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第七話「鐘鳴る中で」
しおりを挟む鐘鳴る中で
一
大坂には釣鐘がある。東町奉行所を西に、谷町筋と松屋町筋の間――後に釣鐘町(つりがねちょう)と呼ばれる場所にその鐘は安置されていた。
あれ数ふれば暁の 七つの時が六つ鳴りて 残る一つが今生の 鐘の響きの聞き納め 寂滅為楽と響くなり
ふと鉉之助は足を止め、無意識につぶやいた。
「おや?」
と、興味深げに微笑んだのは淀屋清兵衛であった。
「近松門左衛門、ですなァ」
人形浄瑠璃(文楽)の大家である近松がこの世を去って百年。未だ、彼の作品は大坂人には人気がある。清兵衛もそうで、特に心中物には目がない。鉉之助が口ずさんだのは『曽根崎心中』終幕の一節で、近松好きなら誰もが涙する名場面である。
「わしは物好きやからな」
鉉之助がやや照れ気味に言ったのは、彼が武士であったからだ。
幕府は八代将軍吉宗の頃より心中物を大いに嫌った。理由は作品の内容が自殺を幇助するものであったからだ。また「心中」と言う名も「忠(中心)」を逆にしたもので、「相対死」と称するよう幕府は通達をした。
鉉之助は気さくな人物である。だがそれでも忠義を第一に思わねばならない武士が、おおぴらに心中物が好きであることなど言えない。だが、それを「物好き」という表現で近松好きを言ってしまう所が彼の魅力であった。
清兵衛は武士が好きではない。何かあれば権力を振りかざし、時には刀を抜く物騒な連中だからだ。だが時折、鉉之助のような奇異なる人物が現れ、希少なるゆえに宝物のように思えるのであった。
「わしは大ボケや。侍のくせに人形浄瑠璃にうつつを抜かしとる。天下泰平、旦那衆に酒をたかることができる」
そう言うと鉉之助は高らかに笑った。清兵衛も微笑したが、わずかに翳があることを鉉之助は見逃さなかった。
「懸念でもあるのか?」
「懸念など……。ただ勘がします」
「勘?」
「景気がエエと悪なるのが世の常。商人にとってその心構えこそ大事」
「治あらば乱あり、か」
「そのような高尚なことはさっぱり……」
務めて温和な表情を浮かべているが、各地を見聞してきた清兵衛には世の中が不穏になりつつあることに気づいていた。
「今日もあの鐘の音が聞こえますなァ」
清兵衛は政道について武士に語る愚を良く識っている。わざと『曽根崎心中』にて語られる鐘に話題を移した。
「坂本様はあの鐘の音をお聞きになりましたか?」
いかに惚けた顔をしていようとも、毎日決まった刻限に鳴り響く鐘の音を聞かぬ者はいまい。
「わしの耳は空洞やないで」
「これはご無礼をば」
「まあ、物識らずには変わりがない。詳しくは知らんが……何でも大猷院(三代将軍家光)様より賜ったものやと」
この見解を聞き、清兵衛はくすと笑った。人は都合の良い生き物だ。話を良き風に捉え、そして伝播してしまう。たしかに家光とこの釣鐘が無関係であるのかと言えばそうではない。
寛永十一年(一六三四)。上洛を果たした家光はその帰路、大坂に立ち寄った。大坂の陣後、反徳川の気風が色濃く、豊臣をひいきする籠城組がいたりした。その後、松平忠明の城主時代を経て、その風潮は幾分か薄らいだ。だが家光上坂時にその風潮が払拭されていたわけではない。そうした空気を一変させようと幕閣たちはとっておきの土産を大坂人に用意していたのだ。
「あの乾の御櫓ですわ」
清兵衛は東町奉行所の背後に聳え立つ大坂城の乾櫓を指差した。
「金の采配を、こう――」
清兵衛は采配を振るう真似をした。幕府は事前に大坂人たちに通達し、乾櫓のたもとまで来るようお達しをした。そこに集まれば佳き知らせを上様が御下知される――そう聞かされて好奇心旺盛な大坂人は大坂城に詰め寄ったのだ。
通達通り、家光は金の采配を手にして櫓に現れ、まるで富を分け与えるようにして振るった。すると堀端にいた役人が高々と大坂人に宣言したのである。
「上様の思し召しにより、永代、大坂の地子銀を免除いたす」
この宣言に大坂人は驚き、しばらく声が出なかったが、やがて怒涛のような歓喜になって大坂城を包んだ。
地子銀とは今で言う住民税であり、当時は八つ取りと言って収入の八割が税として幕府に納めなければならなかった。大坂の再建に寄与した安井家などは道頓堀開削時に褒賞として地子銀を免除されていたのだが、その他の大坂人にも等しくこの特権が与えられたのだから喜ばぬ者はいなかった。
「それはもう随分喜んだようで」
満足気に話す清兵衛であったが、鉉之助はどこか他人事のように聞いている。それはそのはずで地子銀が課せられていたのは町人であり、武士には何の関係もない。同じ幕府への恩も立場によってその感受性は随分と違ったものになってしまうものだ。
「その頃は御公儀もえろう羽振りがよろしかったようで。あの釣鐘を私ども町人が御恩を忘れぬよう鋳したいとお願いしたところ、お上が銀を下賜すると仰った」
「ほほう。それは豪儀なことやな」
半ば鉉之助は喜び、半ば苦笑した。鉉之助はそうした経緯を全く知らない。だが清兵衛たち商人たちはよく覚えてくれていた。いつまでも幕府の恩を忘れないことに与力としてこれほど嬉しいことはない。
だが反面――幕府は財政難になれば理由を構えては莫大な献金を求めてきた。商人たちにとって幕府は恩も讐もある一言で片付けられない存在であったと言える。鉉之助は無類の諧謔家であり、諧謔は現実を見つめる力がなければ身につかないものである。
「民ちゅうは、えてして薄情なモンや」
「左様で……。ですが大坂の学問ほど物事の真ん中を見つめますよ」
誇らしげに清兵衛が言った背景には享保年間に商人たちによって設立された懐徳堂の存在がある。懐徳堂は形而的な学問を忌み、あくまで実用的な学問を求め、教えてきた。
商人が設立した学問所であるが、その実力は当代一であり、幕府も認めざるをえないほどであった。太閤びいきが強くなる中でも懐徳堂は冷静に大坂を発展させてきた徳川家康を研究し、ついに『逸史』という伝記を完成させた。『逸史』は頼山陽にも影響を与え、歴史学において多大な貢献を果たす。
――大坂には……。
と、清兵衛は語る。
「一つの音色に聞こえても色んな音が混ざってます。喜び、哀しみ、恩に、そして怨みも」
「ややこしいなァ」
「大坂は水の都。色んな地の川や海の水が混じり合い、そして街を潤していく。天下の台所であり続けるンは混じり合わばアカンのです。しかし、大坂の者はお上を嫌ってます。地子銀の恩を忘れぬ者は物識だけで、多くは太閤さん、太閤さん」
わざと鉉之助は惚けてみせたが、その理由はよくわかっている。大坂の発展の基は幕府の政策によるものだ。だが同じく伸びようとする勢力に待ったをかけるも幕府であった。
――こやつの先祖も御公儀によって待ったをかけられた。
鉉之助は穏やかな表情を浮かべつつも、根深い恨みが清兵衛の眼光に灯っていることを見逃さなかった。
清兵衛の店は淀屋と云う。
淀屋――この屋号は物識らずでもそれなりに大坂で生きていれば耳にする伝説的な名である。
二百年前。大坂再興に最も貢献したのは幕府でなければ城主や城代でもない。淀屋常安から五代にわたる淀屋が大坂再興、いや興隆の基を創った。拠点を淀屋橋や中之島に置き、あらゆる大坂の産業に淀屋は寄与した。
米の先物買い、東横堀川の開削、大坂市政の根幹となる三郷の一つ・北組の創設、さらには蔵屋敷を開設し大名貸しで莫大な資産を築いた。
だが五代目・辰五郎の時代に「商人の分際で贅沢がすぎる」という理由で闕所(けっしょ)――すなわち取り潰しに遭ってしまったのだ。幕府の本音としては淀屋を潰すことによって幕府や大名が抱えていた借金を踏み潰してしまうための言いがかりであった。
「怨みつらみ、骨髄にまで沁みる、やな」
「おたわむれを……。小さいながらも再び元の場所に店を開かせてもろうたのです。御恩を感じましても怨みに思うなど――」
あるはずもない、と鉉之助の勘ぐりを否定した。だがそのくせ、声色の重々しさは隠しようもなかった。ただそれを暴き立てても意味はなく、鉉之助は眼前で大坂の歴史を見せられているような不思議な感覚を得ていた。
「私めは直系ではござりませぬ」
清兵衛は語る。
五代目辰五郎が闕所になる直前。四代の重富が番頭の牧田仁右衛門に倉吉にて暖簾(のれん)分けしたのである。その牧田家の子孫が清兵衛であり、「直系でない」と言ったのはそのためであった。だが常安が築いた淀屋の精神を牧田家はよく伝承しており、大坂に戻ってきた清兵衛は誰よりも淀屋であることにこだわり続けた。
淀屋常安こそ大坂人の産みの親――言葉にしないが、清兵衛の心には確かにそうした自負が根づいている。
様々な人々が集い、そして色んな価値観が混じり合う街・大坂。清兵衛は金儲けのために大坂へ出て淀屋の看板を再び掲げたのではない。淀屋の理念を、大坂の本来あるべき姿を具現するために出店したのである。そのため儲けにならないこと――これと思った人々を支援することを続けている。鉉之助との交流がまさにそうであった。
もし商いを考えるなら大坂城を守衛する玉造口与力などと親しくする必要はない。同じ与力でも町奉行所の与力に近づくべきであったが、清兵衛は必要以上に奉行所の与力とは接触しなかった。
「清兵衛は道楽者」
鉉之助はそのように評したが、清兵衛の道楽に蘭学者との接触もある。
「橋本何某という医者が大坂を去ったらしいな」
橋本何某とは六月に安芸へと去った橋本宗吉のことで、鉉之助が知っていることに清兵衛は驚いた。
「坂本様は蘭学に興味をお持ちで?」
その問いに鉉之助はかぶりを振った。鉉之助は好奇心の強い男だが、蘭学だけは好きになれない。治安を乱す可能性が蘭学にあると見ていたからだ。これは親友である平八郎の影響であり、終生その考えは変わらなかった。
「絲漢堂やったかな。しかしあそこの門人は世を惑わす紅毛人の教えを広めようとした。腐った蜜柑は他の蜜柑も腐らせる」
「これはお心が狭い。清も濁も併せ呑むが天下を治める方の御器量」
さらに清兵衛は腹に溜まった言葉を吐き出そうとしたが、慌てて口をつぐんだ。
「そうそう、鐘と申しますと……」
我ながら強引だと自覚しながらも、話をずらせようと話を鐘に戻そうとした。
「もうじき師走。除夜の鐘が聞けますなァ」
「風が冷たいが……あの阿呆の懐はそれどころやないやろなァ」
「あの阿呆?」
清兵衛には意味がわからず、首をかしげた。
師走と言えば清兵衛はもちろん、鉉之助とて暇なはずがない。この忙しい時期に何用があって鉉之助は自分を呼んだのか、清兵衛には理解できないでいたが、ようやくその理由がわかった。
「坂本様の御用とはその阿呆様のことでございますか」
「ああ。その阿呆のことや」
双方、「阿呆」と言うことに可笑しくなった。だがいつまでも笑っているわけにもいかず、鉉之助は咳払いをした。
「実はなーー」
そう言いかけた時、話の腰を折る騒ぎが起きた。風物詩と言うには、その騒ぎは大坂人にとって不愉快なことはない。師走とはその字の如く、師も走り出すほど忙しかった。ただでさえ忙しい時期に大坂人の心を鬱屈させる連中が闊歩し始める。
それは江戸表からやって来た将軍直参――すなわち旗本たちである。
将軍御目見である――。
彼らは事あるごとに己が身分をちらつかせ、大坂の者を辟易させた。
大坂城は将軍直轄の城であり、直参の彼らが正式な守備兵、すなわち定番衆として赴任するのである。御抱え席の与力や同心たちは土着で大坂に郷土愛を抱いているが、交代制である彼らには愛着などかけらもなかった。
「旅の恥は掻き捨て」とばかり、彼らは野放図に振舞う。粗暴な者は大商人に脅迫同然に金を借り、言うことを聞かなければ乱暴狼藉を働いた。本来これを抑えるのが町奉行配下の与力であるが、御抱席の身分では旗本に対して何も言えない。
「坂東の田舎侍めが」
内山彦次郎などは非情で冷徹なほど能吏であったため、彼らを憎悪しきっていた。後年、同じく関東からやって来た新撰組と対立し、結果、暗殺されることになる。その遠因は定番衆との悶着にあった。
そんな定番衆たちが街に繰り出し、常に町人たちに因縁をふっかけるきっかけを探している。慌しく走る者、気もそぞろに歩いている者などは格好の標的であった。それも金を持ってそうな者はまさに鴨であった。その乱暴狼藉が鉉之助たちの眼前で起きようとしている。
――無礼者ッ。
道を塞ぐように歩いていた旗本が道の端を歩く者にわざとぶつかった。
えたり、と二十代の旗本はその相手に詰め寄った。だがその相手はよほど呆けていたらしく、ぼんやりと旗本の顔を見つめている。その態度がさらに旗本の感情を昂ぶらせた。
「金を出せッ」
さすがにそこまで露骨なことは言わないが、金銭を出さなければならない理由を累々と述べた。それでも男は呆然と旗本の顔を不思議そうに眺めており、あろうことか、大きくため息をついてしまったのだ。
「おのれ、愚弄するかッ」
旗本は己の面子を保つために斬るべし――実に短絡的にそう考えた。
斬捨て御免の慣習はある。だがいかに侮辱されようとも武器を持たない町人を斬れば大事であった。だがそのようなことを恐れず――いや忘れたというべきか、旗本は刀の柄に手をかけた。
あわや斬り捨てになるか。誰もがこれから起こる惨劇に身を震わせ、手を合わせた。だがその中で平然と両者の間に割って入り、止めたのが鉉之助であった。
鉉之助は分別のある大人であったが、本来は正義感が強い無鉄砲な性格であった。こうした理不尽さを目にすると喧嘩師として名を馳せた青年時代に若返りしてしまう。
この時も鼻歌を唄いながら思い切り旗本の腕をねじ上げた。
「腕をこうすると、ほほう。痛いものでござるか。ほほう」
鉉之助は痴呆を装って、相手の悲鳴を意にも介さない。
「はて……おお。あなた様は飯尾様ですな。いやはや、かような所でお目見え叶い嬉しき限り」
「い、痛いッ。早うその手を離せ。腕が……腕がちぎれるわい」
そう叫ぶ飯尾を見て、鉉之助は弾けるようにして笑い、ようやく手を離した。
「これは失礼を。お見忘れですか、坂本でござりますよ。玉造口与力、坂本鉉之助でござる」
飯尾も大坂城玉造口を守備する役目であり、鉉之助の上役に当たる。鉉之助だと知った飯尾は驚愕した。
鉉之助はしたたかにも定番衆の前では痴呆を装っている。彼らの嫌がらせに対して何もわからぬと見せて強烈なしっぺ返しを繰り返してきたのである。飯尾もまた鉉之助の「被害者」であった。
さらに鉉之助の痴呆ぶりは念が入っている。定番衆たちは事無く大坂での勤めを果たせば江戸での出世が待っている。下手な騒ぎを彼らは忌み嫌った。そこに付け込み、鉉之助は何事も大袈裟にしてしまうのである。生涯出世の見込みがない御抱え席だからこそ打てる奇手であった。
――まずい奴に出くわした。
飯尾は乱れた衣服を正しながら、内心では焦燥しきっている。
ここは体面だけを守り、眼前のたわけから逃げなければならない。ただそうした機微を鉉之助は知り尽くしており、罵声の一つでも自分にあげさせて、事を収めてやろうと考えていた。
「この陪臣(またもの)がッ。町人風情の肩を持つ武士の恥さらしめ」
そう叫ぶや、飯尾は大刀の鞘で鉉之助を思いっきり殴りつけた。だが鉉之助は眼光に凄まじい殺気と狂気を宿らせ、にやにやと笑った。これには飯尾も閉口してしまい、逃げるようにして城へと去ってしまった。
「坂本様、大事ございませぬか?」
「こんなのは日常茶飯事や」
「血ィ出てます」
「大事ない」
飯尾にからまれた男は鉉之助のくちびるから血が出ているのを認めると、にわかにその動きが機敏になった。
「今は埃が多い時期。手当てせな、膿んでしまいます」
そう言うと男は手にしていた風呂敷から洋風の薬瓶を取り出し、そして鉉之助の口を消毒した。
「あなた様はお医者、蘭方の先生で?」
清兵衛の問いに男は深く頭を下げた。
「坂本町の思々斎塾にて医を学んでおります億川百記でございます。手前が呆けてたばかりに、とんだご迷惑をおかけいたしました」
何とこの男は八重の父・百記であったのだ。
「思々斎塾……ならば緒方三平と言う者を知っておるのか」
思わぬ名前が鉉之助の口から飛び出してきたため、百記は驚いた。
「かの者をどうしてお武家様がご存知なので?」
百記の問いに鉉之助は答えず、清兵衛に向かって先ほどの問いに返事をした。
「先ほどの阿呆とは田上……いやこの緒方三平ちゅう男のことや。淀屋」
「……緒方三平……。その方は手前も存じておりますよ」
奇しくも、ここにいる三人全てが三平と深い繋がりがあり、大坂という街も狭いものだと思わされた。
「手前には娘がござります」
百記は唐突に娘の話をし始め、鉉之助はいぶかしんだ。ひょっとしてこの男は気が触れているのではないか、とさえ勘ぐってしまった。だが百記の眼光はどこまでもまともで、とりあえず娘の話を聞いてやろうと耳を澄ませた。
「私はあの男が許せまへん」
「ほう。何ゆえに?」
よほど三平はやってはならないことをやったらしい。
――なるほど。あの格之助が深刻な顔をする訳や。
三平を何とかしてやってほしい――鉉之助の脳裏に格之助の心配げな表情が思い浮かぶ。 だがどうしたわけか、すぐさま百記は気弱な顔をしてうなだれた。
「ですが、許さぬと申しますと娘が叱るのです」
そう言うと百記は今にも泣き出しそうな表情で事のあらましを語り出した。
聡明な娘。大人びた娘。気が強い娘。
大人の中で育った子はえてしてませて育ってしまう。特に八重のような利かん気は、一度言い出すと後には引かない。彼女は感受性が強く、人の苦しみを苦しみ、人の喜びを喜べる。その八重の心がどうしても晴れなかったのだ。
――行くあてがない。
そう言って寄宿を申し出た三平が塾を追い出されたのである。少女でなくとも三平が路頭に迷うことは想像に難くない。
「大庭君は許された」
そう聞いた時、八重は我が事のように喜んだ。三平と共に破門された大庭雪斎であったが、反省していると見られ、許されたのだ。だが三平が未だ許されていなかった。
「お父様、どうしてなの?」
そう尋ねる娘に百記の表情はどこまでも硬い。百記は八重のことになると別人のように甘く、このような顔を見せたことがなかった。
「嫌いやから追い出すンやない。人はな、好きやから追い出さなアカン時もあるンや」
「……意味わからへん……」
「お八重は優しい子や。人の痛みを痛いと感じ、人の幸せを素直に祈ることは誰にでもできることやない」
「……じゃ緒方さんはそれがでけン人なの?」
それには八重は納得がいかない。なるほど三平は調子に乗りやすい性格ではあった。だが決して感受性のない人ではなく、むしろ底抜けに優しい。それが父たちにはわからないのだろうか、と彼女は疑問に感じるのである。何よりもいつまでも許さないほどの悪人にはとても思えない。
「あの子はな――」
百記はあえて三平を「あの子」と、幼い者に対する言い方で評した。
「心根は悪ない。そやからこそ……」
大事な娘を奪ってしまう恐れがあり、そこが心配だったと百記は言いそうになった。だが今はそんなことを言うべきではなく、苦笑しながらかぶりを振った。
「いやいや。このことを一番良うわかっていらっしゃるのは天游先生……いや小町先生や」
「小町先生?」
八重が驚いたのも無理はない。誰よりも三平の帰参に反対しているのが彼女であったからだ。
だが百記は知っている。さだほど三平を高く買っている女はいないことを。
――だから、や。
高く評価しているからこそ三平の心構えが許せないのだ。
――あの子は医者として大事なことを識らない。
一方で三平に期待を寄せてもいた。
百記は耳にしている。雪斎から三平の翻訳能力は卓越しており、その訳を見た百記は驚かずにはいられなかった。天賦の才とはまさにこのことで、三平を育て上げればきっと大坂の蘭学は大きく進歩するであろう。ひょっとすれば宗吉や天游を凌ぐ者になるかもしれない。
学者としての嫉妬――これは呆れるほど百記にも天游にもそれはなかった。宗吉も顕蔵もそうであったが、この頃の大坂学者はこうした点で奇人が揃っている。
――力は気あってこそ意味をなす。
これが百記の考え、いや天游から学んだ価値観であった。医術は人の力を越える学問である。だからこそ倫理観こそ至上命題であり、能力のある者は何よりも大切にしなければならない。そのことを三平は全く理解していないのだ。
「緒方君は学問が楽しゅうて仕方がないんや」
「それがアカンの?」
さぁ、と百記は微笑し、それ以上は答えなかった。
――お父様はのれんに腕押し。
これ以上、父に談義しても無意味なことに八重は気づいた。やはりここは一番に怒っているさだを説得するしかない――そう考えて、すぐに行動に移った。
「忞(雪斎)さん」
先ごろ許された雪斎をつかまえて、八重は協力を仰いだ。
「三平さんを何とかしてあげて」
だが雪斎はうんとは言えなかった。
「ずるいんやね」
雪斎も武士である。ずるいだの卑怯だのと言われては立つ瀬が無い。だが困惑する一方でその通りだとも思った。雪斎だけが赦され、三平は赦されない。助かったと思う一方で、疑問が雪斎の心にある。と言って、天游やさだに面と向かって三平赦免を願い出ることはできない。
「小町先生は三平さんが嫌いなん?」
「嫌いかどうかはわからへんが……」
三平の何かに腹立てていることは間違いない。さだは人に対する好き嫌いはなく、長所も短所も愛嬌だと考える人であった。
「聞こう」
あれこれと思い悩む雪斎がびっくりするほど八重の声は大きかった。
「誰に?」
間抜けな質問をする――雪斎は我ながらそう思った。質問をする相手はさだしかいないからだ。だが退塾させられたあの日の恐ろしげなさだの形相がまだ雪斎の心に焼きついており、どうしても躊躇してしまう。だが八重はその心を知ってか知らずか、陽気で勢いよく雪斎の背を押しながらさだを探し求めた。
さだは相変わらず忙しい。近頃は坂本町付近のみならず、中之島や遠くは思案橋を東南に渡って松屋町まで往診することもあった。まさに東奔西走で、この日も八重たちが彼女をつかまえることは至難の業であった。さだを見つけたのは夕刻であり、陽が沈もうとしていた。
「どうしたン、二人とも。……緒方君のこと?」
雪斎はわざとか、息を切らせ、ろくに答えなかったが、八重ははっきりとそうだと答えた。
「小町先生は三平さんが嫌いなんですか?」
さだは惚けたような顔をしてかぶりを振った。好きだの嫌いだのという問題ではない――彼女の表情はそう語っている。
「大庭君。あなたは何で赦されたと思う?」
この問いに雪斎は緊張した。下手な答えを出せばまた追い出されてしまうのではないか――。雪斎はあれこれと考えたが、彼女が姑息なことを最も嫌うことをよく知っている。
「怖さを……怖さを識ったからではないかと」
それ以上、雪斎は答えなかった。いや答えなかったのではなく、それが種痘騒ぎを起こした後、雪斎がたどりついた答えだったからだ。
「そう。大庭君は識った。でも緒方君は識らない」
「どういうこと? 小町先生」
「お八重ちゃんには難しいかも」
この答えに八重はあからさまに不服そうな顔をしたため、思わずさだは笑ってしまった。
「仕方ない。じゃあお八重ちゃん。お父様に緒方君とお話してもらいなさい」
八重は露骨に不服そうな表情をした。少女だからといって、たらい回しをされてはたまらない。だがさだはにこりと笑みながら再度同じことを繰り返した。
「億川先生だからこそ緒方君の心にきっと……」
そう言うとさだはにっこりと笑みを浮かべた。
「今日も鐘の音が響く……。お初さんも徳兵衛さんも生きていく意味をよくわかっていた」
八重は誰のことかわからず、首を傾げた。だが雪斎はすぐにそれが『曽根崎心中』の主人公二人であることに気づいた。
さだはそれ以上、何も言わず坂本町へと戻っていった。煙に巻かれた――そう思わないでもなかったが、八重は再び父に願ってみるしかないと思い、家路に着くのであった。
「烏賊のぼり、か……」
時折、百記は自身に付けられたあだ名を思い出しては一人ごちる。
いい意味などまるでない。妬みや嘲りで満ちており、不愉快しか心には残らない。だがこの不快感こそ医者としていられる痕跡だと思い、大切にしてきた。
何でやろう――。近頃はしきりに医者を志した頃を思い出すのは、やはり三平のことを考えているからであった。間の抜けた三平の長面が脳裏に浮かんでは消える。そして消えてはまた浮かぶ。何か。何か一言ぶつけてやりたい。
「お父様はへそ曲がりやね」
まるで心を見透かしたように八重は言う。いつもなら娘の聡明さが可愛くて仕方がないのだが、しつこく三平を気遣うことに百記は嫌気が差していた。。
――あ、アカン。
八重は敏感だ。父の顔に表れたわずかな不快の色を見て、すぐさま察した。
八重は賢い。このまま同じことを繰り返したなら逆効果であることを識った。
八重はずるい。今度は屈託のない笑みを浮かべた。それは「邪気」のない笑みで、わが娘ながら油断ならぬと、八重のしたたかさに百記は舌を巻いた。
だが百記は一代で身を起こした人物である。古今東西、一代で事を成す人物は厄介この上ない。こうと決めたならば折れない強さを持っているが、反面頑なにへそを曲げることもある。迎えに行こうとしない百記も、わからないうちは頭を下げようとしない三平も、どちらも難物であった。
――何とかしてほしいなら向こうが来るべきやろう。
年上であり先輩であり、何よりも医者として百記はすでに名を馳せている。本来ならば思々斎塾から独立をして違う塾を開いてもおかしくはない。だがそれでも百記が独立もせず開塾しなかったのは誰よりも天游が好きで、役に立てると考えていたからだ。
行くか、行くまいか。日ごとに気持ちが揺らぎ、そしてずるずると時を経て師走を迎えてしまったのだ。それでもあれこれと迷っているうちに今回の騒動に巻き込まれてしまったのである。
「まこと厄介は娘でございます」
百記は肩を落とし、深くため息をついた。
鉉之助の人柄というべきか。知り合ったばかりの――それも武士である相手に百記は益体もない愚痴を漏らしてしまっている。
「大坂はどうにもエラい者が集まるようやなァ」
エラい者とは鉉之助一流の表現で奇人を指しているようであった。呆れながらも鉉之助は、この手の「エラい者」が好きでならない。それにしても何も成さぬ、何を成すのか皆目見当がつかない青年にどうしてこうも他人の心を揺るがせるのであろうか。
三平は融通が利かない。三平は頑強ではなく身分も金もない。だが愛嬌がある。
何の保証もないが何か可能性がちらほらと見える気がする。頼りないと思うが、だからこそ気にかけてやらねばならない――そんな気持ちにさせてしまう。
百記は思った。橋本宗吉にせよ、中天游にせよ、そして自分にせよ。医術がなければ自分たちは何者なのだろうか。ただの偏屈者にすぎない。だが大坂では米だけでなく人すら先物買をしてしまう。賭博であるが、大坂で生きる者たちは己の眼を信じて未知数の若者たちに希望を託し、そして若者たちもそれに応えた。その結果が医者として大坂で生きている。
鉉之助は想いを転じた。三平と同じく――いや三平よりもはるかに奇異なる平八郎のことを。平八郎ほど欠陥が多い人はいないのではないだろうか。だが純粋無垢でひたむきに進む平八郎に魅かれ、その養子である格之助にも目をかけている。格之助もまた不器用であるが、それがまた愛おしい。
その格之助が悪態をつきながら三平に心をかけている。そして鉉之助も若き者たちの友情を大事にしてやりたいと心を動かされていた。
清兵衛は心を馳せていた。我が祖先の淀屋常安や大坂を築きし人々のことを。
大きな利を手にした常安たちであったが、当初から大儲けを目論んで様々なことを考えてはいなかったはずだ。それに常安一人で今の大坂を作り上げることは出来なかった。
多くの可能性と可愛げがある者、どのように花開くかわからない者たちに大坂の人々は賭け、そして今の繁栄へと繋いできた。大坂を紡いできたのは武士ではない。明日をもしれないがわずかな輝きを信じた大坂人がこの街を育ててきたのだ。彼もまた三平に心をかけるのは常安のように次代を担う若者を育ててみたいという欲求のためではないかと思うのである。
三者三様、だが若者に託したい気持ちは奇しくも同様であった。
「億川先生、でしたな」
三人の想いを鉉之助の陽気な声が打ち破った。
「田上を……いや、緒方をどないしようかとあれこれ思案してましたが……余計なことはせん方がエエと思いました。なあ、淀屋さん」
清兵衛も同感らしくうなずいた。
「お二人とも、何を?」
「あいつは武士でも商人でもなく医の道を進もうとしている。餅屋は餅屋。他所者が口を出すは岡目八目。億川さんにお任せするが一番や」
何を勝手な――と百記は困惑したが、鉉之助と清兵衛は取り合おうとしない。
「もっとも……先生。あなたは何もすることはない。あいつは牛に曳かれて善光寺にお参りするような奴やない。己の足で歩いていく頑固な奴や。あいつが自ら足を進めた時に手を広げてやるのが――」
先生の仕事や、と鉉之助は笑った。
「勝手な仰せや」
「人は勝手なンが相場や。歯痒いが舟にでも乗ってゆっくりとあいつの歩みを見物させてもらう」
そう言うと鉉之助は清兵衛を誘って、天満八軒家に到着した三十石舟に乗り込んだ。
残された百記は狐に化かされたように唖然としていたが、鉉之助の言葉で吹っ切れたような気持ちになっていた。
――何とかしてあげて。
脳裏に八重の声が響く。だが百記はそれを笑い飛ばし、大きくかぶりを振った。色々言ってやりたいが、もし三平が見込みのある男ならばきっと自力で医者とは何かつかみ取るであろう。そのきっかけも機が熟せば伝えることもできる。百記は大きく息を吸い、帰路を急ぐのであった。
二
機が訪れようとしている。ある噂が流れ、三平はがむしゃらに大坂の街を駆け巡っていた。
――奔ったところで何になる。
そう思いつつも、奔らずにはいられなかった。
橋本宗吉は大坂を追われた。その半年後、今度は藤田顕蔵がこの世を去ろうとしている。
この世を去る――という能動的なものではなく、磔(はりつけ)にされるという極めて受動的な事情で生涯を終えるのである。
市中引き回しの上、磔獄門。これほど凄惨な処刑方法はない。豊田貢たち切支丹一派が捕縛されてから、東町奉行所は厳しく詮議をした。そしてようやく沙汰が下ったのである。
「ホンマかッ」
三平はここ三月ほど人足として働き、日銭を稼いでいる。その人足仲間が噂をしているのを三平は耳にしたのである。
三平は月代を剃っておらず、総髪になっていた。もはや仕官侍には見えず、ただの一浪人にしか見えない。そのため以前のように「お武家様」と呼ばれることはなくなっていた。 だが庇護されなくなったことで三平はたくましくなり、よほどの者でない限り恐れることなく話せるようになっている。
「切支丹の磔が、気になるンか」
「気になる」
三平がそう言い切ると、その人足は鼻で笑った。
しがない浪人が何をそんなに気にしているのか。浪人が心しなければならないのは今日の食い扶持だけであり、切支丹がどうの、国禁がどうのなど関心を抱く方がどうかしていよう。
「皆、あの世ゆきや」
「どこで磔されるンや」
物見高い奴ァ――人足の顔はどこまでも呆れ果てている。いやまだ物見高いだけなら良いが、気が狂っているのかもしれない。人足は無用な係わりを絶つためにその場所を教えてやった。
「東町やから鳶田やろ」
大坂における処刑場は七つあるが、著名なのは千日前と鳶田である。千日前は千日寺の異名を持つ法善寺のことで、こちらでは主に西町奉行所管轄の罪人が処刑される。恐らく東町奉行所から谷町筋を南に行き、引き回しをして後磔になるはずである。市中引き回しは見せしめであり、谷町筋で曳かれる罪人を見ることができるはずである。
――何するつもりや。
そう尋ねられたが、三平には何も答えない。何もすることが出来ないからだ。
――声はかけられへんけど、見送りたい。
三平はいてもたってもいられず、弾けるようにして谷町筋へと駆け出していた。
三平にはまだ心に少年的な心が残っている。だがあがいても顕蔵を助けることなどできはしないし、三平はまともでありすぎた。
だがせめて最後の姿をこの目で焼き付けておきたかった。わずかな期間とは言え、三平を世話してくれた恩人である。宗吉を見送ったように、冥途に旅立つ顕蔵を心の中だけでも読経し供養したかったのだ。
「ほんまなんやろか」
どこからか、誰がつぶやいたのかわからないが、谷町筋に出来た人垣でそんな声が三平の耳に入った。
ほんまなんやろか――。
豊田貢たちは切支丹であった。いや、あったと言うより彼女たちはそう思い込んでいたようであった。切支丹だと彼女らは自覚し、そして自白もした。だが肝心の教義について無知に等しく、取調べをした与力たちの首をかしげさせた。
豊田たちはただの宗教屋であり、切支丹を名乗っていただけに過ぎない。教義などどうでも良く、大日如来をデウスと称していただけであった。豊田は少女時代から恵まれておらず、思い詰めていた頃に亡き教祖の水野軍記に帰依したのである。
ただ顕蔵だけは蘭学者だけに博愛的な思想を有しており、そうした意味から唯一切支丹らしいと言えた。いずれにせよ顕蔵が助かる道は残されていない。
――藤田先生……。
顕蔵の顔を三平は確かめた。だがその容貌は拷問を受けたせいで、別人にのようになっており、三平は思わず嗚咽を洩らしそうになった。
あれほど優しかった顕蔵がここまでの目に遭わねばならないのか――許されることなら誰かに問い詰めたかった。だがその激しい感情を表に出すことができず、ひたすら唇を噛んでその激情を腹の中に押さえ込んだ。
ひょっとして――。顕蔵たちの姿を見ながら、一つの疑問が脳裏をよぎった。自分は今、蘭方医の勉強をしている。思々斎塾を破門されても、まだ江戸ハルマを訳し、医術書を目にすると暗記しようとしていた。本来は歌道を目指していたはずが、どうしたわけか医を目指している。
「医は人の道やない」
大坂を去る宗吉の言葉が蘇る。
「世のため、人のため、己のため」
淀屋清兵衛の言葉が蘇る。
だが小町先生はその考えを認めようとしない。同じく破門されたはずの雪斎だけが赦された。なぜ、自分だけが赦されないのか。
世のため、人のため、己のために医術を目指したのがいけなかったのか。一体医とは何なのか。三平は誰でも良いからその答えを教えて欲しかった。だが誰も教えてくれない。
――お前の生涯や。お前が考えろ。
そんな冷たい言葉がぶつけられているようにさえ思えてしまう。詮無きことだとわかっていても、眼前で曳かれていく顕蔵に教えてほしいと三平は熱望した。だが顕蔵は応えてくれず、もう誰がどこにいることなど浮世のことに一切の感心を喪っていた。
三平は抜け殻のようになった顕蔵を見るや、もう全てを忘れてしまいたいとさえ思った。
刑場までその最期を見届けようと決意していたのだが、すでに心を奪われた顕蔵の身体の終焉まで見る勇気がなかった。
怒涛のように顕蔵の笑顔が浮かんできたが、三平は必死になって記憶の彼方に封印しようと務めて無表情に谷町筋を後にした。
三
年が明け、文政十三年(一八二九)。
正月だと言うのに祝う気がしない。雪は降っていないが、ひどく底冷えがするように感じたのは年末に磔があったためであろうか。蘭方医にとって心が晴れやかになる道理はひとつもなかった。
天游は骨太であり、体格も立派であるにも係わらず、大の寒がりでこたつの中に潜り込んで縮こまっている。この頃のこたつには天板がなく、さながら布団のお化けのようだと、さだには思えて仕方がなかった。
「正月はこたつに限る」
そう言いながらこたつの中でちびりちびりと酒を飲むのが天游には楽しくて仕方がない。徳利は丹波製で酒屋の住所が記されている。杯は天游の趣味で名所が描かれた絵皿を好んだ。
「ホンマは天橋立でも見ながら酒を飲みたいもんやが」
天游は絵皿に描かれた橋立を眺めながら一人ごちる。
天游の出身は丹後であり、亡き母に橋立へ連れられたものだった。酔いのせいもあって長らく戻っていない故郷を思い出し、顔を緩ませる。もう丹後に家はなく、帰ることはない。せめて正月ぐらいはこうやって故郷を思い出すことで天游は帰郷しているような気分に浸っていたのだ。
「さだ、酒や酒」
相変わらずの亭主関白で、さだに酒を追加するよう命じた。気が強いさだだが、夫の傍若無人さに腹立てることなくてきぱきと動き、天游の機嫌を損ねることはない。
――さだの暖め方は天賦の才や。
そう叫びたくなるほど、さだは酒を温めることが上手であった。体感的に丁度良い温度を知っているようで、酒の旨みを彼女ほど見事に引き出す女(ひと)はそうはいないだろう。
心底この女房に惚れているくせに天游は口に出して褒めたりはしない。だが彼の飲みっぷりを見て、さだは満足していた。
「お前様。今日はあの娘が生まれた日ですよ」
天游は首をかしげたが、すぐさまそれが八重であることがわかった。八重は元旦の生まれで、その目出たさが百記夫妻の自慢の種であった。
「億川さん家(ち)は大騒ぎやろうな」
それが――と、さだは苦笑した。
「年玉をせがまれているそうで」
「ふぅん。そんなに餅が欲しいンか」
年玉の習慣は古くからあったが、この時代の子供たちは金銭ではなく餅を貰うのが専らであった。
「餅ならば、億川先生もお困りにはなりません」
そう言うとさだは急に黙りこみ、天游は考え込むようにして酒を口にした。
さだは重箱を用意し、餅をいくつか詰め始めた。その動作を見て天游はぎくりとした。まさか今から億川家に餅を届けろとでも言うのか――天游はこたつにしがみつきながら、激しく首を横に振った。だがさだは満面に笑みを浮かべ、重箱を押しやった。
「堪忍してくれや。あまりにも殺生やで」
「ぐずぐず仰らないで」
「明日でエエやないか。餅は腐らへん」
「餅は腐らなくても八重ちゃんのお祝いは今日しないと」
誕生日を祝う習慣は日本に普及していないが、蘭学に触れてきたさだは生まれた日を祝う西洋の風習を良いものだと思っている。好奇心旺盛な彼女は一度こうした祝いをやってみたかったのだ。
「わしは阿蘭陀人やない」
「でも蘭方医やないですか」
漢方医は医業上達のため、床の間に節句に少彦名神を祀る。それに対して天游は蘭方医仲間に語り合い、ヒポクラテスを祀ったのである。風習から蘭方を学ぼうとしてのことだが、それならば誕生日を祝うべきである。亭主関白的な横暴には黙って従うが、自分の提案に対してはどこまでも固執した。
泣く子とさだには敵わぬと、天游は恋しいこたつと別れを告げ、寒風の中、億川家へと向かった。
「これはこれは大先生――」
天游を玄関で出迎えた百記夫妻は驚き、草履も履かずに外へと飛び出してしまった。
「エエからエエから。二人とも寒いやろ。わしも寒い」
天游としては恐縮するよりもさっさと屋内へと入り、暖を取りたかったのである。
「そうや。億川さん。火鉢はあるか。これを焼いてくれ」
「餅ですか?」
「さだが、お八重に年玉をやれ言うてな」
「それでわざわざ大先生をお遣いに?」
「阿蘭陀では生まれた日を祝う。それをやりに出て行けちゅうわけや」
これには百記も妻の志宇も唖然とした。驚くべきなのか、喜ぶべきなのか、はたまた呆れ果てるべきなのか。いずれにせよ愛娘のために師が餅を携えて来訪したのである。いつまでも寒い中を立たせているわけにはいなかった。
二人は天游を招じ入れ、すぐさま酒と餅を焼くために網を用意した。そうこうしていると着飾った八重が静々と現れ、礼儀正しく手をついて新年の挨拶をした。
「大先生。新年のご吉慶、めでたく申しまする」
「ホウホウ。ご懇切な挨拶痛み入る。八重殿も新年のご吉慶、めでたく申し収め候」
そう言って天游も居住まいを正して八重に挨拶をする。それにしても、この八重は何と端正な娘であることか。初老に入りかけている天游よりもしっかりしているようであった。
「お八重も、しめ縄や門松を持って、どんどまつりで焼くんかな?」
厄除けという意味もあり、十五日になると子供たちはしめ縄や門松を焼く。天游は壮齢でありながら子供じみた所が残っているらしい。未だ何かを焼くことにわくわくしてしまう。だが八重は八歳ながらませており、そのような子供じみたことに興奮はしない。
「さだ先生からいただきました赤い着物と花笠をかぶるのを大層喜んでいるのです」
そう話したのは、志宇であった。
「さだの奴……いつの間に。夫には餅を持っていかせて、自分は着物と笠を贈っているとは……けしからん」
口では不服そうに言ったが、さだの気配りに感心していた。何よりも眼前の八重がさだの贈り物に喜んでいることに天游は満足していた。
「どんど焼きはともかく、餅を焼くのはどうや」
天游がそう尋ねると、八重は満面に笑みを浮かべた。
中家の餅はさだの配慮もあって選りすぐりの米を使う。そのため年玉として振舞われる餅は大人も子供にも喜ばれた。
楽しき刻が過ぎ去るのは早い。いつの間にか日が暮れてしまっている。
天游と百記は顔を真っ赤にしながら酒を飲み、談笑する。そのかたわらで八重は母と共に書初めのため墨をすっていた。
やがて話すことも尽き、二人は目を細めながら火鉢の炭を見続ける。
なぜ天游が一人でやって来たのか。百記のみならず、天游自身もわからなかった。だが二人で顔を見合わせているうちに、さだの真意がわかってきたように思えた。八重への年玉として餅を持参したが、本当にあげなければならない物が別にある――二人は何となくそうなのではないかと勘付き初めていた。
全てが革まる新年であるが、昨年より心にかかる事案があった。
「……正月どころやないやろうなァ」
天游がふとつぶやくと、百記は酢を飲んだような表情で押し黙った。だが行くあてがなくなった彼ならばそうであろうと百記にも想像がつく。その彼とは言うまでもなく三平である。破門をして縁無き者――そう割り切っていたはずだが、なぜかあの若者の顔が脳裏から離れない。
「昨年の水無月(六月)やけどな……曇斎(宗吉)先生の宿替えの時に来たそうや」
「伊三郎さんのお手伝い、ですな」
「うん。しかし、あれやな。どうにも頑固で物分りが悪い」
そう天游が言うと、百記はくすと笑った。
「何が可笑しい、億川さん」
「いえ。大先生も相当な頑固者で……」
それはお互い様や、と天游は餅のように頬を膨らませた。億川さん、と天游は焼けた餅を百記の皿に乗せた。
「まだご立腹か」
「はて、初めから怒ってはいませんよ」
天游は意外そうな表情で首をかしげた。百記が八重にうながされて三平を迎えに行くよう何度も言われていたにも係わらず、結局無視をしてしまったことを天游は知っている。
だが百記も負けておらず、
――それよりも小町先生こそ大層なものではないですか。
と、百記の目が非難した。
「頭冷やしてほしかったんやろな。人は厄介なモンで、痛い目に遭わな痛みを知ることができん。緒方も世の辛さを思い知ったんやないやろか」
なるほど、今の三平にとって塾を追い出されることほど過酷な修業はない。そして実感ができなかった民の暮らしも体験したはずだ。
「色々あったしな」
天游はにわかに暗い表情になって嘆息した。
まこと蘭方医たちにとって本当に色々なことがあり、大きな衝撃を与え続けている。
大坂蘭方医の先駆者たる橋本宗吉の退去と、その弟子の磔。特に天游たちと宗吉の間柄は薄くはなく、思々斎塾への風当たりは強くなる一方であった。
「さて、と」
天游はそう言うと、帰り支度を始めた。
「お帰りですか…それとも?」
「それとも?」
「言わずもがな、ですかな」
怪態なことを――天游は笑みを浮かべながらかぶりを振った。
帰宅するのか、それともとは三平に会いに行くのかと百記は尋ねたかったのだ。だが天游はそれにはっきりと答えなかった。なぜならどうするべきかまだ答えがなかったからだ。しばらく立ちすくみ、八重の元に近づいた。どんな字を書いているのか覗いてみると、随分難しいことを書いていたため、天游は驚いた。
長生殿裏春秋富
不老門前日月遅
長寿を願う漢詩でよく書初めに採用された。だが七歳の少女が書くには難しい内容で、書が苦手な天游は感心するしかなかった。
「墨痕淋漓(筆の勢いがあること)ちゅうよりは倜儻不羈(独立心に富み、才気があって常軌にとらわれない)の風韻ありやな」
「ぼっこんりんり、てきとうふき?」
これほどの漢詩を書く娘であったので天游は八重を大人のように扱ってしまった。だが八重には何を言っているのかわからずあどけない表情で首を傾げている。その顔は少女そのものであり、天游は、「すまん、すまん」と言って、頭を撫でた。
天游は八重の書を手に取ると、何を思ったのかしばらくそれを眺め続けた。真剣に評してくれるつもりなのか、はたまた何か思案があるのか。八重も百記夫妻も天游の思案を乱すまいと言葉なくその様子を見守る。
「……お八重。餅は好かんか?」
「大好き。でも……」
「でも?」
「みんなで食べるのが一番」
「あいつが好きか」
この問いに八重はつぶらな瞳を瞬きしながら考えた。
「子犬みたいで可愛い」
一回り上の三平に対しての言葉ではなかった。だが言われてみれば、三平は子犬のような顔つきをしている。そのくせ身体はひまわりのように無意味に高く、彼ほど均衡の取れていない者はいないであろう。その不安定さは誰かがどうにかしてやらないと死んでしまいそうで、そうした意味から子犬みたいだという形容がぴったり当てはまった。
もしかするとさだもまた三平の魅力に気付いていたのかもしれなかった。さだは魅力のない者に対して感情を露わにすることはない。皆が驚くほど、さだが怒ったのは期待をしている裏返しではなかったか。
「やはり女子は油断がならへんな」
童女に向かって何を言っているのか――傍で聞いていた百記は呆れていた。だがその洞察力と言うか、女の勘というものに天游も百記も幾度となく翻弄されたか数え切れない。男は自分一人で動き、嫁を引き回しているつもりだが、その実はしっかりと手綱を握られていることを改めて天游は思い知らされている。
「お八重への年玉やけどな……もう少し待っててや」
随分と元気の良い返事であった。どうやら八重は天游の言いたいことを全て察したらしい。天游は無作法ながら持参した餅の残りを懐に入れて、辞去した。
「大先生?」
志宇が尋ねると、天游は、「手間賃や」と言いながら、億川家を去った。八重はにこやかに微笑みながら、また筆を勢いよく走らせながら何かをしたためるのであった。
「緒方はどこや?」
翌日。天游は無造作に伊三郎に尋ねた。丁度、銅板を彫っていた伊三郎は作業を止め、顔色を明るくした。
「緒方を許してやるンですか?」
伊三郎はどんな相手にでも優しい。困っている人がいれば気にせずにはいられない。
彼は生まれつき手が不自由であったが、天游の「銅版作りの職人がおらず困った」という言葉を聞き、ついには天下随一の銅版職人となった。好人物もここまでくれば立派な奇人と言えた。そんな伊三郎であったため、三平が路頭に迷っていることが心配でならなかったのである。
「よう道頓堀の浜道で座っていますよ」
「このくそ寒いのにか?」
「緒方君もまァ、義兄さんに劣らんほど可笑しな子やさかい」
皮肉めいた言い方に天游は苦笑したが、とりあえず道頓堀へと向かうことにした。
伊三郎の言った通り、三平が浜道に座り込んでいた。
――この寒いのにようやるわ。
木枯らしが舞う中で、三平は身じろぎ一つせず堀を行き交う三十石舟を眺めている。
「何とかは風邪ひかんか」
天游は身を震わせながら三平の隣に座した。
「先生?」
まさか天游が来るとは思っていなかった三平は裏返った声で振り向いた。
「阿呆でも風邪はひきますよ」
「誰も阿呆やなんて言うとらんがな」
天游はカラカラ笑いながら懐から酒を取り出し、一気に飲み干した。
「ホンマ平気なんか?」
その返事は決まりきっている。平気なわけがない。身体が弱かった三平は大の寒がりで、春になってもよく風邪をひいたものだった。
「まあその……塾を出てから色々あったようやな」
バツが悪いのか、ひどく三平の返事は要領を得ない。天游は身震いしながら酒を飲み、息を吐いて手を温める。そしてまた臓腑に酒を流し込んだ。
「……答えは見つかったか。世のため、人のため、己のため……やったか?」
天游は伊三郎から聞いた三平の言葉をそのまま尋ねてみた。だが云とは言わず道頓堀の流れに目をやった。
「人の道やないンですね」
「ん?」
「医は人の道やない……」
ホウ、と天游は興味深そうにどういう意味か尋ねた。だが三平は笑いもせず、「ようわかりません」と答えたため、天游は苦笑せざるをえなかった。
「先生のお言葉です」
「わしの?」
「いいえ。ちゃう先生ですよ」
「……曇斎先生か」
三平は黙ってうなずいた。あれから随分と宗吉の言葉を考えた。だが考えるほど意味がわからなくなり、自分の足元が崩れるような不安に襲われた。そうこうしているうちに今度は顕蔵が磔となり、思考がすっかり停滞しているようであった。
だが不思議なことに考えることを止め、寒天の中で道頓堀の流れを見ていくうちにわかり始めたように思えた。
「私は今まで理を求めました。物には理がある。理あってこその歌道だ、医だと」
いかなるものにでも理があり、理に合わぬものを合わせることができれば解決する。最もその理を追求しようとする学問こそ蘭学であり、天游自身も蘭学の「理を求める」姿勢の虜となっていた。
天游には生涯をかけて追求したい理があった。それは引力で、この考えに接した時ほど天游の好奇心を掻き立てたものはなかった。何物にも重さはある。だがその重さは大地からの力であり、その理を天游は追い求め、本業の医業をも犠牲にしてきたぐらいであった。だからこそ三平の言うことにいちいちうなずけた。だが天游と三平の師である宗吉は医を人の道にあらず、と言い切ったらしい。
――曇斎先生らしい。
天游はそう思うと微笑まずにはいられない。宗吉が言いたかったのは何か。そしてそれをこの青年はどう感じたのか。天游は少年のような瞳で三平の答えを待った。
「生涯……答えは見つからんのかもしれません。全てを識りたい、そやけどどんなに学んでも世の理を識り尽くすことはできんのかもしれません。父はなぜ大坂へ私を連れてきたのか、どんな想いやったのか。何であんなにエエ人やった藤田先生がむごたらしく死ななアカンかったのか。ただ純粋に生きてはった宗吉先生が、皆が好きやったあの先生が大坂を出ていかなアカンかったのか……。世の中理不尽だらけで、何に理があるのかないのか。いや、理があっても理不尽なことがぎょうさんある……。もう何が何だか考えれば考えるほどようわからんのです」
「ややこしいことをごちゃごちゃと考えたもんやな」
「ややこしいですか?」
「緒方はわしより賢いようや」
馬鹿にされている――三平はそう思い、不愉快になった。だが天游の顔ははっとするほど無垢であり、三平は驚いた。
「ごちゃごちゃすンのが人の生涯ちゅうもんやな。わしの生涯もまァ、ごちゃごちゃや。生涯はこうやと思える人なんて公方様でもお公家さんでも無理やで」
それやったら――なぜ人は物の理を探ろうとするのか、と三平は尋ねた。
「そんなん知るか。人の心も身体も、それをみんなひっくるめた生涯も、そして人が創ったはずの世の中もようわからん。でもわからんのをわかろうとするのが人や。人の身体はようわからん。そやけど阿蘭陀の医術は恐ろしいまでの眼力で理を明かしてきた。そしてその力をもってすればおもろいほど人の身体を自在に出来る」
緒方、それは楽しかったやろ――天游は鋭い眼光を向けながら尋ねた。確かに楽しく、どのような効果が顕れるか見たくて仕方がなかった。そこや、と天游はやや語気を荒げ、そして嘆息した。
「それが一番恐ろしいンや」
「恐ろしい?」
「人はわからんものを解きほぐした時、大きな喜びが沸く。病の正体を知り、病を退治する。それが露わになった時ほど愉快なことはない。お前だけやない。わしも皆そうや」
三平はうなずこうとしたが、迂闊に頭を下げれば天游の逆鱗に触れそうな予感がしたため、ひたすら顔を強張らせた。
「さっき、言うたな。生涯はようわからん、と。わしも言わずもがな、あっという間に蘭語四万を覚えてもうた曇斎先生も、そして恐ろしいまでに理を見つめてきた阿蘭陀人も本当は人の身体のことをようわかっとらん。そやけどようわからん身体をもって懸命に何かを追い求めて誰もが生きとる。お前もそうやろ」
「……はい」
「医者ちゅうンはつい傲慢になって何でもできる、命をも好き勝手できると思うてしまうもんや。そして生きるも死ぬも仕方がないと思うてしまう」
この見解に三平は、「違う」と叫びたかった。そんなことを考えたこともないし、誰よりも世のために医を学んできていたつもりであった。だが天游の目は云う。それは自分がどれだけ見えていないかの証拠だと。
「医学書の先に何がある。本の中身を試すのは人の身体や。人の一生があるンや。お前と同じ人の一生がな。一生は一度しかない。喪えばそれでおしまいなんや。おしまいにされてもうた人の無念をちょっとでも考えたことがあるか?」
ある――そう答えたかったが、三平は首を縦には触れない。
種痘を試そうとした時。三平にも雪斎の目にも患者の持つ「一生」が映っていなかった。
さだと百記がなぜ激怒したのか。そして追い出されるのを天游が止めなかったのか。理屈でなくようやく三平は感じることが出来たのである。
「五十の手習い、やったな」
三平は意味がわからず、首をかしげた。
「お前のことで一番、頭にきてたのはさだよりも億川さんやった」
「億川先生が……」
「おっと。言うとくがお八重を取られるからやないぞ」
天游は諧謔的な表現で誤解のないように弁明した。
百記の親馬鹿ぶりはやや狂気じみてはいる。だが百記ほど人に優しく、そして人を見る目がある者はいない。彼が医者として優れているのは人を愛しく思う所であった。
「お八重が生まれる前のことや。あれが全ての始まりやった」
天游はしばらく口をつぐみ、三十石舟を眺め続けた。
百記の医者としての原点。それは商売のためでも、ましてや道楽のためでもなかった。
商売のためだと言うのなら医術を学ぶ行為ほど無益なことはない。それならばこれはという医者を見つけて利用すれば良いことだ。だが百記は「烏賊のぼり」と揶揄され、五十の手習いだと馬鹿にされても医者を目指した。そしてついには医を本業としてしまった。
「五人や……。五人の子を次々に亡くしたんや、億川さんは……」
その事実自体に三平は驚かなかった。なぜならこの時代、子供が無事に成長することは非常に難しく、特に乳児が亡くなってしまうことは珍しくはない。それよりも驚くべきは子供が亡くなったことを契機に繁盛させていた仕事を切り詰め、老いてから成就するかしないかわからない医道に入ったその決意にであった。
「緒方。お前の郷里の夜は明るかったか」
この問いに三平はうなずいた。大坂は大都市なだけに夜も随分と明るい。足守は田舎であるが、佐伯の家は武士なだけに真っ暗ではない。だが百記の里である名塩の夜は恐ろしいまでに暗いと云う。
「ひょっとすれば重い哀しみが余計に億川さんから明かりを奪っていたのかもしれんがな……とにかく名塩の夜は暗く、道は意地悪いほどひどかったらしい」
名塩は和紙の産地として名を馳せていた。だが村に医者が一人もおらず、病人が出れば隣村まで行かなければならない。さらに言えばその医者も三流程度でしかなく、重病患者を治すことができなかった。
百記夫妻はたくましい。子供が一人、二人と亡くなっても、その都度励ましあい、笑顔を忘れずに生きてきた。そして新たな命を授かるたびに「貴物」だと重んじて育んできた。
だが天は無情で、五人もの命をこの夫妻から奪っていった。
五人目が亡くなった時、ついに百記は耐えきれなくなり、天に向かって叫んだ。
これを天命だ、諦めよと申されるのか。ならばどのような天罰を受けようとも抗ってみせる。医者がいないのなら、残りの生涯を賭けて自分が医者になってやる――百記は五人の子の墓前でそう叫び、夫婦共々泣き続けたと云う。
――壮絶な。
この言葉しか三平の脳裏に浮かばなかった。同時に未だ夫妻の心から血が流れていることを感じずにはいられなかった。
「緒方」
蒼白になった三平を見て天游はわずかながら目許を笑ませた。
「生きた学問ができたようやな」
三平は意味がわからない。
天游は云う。医者にとって何が必要なのか。もちろん知識が必要であるし、知りたいという好奇心も必須だ。だが何よりも大切なのは人を感じる術であり、それは知識を得ることではなく感じなければ会得できない。
「医は人の道にあらず、か」
天游は再び、宗吉の言葉を反芻した。
「人はほっといたら死ぬ。そやけど医者は医術をもってこれを救う」
「それが人の道やないのですか」
ふむと天游は苦笑し、否とも応とも答えなかった。
「ほっといたら死ぬのは人だけやない。森羅万象何でも勝手に死んでしまうもんや。人だけが勝手に死ぬことをよしとせんと医術を用いる。そして一日でも長く生きようとする」
「それがアカンことですか」
いいや、と天游は力強くかぶりを振った。
「それが、人が人たる所以や。物は言うし、火を使う。遠くまで船を使って海に出ていく。馬や牛を使って人の役に立たせる」
人間とは古来よりそうして生き延び、そして繁栄してきた。極めて異端であるが、その異端こそが人の特徴であり、それもまた自然であるのかもしれない。医術などは異端中の異端であり、どうやら宗吉はそれを指して、「人の道にあらず」と言っているらしかった。少なくとも天游はそう解釈している。
「医は人の勝手を助ける。助けた相手には一度しかない生涯がある。その裏には幾人もの想ってくれる人がおって、それぞれに生涯がある。その重みを医者ちゅうもんは背負っていかなアカン。医者ちゅうもんは人の道を歩いてはおらん。見様によっては神仏の道を歩いとる」
でも、と三平は思わず口を開いてしまった。
「医者は神仏にはなれません」
「そうや、医者はどこまでも人や。人に神仏の力はない。そやけど神仏に刃向かう真似をしとる。ホンマ恐ろしいことをやっとる。でもな、それでも人を助けたい、そう思うンが――」
医者ちゅうもんや、天游は真剣な眼差しでつぶやいた。
走馬灯のように三平の脳裏に様々な想いが駆け巡る。
まだ二十そこそこで大した経験はない。だがそれでも様々な人々と会い、別れ、心をかよわせ、ぶつけあい、助け、傷つけてきた。今まで自分のことばかりで手一杯であったため気づかなかったが、それぞれの人生があり、喜怒哀楽があったのだろう。いや――あったのだ。その当たり前のことを理屈で知っていただけで、感じることが三平にはできなかった。
だが少年とはそういうものかもしれない。人のことを少しずつ感じていくことが歳を経るということであり、この数ヶ月間の放浪で三平は少し大人に脱皮できたのかもしれなかった。気が付けば、三平自身も戸惑うほど涙で頬を濡らしていた。
「何を泣いてるンや」
そんなことを尋ねるほど天游は野暮ではない。大人への門を開いた三平を感じることのできる大人――それが天游であった。
「……緒方」
三平は涙を拭きながら返事をする。
「巷で色々学んだようやが……塾で学ぶこともぎょうさんあるはずや」
「え?」
「心を学んだ今、お前はもっともっと学ばなアカン」
三平は身体を震わせながら、ひたすら天游の顔を見つめる。
「さて、緒方」
「は、はい」
「帰ろか」
驚く三平に天游はきょとんとした顔つきで首をかしげた。
「こんなところにいつまでも座っとたら風邪ひく。いかにお前が阿呆でもな」
「先生……先生」
「阿呆。そう見えてもお前は武士や、男やろ。ぽろぽろ泣く奴があるかい」
脳裏に辛かった日々が浮かび、三平はさめざめと泣いた。そんな三平の肩に天游は優しく手を添える。
「緒方はほんまアホやな。そやけどアホほど物がわかった時は誰よりもそれを宝物のように大切にするもんや。今のその涙、決して忘れるな」
はい――三平は何度もうなずき、そして愚直に師の言葉を心に刻みつけた。
まだ全てを三平は識った訳ではない。だが天游の顔は語る。
それでエエ。生涯迷うことこそ医の道であり、それを識った者がやがて医者となる。遠く長く、そして終わりのない果てしない道を――人の道やないその道を三平は歩み始めたのだ。
医者としての前途を示すが如く、道頓堀に木枯らしが吹く。だが不思議と三平は身を震わせることなく、しっかりと両の足で己の身体を支えていた。
どこかで――いや、しっかりと三平の耳にはあの釣鐘の音が聞こえていた。無表情で日々刻限を知らせる釣鐘の音を三平は死を迎えるその刻まで忘れることはなかった。
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