あなたのその目に映るのは

中田カナ

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04:現象の検証

「旦那様、おはようございます」
 翌日はすっきり目が覚め、お部屋で朝食を召し上がる旦那様の補助に立つ。
「昨夜はご苦労だった。会話しながらの食事だったから大変だっただろう?」
 食事の前に旦那様に声をかけられる。
「そうですね、初めてだったのでさすがに緊張と戸惑いはありましたが、たぶん慣れれば何とかなるのではないかと」
「それは心強いな。さて、今日は兄上の手配により目の不自由な少年の慰問と激励という名目で作業所へ向かう予定だ」
「かしこまりました」

 朝食を終えて馬車で出発する。
 旦那様と従者の男性と私、そして侯爵様の部下の方が付いてきてくださっている。
「会う予定の少年はこの地の出身で我が国の英雄である将軍様に大変憧れているそうで、今日訪れることは驚かすため、あえて本人には伝えておりません」
 ご家族には将軍来訪の話は通してあって、少年に同行してくれているらしい。
「そうか。では最初は彼女ではなく従者についてもらおうか。目の見えない者同士、対等でありたいからな」
「かしこまりました」


「本当に将軍様なの?!」
 少年は憧れの人の来訪に大興奮だ。
「ああ。今は目を悪くして休職中だがな。目が見えない者としては君の方が大先輩だ。いろいろ話を聞かせてほしい」
 少年は生まれつき目が見えないそうだ。
 普段は母親がこの作業所への送り迎えをしているそうだが、今日は両親揃ってこの場に来ている。

 いろいろと話が弾むうちに少年がおずおずと尋ねる。
「あの、先の戦いではお顔に傷ができたと聞きましたが、もう痛くはないのですか?」
 旦那様が部下をかばって負傷したことは広く伝わっている。
「ああ、傷は残ったが痛みはない。そうだ、触れてみるか?」

 従者が少年に手を差し伸べて旦那様の頬を触らせる。
「ここ、ですね?結構大きな傷ですよね」
「ああ、でも守るべきものを守った証だな。それより君の手にも触れてみていいかな?」
「あ、はい」
 従者が少年の手を旦那様に触らせる。

「子供の指にしてはずいぶんと指先が固いのだな」
 頬を触れられて気が付いたのだろう。
「あの、竪琴を習っていまして、練習しているうちにこんな指になりました」
「そうか、もしよければ聴かせてもらえるかな?」
「はい!よろこんで!」

 少年の母親が竪琴を持たせる。
 軽く音の確認してから演奏が始まった。
 私は初めて聞く曲だけど、このあたりでは子守唄として誰でも知っているものらしい。

「実に見事だった!王宮の夜会で著名な音楽家の演奏を聞いたことはあるが、君の演奏の方が私の心に響いた」
 旦那様が絶賛する。
「あ、ありがとうございます」
 あまりの賛辞に真っ赤になって照れる少年。

「ささやかだが、少しお礼をさせてもらえるかな?」
「お礼?」
 旦那様が小さくうなずいて合図したので私は座っている少年の背後に立つ。
「私の侍女はちょっと不思議な力を持っているんだ。うまくいくとよいのだけれど」

「失礼します。少し肩に触れますね」
 少年に声をかけてから肩に触れる。
 そして壁際に立つ少年の両親を見た。

「え?!何これ?なんで?」
 とまどう少年。
「私が見ているものが貴方に見えているのです。そこにおられるのが貴方のご両親ですよ」

「僕、お父さんとお母さんの顔、見えてるよ!」
 従者に促されてご両親が少年の目の前にやってくる。
「さわった感触は知ってたけど、お父さんとお母さんってこんな顔だったんだね」
 親子は涙を流していた。

「これが僕の竪琴なんだね。こんなにきれいな模様があったんだ」
 対面の感動から落ち着いてきた頃、私は少年が見たいものを見ていくことにした。
「将軍様の頬の傷は結構はっきりと残っているのですね」
「ああ、私は気にしてはいないが、女性や子供には少し怖がられる」
「僕はかっこいいと思います!」

 作業所を出て馬車に乗る。
「いつも通っている道って、こんな景色だったんだ」
 少年の家は薬を販売する店を営んでいる。
「うちの店ってすごく大きいんだね」
 祖父母や兄妹とも対面し、また家族一同で涙を流していた。

 家やその周辺を少年とともに歩く。
 日が傾きはじめ、そろそろ帰らなければならない時間が近づいてくる。
「…本当はもっと一緒にいてあげられればよいのですが、申し訳ございません」
 もっといろんなものを見せてあげられたらいいのに。

「ううん、侍女のお姉さんのおかげでいろんなものを初めて見ることができてうれしかったよ」
 少年の家に戻ると家族全員が勢ぞろいしていた。
「お姉さん、ありがとう。家族の顔をしっかり心に刻んだからもう大丈夫。これからも将軍様の目になってあげてね」
 少年の肩から手をゆっくりと離した。

「…これで本当によかったのでしょうか?」
 侯爵家へ戻る馬車の中で思わずつぶやく。
 見えたものがまた見えなくなってしまうことは、つらくないはずはない。
「どう思うかは彼とその家族次第だろうな。明日は別の者と会う予定にしているが、やめた方がよいか?」
 安易に慰めを言わないのは旦那様らしいところだ。
「いいえ、続けます」
 いつかこの割り切れない思いの答えが出るかもしれないから。
 作業所に通う目の不自由な人との接触は継続された。
 1人につき1日、本人の希望をできるだけ叶えていく。
 生まれつき見えなかったり病気やけがで視力を失ったりと人それぞれだ。
 見たいものも家族の顔だったり、思い出の景色だったり、家族のお墓だったり。
 別れる時はいくら感謝の言葉をもらってもつらい。
 もう見せてあげられないことが申し訳なくて。


 最後の1人は老婆だった。
 身寄りもないので作業所の1室で暮らしているらしい。
「あんたの話は聞いてるけど、あたしゃ別にいいよ。会いたい奴らはもうすぐ天の国で会えるだろうからさ」
 思いがけない拒否だった。
「でも、ここの連中は家族のようなもんだからさ、力になってくれたことには感謝してる。だから私からお礼をさせとくれ」

「お礼、ですか?」
「ああ。あたしゃ目は見えないが、その代わりに人には見えないものが見えるんだよ。頭がおかしいとか言われるから、あまり口にはしないがね」
 ニッと笑う老婆。

「まず一緒にいるそっちの旦那、あんたの呪いはもうすぐ解けるだろうよ」
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