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第4話 即興
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そしていよいよ当日がやってきた。
待ち合わせ場所にやってきた彼女は、トレードマークの黒縁眼鏡をかけておらず、服装も化粧も以前とは雰囲気が違う気がした。
「おかしかった?私なりに貴族のご夫人から好感を得られそうな感じを狙ってみたんだけど」
私がついじっと見てしまったので、彼女が自分の姿を気にしている。
「いや、すまない。おかしくはない。むしろとても素敵だと思う」
ただ、動物園などをまわった時の方が彼女らしかった気もするけれど。
「さて、では行こうか」
そう言って腕を差し出すと、彼女はそっと手を添える。
「出たとこまかせの即興劇だけど、なんとか協力して乗り切りましょ」
我々の最初で最後の舞台は、貴族向けというわけではないけれど高級なカフェの個室だ。
初対面の2人を私が紹介する。
「まぁまぁ、素敵なお嬢さんね!」
「初めまして、男爵夫人。平民のため無作法があるかもしれませんが、どうかお許しいただければと思います」
お辞儀をする彼女。
「そんなこと気にしないで。私だって平民の出だもの。気楽に接してもらえる方が嬉しいわ」
席についてから話が始まる。
「彼から聞きましたけど、いろんな方の縁を取り持っていらっしゃるとか」
「ええ、そうなの。この子がこんな素敵なお嬢さんとお付き合いされているとは知らなかったものだから、縁談を用意していたのよ。ごめんなさいね」
申し訳なさそうな顔をする男爵夫人。
「どうかお気になさらないでください。彼と私はこうしてお付き合いすることができましたけれど、出会いの機会というのはあるようで意外とないと思います。素晴らしいことをなさっていると尊敬しておりますわ」
「まぁ、ありがとう。そう言っていただけると本当に嬉しいわ」
彼女の言葉に男爵夫人は機嫌をよくしたようだ。
カフェ自慢のケーキが運ばれてきて、そこから先は雑談になった。
動物園での話など、ほとんどは私について話しているはずなのに、展開が速くて目の前の女性2人の会話についていけない。
ひそかに自分の会話力のなさを痛感していた。
「つい先日、一緒に行った博物館では彼の解説がとてもわかりやすくて、まわりのお客さんまで聞き入っていたんですよ」
「え、そうだったのか?」
彼女は男爵夫人に向かって話していたのだが、思わず私が問いかける。
「あら、やだ。気づいてなかったの?メモを取ってる学生さんまでいたのに」
笑って答える彼女。
「…説明するのに夢中で気づいてなかった」
「あはは!普段は口数が少なめなのに、あの日はびっくりするくらいしゃべってたものねぇ」
恥ずかしくなって顔が熱くなり、思わずうつむいてしまった。
「お2人の仲のよさはよくわかったわ。私、この後に他の予定があるからこれで失礼するわね。貴方達はゆっくりしていって。ああ、それから結婚する際にはぜひ声をかけてね。お祝いを贈るから」
そう言い残して男爵夫人は去っていった。
「…我々も出ようか」
「そうね」
そう答えた後、彼女は小声で言った。
「でもまだ幕が下りたわけじゃないから油断はしないでね」
カフェの支払いは男爵夫人がすでに済ませていた。
カフェを出て2人で歩き出す。
「男爵夫人にできるだけ早めに今日のお礼の手紙を出した方がいいわね。その返事次第で本当に幕が下りると思う」
「わかった。それから貴女へのお礼はどうすればいいだろうか?」
実はずっと気にしていたのだが、話を切り出す機会がなかった。
「引き受けたのは主宰だから、劇団への支援をお願いしたいわね。私自身は何もいらないわ。全部おごってもらったし、ちょっと変わった体験をさせてもらって半分くらいは楽しんじゃってたしね」
彼女が立ち止まる。
「ここでお別れしましょ。またうちの芝居を見に来てね」
彼女が笑顔で右手を差し出したので握手を交わす。
「ぜひ伺おう。本当に感謝している」
待ち合わせ場所にやってきた彼女は、トレードマークの黒縁眼鏡をかけておらず、服装も化粧も以前とは雰囲気が違う気がした。
「おかしかった?私なりに貴族のご夫人から好感を得られそうな感じを狙ってみたんだけど」
私がついじっと見てしまったので、彼女が自分の姿を気にしている。
「いや、すまない。おかしくはない。むしろとても素敵だと思う」
ただ、動物園などをまわった時の方が彼女らしかった気もするけれど。
「さて、では行こうか」
そう言って腕を差し出すと、彼女はそっと手を添える。
「出たとこまかせの即興劇だけど、なんとか協力して乗り切りましょ」
我々の最初で最後の舞台は、貴族向けというわけではないけれど高級なカフェの個室だ。
初対面の2人を私が紹介する。
「まぁまぁ、素敵なお嬢さんね!」
「初めまして、男爵夫人。平民のため無作法があるかもしれませんが、どうかお許しいただければと思います」
お辞儀をする彼女。
「そんなこと気にしないで。私だって平民の出だもの。気楽に接してもらえる方が嬉しいわ」
席についてから話が始まる。
「彼から聞きましたけど、いろんな方の縁を取り持っていらっしゃるとか」
「ええ、そうなの。この子がこんな素敵なお嬢さんとお付き合いされているとは知らなかったものだから、縁談を用意していたのよ。ごめんなさいね」
申し訳なさそうな顔をする男爵夫人。
「どうかお気になさらないでください。彼と私はこうしてお付き合いすることができましたけれど、出会いの機会というのはあるようで意外とないと思います。素晴らしいことをなさっていると尊敬しておりますわ」
「まぁ、ありがとう。そう言っていただけると本当に嬉しいわ」
彼女の言葉に男爵夫人は機嫌をよくしたようだ。
カフェ自慢のケーキが運ばれてきて、そこから先は雑談になった。
動物園での話など、ほとんどは私について話しているはずなのに、展開が速くて目の前の女性2人の会話についていけない。
ひそかに自分の会話力のなさを痛感していた。
「つい先日、一緒に行った博物館では彼の解説がとてもわかりやすくて、まわりのお客さんまで聞き入っていたんですよ」
「え、そうだったのか?」
彼女は男爵夫人に向かって話していたのだが、思わず私が問いかける。
「あら、やだ。気づいてなかったの?メモを取ってる学生さんまでいたのに」
笑って答える彼女。
「…説明するのに夢中で気づいてなかった」
「あはは!普段は口数が少なめなのに、あの日はびっくりするくらいしゃべってたものねぇ」
恥ずかしくなって顔が熱くなり、思わずうつむいてしまった。
「お2人の仲のよさはよくわかったわ。私、この後に他の予定があるからこれで失礼するわね。貴方達はゆっくりしていって。ああ、それから結婚する際にはぜひ声をかけてね。お祝いを贈るから」
そう言い残して男爵夫人は去っていった。
「…我々も出ようか」
「そうね」
そう答えた後、彼女は小声で言った。
「でもまだ幕が下りたわけじゃないから油断はしないでね」
カフェの支払いは男爵夫人がすでに済ませていた。
カフェを出て2人で歩き出す。
「男爵夫人にできるだけ早めに今日のお礼の手紙を出した方がいいわね。その返事次第で本当に幕が下りると思う」
「わかった。それから貴女へのお礼はどうすればいいだろうか?」
実はずっと気にしていたのだが、話を切り出す機会がなかった。
「引き受けたのは主宰だから、劇団への支援をお願いしたいわね。私自身は何もいらないわ。全部おごってもらったし、ちょっと変わった体験をさせてもらって半分くらいは楽しんじゃってたしね」
彼女が立ち止まる。
「ここでお別れしましょ。またうちの芝居を見に来てね」
彼女が笑顔で右手を差し出したので握手を交わす。
「ぜひ伺おう。本当に感謝している」
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