多重人格

雪飴ねこん

文字の大きさ
上 下
1 / 1

某精神病院にて

しおりを挟む
ー某精神病院にて

 一人の女の子が待合室の片隅に佇んでいた
清々しいような、悲しいような、嬉しいような、いろんな表情をしているように見える。
「○○さん、診察室にお入りください」
雑音の入ったスピーカーの音が待合室に響き渡り、彼女が少し驚いた表情をして椅子から腰を上げた。彼女は○○さんと言うようだ。

 キィィ…と古い扉が声をあげて少し開く。
「よろしくお願いします。」
彼女は丁寧に頭を下げて目の前の椅子に座った。
診察室から待合室を覗いて見ていた時には幼い子のように見えたが大人びていて礼儀の正しいの子ようだ。

診察前に書いてもらった資料に目を通す。
彼女は学生。問診の内容には多重人格の可能性があると書いてあるのでゆっくり質問をしていこうと思う。
「こんにちは。今日は暑い中歩いてきたんですか?」
すると彼女は、
「今日は歩こうと思ったのですが、寝坊をしてしまってばすできたんですよ」
と、苦笑しながら話した。
「じゃあ、早速悩み事についての質問に入りますけどね、何か先に言いたいことはありますか?」
その瞬間彼女の顔が変わった気がした。
「多重人格だと思うんです。自分がストレスを感じる部分で記憶を失って気付いたら他人を傷つけていたりするんです。自分の中にいくつも人格があることはずっと気づいていて、最近色々精神病について調べていたら多重人格の症状に似ていると思ったんです。」
そして続けて彼女は不思議なことを言った
「もしかしたら話してる途中にストレスを感じで別人に変わってしまうかもしれません。ですが、落ち着いて話すように言い聞かせてはいますが、今の私とは意見が変わってしまうかもしれません。なのでその時はどんな性格なのか尋ねてください。」
そう言って彼女は始めるように促した。


 「まず、日常生活で困ったことは?」
彼女は辛そうな顔をして
「たくさんあります。と答えた」
あまり精神的な負荷をかける質問はしたくないので次の質問に移る。
「親や周りの人に別人に見えると言われたことは?」
「ありますね。でも、大体の人は感情の起伏の激しい人って思ってるみたいです。あまり人と話すことがないのでね」
彼女は悔しそうな顔をした。
「では、これからどうしたいと思っていますか?」
「わからないです」
彼女は涙を堪えて恨むような顔でこちらを見た。
私はこれはストレスを与えてしまったのだと気がついた。それと同時に将来に向けてのことが彼女にとっては不安や恐怖を他の人より感じやすいと悟った。

先程彼女に言われた通りに今はどんな人格なのかと聞いてみる。すると彼女は冷静に
「わかりません。でも、分からないってことはイラついてるんです。病んでる性格なのかもしれません。とってもネガティブになるんです。もしかしたら嘘をついたりして何事もないように見せるかもしれません。質問を変えていただければきっとさっきまでのように戻れるかもしれません。わかりません。わかりません。」
彼女は早口でそう言った後、俯いて喋らなくなってしまった。
私はこの子が落ち着くまで待ってみることにする。
「看護婦さん、この子を相談室に連れて行って落ち着くまで見ててくれないか。」
看護婦が彼女を連れて行った。

 誰もいなくなった診察室で物思いにふける。
「あの子はとても不思議な子だ。人格が変わっても冷静に喋れたり考え方を抑制しているように見える。操っているとでも言うのか…いやしかし、多重人格と決めつけるのは…」
色々な考えが頭にあるが中々重要なことは決められないでいた。
とはいえこの男は三十代で大切な人を鬱で失いそのショックを乗り越え自分のように大切な人を精神病で失ってしまう事が少しでも少なくなるようにと大学に入り直し、精神科の先生になった。という、医者になりたての新米なのだ。
そもそも多重人格など滅多にないため、患者に来たのは初めてだ。
だからといって彼女がただの鬱など他の病状には見えない。ただ苦しんでるのは解る。それがとてももどかしくて結局彼女が落ち着いて戻ってくるまで悩んでいたが結論は出なかった。



 「さっきは取り乱したようですみませんでした。まださっきの人格ですがパニクってはいません。ネガティブなだけの冷静なやつだと思ってください。」
彼女は戻ってきてそういった。
あんなに取り乱していたのに今はこんなにも冷静だ。私には答えが出せなかった。だか、この子に聞けば答えが出る。そんな気がした。医者としては失格かもしれないがこの子を救う事が自分の使命。ならいっそのこと聞いてしまおう。そう決意し、質問を始めた。
「自分で性格を入れ替えたりできる?」
「はい。頑張ってその考えの子に働きかければ出来ます。でも、凄く疲れるのでその後はとても鬱みたいになってしまいます。」
彼女の言うことに驚きながら次の質問をする。
「自分で性格を作ってるに近いのかな?」
「それはよく分からないです。性格によって得意分野が違ったりあからさまに意見が違ったりするので。ただ、可能性があるとしたらいろんな人の考えをわかろうとして聞いた考え全てに理解を示してた時期があって、そのせいで別々の考えになって行ったんだと思います。元々は自分を他人が見ている感じはあったけど、記憶がなくなることはなかったので。」
私はますます不思議な感覚にさらされて彼女の話に物語を聞いてるかのように聞き入ってしまう。
そしてもっと聴きたくなって質問をする。
「じゃあ、その性格で得をしたことは?」
「いろんな人の考え方ができて、他の人の視点にもなれて、一人でいる感覚がしないことでしょうか?私は創作者でもあるのでいろんな気持ちがわかるのはとても良いことなんです。」
彼女は幸せそうだった。
もしかしたらこの子はいろんな自分と話していろんな場面で交代して効率の良いように生きているのかもしれない。ただ、たまに疲れて爆発してしまってそこで問題が生じる。そんな感じなのかと考えていた時、彼女が口を開いた。
「人間関係が上手くいかないこと以外は困ってないんですよ。えっと、喋ってたら普通の感じに戻ってきました。なので、今思ってることを話しても良いですか?」
もちろん私は二つ返事をした
「人間関係では凄く困っています。意見がコロコロ変わったりするので相手に不快な思いをさせてしまいます。ですが、私はそれ以外は楽しくていつも賑やかで仕事も手伝ってくれて幸せなんです。それで、先生がこんなに質問をして不思議な顔をされるってことは多重人格なのか何なのかもよく分からないんですよね。他の病院でもそうでした。なんなら話を聞いただけで大丈夫って言って追い返す病院もありました。なのでここでは話を真剣に考えて聞いてくれたことに感謝しています。病院でも分からなかった。と言う結論になってしまいますが、世の中には聞いてくれる人がいるって知れただけで嬉しかったです。」
そう言った彼女の顔は辛そうな影はあるものの少し楽になったような顔をしていた。
そして彼女は診察室を出ていこうとした。
私は咄嗟に呼び止めた。
「まってくれ!私にはまだ経験が足りないが、他のいい病院を紹介することもできるし、なんなら多重人格はストレスを軽減していけば治せることもある。だから、ここでカウンセリングをして治療してみることも可能だ、だから、少し考えてみませんか?」
焦って話したせいで最後だけ敬語になる。情けない。そう思っていると彼女が言った。
「私は多重人格を治したいわけではないんです。みんな私であって、私じゃない。一人の人です。私は共存していきたい。その中で病気なのかどうか知りたかっただけなのです。なので、お気遣いはありがたいですが、もう病院に行くことはないです。ありがとうございました。」
そう言うと彼女は診察室を出て受付で料金を払って帰って行った。

 診察室の革でできたまだ新しい椅子に腰を下ろす。そしてまた物思いにふける。
「あの子はとても不思議だった。他の人なら自分の中に他の人がいるなど消したいと思う人も多くいるだろう。それなのに彼女は共存したいと言った。そして幸せだとも。きっと人格の存在に気づいてから長く経ってみんなで生きていくことを考えて少しずつ歩み寄って行ったんだろう。パニックになっていた時も最初の彼女が少し居た気がした。人間一人一人でも歩み寄るのは難しいのに心の中の自分じゃない自分と歩み寄るとはとても難しいだろう。」色々と考えた後結論に辿り着いた。
「彼女が幸せならそれで良いじゃないか。辛いこともあるだろうけど彼女は自分と支え合っていける。心理なんて本人にしか分からなくて医者として干渉できるかと言うとそんなことはないんだ。彼女の幸せを願っていよう。人の幸せはさまざまなのだから。」

時計は二時を指している。
次の患者が来る頃だ。










しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...