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第十三話 鈴木孫市

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その日、平兵衛は十郎と共に堺にある安井道頓の邸宅にいた。
道頓は石田正澄を呼び、兵器を見つめていた。

平兵衛は石打ち式銃を見て、天に向かって二発放つ。
すると、二羽の鳥が力無く、ストンと落ちてくる。

「すまないが、まだ使える段階ではないな」

彼の呟きに残念そうな顔をして、俯く道頓。

「さよでっか……」

石打ちの衝撃が強く、手元がブレて狙いが上手く定まらない。

ーーおそらく、ここからの闘いは一撃で仕留めないといけないものになってくるだろう。

怪我などで戦意を喪失するような甘い連中ではない。

ただ、将来性はあるが今ではない。

「道頓さん! 持ってきたで!」

男が箱一杯の銃弾を置く。

「孫市はん、コラ、危ないやろ」

孫市という男はニコニコ笑いながら言う。

「すんまへんな! 気をつけますわ」

この男、見たところ60歳は超えた容姿をしているが、口調は若々しい。

「あんたが平兵衛はん? 銃の腕前がすごいらしいな! ワイも負けてへんで!」

彼は初対面の平兵衛に親しげに話しかけ、三丁あるモシンナガンのうち一発を放つ。

次の瞬間。
的の中央に穴が空いている。
十郎が成果に嬉しさを込め、微笑みながら言う。

「そちらの開発は良きようだな」

「ああ、任せてくれ」

孫市は十郎に向かって頷いた後に道頓に向かって言う。

「道頓はん、言うてたヤツは?」

「イスパニアから買うたヤツやな。食べもんのフリして持ってもらえたわ」


道頓はカノン砲とガルバリン砲を見せた。
全てが秘密裏に進んでいた。

この孫市は銃火器について、なぜ詳しいのか……

孫市は地方豪族であり、紀ノ川対岸の雑賀荘(現在の和歌山市街周辺)を中心に周辺の荘園の土豪たちが結集して設立していた雑賀衆の有力な家系。
彼は十ヶ郷の指導者的な立場にあり、戦国時代では本願寺側から参戦して、鉄砲を駆使した戦術で信長を大いに苦しめた。
幼い頃から各地で銃を用いて、転戦していた。

織田信長亡き後は徳川家康側につくのだが、孫市のみは何があっても秀吉側につき、

「羽柴はん、また負けましたなぁ!」

と、小牧長久手の戦いでは秀吉を励ました。

史実では、その後の彼は行方はわからないのだが、この世界では息子の重朝と行動を共にして、銃火器を用いた戦を自分なりに研究していた。

孫市の武士には見えない不潔な風貌を家康は嫌っていたが、古くからの親友である秀吉には好かれていた。

「これで秀吉はんに楯突くヤツをスコーンとな!」


道頓は石田正澄に言う。

「石田はん、ワイはアンタのお家と平兵衛、十郎はんに賭けてます。好きなようにしなはれ」

正澄は笑顔で答える。

「その賭け、道頓殿に勝たせましょう。孫市殿も勝てば好きなものを用意いたします。国でも鉄砲でも、何なりとお命じくだされ!」

孫市はコウコウと音を立てて笑い、首を横に振りながら答える。


「国などいらん! 毎日、熊や鳥を狩って、その肉を食い。若い女を好きなだけ抱ける! それで良いのよ!」


正澄は苦笑いしながら

「またそのようなことを……」

と呟く。

平兵衛たちや周辺が笑顔に包まれるが、次の瞬間、現実に戻される。

石田三成の使者が汗をかき、必死の形相でやって来る。

「どうしたのだ? 落ち着け」

部下に優しい正澄は彼に竹の水筒を渡し、中にある水を飲むように促す。

使者はその水を飲み干して言う。

「太閤殿下が……」

もはや、その一言で全ての人間は秀吉に何があったのか理解した。
そして、周囲が凍りつく。
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