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03:家族の晩餐
「ふぅ~」
案内された部屋で1人きりになり、ようやく緊張がほどける。
旦那様の目となる時は、おかしな方向に視線が行かないよう気をつけているので気疲れすることも多い。
私は旦那様の目が悪くなる少し前にお屋敷に採用された。
田舎の男爵家の三女なので、早々に自活の道を選んだのだ。
しばらくは一番下っ端として走り回っていたので、旦那様にお目にかかる機会もほとんどなかった。
初日にご挨拶はしたけれど、急いで出かけられるようで「真面目に勤めるように」と一言でおしまい。
たぶん顔も覚えていないと思う。
不思議な現象が発覚した時は、他の使用人が体調を崩して急遽代理で旦那様のお部屋に伺ったのだ。
まさかそれがこんなことになるとは思いもしなかった。
旦那様は夕食をお部屋で取る。
侯爵家のご家族には私がいれば見えることをまだ説明していないので、ご配慮してくださったらしい。
「いつもすまないな」
旦那様の左の少し斜め後ろに立ち、私の右手を旦那様の肩に置く。
こうすれば旦那様は補助もなく、お1人で召し上がることができる。
最初のうちは視点の違いにとまどっておられたようだけど、今はもう慣れたらしい。
試行錯誤の末に私の立ち位置も今の場所で決まった。
「明日、兄上はこの不思議な現象を家族や主だった使用人達に話してくださるそうだ。他に広まらないよう口止めもするらしい」
しばらく滞在するのならいつまでも隠してはおけないだろう。
別に口止めとかは気にしてないけど、ヘンに広まって旦那様や侯爵家にご迷惑をかけたくないしね。
「…それで大変申し訳ないのだが、明日は歓迎の晩餐に参加することになってしまった」
「かしこまりました。いつものように目を務めればよろしいのですよね?」
なぜかすまなそうな表情になる旦那様。
「晩餐は普段の食事より間違いなく長丁場になるだろう。頼んでおいて言うのもなんだが、無理はしないで欲しい。疲れたら休むなりやめるなりしてかまわないから」
旦那様は軍に長年在籍していることもあり、食べる速さはなかなかのものだ。
いつ何が起こるかわからないから、食べられる時にしっかり食べなければならないらしい。
さらにお屋敷ではいつもテーブルにまとめて出してもらって、お1人で召し上がるので食事時間は短い。
しかし侯爵家の晩餐ともなればフルコースで1品ずつ凝った料理が出されるわけで、当然のことながら時間がかかるのだろう。
「まかせておいてください!体力だけは自信がありますから」
「すまないがよろしく頼む」
翌日、予定通り侯爵様がご家族に説明された。
衣服の色を言い当てたり、旦那様の見えない位置にある本を読み上げたりしてご理解いただけたようだ。
「叔父上、よろしければ剣の稽古を見ていただけますか?」
侯爵様のご長男の要望に応じて庭に出る。
私が旦那様に触れている必要があるので手合わせはできないけれど、よく観察して的確な助言をなさったら感激なさっていた。
その夜の晩餐は旦那様のご両親である先代の侯爵ご夫妻も参加されて家族が揃って和やかに行われた。
「ふぅ~」
だけど終わってからの私は疲労困憊で何とか部屋にたどり着いた。
晩餐に時間がかかるのはわかっていたから問題ない。
だけど何人もの会話を追わなければならず、それと同時に旦那様の食事にも気を配らなければならない。
何回かこなせば慣れるかもしれないけれど、さすがに今日は疲れてしまった。
コンコンコン
ノックの音がして答えると侯爵夫人の専属侍女が入ってきた。
「失礼いたします。お疲れのところ大変申し訳ございませんが、お部屋の移動をお願いいたします。お荷物は後でお運びいたしますのでこちらへどうぞ」
今いるのは侯爵家の来客が連れてきた使用人のための部屋なので、なぜ移動しなければならないのかよくわからないけれど、言われるままついていく。
「こちらでございます」
通された部屋は花柄の壁紙に白い家具が揃えられた立派な部屋だった。
「ご婦人の来客用のお部屋でございます」
「あ、あの、私は使用人ですから先ほどのお部屋で十分なんですけど」
「奥方様から『今日は大変お疲れでしょうからゆっくり休んでいただくように』とのご指示をいただいております」
侯爵夫人の配慮だったのか。
表情には出さないようにしていたつもりだったが、疲れていたのはバレていたのだろう。
「そちらのテーブルにお食事をご用意いたしました。終わりましたらベルを鳴らしてくださいませ」
侯爵夫人の専属侍女は去っていく。
部屋に1人きりになり、テーブルを見て驚いた。
いくつかの皿にまとめられてはいるけれど、ほとんどが先ほどの晩餐に出てきたものと同じ料理だったのだ。
さすがは侯爵家の晩餐だなぁ~と思って見ていたのだが、まさか自分が食べることはできるとは予想外だ。
「ううっ、美味しい!」
しかも温かいものはちゃんと温かく、冷たいものはしっかり冷たい。
私が食事する時間を考慮してくださったのだろう。
これだけでも頑張ったかいがあったと言えるかもしれない。
残さず食べ終えてすっかり満足し、ふと思い出して言われた通りベルを鳴らすと侯爵夫人の専属侍女と数名のメイドが入ってきた。
あっという間に食器が片付けられ、テーブルにはお茶の道具が並ぶ。
「食後のお茶でございます」
「あ、あの、ありがとうございます。でも、私も使用人ですからここまでしていただくのは申し訳ないのですが」
「いいえ、貴女様は今の侯爵様の弟君にとってなくてはならないお方ですから、丁重にもてなすようにと言われております」
お茶の後はメイド数人がかりで風呂に入れられて磨き上げられ、上がった後も柑橘系の香りのするオイルでしっかりマッサージをされた。
貴族のご婦人っていつもこんなことやってるのかぁ~と、自分が男爵令嬢であることもすっかり忘れて感心してしまった。
おかげで立ちっぱなしだった足の疲れも消え、晩餐時の緊張で凝っていた頭や肩の筋肉も揉み解されてぐっすりと眠ることができた。
案内された部屋で1人きりになり、ようやく緊張がほどける。
旦那様の目となる時は、おかしな方向に視線が行かないよう気をつけているので気疲れすることも多い。
私は旦那様の目が悪くなる少し前にお屋敷に採用された。
田舎の男爵家の三女なので、早々に自活の道を選んだのだ。
しばらくは一番下っ端として走り回っていたので、旦那様にお目にかかる機会もほとんどなかった。
初日にご挨拶はしたけれど、急いで出かけられるようで「真面目に勤めるように」と一言でおしまい。
たぶん顔も覚えていないと思う。
不思議な現象が発覚した時は、他の使用人が体調を崩して急遽代理で旦那様のお部屋に伺ったのだ。
まさかそれがこんなことになるとは思いもしなかった。
旦那様は夕食をお部屋で取る。
侯爵家のご家族には私がいれば見えることをまだ説明していないので、ご配慮してくださったらしい。
「いつもすまないな」
旦那様の左の少し斜め後ろに立ち、私の右手を旦那様の肩に置く。
こうすれば旦那様は補助もなく、お1人で召し上がることができる。
最初のうちは視点の違いにとまどっておられたようだけど、今はもう慣れたらしい。
試行錯誤の末に私の立ち位置も今の場所で決まった。
「明日、兄上はこの不思議な現象を家族や主だった使用人達に話してくださるそうだ。他に広まらないよう口止めもするらしい」
しばらく滞在するのならいつまでも隠してはおけないだろう。
別に口止めとかは気にしてないけど、ヘンに広まって旦那様や侯爵家にご迷惑をかけたくないしね。
「…それで大変申し訳ないのだが、明日は歓迎の晩餐に参加することになってしまった」
「かしこまりました。いつものように目を務めればよろしいのですよね?」
なぜかすまなそうな表情になる旦那様。
「晩餐は普段の食事より間違いなく長丁場になるだろう。頼んでおいて言うのもなんだが、無理はしないで欲しい。疲れたら休むなりやめるなりしてかまわないから」
旦那様は軍に長年在籍していることもあり、食べる速さはなかなかのものだ。
いつ何が起こるかわからないから、食べられる時にしっかり食べなければならないらしい。
さらにお屋敷ではいつもテーブルにまとめて出してもらって、お1人で召し上がるので食事時間は短い。
しかし侯爵家の晩餐ともなればフルコースで1品ずつ凝った料理が出されるわけで、当然のことながら時間がかかるのだろう。
「まかせておいてください!体力だけは自信がありますから」
「すまないがよろしく頼む」
翌日、予定通り侯爵様がご家族に説明された。
衣服の色を言い当てたり、旦那様の見えない位置にある本を読み上げたりしてご理解いただけたようだ。
「叔父上、よろしければ剣の稽古を見ていただけますか?」
侯爵様のご長男の要望に応じて庭に出る。
私が旦那様に触れている必要があるので手合わせはできないけれど、よく観察して的確な助言をなさったら感激なさっていた。
その夜の晩餐は旦那様のご両親である先代の侯爵ご夫妻も参加されて家族が揃って和やかに行われた。
「ふぅ~」
だけど終わってからの私は疲労困憊で何とか部屋にたどり着いた。
晩餐に時間がかかるのはわかっていたから問題ない。
だけど何人もの会話を追わなければならず、それと同時に旦那様の食事にも気を配らなければならない。
何回かこなせば慣れるかもしれないけれど、さすがに今日は疲れてしまった。
コンコンコン
ノックの音がして答えると侯爵夫人の専属侍女が入ってきた。
「失礼いたします。お疲れのところ大変申し訳ございませんが、お部屋の移動をお願いいたします。お荷物は後でお運びいたしますのでこちらへどうぞ」
今いるのは侯爵家の来客が連れてきた使用人のための部屋なので、なぜ移動しなければならないのかよくわからないけれど、言われるままついていく。
「こちらでございます」
通された部屋は花柄の壁紙に白い家具が揃えられた立派な部屋だった。
「ご婦人の来客用のお部屋でございます」
「あ、あの、私は使用人ですから先ほどのお部屋で十分なんですけど」
「奥方様から『今日は大変お疲れでしょうからゆっくり休んでいただくように』とのご指示をいただいております」
侯爵夫人の配慮だったのか。
表情には出さないようにしていたつもりだったが、疲れていたのはバレていたのだろう。
「そちらのテーブルにお食事をご用意いたしました。終わりましたらベルを鳴らしてくださいませ」
侯爵夫人の専属侍女は去っていく。
部屋に1人きりになり、テーブルを見て驚いた。
いくつかの皿にまとめられてはいるけれど、ほとんどが先ほどの晩餐に出てきたものと同じ料理だったのだ。
さすがは侯爵家の晩餐だなぁ~と思って見ていたのだが、まさか自分が食べることはできるとは予想外だ。
「ううっ、美味しい!」
しかも温かいものはちゃんと温かく、冷たいものはしっかり冷たい。
私が食事する時間を考慮してくださったのだろう。
これだけでも頑張ったかいがあったと言えるかもしれない。
残さず食べ終えてすっかり満足し、ふと思い出して言われた通りベルを鳴らすと侯爵夫人の専属侍女と数名のメイドが入ってきた。
あっという間に食器が片付けられ、テーブルにはお茶の道具が並ぶ。
「食後のお茶でございます」
「あ、あの、ありがとうございます。でも、私も使用人ですからここまでしていただくのは申し訳ないのですが」
「いいえ、貴女様は今の侯爵様の弟君にとってなくてはならないお方ですから、丁重にもてなすようにと言われております」
お茶の後はメイド数人がかりで風呂に入れられて磨き上げられ、上がった後も柑橘系の香りのするオイルでしっかりマッサージをされた。
貴族のご婦人っていつもこんなことやってるのかぁ~と、自分が男爵令嬢であることもすっかり忘れて感心してしまった。
おかげで立ちっぱなしだった足の疲れも消え、晩餐時の緊張で凝っていた頭や肩の筋肉も揉み解されてぐっすりと眠ることができた。
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