猫の探偵社

久住岳

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第2巻 黒猫のノアール

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   猫 の 探 偵 社
   
     第 二 巻 黒猫のノアール
   
   
 猫の探偵社...野上尚樹の元に一本の電話が掛かってきた。女性の怯えた声の電話が、次の事件へと尚樹を誘っていく。そして...この事件の後、探偵社の副所長になる本条尚子が本編から登場する。

 第四話では小説のもう一人...いや...もう一匹の主人公、小さな探偵、黒猫のノアールが颯爽と現れる。

 二人と一匹の猫の探偵社...探偵社の名称も《黒猫のノアール》に変わった。



    目   次 

第二話 ニャンコ連絡網・犯人を追え 策士・ミー

第三話 魂をつなぐ猫 時空の旅人・ビャクヤ

第四話 消えた子猫 名探偵・黒猫のノアール





   第二話 ニャンコ連絡網・犯人を追え 策士・ミー
 
 探偵社・猫の手の評判は上々だ。捜索依頼は頻繁に舞い込んでくる。依頼を受ける範囲は近隣の一都三県+茨城県の五都県に限定しているが、月に百件ほどの依頼が舞い込むようになった。全てに対応する事は難しいが、極力多くの依頼に応えたい...可愛い猫の幸せの為にも。
 価格体系を日当から時間に変更した。私の場合は依頼先にいってから、一時間以内に解決する事が大半だ。実態に合うように三時間以内五千円、成功報酬二万円に変更した。捜索依頼の案件で近隣二件を一日でこなす事も多くなってきた。妹、真希が推奨する霊的案件対応可の文字は、ホームページに決して載せることはない。
 久し振りに依頼の無い土曜日。叔母と二人でゆったりと珈琲を飲みながら過ごしていた。私も二十四歳、叔母は五十四歳になった。
 
 紗栄子『開業してもう二年ね。結構、忙しいそうじゃない。一人ではそろそろ無理なのじゃない。』
 
 尚樹『うん、確かに依頼が多くなったからね。誰か雇えればいいんだろうけど...無理だしね』
 
 紗栄子『そうだね。尚樹の能力で持っている会社だからね。ねえ、いい人はいないの?いつまでも一人じゃダメよ。』
 
 尚樹『お母さんこそいないのかい?人の心配している歳じゃないだろう』
 
 紗栄子『ほお~。生意気な言葉を言うようになったじゃない。』
 
 私も妹も叔母の事を『お母さん』と自然と呼ぶようになっていた。叔母は本当の母の様だった。そんな時に仕事用の携帯が鳴った。電話に出ると必死な感じの女性の声が響いてきた。何かひどく焦った感じで支離滅裂だが、飼い猫がいなくなったと言っている。襲われて警察が...という事は理解できた。事の重大さは伝わる感情で理解が出来た。
 
 紗栄子『どうしたの?襲われたとかって言ってなかった?』
 
 尚樹『うん、とにかく行ってみるよ。小岩だから近いし。』
 
 紗栄子『女性からでしょう?心配ね。私も一緒に行くわ。』
 
 叔母と一緒にすぐに家を出て、電話で聞いた住所に向かった。新小岩の駅から五分位のマンションだった。マンションの前にはパトカーが数台停まっていた。連絡をしてきた女性の名は、進藤葵という女性だった。エントランスでインターフォンを押し、三階の葵の部屋に向かった。部屋の呼び鈴を鳴らすと、葵が出てきた。部屋の中には数人の警察の人が作業をしていた。
 
 尚樹『探偵社・猫の手の野上です。何かあったんですか?』
 
 葵 『朝方、窓から男が入ってきて...襲われそうになったんです。三階だから大丈夫と思って、少し窓を開けて寝てたのがいけなかった...です。』
 
 紗栄子『大丈夫?』
 
 叔母は部屋の中に入り震える葵を抱きしめていた。
 
 葵 『はい大丈夫です。うちの子達が騒いでくれて、それで男は逃げたんです。でもミーちゃんが男を追いかけて行って、そのまま帰って来ないんです。ミーちゃんを探してください。』
 
 警察『失礼ですが部外者の立ち入りは困りますよ。探偵?ここは私達がいるから、進藤さん大丈夫ですよ。』
 
 葵 『警察はうちのミーちゃんの捜索はしてくれないでしょう!野上さん、宜しくお願いします。写真とミーちゃんのタオルです。』
 
 葵の部屋にはカゴの中に白文鳥も一羽いた。猫と白文鳥が騒ぎ男は逃げていったようだ。文鳥が私に焦燥の感情を伝えてくる。私はすぐに捜索に乗り出した。ミーちゃんの存命は意識の中で確認できている。生死の問題はないはずだ。葵にその事だけを伝えて、叔母を残しマンションを出た。
 駅の反対側、線路を挟んだ向こう側に、ミーちゃんの気を微かに感じる。線路の高架の下を抜けると目の前に公園が広がっている。この公園の中にミーちゃんはいるはずだ。
 公園の中を気を追って探すと、サツキの脇で倒れているミーちゃんを見つけた。私に気づいてみているが、どうやら怪我をしているようだ。
 
 尚樹『ミーちゃん』
 
 近くまで行き抱きかかえ話しかけると、ミーちゃんから無念の感情が伝わってきた。彼女を抱き上げてすぐに葵に連絡をした。怪我は命にかかわるものではないが、病院での治療は必要だ。葵は警察の事情聴取で部屋を離れる事が出来ないので行きつけの病院を聞き、葵にも病院に連絡するように伝えた。
 病院に連れて入るとミーちゃんは家に帰りたがった、葵が心配だと言っている。葵に電話をかけミーちゃんに葵の声を聞かせると、少し安心した表情になった。
 ミーちゃんの怪我は挫創だった。医者の話では猫が単体でこういった怪我はしない。人に蹴られて地面でぶつけた怪我だといっていた。上腕部に打撲の跡もあった。
 
 獣医『お薬を出しておきます。一週間はあまり運動をさせない様に、進藤さんに伝えてください。爪の中に血痕がありました。犯人のものかもしれません。警察に伝えた方がいいですよ』
 
 獣医からミーちゃんのクスリを預かった。動物病院を出てミーちゃんを抱えて、葵の待つマンションに向かった。ミーちゃんはずっと私に語り掛けている。男の匂いや猫の視界範囲で捉えた男の姿、腰から下の画像や聞こえた声等、私に必死に伝えてきていた。
 部屋に戻ると警察の鑑識班が帰る所だった。事情を説明すると慌てて爪の血痕と皮膚片を採取し、犯人が負っているかもしれない猫のひっかき傷と照合する為、皮膚片の残ったミーちゃんの爪も写真に撮り型を取って帰った。
 部屋の中には刑事二人と葵、叔母と私の五人になった。一人の刑事が葵に再聴取している。もう一人は私が気になっている感じだ。刑事の話では半年ほどの間に、小岩~亀戸の間で同じような事件が三件発生しているそうだ。届けていない被害者もいる可能性があると言っていた。
 ミーちゃんから聞いた情報を警察に伝えても、信じてもらえるはずもない。葵も暗い部屋の中で、犯人の顔は見ていない。刑事が帰った後、葵がお茶を出してくれた。
 
 葵 『有難うございました。』
 
 紗栄子『大変だったね。怖かったでしょう。でも、何にもなくって良かったわね。』
 
 葵 『まだ、思い出すと震えが来ます。ミーちゃんとピーちゃんのお陰です。ミーちゃんの怪我も大した事がなくて、本当に良かった。野上さんのお陰です。お二人で探偵社をやっていたんですね。』
 
 紗栄子『違うわ、私はこの子の叔母よ。電話の感じが尋常じゃなかったから、着いてきたのよ。文鳥とニャンコって...大丈夫なの?』
 
 葵 『とっても仲良しですよ。出してみましょうか』
  
 葵が白文鳥をカゴから出して部屋の中に放った。文鳥は真っすぐに猫に向かっていき、ミーちゃんの鼻先で心配そうにくちばしで突いていた。仲の良い姉弟のようだ。
 ミーちゃんは三歳の女の子、ピーちゃんはまだ一歳の男の子だった。友達が飼っているつがいの文鳥が生んだ有精卵を貰って孵化させた。殻を破って出てきた時から、ずっとミーちゃんが見守っていたそうだ。目が見えだす孵化二週間後には、ピーちゃんもミーちゃんを認識し、それ以来ずっと仲良しになっている。最初に見たものを、親だと認識するという話を、よく耳にするが、この二匹の関係は違うように思われた。寄り添う二匹に葵が顔を寄せ『ありがとうね、守ってくれて』と囁いていた。
 
 葵 『有難うございました。病院にまで付き添っていただいて、料金は上乗せしてください。おいくらになりますか。』
 
 尚樹『三時間以内ですから、日当五千円と成功報酬二万です。』
 
 葵 『それでは申し訳ないです。五万円、お支払いします。』
 
 尚樹『規定ですから。大丈夫ですか?ここに一人は不安でしょう。あの子達がいても人間には敵いませんし。』
 
 葵 『怖いですけど...戸締りを厳重にします。』
 
 紗栄子『これも何かの縁だね。暫くうちにおいで。落ち着くまでさ。よし、着替えとか纏めなさい。尚樹、この子達は貴方が抱いて連れておいで。』
 
 葵 『でも、』
 
 紗栄子『早く支度して。』
 
 葵は困った感じだったが、叔母がこうなるともう無理だ。あたふたと準備を始め、五分後にはマンションを出ていた。タクシーを拾って市川まで、三人と一匹と一羽で帰路についた。家につくと真希が帰ってきていて、葵の話を聞いて憤慨していた。
 
 真希『全く許せない。葵さん、酷い目にあったね。』
 
 葵 『うん、でも、あの子たちが守ってくれたから。』
 
 真希『いい子達だわ。ねえ、お兄ちゃん!許せないよ。いつまで犯人を野放しにしておくつもり!』
 
 尚樹『おい、真希。僕にそんな事を言われても...』
 
 真希『いい、お兄ちゃん。明日から犯人捜しだよ。』
 
 真希はすぐに熱くなるところが、彼女の欠点でもあり魅力でもある。犯人捜しを求めているのは、真希だけではない。ミーちゃんとピーちゃんも期待の感情を私に向けてきている。とはいえ...刑事事件は警察の仕事だ。確かに探偵も関わる事は、あるかもしれないが...私は猫専門だ。
 
 管轄の警察署に葵の家に来た二人の刑事が戻った。警察署の入口には三人の被害者の家族が立っていた。全く捜査が進まない事に苛立ち、捜査の状況を聞きに来ていた。三人の家族は刑事に詰め寄って、早く逮捕するように訴えていた。
 
 『また、被害者が出たそうじゃないか。警察は何をしているんだ』
 
 被害者の家族達は所轄の警察官に詰め寄っていた。詰め寄られた警察官は刑事の姿をみつけ、被害者家族だと刑事に伝えてきた。被害者家族が刑事に詰め寄った。
 
 刑事『今回の事件では飼い猫が引っ掻いた爪から、犯人の血痕が検出されました。捜査の重要な手掛かりになります』
 
 詰め寄られた圧力のせいか、被害者家族への道場のせいかは不明だが、刑事は捜査情報を漏らしてしまった。そして猫をすぐに探し出した探偵の話も教えてしまっていた。
 
 被害者の姉『聞いたことがあるわ。不思議な能力の猫の探偵の話。写真を見ただけで、すぐに探し出すらしいよ。犯人の捜索とかも出来るよ。お父さん、頼んでみようよ』
 
 他の被害者家族達も『頼むなら一緒に依頼しましょう。藁でも猫でも掴みたいで。』といって同調していた。
 
 その日の夜、被害者家族の姉から連絡があった。無理だと何度も断ったが、引き下がってくれない。後ろからはミーちゃんとピーちゃんもプレッシャーをかけてくる。電話を切る事も出来ずに困っていると、妹の真希が私の携帯を取りあげた。
 
 麻貴『わかりました、お受け致します。状況が進み次第報告しますね。』
 
  被害者家族からの依頼を引き受けてしまった。
 
 尚樹『真希、どうするんだよ。絶対に無理だよ。』
 
 真希『知らないよ、後はお兄ちゃんがなんとかしてよ。』
 
 尚樹『見つけても捕まえられないよ。僕は喧嘩もした事ないんだから。』
 
 ミーちゃんが私のところに来て脇に座った。ミーちゃんの頭の上にはピーちゃんちゃんが乗っている。一匹と一羽は口惜しさと期待を投げかけてきている。ミーちゃんが私の膝の上に乗り、犯人の映像や感覚をもう一度、伝えようとしていた。犯人の感触はよくわかった。私の関知できる範囲内に姿を現せば、見つける事は可能だろう。しかし半径三百メートル、頑張っても四百メートルが限界だ。人がその範囲内に入る可能性はかなり低いだろう。話し込んでいるうちに夜も更けた。明日になってから考えよう。翌朝、起きてリビングに行くと葵と叔母が何か話していた。
 
 葵 『いや...これ以上、御迷惑はかけられません。外で会ってきますから。』
 
 紗栄子『いいよ、ここに呼びなさい。心配して来てくれるんでしょ。』
 
 葵 『すみません、じゃあ、お言葉に甘えさせて戴きます。』
 
 尚樹『どうしたの?何か問題でもあったの。』
 
 葵 『いえ。高校の時からの親友が話を聞いて、今日、会いに来るっていっているんです。』
 
 尚樹『いい友達だね。』
 
 葵 『ええ親友なんですが...ちょっと乱暴な子で...かなり怒っていたからな~。』
 
 私は自分の部屋でミーちゃん、ピーちゃんと向き合って、捜索の仕方を模索していた。探偵として尾行や調査等した事も無い。ミーちゃんが膝に乗って、何かを伝えようとしている。表に行きたいような感じだ。何処にいきたいのだろう?
 リビングが騒がしくなっている。葵の友達が来たようだ。リビングを覗くと真希も話に交じって、大騒ぎしている感じだ。真希と葵の友達は意気投合して、後姿が怒りに燃えていた。雑誌を丸めてテーブルを軽く叩きながら、話をしている二人を叔母は笑ってみていた。
 
 尚樹『いらっしゃい。』
 
 葵 『あ、野上さん。紹介します。えっと、本条尚子さんです。高校の時からの親友...悪友だよね。』
 
 尚子『悪友?ちょっと酷いんじゃない(笑)。野上さんですね、お噂はかねがね聞いています。猫の探偵さんなんでしょう。凄いですよね。』
 
 真希『尚子さん、それだけじゃないよ。被害者家族から犯人の捜索依頼を受けてるんだよ。』
 
 尚子『え!凄~い。そっか...私も捜査に着いて行っていいですか。犯人を見つけたらとっちめてやるんだから。』
 
 尚子は高校の時に全国大会で、三位に入った事もある空手の達人だという。大学でも空手は続け、常に全国大会で好成績を収めているらしい。可愛らしい容姿のスレンダーな女性...見た目からは想像もできない。ハイボールのコマーシャルの女優に似た感じの美人だ。葵にミーちゃんと散歩に行くと告げると、尚子も行くと言って着いてきた。これが私と尚子の初デート?になった。葵と尚子は二十二歳、私の二つ年下だった。
 ミーちゃんが連れて行きたかったのは、彼女を発見した公園だった。この公園は葵のマンションからは、四百メートル弱離れている。飼い猫の行動範囲は百五十メートル前後だ。この公園は飼い猫の行動範囲を超えている。私の感知範囲もギリギリだった為、彼女を探し出す時に微かな感覚に頼るしかなかった距離だ。葵は散歩にミーちゃんを連れて、この公園に来ていたそうだ。ミーちゃんにとって公園は、行動範囲内だったという事だろう。
 
 尚樹『ミーちゃん、此処に来たかったの?』
 
 公園に着き私がベンチに座ると、ミーちゃんは私の膝の上で大きな声で鳴きだした。周りをキョロキョロ見ながら鳴いている。尚子は不思議そうな顔で、その様子を眺めていた。暫くすると後ろの方や前の方から、数匹の猫が集まってきた。三匹、いや四匹になった。四匹の猫が私の足元に来ると、ミーちゃんは鳴きやんだ。
 五匹の猫たちは額を寄せ合うように近づき、じっと見つめ合っていた。ミーちゃんは仲間に犯人を探させようとしているようだ...中々の策士だ。
 ミーちゃんから情報と指示を受けた四匹の猫達は、四方に散らばり自分達の縄張りに戻っていった。縄張りに戻った猫達は他の猫に情報を伝えている。情報を受けた猫も自分の行動範囲内の、他の猫達に情報を伝えていった。こうして猫の連絡網で情報が拡散された地域は、一日後には半径十キロに及んでいた。
 
 尚子『不思議な光景ね。ねえ、野上さん。猫ちゃん達は何をしているの?』
 
 尚樹『情報交換をしているみたいだよ。犯人の感覚や姿を見たのはミーちゃんだけだからね。それを他の仲間達に伝えていたんだと思う。』
 
 尚子『にゃんこって凄いのね。負けていられないわ。私達も捜索開始ですね。行きましょう。』
 
 尚子に引きずられミーちゃんを抱っこして、犯行が行われた三か所付近を歩き回らせられた。尚子は犯人が同一犯で連続犯なら、犯罪のあった付近で目撃者がいるかもしれないと思っている。しかし警察がきっと近辺の聞き込みはしているだろう。
 ミーちゃんは行く先々で出会う猫たちに、自分の観た情報を伝えている感じだった。予想通り警察が聞き込みに来たという情報以外、何の手掛かりもないまま初日は時間が過ぎていった。
 
 尚子『まあ初日はこんなもんかしら。』
 
 尚樹『本条さん、明日も来るつもりなの?』
 
 二日目も特に情報もなく日が暮れていった。本条尚子は毎日、マンションにやってきた。葵は今年の三月に大学を卒業して就職していたが、尚子は留年してまだ学生だ。
 
 尚子『犯人を見つけ出してとっちめてやらないと。卑劣な事をする奴は許せないわ。探して絶対に捕まえるわ』
 
 親友を襲った犯人への怒りだけではなく、卑劣な犯行への嫌悪があるようだ。武道家の精神が許さないのか...尚子が何を考えているのかよくわからない。
 捜査を開始して四日目、公園に行くとこの間ミーちゃんと話をしていた、オス猫が近くに寄ってきた。オス猫は私について来るように促した。
 彼の後を着いていくと、その先にも猫が座って待っていた。オス猫からバトンを受けたのもオスの猫だった。その後も十匹以上に橋渡しされて、私と尚子は東向島の百花園の傍まで来ていた。距離にして五キロ弱、一時間以上の道のりだった。最後に私達を導いた猫が、マンションの前で止まって振り返った。
 
 雄猫『ミャ~』
 
 一声鳴いて立ち去っていった。ネコの行動範囲はそれ程広くはない。ミーちゃんから得た情報を伝達して、五キロ先の情報を探り当てたという事か。恐るべし...。そして彼らが連れて来たかった場所は、恐らくこのマンションなのだろう。
 
 尚子『ねえ、ねえ、野上さん。ニャンコちゃんいなくなっちゃいましたよ。』
 
 尚樹『ミーちゃんの見た犯人が、このマンションにいるという事なのかもしれない。』
 
 尚子『そっか。いよいよ私の出番ね。』
 
 尚樹『ダメだよ、何の証拠もないんだから。』
 
 尚子『そいつが来たら教えてください。喧嘩になれば警察を呼べるでしょう?確か、血痕も採取してあるはずですよね。』
 
 なるほど...葵が『ちょっと、乱暴な子で』といった意味が、今やっとわかった気がした。叔母とは少し違うがやると決めたたら、引かない所はよく似ていると思った。ちょっと悩んだがこれ以上、被害を増やすわけにもいかない。それにこのまま黙って帰ったら、ミーちゃんに怒られるだろう。策士、ミーの作戦でこの場所が見つかったのだ。私もミーちゃんから受け取った犯人の感覚を追ってみた。しかし近くに感じる人の気は無かった。
 
 尚樹『おかしいな、何も感じないよ。』
 
 尚子『絶対にそんな事ないです。野上さん、本当に探りました?私が襲い掛かるのを、止めさせようなんて考えていたら、後で酷い事になりますからね。』
 
 尚樹『いや、本当です。』
 
 この子は恐ろしい子かもしれない。あまり近づくことは止めようと思った。まさか、この先、長~い付き合いになるとは、この時は全く思っていなかった。
 
 尚樹『出かけているのかもしれない。日を改めて来てみようか。』
 
 尚子『ダメ!帰ってくるまで待ちましょう。犯行は土曜日の深夜に集中していたはずですよね。たぶん平日は働いていて、休日の深夜に犯行に及んでいるのよ。今は六時半だから会社員なら、そろそろ帰ってくる時間ですよ。もう少し待ちましょう。』
 
 確かに尚子の言う通りかもしれない。ひょっとしたら彼女の方が、探偵に向いているような気がしてきた。七時が過ぎ、七時半が過ぎた。男の感覚は感知できていない。八時を過ぎた時、通りの向こうに男の感覚を感知した。程なく男が私達の見える範囲に姿を現した。間違いない、あの男が犯人だ。尚子も私の顔を見て悟った様だった。
 
 尚子『喧嘩を売ってきます。警察に電話してください。』
 
 私から離れると尚子はゆっくりと男のほうに歩いていった。ミディアムボブの黒髪、均整の取れたプロポーション、パンツ姿の綺麗な女性。そんな女性が男の正面に立った。
 
 尚子『あんたさ、卑劣なんだよ。女の子を襲うなんて最低な人種だよ。』
 
 男の眼の前で怒鳴るように言い放つと、膝蹴りが男の股間に炸裂していた。もんどりうって男は倒れ、その場で転がって呻いている。尚子は倒れている男にとどめの一撃を加えようとしている。
 
 尚樹『本条さん、ストップ!これ以上やったら死んじゃうよ。』
 
 必死になって後ろから抱き着いて、尚子の留めの一撃を止めた。男は気を失う寸前といった感じで、道路に蹲り股間を押さえていた。尚子が落ち着きを取り戻すのを待ち、私は警察に通報した。
 警察に電話で事情を話したが、交番の警官は疑った感じで戸惑っていた。葵を聴取した刑事の名前を伝え連絡させて、男と三人で所轄警察署に連行された。刑事は私の顔を見て驚いていた。
 
 尚子『刑事さん、こいつが犯人です。葵を襲った卑劣な奴ですよ。DNA鑑定すればわかるでしょ。それに此処を見て。ひっかき傷があるじゃん。ミーちゃんが引っ掻いた傷のはずよ。』
 
 刑事『...確かにひっかき傷だ。う~ん、しかし困ったな。取り敢えず三人を傷害罪で逮捕します。おい、この二人を取調室へ。この男の傷口から出ている血液を採取して鑑定に回してくれ。あと鑑識を呼んで。っかき傷も照合させよう。』
 
 私と尚子は逮捕されてしまった。確たる証拠も無く殴り掛かったのだから、逮捕されても文句も言えない。私は暴力を振るってはいないが、一緒にいた管理者責任?があるだろう。
 品行方正に生きてきた二十四年、まさかここで前科がついてしまうのか?探偵業の認可取り消しになったらどうしようか。不安が脳裏をよぎる中、調書を取られた。尚子の行動は百歩譲っても傷害罪に該当する。尚子は聴取中も反省の色はなく、犯人の取り調べをするように、刑事に詰め寄る感じだった。
 私は犯人を特定した理由を取り調べで聞かれたが、答えようがなく曖昧な返答を繰り返した。暴力を振るっていない事は立証され、その場で釈放された。叔母に連絡を入れ事情を説明すると、すぐに葵を連れて警察署にやってきた。依頼主の被害者家族にも連絡した。続々と被害者家族が警察に詰め掛けてきた。
 DNA鑑定には早くても、二、三日は日数を要する。鑑定が終わるまでは、証拠がない状態だ。尚子の事が心配だった。乱暴と言っても女の子だ。警察に逮捕されて聴取されるのは苦しいだろう。鑑定結果が出るまで尚子は拘留されるのか...。
 しかし警察の聴取で男はあっさりと犯行を認めた。ひっかき傷の痕跡がミーの爪と一致した事、血痕のDNA鑑定の話を刑事がした時に観念したようだ。被害者家族は英雄、尚子の釈放を警察に詰め寄った。無能な警察の代わりに卑劣な犯人を捕まえたんだぞと。被害者家族は声高に訴えていた。
 警察は、尚子が初犯である事、被害届が出ない事を理由に、微罪処分として処理してくれた。尚子に前科がつく事も無くなった。警察署の入口に釈放されて出てきた尚子の表情は、あっけらかんとした感じだった。余計な心配をして損をした気分だ。
 
 紗栄子『尚ちゃん、英雄だね(笑)。』
 
 叔母はこういった時は本当に呑気な感じになる。被害者家族は私達に最大限の感謝の意を示してくれた。犯人を叩きのめした尚子には、被害者の母親や姉が抱きついて感謝していた。長い一日がやっと終わろうとしていた。翌日、犯人が逮捕された事で心配のなくなった葵は、自分の部屋に帰っていった。
 後日、被害者家族から依頼料の振り込みがあった。規定に基づき計算し、捜索期間四日間、一日九時間で三十六時間になる。三時間五千円×十二と成功報酬二万円で八万円の請求書を渡してあった。振り込まれた金額は三十万だ。電話で先方に話したが、三家族が十万ずつ出した、受け取って欲しいと言われて、了承する事にした。犯人逮捕に尽力した尚子に半額を渡すつもりだった。
 尚子の連絡先は聞いていない。連絡先を聞こうと葵に電話をしようとした時、インターフォンがなった。画面には満面笑みの尚子の姿が写っていた。叔母と妹は喜んで尚子を部屋に招き入れた。この三人は気が合うらしい。いつの間にか仲良くなっていた。
 
 紗栄子『尚ちゃん、前科者にならなくて良かったね。』
 
 尚子『別に前科がついてもいいですよ。犯人をとっちめてスカッとしましたから。ね、尚樹さん』
 
 真希『え~ファーストネームで呼び合っているの。いつの間に付き合い始めたのよ』
 
 尚樹『つ、付き合っていないよ。』
 
 
 尚子『真希ちゃんも野上じゃん。名字で呼んだらややこしいでしょ。でも楽しかったわ。探偵業って面白いし私には合っている気がしたわ。私、決めたの。内定辞退してきちゃった。』
 
 尚子は卒業後、探偵社・猫の手に入社すると言う。私はダメだと何度も言ったが聞く耳を持たない。叔母も妹も一緒になって、尚子の肩を持って私を説得しようとしている。今の収支は平均で月に四十件の依頼。百万の売上だ。一人くらいは雇えそうだが、猫の捜索に人手はいらない。
 
 尚子『こういう依頼も増えますよ。尚樹さん、喧嘩弱いし根性ないから、私がついていた方が安心ですよ。任せてください。』
 
 結局、押し切られ卒業を待たずに、《猫専門探偵社・猫の手》の副所長に収まる事になった。副所長と言っても所長と副所長だけの会社だが。尚子の加入もあり、自営業から合同会社に変更した。尚子には私と同じ資格を取ってもらった。一つだけ約束させた。警察のお世話になるような行為は絶対にしない事。
 
 尚子『わかってますよ~』
 
 尚子は笑って答えていたが...心配だ。真希は『社名さ、《猫専探偵社・猫の手・ダブル尚》にしなよ』と嬉しそうに笑った。姉が出来たような気持ちなのかもしれない。
 
 尚子の父は外資系の証券会社に勤めていた。母と七つ上の姉、四つ上の兄がいる。三人兄妹の末っ子として生まれ、幼い頃は父の仕事の関係で、アメリカや西欧で暮らしたこともあった。空手との出会いも日本ではなくアメリカだった。熊殺しの空手家の映画を見て、闘う事に目覚めたそうだ。父の仕事で日本と外国を三年単位で行ったり来たりしていたそうだが、中二の時に日本に戻りその後は日本で暮らしている。
 両親は尚子が高校三年の時に、アメリカの本社に転勤になり、七つ上の姉と日本に残って暮らしていた。兄は両親と一緒にアメリカに渡り、そのまま向こうで就職している。姉も尚子が大学二年の時に、ドイツ人と結婚しドイツに移住した。その後は都会で一人暮らしを続けていた。
 高校生の時、葵と知り合い親友になったそうだ。二人が通う高校は女子高で、尚子は入学早々に空手部を作り、葵を強引に引き込んだそうだ。葵以外にも三人が入部させられていた。
 
 尚子『一人だと部にしてくれないって、学校が言うからさ。名前だけでいいから』
 
 半ば強引に説得されたと葵は笑って話していた。一人空手部...それでも一年の時に都大会で優勝し、三年連続で全国大会に出ている。恐ろしい少女だ。尚子と二人で葵に探偵社の報告に行った。
 
 葵 『野上さん、頑張ってくださいね』
 
 気の毒そうな顔をして私を見ていた。尚子の性格をよく知っている、最初の被害者ならではの表情だ。ミーちゃんからは達成感が流れ込んできた。そうか、尚子の事も策士・ミーちゃんの思惑通りだったのか、とその時に悟った。
 
 私が山に行く準備をしていると、尚子も行くと言い出した。『装備がないといけませんよ』と尚子に言って、一人で行こうと思っていた。翌日、ザックに登山靴、レインウェア等、一式揃えた尚子が我が家にやってきた。登山初体験の尚子を連れて行く事になり、比較的楽な山梨の百名山、大菩薩嶺に向かった。
 下の登山口から登ると山頂まで三時間はかるが、登山道の途中で車の道路と交差する場所に駐車場がある。そこに車を停めて登り始めた。タンデムで山に登ったのは久しぶりだ。晴れ渡った青空、富士山が綺麗だった。眼下にはダム湖がみえている。山頂の手前の岩の上で、お湯を沸かし珈琲をいれ、カップヌードルを二人で食べた。
 
 尚子『熊、いませんかね。本州だとツキノワグマだけだから...一度勝負したいんですよ。』
 
 これが尚子との二度目のデート?だった。いろいろあったが山が浄化してくれる。さあ、明日からは猫の捜索に奔走しよう。
 ?


   第三話 魂をつなぐ猫 時空の旅人・ビャクヤ
 
 尚子が加わった後も当然だが不明猫の捜索がメインだった。しかし尚子の『探偵としてのスキルを高めましょうよ~』と言う強い言葉と、殴りかかってきそうな勢いに負け、探偵学校と言うものを調べてみた。調査員のコースと開業までサポートする、二つのコースがある学校が多かった。
 
 尚子『調査員コースですね。もう開業していますから。げ、高いですね。』
 
 授業料は結構な金額だった。受講期間も毎日ではないが三カ月から四カ月。どこにしようか迷ったが、探偵協会が運営する学校に入る事にした。
 研修は座学と実践。尚子は楽しそうだった。特に実践では様々な器具の使い方もすぐに覚え、尾行や張り込み、聞き込みや盗聴器類の捜索も、能力を発揮していた。
 
 先生『本条さん。受講が終わったうちに来て働かないか。』
 尚子『有難うございます。でも就職しちゃっているんですよ。』
 
 探偵学校を主催する探偵社や、講師で来ている探偵から何度も誘われていた。私はどうだったか...その話はやめておこう。とにかく...探偵学校を受講して我が《猫専門探偵社・猫の手》のスキルは飛躍的にあがった...はずだ。会社としてのプレゼンスも高くなった...はずだ。
 二人で捜索に行く事も増えたので、価格体系も変更した。成功報酬は変えずに、三時間一人五千円に変更した。尚子は『一人一万円にしましょうよ。その分、お給料上げてくださいよ』と言って来たが却下した。良心的な優良企業を目指したい。
 
 尚子『所長~、ニャンコちゃんの捜索依頼しか来ませんね~。』
 
 ふざけている時は尚子は私を所長と呼ぶ。猫の探偵だ、猫の捜索しか来ないのは当たり前だ。あの葵の事件から四カ月、探偵学校も卒業してすっかり冬の空気が漂い始めていた。仕事は順調だった。毎月四十件から五十件の依頼があり、多い日は三つの依頼を解決した。
 中には捜索以外の依頼もあったにはあった。猫の食欲がないとか、懐いてくれないとか...そんな時は電話口に猫を呼んでもらい、電話で意思疎通して教えてあげた。ボランティアの無料相談だ。《不思議な子》の能力は、電話やネット回線で繋がれば、状況や感覚を取り込む事が出来る様になっていた。私の身体もIT化が進んだようだ。
 
 十一月も終わろうかという時、一通の依頼メールが届いた。
 
 尚子『来た、来たわ。尚樹さん、待望の依頼が来ましたよ!』
 
 尚樹『どうしたの?』
 
 尚子『これですよ。』
 
 依頼の内容を読んでみた。
 
 『《猫専門探偵社・猫の手》様。御社のHPをみてご連絡させて戴きました。小鞠千尋と申します。猫に関係するかわかりませんが、主人と息子の事でご相談があります。主人は四十七歳、一人息子の拓は二十一歳になります。ここ数カ月前の事ですが、家の中に白い毛が落ちているのです。人の毛髪ではありません。うちは猫も犬も飼っていませんし、主人か息子がどこかで付けてきたのかと思っておりました。その後も週に一度か二度、毛が落ちている事が続いています。ある日、主人が脱いだ上着をハンガーに掛けていた時、上着に何本も毛が着いていたんです。これは!と思い怒りを抑えて、主人が帰宅するのを待ちました。』
 
 尚樹『尚ちゃん、これって浮気調査だよ。嫌だよ、修羅場なんてみたくないし』
 
 尚子『全く、根性なしなんだから!でも、それ違いますよ、最後まで読んでくださいよ。』
 
 『主人に問い詰めましたが、身に覚えが無いの一点張りで、学校から息子が帰宅して、仲を取り持ってくれたのです。でも息子がコートを脱いだ時、床に白い毛が散らばりました。二人とも同じ毛をつけていたんです。息子にも問い質しましたが、二人とも身に覚えがないそうです。気味が悪くて。どうか、ご相談にのって戴けませんでしょうか。宜しくお願い致します。』
 
 尚子『ね!浮気調査じゃなかったでしょう』
 
 尚樹『二人とも同じ猫のいる女性の部屋に、遊びに行っていたりして。』
 
 尚子『は~よくそういうエッチな妄想が浮かびますね。叔母様と真希ちゃんに報告しておきます。』
 
 メールの主は小鞠千尋、今年、四十六歳になるご婦人だった。電話で話すと気立ての良い感じの穏やかな女性だった。うちの三人とは全く違うタイプの女性だ。電話の向こうからは特に感じるものもなかったが、丁寧にしつこくお願いされ受ける事にした。千葉からはずいぶん遠い地方都市の方で、その地名に惹かれたのも受けた理由かもしれない。
 新宿の高速バスターミナルに尚子と待ち合わせた。時刻は午後十時を回っている。夜行高速バスで岐阜の高山に向かう為だ。暫くすると尚子がエスカレーターで上がってくるのが見えた。
 
 尚子『新幹線に乗って、特急に乗って、車窓の景色を見て、お弁当食べながら行きたかったですよ。こんなか弱い女の子を夜行バスに乗せるなんて。』
 
 何処がか弱いのか謎だが...高山に行くのは夜行高速バスがいい。夜行バスだと朝五時に高山に着く。朝一の新幹線で出ても着くのは十時過ぎだ。御主人は飲食店を経営しており、夜中の三時まで働いているそうだ。明日は休業日で店から朝四時過ぎに戻った後は家にいると聞いている。息子さんは一日、家にいるそうだ。
 早朝、四時五十分、高山の駅にバスが着くと、車で迎えに来てくれていた。ご夫婦一緒だ。爆睡している尚子をそっと起こし、バスを降り迎えの車に乗り込んだ。十二月早朝の高山の街は、まだ暗くひんやりとした冷気が漂い心地よい。こういった雰囲気は好きだ。高山城跡の傍に立つ一軒家が小鞠家の家だった。御主人は徹、息子は拓という名前だった。
 
 千尋『遠いところお越し頂いて。お疲れでしょう。どうぞ』
 
 尚子『これ、なんですか?』
 
 尚樹『五平餅だよ。美味しいよ。早速ですが、お話をもう一度聞かせて戴いてもいいですか。』
 
 御夫婦はこれまでの経緯を話し始めた。御主人は最初、店の客か店員から付いたものと思っていたらしい。ただ息子の服にも付いているのをみて驚いたそうだ。
 
 徹 『最初は浮気を疑られて、もう大変でしたよ(笑)』
 
 徹は苦笑していた。千尋から落ちていた毛を見せて貰った。白い毛、これは間違いなく白猫の毛だ。問い質した日から捨てずに集めておいた毛は、五十本はあるかもしれない。
 
 尚子『凄い本数ですね。飼ってないのに...確かに不気味ですね。』
 
 尚樹『でも、特に嫌なものは感じないよ。う~ん、なんだろう?』
 
 徹 『何か、わかるのですか?』
 
 特に白い毛から感じるものはなかったが...何か、毛から漂うオーラのようなものは感じた。初めて感じる感覚だ。他に変わった事が無かったか訊ねたが、ご夫婦ともにないそうだ。六時を過ぎ息子の拓も起きて降りてきた。拓にも同じ質問をした。
 
 拓『特に変わった事も無いですよ。父と母は不気味だって言うけど、僕はそうでもないですしね』
 
 こんな遠くまで来て交通費も戴くのに、何もわからないでは申しわけが無い。毛を手に取って透かしてみたり、指で擦ってみても何もわからなかった。
 
 尚子『何処から来たんだろう。飛んできたのかな~』
 
 尚子の呟いた言葉を聞いて、毛が飛んできた方向を探ってみようと思った。奥さんは毛が付着した日や付着した服の場所など、詳細に克明に記録していた。毛が付着した日の二人の行動を時系列で表にして、向かう方向等も地図上に表記してみた。
 この時期の高山市は北風と西風が多く、八十パーセント近くを占める。次に多いのは南風だ。約十五パーセントを占めていた。毛が付着した日は東風、若しくは北東の風だった。十パーセントにも満たない風の吹く日だけ、毛が服に付着していた事になる。行動パターンと毛の着いた服の部位も、それを示していた。毛は高山市の北東の方向から、風に乗って運ばれてきているはずだ。
 高山市内の北東から飛んできたのか。それとももっと遠いところから運ばれてきたのか?北東には北アルプスが聳え、三千メートル級の山を越えたとは思えない。可能性があるとすれば、山と山のあいだの谷を抜けてきたくらいだ。毛に意思があれば可能だろうが...
 その日から探索を始めた。毛の中にわずかに残る《漂う感じ》を頼りに、同じような感覚を探して北東の方向を歩いた。今日は風が無い、最後に北東の風が吹いてからは、穏やかな陽気が続いていた。
 最初に同じ気を持つ白い毛を見つけたのは、家のそばの図書館の植込みの中だった。低木に二本の毛が巻きついていた。家と図書館を直線で結び、延長線上をくまなく捜し歩いた。初日に見つかった毛は十一本。家から三百メートル地点までだった。夕方、陽が落ち始め小鞠家に戻った。家に戻ったあと、三人に推察と報告をした。
 
 尚樹『やはり北東から飛んできていました、同じ毛です。』
 
 千尋『本当だわ。十一本も、野上さん、なんでしょうね?』
 
 尚樹『う~ん、ごめんなさい。現時点では不明です。ただ、何か毛に纏わるものは感じるのですが...』
 
 徹 『もう少し、調査して戴けませんか。』
 
 尚樹『わかりました。全力を尽くします。』
 
 翔 『あの...関係ないと思って言わなかったんだけど...』
 
 息子の拓が夢の話をし始めた。一年くらい前から同じ夢を見るようになったそうだ。昔の風景、江戸時代か、もっと前の時代かはわからないが、大きなお屋敷に住む娘と、恋に落ちる夢だったそうだ。二回くらい同じ夢を見ていたが、気にすることもなく忘れていたらしい。それが先月辺りから、週に一度くらいのペースで、見るようになったそうだ。よく考えると奥さんが記録した、毛の付いた日の様な気がすると言った。夢の感じは甘美なものではなく、目が覚めると何か切ない感じがしたらしい。
 
 拓 『関係ないと思うけど夢の女性の顔は、はっきりと覚えてますよ。会った事は無い顔でした。でも、あんな女性と出会えたらって思います。』
 
 徹 『拓がそんな事を言うとは驚いたよ。女の人には興味がないのかと思ってたからな。』
 
 千尋『そうよね。今まで好きになった女の子は、一人もいないって言う子だから。』
 
 夢は何かを伝えている時があるらしい。と、聞いた事がある。関係があるか無いかは現時点では不明だが、頻繁に見るようになった時期と、白い毛が現れた時期が重なるのが気になった。小鞠夫婦の要請もあり四日間、探索する事になった。捜索時間は七時から四時、午前五時間、昼食を挟んで午後三時間、その後、四時から報告に一時間の一日九時間とした。
 二日目は昨日言った場所の先から、調査・探索を開始した。すぐに白い毛は見つかった、今日は本数が多い。歩くたびに毛と出会う。午前の探索が終る頃には、三十本以上の白い毛が袋の中に入っていた。
 捜索から三時間、川を渡ってお寺とお寺のあいだの小路に入っていった。落ちている毛の本数も増えている。コハク君の時の事を思い出し、また霊的な事かと思い帰ろうかと思った。霊的な事はごめんだ。
 
 尚樹『尚ちゃん、もう戻ろうよ。』
 
 尚子『何を言っているんですか。全く、行きますよ。』
 
 尚子にせっつかれてなんとか無事に、お寺のあいだの小路を抜けた。小路の先は神社の様だった。白い毛は神社に向かっているように思えた。石の鳥居をくぐり境内に入ると正面に社がみえてきた。家からは五百メートル離れている。
 
 尚子『神社に出ちゃいましたね。白山神社って書いてありましたよ。』
 
 尚樹『誰を祀っているんだろう。イザナギ、イザナミ、と菊理媛尊?なんて読むんだろう?』
 
 尚子『あ!毛が。』
 
 尚子の指さした社に中に白い毛が湧くように付いている場所があった。菊理媛尊が祀られているところだ。後で調べて分かった事だが、菊理媛尊(くくりひめのみこと)と読む。イザナギとイザナミの夫婦喧嘩を仲裁した神だそうだ。確かに湧くように沢山の白い毛がへばりついている。
 社の中に入るのは神への冒涜になるような気もしたが、その場所に触れるには足を踏み入れないと届かない。心の中で深く謝りながら、足を踏み入れた。よく見ると本当に湧き出ているようにみえた。そっと手を伸ばし触れた瞬間に、鮮明な画像が頭の中に飛び込んできた。誰かの眼が見ている映像?なのか...
 
 時はさかのぼり、十一月初旬。高山から北東に五十キロ離れた長野県安曇野、森林に囲まれた神社の境内に、一匹の真っ白な猫が佇んでいた。神社の名前は白山神社、石川県に総本宮があり、全国に分布する神社だ。白い猫は社に向かい歩き出すと、社殿の前で立ち止まった。美しいフォルムの両眼の目の色の違う、王女様の様な雌猫だった。猫は社殿の中をみつめ、身体中から切ない感情を吐き出していた。猫の周りに白い毛が浮き上がり社殿の中に消えていった。
 
 白描『我が想いを届けよ』
 
 そう言っているように見えた。猫の名はビャクヤ。この神社からほど近い、大きな家の娘が飼っている猫だ。娘と猫の出会いは不思議だった。一年程前、娘が神社の前を通りかかった時、呼び止められたような気がした。振り返るとビャクヤが石段に座って娘を見ていた。ビャクヤと娘はその日から、一緒に暮らし始めた。娘は幼い時から白い猫を飼っていた。その猫が老衰で亡くなったのが、一週間前だった。ビャクヤと名付けたのは娘だ。白猫をみた時、亡くなった猫の名前を叫んでいた。
 娘は幼い頃から繰り返し見る夢があった。一人の男性と恋に落ちる夢。目覚めた時には切なさが残った。何度も同じ夢を見るうちに、男性のしぐさや表情、全てが心の中に刻み込まれていった。娘は小倉静香という名だった。十九歳の大学生だ。
 
 尚子『尚樹さん、生きてますか?』
 
 鮮明な映像と流れ込んできた感覚に、一瞬時が止まったように固まってしまった。動かない私を尚子は心配そうに覗き込んでいた。
 
 尚樹『うん、大丈夫。何だったんだろう、いきなり映像が頭に中に飛び込んできて。あ~ビックリした。』
 
 尚子『それって、白い毛のメッセージですか?』
 
 尚樹『わからない。誰かの目を通してみているような感覚だった。綺麗な女の子がベッドで寝ていて。』
 
 尚子『ベッド?尚樹さんの変な妄想じゃないでしょうね。』
 
 尚樹『違います!その女性は病気かもしれない。後、拓君が言っていたような映像も見えた。』
 
 尚子『戻りましょう。戻って話してみましょう』
 
 私達は来た道を引き返し小鞠家に戻った。家には奥さんと拓の二人しかいなかった。神社で起こった事を報告し、私の頭の中に飛び込んできた映像や感覚を、二人に詳細に伝えた。大昔の映像は家の形や女性と男性の服装、髪形等、拓から聞いていない事まで詳細に報告した。拓は私の話を聞くうちに、驚いたような表情に変わり出していた。
 
 拓 『僕の夢と同じです。そう、はっきりと思い出しました。着物の柄もそうです。』
 
 尚子『やっぱり、何か伝えようとしているんですかね。なんでしょう?』
 
 拓 『あの女性の顔ははっきりと憶えているんです。野上さんが見たベッドの上の女性?の顔を教えて戴けませんか。』
 
 拓の要望を聞き絵に描く事になった。女性の顔は私の頭の中にしかない、具現化するには絵に描く以外に方法はなかった。スケッチブックを借りて鉛筆を持ち、流れ込んできた情景を思い出しながら描き始めた。髪を描き顔の輪郭を描き目や鼻も描き始めた時、尚子が横からスケッチブックを覗き、呆れかえったように呟いた。
 
 尚子『尚樹さん。何ですか、これは。真面目に描いてますか?喧嘩も弱いし根性もないですけど、絵の才能もないんですね。もう~私が描きますよ。う~ん、そうだ!私の頭の中に映像を送れますか。』
 
 私 『無理だよ。今まで人に送って一度もうまく行った事がないよ。人間は動物ほど純粋じゃないから、変な感情が入り混じってうまくいかないんだよ。あ、でも尚ちゃんは動物に近いからひょっとしたら。』
 
 尚子『尚樹さん、送ってみてください。あと、今の失言の覚悟はしておいてくださいね。後で正拳一発、ぶちこみますから。』
 
 尚子に頭の中の映像を送ってみた。私の想いを受け取ったのか、スケッチブックにすらすらと描き始めた。やはり動物に近い存在だったのかもしれない。なかなかうまい絵だ。粗暴なだけでなく繊細な技も兼ね備えているらしい。デッサンが描き上がると拓にみて貰った。絵を見た彼の表情が輝きだした。
 
 拓 『夢に出てきた人だ。髪形は結っていたから違うけど、間違いないです。この人です。なんだろう、凄く懐かしい。』
 
 拓は絵に見入るように押し黙った。隣で見守る奥さんは心配そうな顔をしていた。
 
 千尋『野上さん、他に憶えてらっしゃることはありますか?』
 
 私は神社で受けたものを声に出し語り、尚子がノートに列記していった。どうやら二つの時代が混在した波動だったようだ。一つは拓が見た夢の時代、いつなのかはわからないが武士の時代だろう。縁側に座る娘の後ろに刀を脇に指した、ちょんまげ姿の男の姿がみえた。丁髷(ちょんまげ)のルーツは鎌倉時代まで遡る。鎌倉時代から明治初期の長い期間、夢の映像で時代を特定するのは困難だった。
 縁側に座る娘の前には庭にたたずむ男の姿があった。町人か商人か。武家の者ではない。漂う空気は別れを指し示していた。拓が夢から覚め切なさを感じたのは、そのあたりが原因かもしれない。私には男性の顔がぼやけてはっきりしなかった。娘は膝の上に白い猫を抱いていた。
 もう一つは現在だろう。ベッドに横たわる女性、上半身を起こしベッドの脇の窓から外をみつめていた。その女性の前を過ぎ窓の景色が見えてくる。女性がこちらを見て話しかけている。部屋の中を移動しながら見ている映像のような感じになった。その映像は部屋を出て家を出て周辺の景色まで繋がっている。その景色がヒントになるかもしれない。残念なことに無声映画のように音声はなかった。音が聞こえていれば娘の名や、もっとヒントがあったかもしれない。
 
 尚樹『整理してみましょう。私は輪廻転生的な事があるのかどうか?はわかりません。わからないから否定も肯定もしません。推測の範囲を出ませんが...それを前提に受け取ってください。拓さんと夢の中の女性に因果関係があったのでしょう。状況から判断するに身分の違いか何かで、別れなくてはならなかった。切ない感情が流れていたのはそのせいでしょう。』
 
 尚子『前世の記憶っていうものかしら。真希ちゃんなら詳しいかも。じゃあ、男性の生まれ変わりが拓君なの?』
 
 尚樹『う~ん、生まれ変わりがあるとするなら、そういう事になるだろうね。女性の生まれ変わりがあのベッドの女性だろう。その思いを白猫が飛ばして来たという事かな。拓さんを探しているのかもしれないね』
 
 尚子『白い猫の毛が、う~ん。武士の時代の娘さんの膝の上にいた猫って事なの?何百年も前の事なんでしょ。そんなに長生きなニャンコってるの?』
 
 私 『わからないよ。猫さんは長く生きても二十年だし、その時代なら十年くらいの寿命のはずだし。伝説的な話になるけど人の血を舐めると、尻尾が二つに分かれて猫又っていう妖怪に、なるとかって聞いた事はあるけど。妖怪は流石にいないだろう。』
 
 ノートに列記した町の風景や家の外観なども尚子が絵に描いた。親子は見覚えが無いと言う。私や尚子にも当然なかった。二人は私の推測を信じて受け止めてくれた。白い毛の正体が奥さんが考えていたような、不気味なものでは無い事がわかって、むしろ安心したようだ。安心した顔の奥さんの隣で、息子の拓はやるせないような表情だった。これ以上の探索は難しい事を伝え、捜索は今日で終わりにする事にした。
 
 千尋『絵の女性は素敵な方だね。拓、会いたいの。』
 
 拓 『うん、胸が苦しいよ。会いたくて、会えない事がもどかしい感じだよ。探してみようかな。...時間だから...学校に行くよ。野上さん、本条さん、有難うございました。』
 
 拓が家を出て、十分程すると御主人が帰ってきた。店に仕込みにいっていたそうだ。奥さんが経緯を話した。
 
 徹 『不思議な話だな。あの神社ですか』
 
 千尋『拓がしょんぼりした感じで。会いたいみたいね。』
 
 徹 『一本杉の神社だったね、神主に聞いてみようか。何かわかるかもしれないし。俺は店があるからいけないけど、野上さん、千尋と一緒に行ってくれませんか。』
 
 小鞠家は当初の契約通り、四日間の捜索依頼を継続したいと言う。明日、明後日で何かわかればいいが。昼食をご馳走になった後、神社の社務所に千尋と三人で向かった。社務所には徹が連絡をしてくれていた。社務所に着くと神主が私達を待っていた。徹がいった言葉に神主は興味があったらしい。
 
 神主『貴方が探偵さんだね。お若いのに大したものだ。お話は小鞠さんから聞きました。不思議な話だ、是非、解決してほしい。この神社の逸話になるだろう。そうしたら観光客も来てくれるし。は、は、は』
 
 世俗に塗れた人のいい神主だった。神主の話では白山神社は、全国に三千近くあるそうだ。祭神、菊理媛尊(くくりひめのみこと)はイザナギ、イザナミの諍いを治めた神話により、古来より縁結びの神として、信仰されてきたようだ。
 私の話の内容と白山神社の祭神で考えると、縁を繋ぐ相手を探すため、菊理媛尊の力を借り、全国の白山神社に送ったのではないかと神主は言っていた。中々、神主らしい事もいう。
 
 神主『縁結びと言っても色恋だけではなく、人の天命や場所や様々な縁をつなぐ神様なんだよ』
 
 神主は社の中の毛には気づかなかったと言うので、猫の毛が湧き出る社を案内した。しかしあんなにあった猫の毛は、一本も付いていなかった。
 
 神主『これは思いが届いた、という事だな』
 
 神主は神妙な顔で呟いた。手掛かりになる事、もの。私がみた街の風景や小路など、尚子が絵にした数枚を神主に見せた。一枚の絵、小路から左に登る石段、微かに石の鳥居の右端もみえる絵をみて神主の動きが止まった。神主が絵を取り小首をかしげている。
 
 千尋『神主様、どうされましたか?見た事がある風景ですか?』
 
 神主『ええ、どこかで見た事があるような気もするんだが...この石段は神社に繋がる階段でしょうね。鳥居の一部も見えるし。他の白山神社も行きますからね。多分、どこかの白山神社でしょう。どこかな、アルバムにあるかもしれない、持ってきますよ。』
 
 奥の棚からアルバムを取り出し、開きながら戻ってきた。
 
 神主『これだ、この写真だよ。数年に一度、他の神社の視察会があるんだよ、その時の写真だ。』
 
 神主が見せた写真は確かに尚子の描いた絵と似ている。この神社は安曇野の三郷という場所にあるそうだ。
 
 神主『この社は数ある白山神社の中でも、厳格な神社と言われているんですよ。祭神の力が強く出ているのかもしれませんな。中途半端な気持ちで参拝すると、はじかれるという人もいますからね。』
 
 神主は真剣な表情になっていた。私達は神主に御礼を言って神社を後にした。神主は『解決したら詳細を教えてくださいよ。神社の目玉にするから』と、千尋に声をかけていた、神主は世俗的な男に戻っていた。
 小鞠家に戻り千尋が拓に連絡すると、拓はすぐに戻ると答えた。拓が戻るまでの時間、三人で今後の事を話し合った。千尋は息子の為に娘さんを探して、会わせてあげたいと思っている。拓は女性を好きになる事はなかった。性的マイノリティとは思ってなかったが、千尋には不思議だったそうだ。今回の事で『待っていた人がいたってわかりました。』と何かほっとしたような表情だった。拓が帰宅した。
 
 拓 『ただいま、走ってきたから...ちょっと、水を飲んでから。はあ、詳しく聞かせてください。』
 
 神社での事を話した。拓は真剣な面持ちで聞いていた。隣で拓の横顔を見つめる千尋は、何故か頷いて拓をみていた。
 
 千尋『ねえ、拓。会ってきなさいよ。その神社の近くに住んでいるんだよ。きっと、向こうも探しているんだよ。』
 
 拓 『でも、どうやって。安曇野なんて行った事も無いし。』
 
 千尋『野上さん、本条さん。お願いできないですか?安曇野まで一緒に行っていただけませんか。私も拓と一緒に行きます。』
 
 二人の顔をみて安曇野に行く事を了承した。困っている人には手助けしなさい...亡き両親の教えでもある。白い毛は手元にある。私の関知圏内にこの毛の猫がはいれば、すぐに感知できるだろう。安曇野...北アルプス常念岳、蝶ヶ岳の裾野に広がる、緑豊かな水の綺麗なところだ。ワサビの栽培でも有名な地だ。
 翌朝、ホテルまで迎えに来た二人と一緒に、車で安曇野を目指した。今日見つからなければ、安曇野か松本に一泊し明日まで捜索する予定だ。高山のホテルは引きはらってきた。高山から安曇野までは平湯温泉、上高地釜トンネル前を通り、松本に出てから向かうルートになる。約三時間弱の道のり、向かった場所は唯一の手掛かりの場所、安曇野の白山神社だった。
 安曇野市に着いたのは九時半前だった。目的の神社の場所を示すナビは、まもなく到着する事を示していた。
 
 尚子『拓さん、もうすぐですよ。そこを左に曲がれば見えるかも。』
 
 その時、静香のベッドの上に乗っていたビャクヤが、私達が来たことに気づいた。静香の顔を舐め『みゃ~』と鳴き、二階の窓から屋根に出て庭に飛び降り、家の外に走り出していった。まるで『来たよ、迎えにいってくるわ』といっている様だった。
 
 静香『ビャクヤ、どうしたのかしら』
 
 神社の傍に車を停めて、歩いて神社に向かった。私にはこの先にこの白い毛の猫がいる事がわかっていた。
 
 尚樹『拓君、千尋さん。迎えに来ているみたいですよ』
 
 私が石段を指さすとそこには優雅さを漂い、威厳も兼ね備えた美しい白い猫が座ってこちらを見ていた。猫はゆっくりと私達のところに歩み寄ってきた。猫はじっと拓をみている、品定めをするかのように。
 やがて猫が歩き出した。ついて来いといっているようだ。猫は百メートルほど先の大きなお屋敷の中に入っていった。私達が門をくぐるのを見届けると、屋根に飛び移り静香の元に戻っていった。
 
 静香『ビャクヤ、何処に行っていたの。』
 
 ビャクヤは静香の膝の上に乗ると、窓の外を見て『みゃ~』と鳴いた。静香が外を覗くと、庭に立つ私達と目が合った。静香と拓は一瞬で『夢であった人だ』とお互いを認識した。静香は病の事も忘れてベッドから起き上がると、階段を駆け下り玄関に向かった。一階にいた静香の母は驚いて娘の後を追っていった。
 玄関から出てきた静香と拓は押し黙って見つめ合っている。二人の後ろから、静香の母が困惑した表情でみている。千尋が丁寧な口調で静香の母に話しかけた。静香の母は喜びが溢れる娘の表情を見ていた。
 
 千尋『信じて戴けないかもしれませんが、ご説明しますのでお時間を戴けますか』
 
 母 『わかりました。娘の様子をみれば何か事情があるのでしょう。どうぞ、お上がりください。静香、なんですか、パジャマのままで。部屋に戻っていなさい。』
 
 静香『この方を部屋にお連れしてもいい?』
 
 母 『二人きりは...』
 
 尚子が『私も一緒ならいいですね。私達は静香さんの部屋にいます。尚樹さんはお母様に説明してあげてください。』
 
 尚子は静香を庇いながら、拓と三人で二階に上がっていった。部屋ではビャクヤが満足そうな顔で二人を待っていた。一階では静香の母に私が事の経緯を説明した。にわかには信じがたい話だが、有難い事に静香の母は猫が好きで、《猫専門探偵・猫の手》の事を知っていた。私や千尋の話を疑う事なく聞き入れてくれた。
 
 母 『不思議な事があるのね。貴方があの猫の探偵さんですか。静香は親が言うのも変ですが、可愛いいし綺麗な子でしょう。学校でもモテたんですよ。でも、私にはもう決めた人がいるって、小さい頃からずと言っていて。他の男の子の誘いとかも全部断っていて。そう、そうですか...静かの言っていた夢の人なんですね。何度も聞かされましたよ。そうですか。不思議な事があるんですね。』
 
 千尋『静香さんはお身体を崩されているのですか?心配ですね』
 
 母 『ええ、医者はどこも悪いところは無いっていうんですけど、体調がここ一年、すぐれなくて。あんな顔の静香は初めて見ました。』
 
 二階の部屋ではベッドに入り上半身を起こした静香と、脇に椅子を置き座る拓が黙ったままみつめあっていた。何年、いや、何百年振りの再会。頭の中、心のうちに焼き付けるかのように、お互いを見つめ合っていた。ビャクヤは少し離れた場所から、二人を温かい目で眺めている。
 千尋と静香の母と一緒に二階に上がった。静香の部屋に入るとみつ合う二人と、暇そうに座る尚子の姿があった。
 
 尚子『ずっと、こうだったんですよ。なんか邪魔者がいるみたいで、辛かったですよ。』
 
 尚子は笑いながら静香の母に零していた。ビャクヤがこっちを見ている。私はビャクヤの前に意を正して対座した。ビャクヤから昔の映像...その時代の白猫がみたものだろう...が頭の中に流れ込んできた。話す声もはっきりと聞こえる。そして娘の想いとビャクヤが交わした約定も。ビャクヤと私は対座したまま微動だにせず三十分が過ぎた。見つめ合っていた静香と拓も、千尋と母も私とビャクヤをみていた。ビャクヤが時を超えた娘の想いの、全てを伝え終わった時、声が聞こえてきた気がした。
 
 ビャクヤ『約束をやっと果たす事が叶った。ありがとう。この恩は忘れない。また、会う事もあるでしょう。』
 
 ビャクヤの中にいたビャクヤの存在は感じなくなった。目の前に座るビャクヤからは、感謝の感情が流れ込んできた。
 
 静香『ビャクヤの様子が変わった。野上さん、何があったのですか』
 
 私はビャクヤから受けた事をみんなに伝えた。
 
 尚樹『静香さん、あなたと拓さんは六百年前に出会っています。静香さんは武家の娘、拓さんは大きな商家の跡継ぎで拓馬という名だったそうです。二人は出会い恋に落ちました。しかし当時の身分制度が妨げになり、許されざる恋でした。静香さんは一人娘でいずれ婿養子を迎え入れ、家督を継がさなければならず、拓馬さんは長者クラスの商家の後継ぎ。来世の誓いをして別れたそうです。ずっと泣き暮らした静香さんは、その一年後に病で亡くなりました。可愛がっていたビャクヤに想いを伝えて。ビャクヤは怪我をして死にかけていた時に、静香さんに助けられ一緒に暮らすようになったそうです。いつか添い遂げたいという強い想い。ビャクヤは静香さんの願いを聞き、彼女に約束したと伝えてきました。ビャクヤは静香さんの想いを魂に刻み、その後は食も取らず、朽ちていく身体から抜け、時を彷徨い転生する二人を探して、想いを伝えてきました。お二人が転生したのは三回目だと言っていました。一回目も二回目も同じ種族の中に入り、静香さんの元に現れ拓馬さんを探しましたが、見つからなかったそうです。やっと約束が果たせたと言っていましたよ。』
 
 静香『ビャクヤはずっと傍にいました。前の子も今の子も。』
 
 尚子『信じられないような話ですね。今回だって、拓さん、鈍感だから気づいてなかったし。男って駄目ね、ねえ、静香さん。』
 
 拓 『ごめんなさい。』
 
 尚子『尚樹さん、前世とか転生とかってあるのね。』
 
 尚樹『それは僕にはわからないよ。僕だってビックリしているんだから。ただビャクヤは強い思いを受けて、時を漂う力を得たんだろう。静香さんが生れて十九年間、あの白山神社から一月毎に想いを送る神社を変えて、二百以上の神社に送っていたらしい。伝わった想いをこれからどうするかは、二人が考えればいい。』
 
 拓 『はい。』
 
 静香『お母さん、拓さんとお付き合いしてもいいですか。』
 
 母 『早く元気にならないといけませんね。拓さん、千尋さん。静香を宜しくお願いしますね。』
 
 千尋と拓は夕方まで、小倉家に滞在し千尋と静香の母も親交を深めた。千尋は拓が生れた時に《拓馬》という名が浮かんだが、馬が嫌いだったので拓にしたと言って笑っていた。不思議な体験だった。猫にはまだまだ解明できない謎が多いような気がした。時の旅人ビャクヤ。また、会う事もあるだろうと言っていたが。彼女はまだ時を旅しているのだろうか。
 その後、両家は正式に二人の婚約を認め祝った。二人ともまだ大学生だ。卒業してから結婚の時期を考えるそうだ。静香の病はすぐに癒えた。みんなには伝えなかったが、静香は二十歳までに拓馬の生まれ変わりに会えない時は、次の転生のため生を止めてきたそうだ。なぜ二十歳なのかビャクヤにもわからないそうだ。間に合ってよかった。
 
 私と尚子は昼過ぎに小倉家を後にした。松本までタクシーで戻り高山行の路線バスに乗った。
 
 尚子『また、バスですか、何処に連れて行くんですか。』
 
 どうやらバス旅は女子は嫌いなのかもしれない。平湯で新穂高ロープウェイ行のバスに乗り換え、終点の二つ前のバス停で下りた。父方の祖父母がこの地で旅館を営んでいる。小さな旅館だ。行く事は祖父母には黙っていた。旅館の玄関に入ると祖母が受付に座っていた。もう八十歳になるが二人とも元気だ。『宿は趣味でやってるようなもんだ。何もしないと年取るばかりだからな』と笑って言っている。常連の登山客もおり、常連と会うのも楽しみのようだ。
 
 祖母『いらっしゃい。あれ、尚樹かい。何だい、いきなり。お父さん、尚樹が来たよ。』
 
 祖父『尚樹。今年の夏は来なかったから心配してたんだ。彼女と一緒か、やっと尚樹にも彼女ができたのか』
 
 尚樹『違うよ、この人は...』
 
 祖父『いいから、いいから。上りんなさい。寒かったろう。彼女さんもおいで』
 
 祖父も祖母もこうなると人の話は聞かない。なぜ私の周りにはこういった人が多いのか?謎だ。尚子はニヤニヤして笑っているだけだ。祖父母に会うのは五月に上高地から焼岳に登って以来だ。夏場は毎年、ここに泊ってお気に入りの山域でゆっくりとしていたが、今年は尚子の加入でそんな暇は無かった。祖父母が息子しかいなかったのが理由なのかはわからないが、若い女の子が可愛くて仕方がないらしい。私よりも真希が来た時の方が、十倍くらい待遇がいい。尚子の事も気に入っているようだ。
 寝る時間になり祖母についていくと、部屋に布団が二組敷いてあった。慌てて祖母に言おうとする私を尚子が止めた。
 
 尚子『お祖母様は尚樹さんに、やっと、やっと、やっと彼女が出来たって、喜んでらっしゃるから、このまま寝ましょう。』
 
 尚樹『男女が一つの部屋って。』
 
 尚子『大丈夫ですよ。変な事したら蹴りが飛ぶだけです。さあ、寝ましょう。』
 
 次の日、新穂高ロープウェイに乗り、二千メートル以上の高さまで尚子を連れて行った。山頂駅は雪が積もり正面には笠ヶ岳が雄大な姿を見せていた。今回も何とか無事に仕事が終わった。山の空気も感じられて、疲れた心が癒されていくのを感じていた。時を彷徨う時空の旅人、女王ビャクヤ。いまは何処を旅しているのだろう。
 
 この先も《猫専門探偵社・猫の手》は様々な事に巻き込まれていく。尚子の加入でいっそう加速した感があった。次のお話は...主役の登場になる。
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   第四話 消えた子猫 名探偵・黒猫のノアール
 
 三月末、五年間の大学生活を尚子が終えた。四月からは本格的に探偵社の仕事に従事する事になった。いつまでも叔母の家を事務所代わりにするわけにもいかず、近くのマンションを事務所として借りる事にた。家賃は七万円、少し古いが広めのワンルームだ。尚子は都内のマンションを引き払い、事務所の傍の市川に引っ越してきた。
 
 尚子『川一本超えただけで、こんなに安いなんて...世の中おかしいですよ。』
 
 東京と千葉の県境、江戸川を一本越えただけで、住宅の評価は一変する。都内への通勤時間は数分しか変わらないのに、住所表記が東京と千葉では数万円の差が出る...不思議な話だ。尚子も家賃の違いに驚いていた。
 《猫専門探偵社・猫の手》のHPも少し修正した。依頼項目に猫の捜索以外の項目を加えた。《動物、よろず相談》だ。今までも捜索以外の問い合わせはあった。電話で済む相談は無料で対応していたが、日に日に相談数が増えてきていた。
 
 尚子『ペットの悩みって多いですね~』
 
 尚子は驚いたように呟いた。動物は言葉が話せない。目や表情、仕草で何かを訴えようとするが、それを理解できる人間は少ない。ましてや感情を読み取れる人などいない。動物と暮らす人にとってペットは家族だ。出来るだけ多くの動物の悩みを解決してあげたい。
 《よろず相談》の項目は猫以外も可とした。毎週月曜日をよろず相談デーに設定し、ネット予約制で十五分単位の時間割として開始した。予約画面で予約を受け付け、こちらから電話をするシステムだ。一時間で三件、一日二十一件まで対応可能だ。予約は二十日過ぎから次月の予約が出来る。
 予約システム開設後、最初の相談日の予約は三時間で埋まった。ひと月の予約分も一日で埋まってしまった。尚子の言う通りペットの悩みを抱えている人は多い。医者ではわからない事が動物には多いようだ。
 
 ようやく事務所の準備も整った五月の朝、一本の依頼の電話がなった。
 
 尚子『はい、探偵社・猫の手です。漆原さんですね。捜索のご依頼ですか。状況をお話しください。』
 
 漆原『子猫が一匹、いなくなっちゃって、探して貰えないかと。』
 
 依頼主の話では四カ月前に五匹が産まれ、その一匹が昨日から見つからないという電話だった。買い物に出かける時に子猫を五匹、ゲージに入れて出かけたが、帰宅すると一匹だけ姿がみえなくなっていたという。その子はよく脱走するそうでゲージの鍵は閉めていったが、抜け出してベランダの窓の空気口から逃げ出したと思うと話していた。今まで脱走した時は一時間もすると帰ってきたのだが...。一晩たっても戻っていない。心配そうな声だった。
 電話を切りすぐに依頼主の家に向かった。漆原の家は中央線の武藏境駅から、徒歩十分程の一軒家だった。周辺には小学校や中学校、境浄水場がある。家の周囲はマンションやアパート等の、集合住宅が多い場所だった。家の中に入ると二匹の親猫とゲージの中に四匹の子猫が鳴いていた。
 
 漆原『もう、この子達も心配しているみたいで。頭のいい子なんでしょう、すぐに逃げ出しちゃうんですよ。まだ、小さいのに...』
 
 猫達も『早く探して』と訴えかけている。生後四か月、人間だと七歳くらいになる。いろいろな事に興味津々で悪戯盛りの年齢だ。脱走した子猫の写真と、抜け出したと思われる空気口に残る感覚を感じた後、すぐに探索を始めた。猫の名前はコマメ、子猫の居場所はすぐにわかった。
 家を出てすぐ前の空き地にある排水溝の排水桝に落ちて、脱出出来なくなっていた。ここ一週間、雨が降っていなかったのが幸いし、排水桝の中は渇いていた。蓋を開けると心細そうな、黒い子猫が私達を見上げていた。
 
 漆原『無事で良かったわ、もう、この子は心配ばっかりかけて。』
 
 漆原は子猫を抱きしめて涙目になっていた。子猫は少しだけ申し訳なさそうな顔をしたが、すぐにやんちゃな顔に変わっていた。家に戻り子猫をゲージにいれ、扉をしっかりと閉め脱走した下部の隙間も塞いだ。親猫が心配そうにゲージに近づいた。他の四匹の兄弟は彼女の冒険の話が聞きたい様だった。これで依頼は終了した。
 
 漆原『有難うございました。戸締りは最新の注意をして気をつけます。』
 
 三人で話をしていると子猫から私に強い想いが流れてきた。子猫から流れる込む意識は『外に行く、連れて行って』というものだった。子猫に『コマメ、どこに行きたいの』と聞いたが返事をしない、どうやら彼女はこの名前は気にいっていないようだ。
 
 尚樹『漆原さん。この子が外に連れて行って欲しいと言っているんですが...。何かやるべき事があると言っているんですよ。どうしましょうか。』
 
 漆原『え?コマメが?どうしましょう...でも聞いてあげないとまた脱走するかもしれないし...探偵さん、お願いできますか?』
 
 連れて行かないとまた脱走するだろう。漆原に事情を話すと、もう少しコマメの気持ちを探るように依頼された。子猫を外出用のゲージに入れてコマメの行きたい所に行く事になった。家の外に出て彼女の意思を読み取り歩き出した。子猫の示す場所にあったのは中学校だった。家から五十メートルも離れていない。
 
 尚子『最近の学校は不審者とかに注意しているから、事務員さんに断った方がいいかもしれないわね。』
 
 漆原『大丈夫よ。私はこの学校の外部指導員なの。』
 
 校門を入ると数人の男女が言い争うような感じで騒いでいるのがみえた。この学校の生徒達で女子が三人、男子が四人だ。子猫は何か心配そうな気を送ってきていた。
 
 漆原『貴方達、何を揉めているの?』
 
 女子生徒『あ、おばさん。友達が二人、職員室に呼ばれちゃって。何もしてないのに、あいつが信用してくれなくて。』
 
 生徒達に事情を聴くと理科室の保管庫から、硫酸と硝酸が紛失し鍵を持っていた二名の化学部の生徒が、生徒指導の教師に疑われているという事だった。二名の生徒は『キーボックスに戻して、ボックスの鍵はかけた』と言っているらしい。化学部の顧問の女性教師は生徒を信じて庇っているが、生活指導の男性教師が信用しないそうだ。いま生活指導室で顧問の女性教師と生徒二名が、生活指導の教師と話し合っている真っ最中だった。
 子猫が生徒の元に連れて行けと言っている。私達は女子生徒に案内を頼み、生活指導室に向かっていった。部屋の前まで来ると男の怒鳴り声が聞こえてきた。
 
 男性教師『こいつらが盗んだに決まっているだろう。あんたが甘いからガキどもがつけあがるんだ。』
 
 女性教師『貴方は何の証拠もないのに、生徒を疑って恥ずかしくないんですか。』
 
 男性教師は四十代、女性教師は二十代半ばくらいだ。女性教師は生徒想いのとてもいい先生らしい。男性教師は...昭和の時代の名残を残したパワハラ男性といった感じだ。子猫から流れる感情、意思が『この二人は犯人ではない』と言っていた。そして子猫は犯人を知っている様だった。私たち三人は指導室の中に入った。
 
 男性教師『なんだね、君達は。』
 
 尚子『あんたさ、生徒を信じられなくて、よく教師が務まるね。もし、その子達が犯人じゃなかったら、どう責任を取るつもりなのよ。』
 
 男性教師『なんだ、部外者が勝手に入って。不法侵入だ、警察を呼ぶぞ。』
 
 漆原『そうですね、警察を呼びましょう。警察に捜査して貰った方がいいわ。一方的に決めつけるなんて、今どきの学校でこんな暴力的な教師がいるなんて、外部指導員として見過ごす事は出来ません。』
 
 男性教師『あ、漆原さんでしたか。お恥ずかしい所を。しかし、このくらい厳しくしないと白状せんのですよ。』
 
 生徒『私達じゃないって言っているじゃないですか。』
 
 廊下ではさっきの生徒達が聞き耳を立てて聞いていた。悔しそうに涙ぐむ女生徒もいた。子猫は怒っていた、とても怒っていた。男性教師に飛びつくと、手を引っ掻いて私の元に戻った。彼女からは『早く連れて行け』という想いが流れ込んでくる。どうやら犯人は近くにいるようだ。
 
 尚樹『私は探偵です。縁があってこの場に居合わせました。犯人は近くにいるようです。皆さん、一緒に来て頂けますか。』
 
 男性教師『探偵?一体何なんだ。』
 
 漆原『探偵社・猫の手の野上さんです。とても高名な探偵ですよ。いいから着いてきてください。貴方達も来なさい』
 
 私に抱かれた子猫は向かう方向を指し示す。生徒指導室を出ると廊下にいた生徒達も、私達の後を一緒に着いてきた。子猫が示した場所は職員室だった。職員室には十人以上の先生が椅子に座っていた。突然、部屋に入ってきた私達に驚き、数人が立ち上がりこちらを見ている。生活指導の教師は教頭を連れてきた。
 
 教頭『漆原さん。外部指導員の責任者の貴方が、一体どういう事ですか。』
 
 漆原『教頭先生。私達、外部指導員は生徒の指導だけではなく、学校内の改善も責任の中にありますから。あまりに理不尽な生活指導の仕方に、異議を申し上げているんです。』
 
 尚樹『漆原さん、その話はあとでゆっくりして下さい。まずは生徒にかけられた濡れ衣をはらし、真犯人を掴まえましょう。教頭先生。私は探偵社・猫の手の野上といいます。この子が犯人を知っていて、私をここまで連れて来てくれました。五分で結構です。私の指示に従って下さい』
 
 後ろでは尚子が身構えして周りを睨んでいる。早くこの場を収めないと尚子が暴れ出しそうだ。尚子の威圧もあり教頭は私の意見を受け入れてくれた。私は子猫の想いを受け取り、職員室の真ん中の机の前に立つ男性教師の前に歩み寄った。子猫が机の引き出しを見ている。
 
 尚樹『貴方が犯人ですね。』
 
 男性『なにを...』
 
 男性教師がたじろいだ瞬間、尚子が教師の机の引き出しを開け、中に隠してあった瓶を二本取り上げ上に掲げた。
 
 尚子『これは何よ。顧問の先生、紛失した薬品ってこれでしょう?』
 
 女性教師『はい、間違いありません。』
 
 教師はその場で尚子に押さえつけられた。危険な化学薬品の盗難...事が事だけに教頭は直ちに警察に連絡し、男性教師は警察に連行されていった。聴取で教師は学校に対する恨みつらみを自白し、学校から盗み出した薬品で爆発物を作るつもりだったらしい。硫酸と硝酸だけでは爆発物が作れないが、他の薬品を混ぜれば可能だったようだ。生徒に疑いが及ぶように立ち回ったとも言っていた。引き出しからは保管庫の鍵も発見された。
 
 教頭『漆原さん、申し訳ありませんでした。お恥ずかしい限りです。』
 
 男性教師『全く、なんて奴だ、教師のくせに。』
 
 尚子『何を言っているのよ。貴方だって大して変わらないでしょう。証拠もないのに生徒を疑って。なんて奴だ、教師のくせに、だよ。生徒にちゃんと謝罪しなさいよ。』
 
 男性教師『いや、これは...危険な薬品だったから早く解決しようと...疑って済まなかった、俺が浅はかだった。』
 
 漆原『教頭先生。先生方にはまずは生徒を信じる事を指導してください。野上さん、有難うございました。』
 
 尚樹『いや僕ではなく、コマメちゃんのお手柄ですよ。ねえ、コマメちゃん』
 
 子猫は返事もせず振り返りもしない。やはり彼女はこの名前は気に入っていないようだ。職員室の他の教師や生徒の中には《探偵社・猫の手》の噂を知っている人がいた。この事は内密にするようにお願いしたが、女子生徒はすでにSNSで呟いた後だった。
 顧問の女性教師と生徒二名、仲間の女生徒達から子猫は感謝され、抱きかかえられてヒーローのように扱われていた。彼女の横顔は大満足の表情だった。脱走して生活圏の中でこの事件の匂いを嗅ぎつけ、解決しようとしていたのか?それはわからない。
 中学を出ても子猫は家に戻ろうとしなかった。まだ行きたい所があるのか?彼女が目指す場所に三人は連れて行かれた。着いたのは近所の集合住宅で三階建てのアパートだった。二階の部屋の前で子猫は『ニャー、ニャー、』と大きな声で鳴きだした。部屋の中から音が聞こえドアが開くと、若い女性が顔を出した。
 
 女性『クロ、来てくれたのね。...あなた方は?』
 
 漆原『この子はうちの子なのですが...この子に連れて来られて...なんというか...』
 
 尚子『探偵社・猫の手の者です。この子とお知合いですか?』
 
 女性『猫の手!聞いた事があるわ。ええ、良く遊びに来てくれるんです。』
 
 子猫は尚子の手から抜け出し、女性の部屋の中に入ってしまった。突然の見知らぬ者の訪問...しかし女性は三人を部屋の中に招き入れてくれた。探偵社・猫の手の信頼度は、愛猫家の中では極めて高くなっているらしい。
 
 女性『コマメって言う名前だったんですね。クロって呼んでも、返事もしないから』
 
 女性は笑って子猫の頭を撫でていた。どうやらコマメもクロも彼女はお気に召していないようだ。女性の話では一カ月くらい前から来るようになったという事だった。
 
 女性『下着が無くなったり部屋の中が何か変な感じで、気になっていたらクロが来たんです。最初はこの子が持っていったのかと思ったんですけどね。でもクロが来るようになってから、変な事も無くなってきて。』
 
 その時、子猫から静寂の感情が私の頭に届いてきた。子猫を見ると私を見て、『静かに』と言っているように感じた。私は紙に『しゃべらないで』と書いて、三人にみせた。部屋が静けさに包まれると、子猫はテレビの後ろのコンセントの所にいき、振り返って私達を見た。
 探偵学校を歴代でも最優秀で卒業した尚子が、そっと子猫に近づきコンセントに付いたままタップを分解して、蓋を開けて中を確認した。盗聴マイクが仕込まれていた。タップの中を見せながら、紙に『盗聴器です』と書いて私達にみせた。どうやら子猫はこの事を女性に伝えたかったようだ。尚子は紙に『普通に会話しましょう』と書き、私達はテーブルに座った。その後は普通の会話をしながら、髪とボールペンを使い筆談となった。女性と漆原は困惑したような感じだった。
 尚子の話ではあの盗聴器では、半径三十メートル位しか受信が出来ないようだ。通りまでは五十メートルはある。埃の付き具合から仕掛けられてから、半年も経っていないという事だった。盗聴しているのはアパートの住人だと思うと尚子は推測した。
 盗聴器はあのままにして犯人を捕まえるというのが,尚子の判断で女性も同意見だった。どうやって捕まえるか?その時、子猫がドアに行き、『連れて行け』と私を催促していた。どうやら子猫は犯人を知っているようだ。
 ドアを開けると子猫は階段を走り下りていった。一階の右から二番目のドアの前で止まり、振り返って鳴いた。どうやら盗聴犯はここに住んでいる十人が仕掛けたようだ。尚子がドアに耳をつけ中の様子を確認し、電気メーターの動きを確認していた。
 
 尚子『どうやら留守のようです。メーターの動きも微小ですから。』
 
 尚樹『一度、戻って対策を練ろうか。』
 
 私と尚子は子猫を連れて女性の部屋に戻った。漆原が紙に『ここでは話せないから、私の家で』と書いてみせた。女性も頷き漆原の家に向かった。女性が住む集合住宅は三階建てで、各階六部屋が並び十八世帯が暮らしている。女性の一人暮らしが多く、あまり近所との付き合いは無いという。一階の部屋に住んでいる人物もよくわからないそうだ。
 
 女性『あの部屋に住んでいる人が、私の部屋に盗聴器を?どうやって?』
 
 尚子『合鍵を持っている可能性がありますね。ピッキングで開けた形跡は、ありませんでしたから。どんな人物なんだろう?不動屋さんに聞いてみましょうか。』
 
 尚樹『教えてくれないよ。僕達は警察じゃないんだから。』
 
 女性『なんか戻るのが怖いです。』
 
 漆原『そうよね、暫くここにいてもいいわよ。』
 
 女性『でも、いない間に入られるかもしれないし...』
 
 尚子『それよ!それ。』
 
 漆原と尚子と女性が再び女性の部屋に戻った。私と子猫は集合住宅の一階の、例の部屋の玄関が見える場所で待機した。子猫の感情が高ぶった時、一人の男が集合住宅の前に現れた。男は例の部屋の前に立ち、鍵を開けて中に入っていった。私は尚子にメールを送った。『対象者、帰宅。部屋にはいった』まるで本当の探偵のようだ。五分ほどすると尚子達の芝居が始まった。
 
 尚子『ねえ、そろそろ行こうよ。いい旅館だよ。ゆっくり温泉に入ってさ。』
 
 漆原『そうね、久しぶりのお泊りだわ。行きましょう。』
 
 盗聴マイクの前で大きな声で女性達は会話をしていた。女性が支度をする振りをして、五分後に戸締りをして部屋を出ていった。盗聴班を油断させ罠を仕掛ける作戦だ。一度、漆原の家に戻り尚子だけ私のところにやってきた。
 
 尚子『尚樹さん、交代で見張りましょう。一時間交代でいいですね。今、まだ六時だから、動くのはもっと暗くなってからでしょう。七時に交代に来てください。もし、尚樹さんが見張りの時に動きがあったら、すぐに連絡くださいよ。尚樹さんじゃ取り押さえられないでしょう。』
 
 尚子に見張りを替わり子猫を連れて漆原の家に戻った。子猫はまだ緊張感を保っている。犯人確保までが彼女の使命のようだ。一時間後、尚子と見張りを交代し、その一時間後、再び尚子が見張りに着いた。八時半、男が動いた。一階の部屋から出ると周りを気にしながら、階段を上がり二階の廊下を歩いている。
 尚子から『男が動いた』という連絡を受け、漆原と私と女性もすぐに見張り場所に向かった。私達が尚子と合流した時、男がポケットから鍵を取り出し、女性の部屋のドアを開け侵入した時だった。
 
 尚子『漆原さん、警察に連絡。行くわよ、二人は危ないから部屋の外で待ってて。捕まえたら呼ぶから。』
 
 三人で静かに階段を上りドアノブに手を掛けた。鍵がかかっている、女性から鍵を預かり、尚子がカギを開け部屋の中に入った。すぐに部屋の電気をつけ『泥棒』と叫んだ時、部屋の中では男がタンスを物色している所だった。
 男は慌ててベランダから逃げようとしたがここは三階だ。窓からの逃走を諦め部屋に引き返して、尚子に向かって殴りかかってきた。
 憐れな男だ、お前が襲い掛かったのはクマと勝負をしたがる、恐ろしい女性だ。次の瞬間、男は床に叩きのばされていた。尚子に呼ばれ部屋に入ると、顔が腫れ口から血を流す男が、尚子の下で蠢いていた。尚子にロープを渡し男の手を縛り捕縛は終わった。
 
 尚子『女性に殴りかかるなんて、最低の男ね。まだ、嫁入り前なんだからね。』
 
 漆原『警察、すぐに来るって。また、貴方ですかって言われたわ。』
 
 警察はすぐに来た。中学校で教師を連行した刑事だった。住居侵入の現行犯で男は逮捕、所轄署に連行されていった。警察が男の部屋を家宅捜査すると、盗聴器の受信機が何台もあったそうだ。その後の自供で住宅の五つの部屋に盗聴器をつけていた。三つの部屋の合鍵もみつかり、女性の下着類がたくさんみつかった。この三つの部屋は入居時に鍵を交換している。鍵を交換した業者が男の仲間だった。業者の男も翌日逮捕された。
 
 刑事『また、貴方達ですか。一体?何がどうなっているんですか?』
 
 漆原『この子よ、コマメが教えてくれたの。』
 
 刑事『そんなこと言われても...。とにかくご協力感謝します。後日、事情聴取にもご協力ください。』
 
 刑事は首をかしげながら署に戻っていった。女性はコマメを抱き『クロ、ありがとう』と言っているが、子猫の返事は無かった。やはりその名前は嫌なようだ。女性は私達にも感謝していた。長い一日だった。一度、漆原邸に戻りお茶をしながら『大変な一日だったね』と笑いながら話していた。良かった、笑って話せる結果になって。
 それから暫くして帰る時間になり、挨拶をして立ち上がると子猫がズボンのすそを咬んでいる。『まだだ』という子猫の感情が伝わってきた。この子はまだ問題を抱えているようだ。
 
 尚樹『まだ、用事があるみたいだよ。どうしよう』
 
 尚子『乗り掛かった舟だもん。コマメちゃんが安心できるまで、付き合うしかないわね。』
 
 漆原『コマメ、まだあるの?あんたは脱走して何をしていたの?もう、遅いし野上さん、本条さん。明日一日、追加でお願いできますか?』
 
 コマメの捜索は...捜索ではなくなったが...明日まで延長になった。子猫にそれを伝えると満足そうな顔で、ゲージの中に入っていった。翌日、十時に漆原邸に行くと子猫がそわそわしながら待っていた。
 
 漆原『コマメったら朝からテンションが高くて、もう落ち着きがなくってね。何を考えているのかしら。』
 
 子猫はすぐに出掛けたがっていた。十時半に家を出て子猫の意思を読み取り、彼女が行きたい方向に歩いていった。昨日の住宅とは反対の方向だった。家から百メートルほど歩き、一軒家の前で子猫が鳴いた。成猫でも半径百五十メートルが猫の行動範囲だ。生後四カ月、彼女は生後三カ月から動き回っている。百メートルはかなり離れた距離だ。猫の鳴き声に気づいた住民が、玄関をあけて顔を出した。
 
 老人『おや、チビ、来てくれたのか。うん?貴方達の飼い猫でしたか。』
 
 お爺さんは子猫を抱きかかえると、嬉しそうな顔を摺り寄せた。子猫は少し迷惑そうな様子だが、甘んじて受けいれている。漆原が男性に説明をしている。
 
 男性『コマメっていうのかい。チビって呼んでも見向きもしなくてね。』
 
 男性は笑って部屋に通してくれた。男性は八十歳近くで三年前に奥様をなくし、二人の子供は大阪と横浜に住んでいて一人で暮らしているそうだ。『身体も元気だしね。動けるうちは一人が気楽だよ』と笑っていた。子猫が来るようになったのは、やはり一カ月くらい前からだそうだ。生後三か月を過ぎ身体も思うように動くようになって、脱走を繰り返しだした頃からだ。
 
 老人『チビが遊びに来てくれるのが、いつのまにか楽しみになってね~。二日も顔を見せないから心配していたんだよ。そうか、溝に落ちちゃってたのか。可哀相に、心細かったろう。』
 
 男性は子猫を抱き寄せると、愛おしそうに頭を撫でていた。その時、部屋の電話が鳴り老人が受話器を取った。
 
 老人『あ~、大丈夫だ、気にするな。用意は出来ているよ。』
 
 老人は縁輪口で親しそうな感じで話して電話を切った。子猫から私に警戒と焦燥、不安の感情が流れ込んできた。『気をつけろ』と言っている。
 
 老人『チビが来ている時に電話が鳴ると、電話に飛び掛かって切っちゃう時があってな。良かったよ、息子の電話を切られないで。』
 
 私 『息子さん、どんな要件だったんですか?子猫がとても気にしています。差しさわりが無ければ教えて頂けますか。』
 
 老人『え、チビがかい?恥ずかしい話だがね。』
 
 男性が言うには昨日、息子から電話があって仕事がうまく行かず、明日までに仕入れ代金を払わないと倒産するといって来たそうだ。五百万貸して貰えないかという内容だったという。
 老人は息子さんがサラリーマンを辞めて転職した事を知らなかったが、あまり親を頼らない息子が頼ってきた事が少し嬉しかったそうだ。昨日、五百万を銀行からおろし、手元に用意してあった。さっきの電話も息子さんで自分は用事で行けないから、代わりの者に取りに行かせるという内容だったそうだ。
 
 尚子『お爺ちゃん、本当なの?それって絶対に詐欺だよ。息子さんの連絡先は知っているんでしょう?』
 
 老人『え?詐欺?息子だよ。俺を頼ってくれたんだよ。』
 
 尚子『今すぐに息子さんに電話して。早く!』
 
 尚子の勢いに押され老人は受話器を取り息子に電話を掛けた。
 
 老人『ああ、俺だ。お前、さっき電話してきたよな?五百万は用意したぞ。会社やめて大丈夫か?』
 
 息子『何の話だよ。俺は電話なんかしてないし、会社も辞めてないよ。親父、オレオレ詐欺に引っかかたのか?何やってるんだよ。金は渡しちゃったの?』
 
 老人が戸惑っている様子を見て、尚子が電話を替わった。
 
 尚子『息子さんですか?縁があってたまたま居合わせた探偵社の者です。御安心ください、まだお金は渡していません。良かったわ~、渡す前で。犯人は私がとっちめて捕まえるから安心してください。』
 
 私が電話を替わり息子さんに事情を説明して、こちらで対処する事を伝えた。老人の話では午後一時に代わりの男性が、お金を受け取りに来るそうだ。約束の時間まではあと三十分。私は昨日の刑事に連絡し事情を伝えた。私服の刑事をすぐに向かわせるという事だった。
 
 尚子『刑事が来る前に来ちゃうかもしれない。仲間もいるかもしれないわね。尚樹さんは家の外でどこかに隠れて見張っててください。車だったらナンバーとか車種とかメモって下さいね。』
 
 私と漆原は家を出て家と通りが見渡せる、隣の集合住宅の階段から見張りを続けた。一時前、近くの通りに車が停まった。助手席から男が一人おりて、老人の家に向かった。尚子の携帯に『男が向かった』と連絡を入れ、車のナンバーと車種をメモった。尚子の予想通り刑事の到着は遅れていた。男が男性の家に入り呼び鈴を押した。
 
 男性『こんにちは。息子さんに頼まれてきました。』
 
 老人『さっき、息子に連絡をとったよ。そんな事は頼んでないって言っていたぞ。』
 
 男性『い、家を間違えたようです。失礼します。』
 
 尚子『逃げられると思っているの?人を騙すなんて恥を知りなさい。』
 
 次の瞬間、詐欺の男は玄関の床に倒れていた。尚子の中段突きが男のみぞおちに入っていた。上から見ていた漆原が『野上さん、あの二人、刑事じゃない?』と下を歩く男を見ていった。慌てて階段からおり刑事に近づき、車の事を伝えた。刑事二人が車の前方を塞ぎ中の男を確保した。家から尚子が出てきて受け子の男性を引き摺って、刑事に引き渡していた。男達は近くで待機していたパトカーに乗せられ連行され、刑事二人が男性宅で事情聴取を始めた。
 
 刑事『また、貴方達ですか。いったいどうやって事件を探り当てているんですか?』
 
 私 『いや、なんとなく...』
 
 漆原『猫の探偵さんですよ。私達、猫好きの中では有名な探偵さんです。猫と話が出来るのよ。この子が教えたの。』
 
 刑事『調書にそんな事は書けませんよ、困ったな。』
 
 刑事は半信半疑といった感じだ。にわかには信じがたいが昨日の今日だ。困った様子で事情聴取をしている。結局、男性が訪問した私達の助言で息子さんと連絡を取り、詐欺が発覚し逮捕に協力したという事になった。私もその方が有難かった。こんな事が広まったら更に変な依頼が多くなる。尚子は悔しがっていたが...
 刑事が帰った後、男性は息子さんに報告し、息子さんから私達に感謝の言葉と、探偵としての料金の請求を申し込まれた。丁重に断ったが聞いて貰えず、成功報酬と日当の三万円を請求する事になった。
 
 老人『チビ。ありがとう。チビが切った電話は詐欺の電話だったんだな。チビは名探偵だ』
 
 老人は子猫の頭を撫でていた。子猫は安堵の感情と達成感を私に伝えてきた。男性の話では子猫が来る前に役所を名乗る者から、一人暮らしの老人家庭の調査をしていると電話があったそうだ。その際に家族構成や連絡先などを聞かれたという。それから数日して子猫が来るようになり、電話が鳴ると切ってしまうという行動が繰り返されたそうだ。不思議な事に子猫が切らない電話は、近所の友達や親戚や家族だったそうだ。
 
 老人『チビ、俺の事を守りに来てくれてたのか。漆原さん、チビを譲ってもらえんかな。一人暮らしで寂しいし。うちの息子や娘も猫が好きだから、もし俺に何かあっても、ちゃんと面倒を見るようにいっておくから。どうだろう?』
 
 漆原『本当ですか。うちの子が五匹も産んだから、三匹は誰かに譲ろうと思ってたんです。一匹は引き取り手が見つかったんですけど、二匹はまだですから。』
 
 老人『そうですか。チビ、俺のうちに来るか?』
 
 子猫は男性の顔を舐めると、『ミャ』と鳴いて男性から離れ、私達の元に戻ってきた。子猫からは『役目は済んだからね』という意思が聞こえてきた。男性に子猫の気持ちを伝えると、寂しそうな顔になった。
 
 漆原『この子の兄弟でも良かったら、お譲りしますがどうですか?』
 
 老人は嬉しそうに頷いた。事件が片付き老人の家を出て漆原邸に戻った。子猫は親と兄弟と顔を寄せた後、満足そうにカーペットの上に寝転がっていた。抱えていた案件は全て解決し安堵している感じだ。寝転がった彼女はあどけない可愛い子猫だった。
 
 漆原『本当にコマメに驚かされましたよ。こんな子を貰ってくれる人がいるかしら。』
 
 尚子『子猫ちゃん達。里子に出すって言ってましたね。』
 
 漆原『ええ、五匹産まれましたからね。三匹は里子に出そうと思っているんですよ。さっきの方で二組の引き取り手は見つかりました。明日、見に来るんですよ。』
 
 尚子が子猫に近づき話しかけた。
 
 尚子『ねえ、小さな探偵さん。私のところに来る。うちのマンション、ペット可だから、大丈夫よ。』
 
 子猫は起き出すと尚子の顔を舐め始めた。
 
 尚子『来るのね。漆原さん、譲っていただけますか?尚樹さん、連れて帰りますよ。』
 
 漆原は願ってもない事だといって喜んだ。子猫は満足そうに私達に親しみと信頼の感情を寄せて来ていた。子猫は親と兄弟に別れを済ませると、尚子の胸に抱かれ家を出た。二人と一匹はそのまま探偵事務所のあるワンルームに向かった。事務所に戻ると子猫は私の席の机の上に乗り、ずっと前からそこにいたような感じで座っている。彼女はここで働くと訴えている。
 生後三カ月にして事件の匂いを嗅ぎ分け、あっという間に三つの事件を解決に導いた黒い子猫。漆黒の身体に妖しく光る黒い瞳、それでいて可愛らしく愛くるしい姿。探偵事務所の所長に相応しいかもしれない。
 
 尚子『尚樹さん。これは...所長交代ですね。』
 
 尚樹『え~、この子が所長になるの。じゃあ、僕が副所長で尚ちゃんは平の調査員だね。』
 
 尚子『い~え。副所長の座は譲りません。』
 
 結局、子猫が所長となり、私と尚子は副所長に就任した。子猫に名前を付けなくてはいけない。コマメもクロもチビも彼女のお気に召していない。三十分近くいろいろな名前で呼んで、やっと返事をしてくれたのが《ノアール》と呼んだ時だった。子猫の名前がやっと決まった。我が《猫専門探偵社・猫の手》も《猫の探偵社・黒猫のノアール》に社名変更した。
 所長ノアールの調査能力は素晴らしかった。探偵学校もいっていないのに、尚子を凌駕するところもあった。優秀な所長を迎え一匹と二人は、難事件に挑んでいく事になる。


  猫の探偵社 第二巻 完
 
 尚樹、尚子...そして黒猫のノアール。猫の探偵社の主役が揃った。ノアールの能力は尚樹の想像をはるかに超えている。二人と一匹の探偵業...迷子猫の捜索から難事件に出会う事になる。
 
 三巻以降。黒猫のノアールが大活躍していきます。
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