の地下室にダーク・テミスが入り込んだとしたら、その方法は…先生にも全く推測の余地はありませんか?』

 久住『無い事は無いんですが…笑われそうな推理しか出来ません(笑)。』

 沢渡『どんな推測…あ、ダーク・テミスから通信が来たようです。繋ぎます。』

 スタジオのスタッフの動きに、不自然さを久住は感じた。目線を周囲に向けると初めて見る顔が多い。モニタールームや調整室にも怪しい動きがあった。ダーク・テミスとの通信が繋がり、モニターに以前と同じ姿で現れた。

 ダーク・テミス『久住先生、警察が未だに動画を公開しないので、全ての動画をネットにアップする事にしました。』

 久住『麻倍階元総理を襲ったのはあなたですか?』

 ダーク・テミス『ええ、そうです。彼は散弾銃を撃って私を殺そうとしましたがね。抗する事をせずに出頭すべきでしたね。久住先生はこのやり方には反対でしたね。』

 久住『ええ、そうです。時間が掛かっても法の中で裁きを与えるというのが、私の考えの根幹です。』

 ダーク・テミス『法の裁きでは裁けない闇が世には多い。闇を裁く者が必要だと思いませんか?』

 久住『それでも法の下に裁くというのが私の考えです。堂々巡りですね。これ以上、話を続けてもお互いに理解するのは無理でしょう。』

 久住が話を終えようとすると、見た事の無い男が飛び込んできて《話を長引かせて》というボードを久住達にみせた。沢渡は何の事かわからない感じで戸惑っていたが、久住は全てを理解していた。もう一度、周囲を見渡し警察が入り込んでいる事を確信した。

 久住『どうやら局に警察が入り込んでいるようですよ。沢渡さんは聞いていましたか?』

 沢渡『え!ディレクターどういう事ですか。』

 ダーク・テミス『警察も必死ですね。このまま話を続けましょうか。警察が私のところに来るまでの間。』

 久住『捕まらないという事ですか。』

 ダーク・テミス『ええ、多分。』

 沢渡涼子は画面から姿を消し、番組のディレクターに詰め寄っていた。報道局長が涼子に戻るようになだめたが、涼子の気持ちは収まらなかった。しかし生放送中でもあり涼子は席に戻った。ダーク・テミスはそのまま通信を切る事はせず、スタジオとのやり取りを続けた。久住は言葉を発するのをやめていた。彼は警察が報道局に入り込んだ事、それを出演している自分達に隠していた事に怒りを感じていた。信頼できない企業の仕事はしない、久住の信条でもあり沢渡涼子もその想いを感じ取っていた。ダーク・テミスも久住の想いを感じたのか、やり取りは沢渡涼子が多くなった。そしてサイレンの音がダーク・テミスの方から聞こえてきた。

 ダーク・テミス『サイレンの音ですね。どうやら居場所を突き止めたようです、しかしサイレンを鳴らしてくるとは。久住先生、先ほど笑われそうな推理と仰いましたね。今度、その推理を聞かせてください。では、またお会いしましょう。』

 通信が切れる寸前、ドアを叩く音が鳴り響いた。警察が通信をしている場所を特定し、部屋の周りを固めドアを破ろうとしていた。廃墟の周りは十数台の捜査車両が封鎖し、多くの捜査員が退路を絶っていた。ダーク・テミスはドアが破られる前に、霧のように部屋の中から消えていった。一分後、ドアを破って入ってきた警察官は、何もない部屋しかみる事は出来なかった。

 久住『沢渡さん。私はこれで失礼します。もうこの局に来る事はないでしょう。』

 沢渡『久住先生、知らなかったとはいえ失礼を致しました。お怒りはごもっともだと思います。後ほど番組のディレクターと報道局長と話しをしてから、久住先生にご報告に上がります。先生、ダーク・テミスは逮捕されたでしょうね。』

 久住『どうでしょうね?私の笑っちゃうような推測があっていれば、捕まる事は無いと思いますよ。』

 久住は生放送中にも関わらず、席を立ちスタジオを出ていった。番組のプロデューサーが後を追ったが、引き留める事は出来なかった。番組終了後、沢渡涼子は報道局長に面会を求め、今回の件の説明を求めた。局長は警察や内閣官房からの強い要請があった事、番組がきっかけでダーク・テミスの逮捕に繋がれば、番組の大きな成果になるはずだと釈明した。涼子は局長に番組の降板を申し入れ、テレビ局との関係を絶つ事を宣言して席を立った。

 久住が自宅に戻って報道を見ると、警視庁の会見が流れていた。今回の報道局への協力の要請の正当性を訴え、国民に理解を求めようとしていた。だが、肝心のダーク・テミスを捕える事は出来なかった。批判は警視庁だけでなく警察の介入を許したテレビ局にも殺到した。沢渡涼子にも報道陣が詰めかけ、涼子はテレビ局の姿勢を非難した。

 久住『やはり捕まらなかった。信じられんが…推測通りかもしれない。会ってみたいな。』

 久住晴翔が世界を放浪した理由は、世界に散らばる様々な格闘技をみて周る為だった。格闘技というよりは心技体に関わるものを追求したい、そんな思いが久住を放浪の旅にいざなった。中南米や中国の奥地で出会った技を身体に落とし込む中で、気力というものを習得していた。気の力、合気道と思われがちだが全く違う。体内にある気を収縮させたり拡散させたり、自らの意思で自由に扱える。それが久住のいう特殊能力の根幹だ。

 中南米や中国の奥地、オセアニア諸島等に残る古い武術や、宗教、呪術等を追い求めて旅をした。宗教や呪術に効力を発するものは無かったが、各地の古武術には精神に寄与する物が残されていた。各地で集め習得してく中で久住の中に、新しい武術体系が組み上がっていった。気の使い方が優れていたのは中国だった。気功法は久住の精神術の基本になったが、それだけでは武術の枠を出ない。オセアニアに伝わる伝統技、南米の精神修養の技を加味して作り上げていった。

 精神干渉も気の力の応用だった。そして一番の能力は感じた気を憶え、その気が近づけば本人だとわかるという力だった。気は血液型やDNAと同じで、一人一人が違うものを纏う。意識して覚えた人の気は久住の周辺にくれば気づかれてしまうだろう。その応用で覚えた人の気の残留物も追う事が出来た。転落偽装された経理課長の画像を、たまたま通りかかった車のドライブレコーダーや、ビルの前の家庭ビデオから探し出した能力だ。

 そしてもう一つ、気を拡散させ広げて自分の周囲に違和感が生じると感知する力だ。気の拡散は最大で五十メートルまで出来る。久住は就寝する際には気を拡散させ、周囲の警戒をしながら就寝していた。

 それから暫くして政治家や実業家の出頭が相次いだ。動画の検証が終わり明らかになった罪に対して、各政治家や財界人に警察庁から通達があった。警視庁が捜査に踏み切り、近日中に身柄は拘束されるという内容の通達だった。そして彼らはダーク・テミスの裁きを恐れていた。あれほど堅固に身を守った麻倍階元総理が、あっさりと裁きを受け犯人の行方も全くわからない。次は自分だという想いが警察への出頭と自白に繋がっていた。

 警察に協力したテレビ局の報道番組が始まった。そこには久住晴翔の姿も沢渡涼子の姿も無かった。沢渡涼子は久住に局の対応に疑問を投げかけ、報道局長に抗議した事と番組を降板していた事を伝えた。番組は局アナが司会をし元刑事や専門家を名乗るコメンテーターが出演したが、視聴率は先週の一割以下になっていた。沢渡涼子は別の局から請われ、特番の司会者としてすぐにテレビに復帰した。その番組に久住晴翔の姿もあった。

 沢渡『大変な事になってきましたね。もう十二人の議員が罪を認めて出頭しました。久住先生、当初は秘書の責任と言い逃れしていた政治家が、一転して罪を認めた、何が起きていると思いますか。』

 久住『ダーク・テミスでしょう。麻倍階元総理の件が大きいでしょうね。人の命は軽んじた連中でも、自分の命は惜しいという事ですね。』

 沢渡『ダーク・テミスについては今後も追いかけていくつもりです。義賊と崇める人も多くいます、私も興味があります。視聴者の皆様、また会いましょう。』

 国有地の払い下げ疑惑から始まり、過去の事件にまで及んだ一件は終息を迎えつつあった。警察はダーク・テミスの行方を追ったが、素性も何もわからないまま捜査本部は縮小された。警察庁は久住に捜査協力を要請したが、警察への不信感から断っていた。大きな事件も無く久住も作家としての生活に戻った。

 リビングでパソコンを使い原稿を書いていた時、三十メートル程先にある、五階建てのマンションの屋上に違和感を覚えた。誰もいない屋上に突然、人の気配を感じた。それはまるで湧いてきたような感じで、そこに人が立っている気があった。久住晴翔は意識を屋上に向けながら、原稿の執筆を続けていた。屋上の人の気は久住の部屋を窺う様な感じだった。そして突然、屋上から人の気が消え部屋の中にその気が入り込むのを感じた。

 久住『ダーク・テミスですね。私の事も裁きに来ましたか?』

 ダーク・テミス『まさか(笑)、裁く必要もありません。』

 久住『女性だったんですか…驚いたな。』

 ダーク・テミス『いつから私に気づいていましたか?』

 久住『この先のマンションの屋上に突然、人の気が現れましたからね。いいんですか?私は一度覚えた気は忘れませんよ。どこかで近くに来れば、貴女だって気づきますよ。』

 ダーク・テミス『やはり貴方は面白い人ですね。そんな能力を持っているんですか。気づかれても私を捕まえる事は出来ませんよ。初めまして、早乙女果那(さおとめかな)と申します。』

 久住『早乙女果那さん、それがダーク・テミスの本名ですか。』

 果那『久住先生の推察どおりでしたか?私の特殊能力は?』

 久住『一種の空間移動の能力だとは思いましたが…流石に小説の世界の話ですからね、言ったところで誰も信じないでしょう。僕に会いに来た目的はなんですか?』

 果那『先生に協力をお願いしようと思ってお伺いしました。』

 久住『協力?まだ何か例の事件で続きがあるという事ですか?』

 果那『いえ、そうではありません。私がダーク・テミスを名乗る事になった理由です。話だけでも聞いて頂けますか。』

 久住『…わかりました。お話だけは聞きましょう。聞いた上で判断させて頂きます。』

 果那『協力しないって決めたら、警察に通報しますか?(笑)』

 久住『通報しても無駄でしょう。その能力があれば事件のあった日に、もっと別の遠い地にいた証拠があれば、逮捕も出来ないでしょうからね。』

 果那『流石ですね。では、お話しします。』

 早乙女果那が自分の生い立ちや、幼い時の両親の殺害事件について話し始めた。二千四年五月五日の深夜、都内の一軒家に強盗が入り、今泉夫婦が殺害された。そしてただ一人の生存者が当時三歳の今泉果那、母方の祖父母の養子になり早乙女性に変わった果那が、ダーク・テミスの正体だった。果那の身に何が起こったのか……
 
 
 ダーク・テミス編 第二章 早乙女果那に続く。


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