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第二十話「鴛鴦(えんおう)の別れ」
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鴛鴦(えんおう)の別れ
一
今孔明・劉基が死んだ。
青田で隠遁生活を希望していたが、
「劉基の住まう地に王気が立ち籠めており、そこに墓を作ろうと考えている。これこそ謀反の証」
と、言いがかりに等しい讒言が元璋に奏上された。劉基は罰せられることはなかったが、俸禄の一部が削減された。そのため急ぎ上洛し、弁明の上、そのまま応天府で暮らすことになった。それから間もなくして劉基は急逝してしまったのである。巷では劉基と激しく対立した胡惟庸が毒を盛ったのではないかと噂された。
――いくら胡惟庸でもそのようなことをするまい。
出征していた徐達はいぶかしんだ。
惟庸は李善長派に属し、劉基たち浙東派と対立状態にあった。だがいかに政敵とは言え、善長と並ぶ元勲を毒殺すれば惟庸もただでは済まないことはわかっているはずである。
だが一方で、背筋の凍る想像を徐達はしていた。元璋自らが手を下したのではないか、という疑いである。
家臣が裏切らぬよう元璋は監視を付けてきたが、最近は行き過ぎのように思えてならない。徐達も細々とした部分まで監視され、気を遣わぬ日はなかった。それだけならまだ良いのだが、些細なことで家臣を処刑するようになっている。とりわけ文人への弾圧は酷かった。
かつて張士誠は文人を厚くもてなし、彼らから「士誠」という名を贈られた。
だが、この名は『孟子』の「士は誠に小人なり」という一節から取られたものであり、そのことを知った元璋は文人たちに疑心を抱いたのである。
奏上文に「僧」「光」など乞食僧を連想させる文字があれば、容赦なく斬罪に処し、さらに孟子が君を軽んじているとして一時、孟子に関する書物を焚してしまえと命じた。
疑心は文人だけに向けられていない。元璋を命がけで守ってきた武人にも向けられていた。
徐達を震撼させたのは、李文忠や朱文正といった甥で仮子でもある彼らまで疑われたことにあった。幸い鈴陶が必死に諫めたことで事なきを得たが、このことは元璋の疑心が病的なまでになっていることの証であった。
――狡兎死して走狗烹らる、か。
北元との戦いを前に、ふと徐達はそのようなことを考えた。劉基も同様の考えから身を引いたのだが、結局は天寿を全うすることができなかった。
身が震える思いであったが、徐達は使命感が強い。我が身を慈しんで国家の大事をおろそかにすることなど、彼の誇りが許さなかった。
もっとも徐達が保身を考える余裕がないほど、近頃の北元は力を盛り返していた。
明軍に手痛い打撃を受けた北元であったが、新帝・アユルシリダラと元帥・ココティムールの尽力により、軍事力を強化していた。彼らは亡き師・トクトの教えをよく守り、筋肉質な国家体制を築きつつあったのだ。皮肉なことであるが、大元崩壊で不向きな農政から解き放たれ、遊牧を主とすることで蒙古族の活発さを取り戻すことができたのである。
このまま放置しておけば日ならずして北元は南下を開始し、明は国家を転覆されるかもしれなかった。徐達は勅命を受け、急遽軍勢を率いて北上したのである。
敵状を探った徐達は驚愕した。ココはわずかな期間で恐るべき精鋭を育てていたのである。
戦には勢いがある。このたびの北伐はいくつか明軍に不利があった。
一つは水郷で育った南兵にとって漠上の戦いは間違いなく苦戦を強いられること。
二つ目は北元軍にとって国土防衛戦のため、今までとは比較にならないほど士気が昂揚していること。
三つ目はココにとって邪魔者は全ていなくなり、その上長年の戦いで兵たちの信頼関係が深まっていたことの三点である。
これまで明軍は徐達が大局を見て、亡き常遇春がいかなる不利な状況も吹き飛ばしてくれた。遇春亡き今であるが、明軍には文忠や湯和、鄧愈など勇猛な武将が数多いる。だが遇春がいなくなって改めて彼の存在感の大きさを徐達は思い知らされていた。
――だがいつまでも死んだ人間を頼りにしているわけにはいかぬ。
徐達は弱気な自分を叱咤し、作戦を練った。
かくして明軍と北元軍は漠上にて決戦した。だが結果は明軍の負けであった。
元軍の強さは尋常ではなく、百戦錬磨の徐達といえども破ることができなかったのである。
ただこの敗戦で明と北元の優劣が逆転することはなかった。
勝ったものの、中原に押し入る余力など北元にはなく、そのことを熟知するココは逸る諸将を必死になって鎮めた。
――だが折角得た士気を下げることもない。
ココは兵を国境付近で暴れさせることで士気を高め、対する明軍に圧迫をし続けたのである。
だが、さすがは元璋であった。敗報に接するや、ただちに国軍の再生に取り掛かったのである。組織の編成こそ紅巾軍時代より元璋がもっとも得意とする所で、疲弊と厭戦気分が広がりつつあった明軍を見事に蘇らせた。
人事を全て刷新するのかと誰もが思ったが、元璋は思わぬ人物を対元の大将軍に就けさせた。戦に敗れた徐達を再任させたのである。
――敗軍の将は兵を語るべからず。
諸臣の中には声高にそう叫び、この再起用に反対した。だが元璋はそのような声に一切耳を貸さなかった。
――責を知らぬ者の叫びは所詮、机上の空論。
元璋は冷ややかに讒言を叫ぶ者たちの顔を眺めた。
徐達を排斥しようという連中は戦いの経験がないか、または指揮経験を有さない二流以下の武将たちであった。
そもそも前回の戦いは詳細を調べる限り、誰が指揮を執ろうとも負けていた。徐達が指揮を執っていたおかげで、 あの程度の被害で済んだと言える。現時点で国軍を率いる才覚・人望を兼ね備えているのは徐達をおいて他にいない。いかに元璋が猜疑心の虜になっていようとも人物の真贋を見分ける能力は誰にも劣らなかった。
徐達は徐達で、敗戦の後に手をこまねいていた訳ではなかった。敗戦の経験を活かし、漠上の戦いを研究していたのだ。その結果、砂漠でも耐えうるよう、兵を再訓練することに成功している。さらに敵状を隈なく探らせ、緻密な作戦を練っていた。
――天徳がただで転ぶはずがない。
元璋はそう見ていたが、果たしてそうであった。
徐達はさらにもう一つ、必勝を期すために一つの願いを申し出た。
「皇太子殿下を大将軍としてお遣わし願いたいのです」
何と皇太子の出馬を要請したのである。
皇太子・標はすでに成人している。文は宋濂に学び、武も孫呉の兵法に通じており、弓馬の腕も達人の域に達していた。また仁心溢れ、彼を敬慕しない明の臣民はいなかった。だが元璋は難色を示した。
「あれはまだ若い」
そう言ったが、その実は標の優しすぎる性格を懸念してのことであった。
標は誠意溢れる青年であり、明朝を栄えさせるのは彼であると元璋は期待している。しかし戦いにおいて誠意は仇となる。戦とは時には白を黒と敵味方を言いくるめねばならない。果たして標にそれができるか、元璋はいぶかしんでいた。
「皇太子は朕の側にて政を学ばねばならぬ。どうしても旗印を欲するなら三人の息子を連れて行くが良い」
「三人の皇子?」
「次男の樉(そう)、三男の棡(こう)、そして四男の棣だ」
「しかし皇太子様よりさらにもお若いですが?」
徐達が懸念したように三人は皆、若かった。
樉は十九歳、棡は十七歳、そして棣は十五歳であった。とても大将軍を任せられる歳ではない。
「誰が総大将にせよ、と申した。あの者たちはそれぞれ秦王、晋王、そして燕王に封じた。長ずれば封地に赴き、蒙古と戦わねばならぬ。それに若いと申すが、伯顔(鄧愈)は父に従って幼き頃より戦場を駆けまわっていたではないか。彼が父の軍を継いだのは十九だったと記憶する」
「仰せの通りです」
「ならば大将軍よ。このたびの遠征で皇子たちを教育し、将来皇太子を守る盾となるよう鍛えてやるのだ」
この考えに徐達は賛同し、三皇子を伴って出陣することにした。
この三皇子の出陣には元璋の思惑があった。
一つは皇子たちに経験を積ませること。
一つは若年の皇子を預けることによって、徐達に必勝せねばならないと言う気持ちを抱かせるため。
そしてもう一つは徐達が妙な動きをしないか、皇子たちに監視させることであった。
この頃、勢いに乗った北元軍は塞内に入り込み、各地を襲撃した。各郡県の知府たちは懸命に防戦をして明本軍の到来を待ち受けた。
やがて明軍は北平府(大都)に入り、徐達はすぐさま軍議を催した。
文忠と鄧愈は敗戦のためか、その案は非常に消極的であった。徐達も消極的ではないものの慎重であった。ところが樉と棡が積極的な意見を述べた。
「必勝の念がなければ勝てる戦も勝てなくなる。先の戦いで大明は敗れた。それは我が軍が長征によって疲労しており、蒙古が郷土を守らんがために士気が盛んであったからだ。しかしこのたびは逆である。中原は大明の領土であり、軍民ともに士気盛んである」
この言葉に徐達は感銘を受けた。さすがは元璋の皇子たちで、確かな目を持っている。しかし四男の棣はなぜか腕を組んだままで何も答えようとしなかった。
――やはりまだ若すぎたか。
と思ったが、どうもそうではなかった。
作戦に口を挟まなかったが、自身が受け持つ件に関しては実に無駄のない正鵠を得た質問を投げかけてきたからである。
樉と棡は頼もしく、その意見は廃退的な雰囲気を吹き飛ばしてくれた。だが、青々しさが端々に見え、その点は歴戦の将である文忠たちが手直しをした。棣はその点、余計なことを口にしないため、重厚感があった。その重厚感はかつて紅巾軍を引きまわした父帝の若い頃を彷彿とさせている。
かくして明軍は北平府を進発した。
三皇子たちはきらびやかな明光鎧という甲冑をまとい、「秦」「晋」「燕」の旗を掲げながら先陣を務めた。そして中央には龍の刺繍がされた「大明」の大旗がなびく。
この旗を見て郡県の兵たちは元気づき、民衆も挙って食糧などを献上した。
中原に攻め入っていた北元軍は民衆の熾烈な抵抗戦に遭い、苦戦を余儀なくされた。そうした中、ココは明軍に決戦を挑まれたのである。
平原での勝負であったが、ココは八翼の陣、明軍は十三翼の陣をもって激突した。ココは巧みに兵を指揮したが、前回とは逆で、北元軍は明軍に圧されている。
「それにしても――」
ココは矢継ぎ早に指示を出しながら、かたわらに控える副将に声をかけた。
「あの秦と晋の将は中々の者と見た」
「彼らは朱元璋の倅だそうです。特に閣下。秦王は朱樉殿でござります」
「朱樉?」
ココはわざと表情を鈍くして目を逸らせた。
「お忘れでございましょうか。朱樉殿の妃は遵陽様でござります」
どうにもこの副将は無神経であった。
王遵陽とはかつて明軍に連れ去られたココの末妹のことである。彼女を失ったことは悔恨の一事で、あえて無表情で、「そうか」と答えたのみであった。ただ一つ、
「朱樉とは仲睦まじいのか」
と、つぶやくように尋ねた。副将は微笑しながらうなずいた。二人の仲睦まじさは有名で、誰もが羨む仲だと云う。ココはそれ以上妹について何も聞かず、語ろうとしなかった。ただ敵中であっても不遇な目に遭っていないことだけが唯一の救いであった。
「秦と晋軍は勇猛であり、侮りがたいが……それよりもあの燕の旗の動きが気になる」
ココは朱棣軍が激戦の中、一糸の乱れもなく動いていることに驚いた。聞けば朱棣は十五歳の少年で、初陣だと云う。
――よほどの傅役がいるのか、それとも……。
傅役の有無に関わりなく、あれほど沈着に兵を動かせるとはよほどの将でなければならない。ココは敵ながら朱棣に名将の片鱗を見出していた。
ココと同じく朱棣の才覚を認めた者が明軍にいる。徐達であった。長年戦場を駆け巡ってきたが、天賦の才を有する将は限りなく少ない。天賦の才を有していたのは元璋と故・遇春ぐらいであった。徐達自身は秀才であったかもしれないが、天賦の才は持ち合わせていない。
――さすがは陛下の御子だ。
徐達は素直に感服した。朱棣はさらに卓抜した戦略眼を発揮した。使者を本陣に走らせ、
「敵の中央に精鋭を突撃させれば味方の勝利間違いなし」
と、進言してきたのである。
ココ軍は左右から明軍を取り囲むことに必死で、中央が手薄になっていた。中央を衝けば大勝利は間違いなかった。徐達は膝を打って喜び、鄧愈を呼んだ。
「伯顔殿。貴殿はすぐさま兵二千を率いて、ココティムールの本陣を急襲せよ」
鄧愈が拝命して出陣しようとしたが、徐達は考えるところがあって引き止めた。
「燕軍にも急使を出す。燕軍と共に出陣せよ」
鄧愈は朱棣軍を加え、北元軍の中央を衝いた。驚いたココは中央に軍を集めたが、これが致命傷となった。左右の力を失った北元軍に明軍が総攻撃をかけ、北元軍は支えきれなくなってしまった。そこを徐達は藍玉に命じて止めを刺させたのである。ココはやむなく兵を整え、北へと逃げ去ってしまった。
北へ帰る途中、ココは側近の者にこう漏らした。
「この先、我らはあの三皇子によって苦しめられるであろう。だがもっとも恐るべきは、燕王である」
将来に不安を覚えながら漠北へ戻り、ココは再起を図った。しかしこの戦いの後、二度と戦場に立つことはなかった。翌年、病に倒れ、崩れ去るように亡くなってしまったのである。先年、元璋はココに大敗した折、次のように憂いた。
「朕に三つの懸念がある。一つは皇子たちが幼く、国璽(こくじ)(皇帝の印)を伝えられぬこと。一つはココティムールが健在であること。一つはアユルシリダラを捕らえられぬことだ」
そのココが急死し、さらに三年後には北元帝アユルシリダラまでもが崩御したことにより解消された。若き息子たちも成長し、北元の侵攻を防ぐ「塞王(さいおう)」として活躍することとなり、明の国境は安定するのである。
北に一応の平穏が訪れ、西も湯和や沐英たちの活躍で平定された。こうして明王朝は対外的には安定の時期に入る。だが内部の波乱が幕を開けようとしていた。
二
北元との戦いを終え、徐達が応天の邸へ戻ると、珍しく湯和が訪問していた。
「鼎臣殿。よくお越しになられた」
徐達は開国第一の功臣として遇されている。武臣としては大将軍、位は二番目の右丞相(明代になって左が上位、右が下位とされた)、さらには魏国公に封じられていた。
邸も家臣の中では最大で、現代も南京にある太平天国歴史博物館として遺されている。
これほどの富貴を手に入れた徐達であったが、決して驕り昂ることがなかった。
「魏国公は昔と変わらないな」
そう湯和はからかい半分にそう言うが、彼もまた全く変わらない一人である。元璋を主君、徐達を上将として敬慕しながら、気の置けない親友だと思ってくれている。
「鼎臣殿。こうして酒を交わしている時は天徳とお呼びください」
「では天徳殿。長い間の北伐が片付き、祝着至極」
「予断は許しませぬが、アユルシリダラとココティムールの死によって、北からの脅威は薄まりましょう。それよりも鼎臣殿、そのお姿は?」
湯和は鎧こそ着けていないが、戦袍を身に纏っていた。
「天徳殿とは入れ替わるが、明日南海で暴れ回る倭寇(わこう)どもを退治しにいく」
湯和は、「忙しいことだ」と、言いながら哄笑した。
「百年ほど前、蒙古が倭に攻め入った。だが今は反対に倭の者どもが福建(ふくけん)で暴れ回っておる。そこで勅命を受けて、南海を掃討するのよ」
徐達は染み入るような笑顔で湯和の話を聞き入った。やがて肴が無くなると、少年と少女が湯和の許に運んできた。
「この二人は?」
「倅と娘でござる」
「倅殿は父上の勇壮さを、娘御は聡明さを引き継いでおいでのようじゃ」
そう湯和は手放しで褒めた。徐達は照れながら二人を下がらせ、手ずから酒を注いだ。
ちなみに息子は徐輝祖(じょきそ)と言い、後に国軍を担う武将となり、娘は燕王・朱棣の妃として嫁ぐこととなる。二人とも子柄が良く聡明な少年少女で元璋と鈴陶にも可愛がられていた。
「子は大きくなるものですが、先の戦いで皇子たちに助けられました」
「ああ、聞いた。特に燕王様の働きは尋常ではなかった、とか」
「まるで若き頃の陛下を見るようでした。これからは燕王様を初め、陛下の御子たちが蒙古の侵攻を防いでくれるのでしょう。我が息子もその助けとなれば良いのですが……」
「天徳殿は少し老いたな」
湯和は手持ちの酒を飲み干すと、杯を置いて微笑した。そう言えば昔、徐達の部屋は足の踏み場がないほど書状で埋まっていた。ところが今は綺麗に片付いている。そのことを指摘すると徐達は寂しげに、
「もうこの天徳が活躍する時代が終わったのですよ」
湯和は怪訝な表情をしたが、徐達の表情は暗い。静かに立ち上がり、何やら破壊された篇額を持ってきた。見れば元璋の宸筆(しんぴつ)(皇帝の直筆)で「大功坊(たいこうぼう)」と書かれている。
「これは……?」
「それがしが北伐に赴いている時、呉将軍に打ち壊されたのです」
「呉良の奴が?」
眉をしかめながら湯和は篇額に目をやった。
呉良とは鐘離以来の同志で、功臣二十四将の一人である。よく元璋や花雲、周徳興たちと賽(ポロ)を転がして遊んだ仲間で、明朝創業に大きな功があった。
ところが呉良は徐達ばかりが重用されることに反感を抱いているらしい。宸筆を打ち壊すなど皇帝への反逆行為であった。だが呉良は悪びれることなく、
「我らは徐達と共に鐘離において陛下の許に集まり、生死を賭してお仕えしてきた。ところが陛下は徐達のみに邸を賜り、かつ宸筆による篇額まで下賜された。我ら二十三名と徐達の功に上下はないはず。このこと陛下はいかが思召されるのか」
と豪語し、元璋は黙ったまま不問とした。
徐達は篇額に一礼し、大事そうに収納した。
「鼎臣殿。私は思うのです。今まで君臣心を一つにして戦って参りました。しかし大きな敵は力を失い、大明には陛下の御子、それに数多の若者たちが力を付けつつある。まだ大明のために働くことができましょうが……後進に道を譲る時期に来たのではないか、と。それに――」
徐達が心配していることは他にもあった。それは皇帝の猜疑心である。
史書を紐解けば乱世を征した皇帝は必ず猜疑心を抱き、力のある功臣たちは処罰、または追放されている。特に元璋は細心であるため、極度に功臣の動静を探らせていた。
「人生は白駒の隙を過ぐるが如し、と申します。人が光り輝けるのは、ほんの一瞬。後を託せる若者が成長しつつある今、身を慎み、隠遁したいのです」
この言葉を聞くと、湯和は沈鬱な表情で酒を口にした。しかし彼が沈鬱になったのは自身の保全についてではなく、元璋のことが心配でならなかったからだ。
「我らも辛いが、陛下もお辛いであろうな。十七で孤児となり天涯孤独の身となった。紅巾に参加した時は親父殿(郭子興)がいて邵(栄)大哥(兄)がいた。しかし今や天下第一のお方にて誰も頼れない。そんな中、同志であった連中が傍若無人に振舞っては心も病むのむ仕方がない」
湯和は元璋との付き合いがもっとも深く、そして長い。また苦楽を共にしてきたため、彼の患いが誰よりもわかる。
元璋ほど理想実現に全てを懸けている人間はいない。
例えば聴政(ちょうせい)を一日三度に増やしたことだけでもよくわかる。
聴政とは皇帝が朝廷に出て、臣下の奏上文を聴く会議のことで、通常は日に一度とされていたのだが、それを三度に増やしたのである。
多忙な時は一日に二百の上奏文に目を通し、四百件の政務を処理することもあった。
また日々勉学に励み、その生活は質素そのものである。
この精力的な姿勢の原点は悲惨な少年時代の経験であったことは言うまでもない。
この点、徐達と湯和も同様であった。彼らも質素倹約を旨とし、職務に励んだ。だが功臣たちの多くが傲慢となり、華奢な生活を楽しんでいる。
「先日、費聚が厳しく叱責されたが……」
湯和は嘆息しながら盃を机上に置いた。
費聚も功臣二十四将の一人で、その武勇は群を抜き、度々戦いで手柄を立てた。
開国後、屯田を命じられたが、全く働こうとしなかった。元璋は政治的に向いていないと考え、代わりに勇猛な蒙古兵の参集を命じた。ところがこの命も無視してしまったため、元璋は激怒したのである。
「北伐に向かう前、費聚は斬首されると聞き及んでいましたが、どうなりました?」
「命だけは助けられたよ」
「ほう、それはまた……」
「皇后様と皇太子様のおかげだ」
湯和は嬉しそうな表情で答えた。
政治への情熱と臣下への猜疑心のため、元璋はしばしば臣を罰しようとした。しかしそのたびに諌めたのが鈴陶と標であった。もしこの二人がいなければとっくの昔に殺戮に近い粛清が起こっていたに違いない。だが元璋は必死に家臣を擁護する標のことが気がかりでならなかった。標は心優しき人物で、時に涙を流して父帝を諌めた。だがその涙を見るたび、
――何たる軟弱な。
と、辛酸を舐め尽した元璋は不安になるのである。
先年、標の弟三人を出陣させた。その結果三人とも勇猛に戦い、大いに元璋を満足させた。中でも燕王・棣の活躍を気に入っており、棣こそ大明を担うことのできる人物になると期待した。
徐達も武人として棣を見込んでいたが、泰平な世となるならばどうであろうか。
皇太子は優しすぎるが、一廉の人物であることは間違いない。父親譲りの本質を見抜く目と、鈴陶譲りの人を明るくする性格はこれからの明王朝を発展させていくであろう。もし戦乱が続くなら棣を主にするべきであろうが、戦乱は収まりつつある。泰平の世に必要なのは英雄豪傑ではなく、英邁な仁主こそ求められる。
徐達と別れた後、湯和は元璋に拝謁した。
その折、小張夫人の病が重くなっていることを聞かされた。元璋と湯和にとって夫人は母親のような存在であった。許しを得て急ぎ、夫人に挨拶をすることにした。
夫人はいつまでもお茶目な所があり、湯和のいきなりの訪問に、
「このような顔を鼎臣殿にお見せするのは恥ずかしい」
と言って、顔を赤らめた。もう起き上がれないほど身体が弱っていたのだが、必死になって笑顔を浮かべてくれた。
「お顔色が良いようで安堵しました」
「それは化粧をしているからですよ。鼎臣殿が見舞いに来られると聞きましたので、鈴陶にお願いしたのです」
「皇后様がおいでになられたのですか」
「相変わらず走り回っています。昔から落ち着かない子ですが、皇后様になっても鈴陶は鈴陶のまま」
湯和は何とも嬉しげな表情で頷いた。
鈴陶はこの世で皇帝に次ぐ尊貴な身分であるが、昔のまま何も変わらない。
結婚当時から元璋の食事は常に鈴陶が作ってきた。しかし皇后になってからも自らが作り、元璋も彼女以外の者が作ると不機嫌になるほどであった。
服装も質素で、儀式以外はぼろぼろになるまで着こなした。その着こなしだが、彼女には優れた感性があって、不思議とみすぼらしくない。侍女たちは感心するべきなのか、呆れるべきなのかよくわからない。時折、気難しい年配の侍女からは皇后たる者のすることではない、と諫言されてきた。だが、
「奢侈贅沢を楽しむように、私は使える物を最後まで使い切る工夫を考えることが楽しいのです。世の中で工夫することほど楽しいことはありませんよ」
と、にこにこしながら反論してきた。
その話を聞くと、湯和は弾けるようにして笑い転げた。鈴陶も変わらないが、湯和も屈託のない笑顔は昔のままであった。
「誰ですか、大声を出すのは?」
鈴陶もまた湯和に負けないほど大声を出して走り寄ってきた。夫人は苦笑しながら、
「皇后様も声が大きい」
と、たしなめた。鈴陶は急におとなしくなり、照れ笑いをした。
「皇后様はお変わりになりませんな」
「鼎臣殿こそ。聞けば南海へ赴かれるとのこと」
「先年、福建で海の民と酒を酌み交わしましたが、どの男も気持の良い奴ばかりでした。またどこまでも続く海が心を躍らせるのです。そうじゃ。皇后様も海に船を出してみませぬか」
半ば本気で聞いてみたが、鈴陶は意外にも激しくかぶりを振った。
「私は船が苦手なのです。以前和州から太平に参った時、船に乗りましたが……もうあんな思いをするのは御免です」
「天下無敵の皇后様にも苦手なものがあったのですな」
愉快げに湯和が笑うと、鈴陶は顔を赤らめて叱りつけた。
二人のやりとりはまるで幼い兄妹のようで、とても皇后と将軍の会話ではなかった。夫人はそんな二人を楽しく、そして懐かしそうに眺めていた。
「今日は見舞いに来てくれたのですか。それとも私に叱られに来たのですか」
そう尋ねられると、二人は叱られた子供のように小さくなった。
だが夫人は変わらない二人が好きであった。また元璋や鄧愈たち旧郭軍にいた者は皆、夫人の前では子供に戻るようであった。彼女にはそんな不思議な魅力と包容力があった。
「しかし……私は長く生き過ぎましたね」
夫人は寂しい表情をして天井を眺めた。
先年のことである。出征していた鄧愈が帰還中、寿春(じゅしゅん)で病没してしまったのである。まだ四十一歳という若さで、旧郭軍の者は誰もが哀しんだ。
夫や弟、子二人、そして若き鄧愈まで見送らねばならぬ我が身を哀しんだ。
「昨夜……夢枕に子興様がお立ちになられましてね」
「父様が?」
「ひどくご立腹でね。もう二十年もわしの世話をする者も話し相手もおらぬ。さっさとこちらへ来い、と怒鳴っているのです」
夫人は苦笑しながらも、子興のわがままが懐かしくて仕方がなかった。
「古き時代は去り、新しい時代がやって来る。あなたと陛下は私が見込んだ通り、大志を遂げてくれました。でもね、鈴陶。大変なのはこれからですよ。至上の位にある者は孤独。子興様でさえも孤独であらせられた」
夫人はそう言うと鈴陶の手を固く握った。
「いかなることがあってもあなただけは陛下を見限ってはなりませんよ。天下第一の方になられた今こそ貴女の――妻の力が必要なのです」
「母様のように陛下がどれほど女子に手を出しても生涯嫉妬して差し上げます」
鈴陶が笑いながら言うと、夫人は、「この娘は」と、頭を小突いた。
病床にあった夫人の耳にも噂は届いている。元璋が疑心暗鬼となり、家臣たちを厳罰に処しているというものである。またそんな元璋を鈴陶と標が必死になって留めていることも知っていた。
――今こそ妻として真価が問われる。
元璋は天下を統一し、皇帝という至上の位を得た。だがそれと同時に己の悪心と戦わねばならない。悪心とは家臣への疑心暗鬼であり、独善であった。悪心という敵ほど厄介なものはなく、妻は夫が悪心に負けぬよう支えてやらね ばならない。
――もっと傍にいてあげたいけど……。
そう願っても彼女に多くの時間が残されていないことを悟っている。
――でも鈴陶なら、きっと大丈夫。
義娘を、いや愛娘の鈴陶を信じよう――夫人は目を閉じ、自分に言い聞かせた。
それから三ヶ月後。
小張夫人の容態は悪化し、臨終を前に二人の娘――鈴陶と芙蓉の手を取った。
「芙蓉。どこまでも姉様を援けなさい。鈴陶。妹を末永く見守ってあげなさい」
母として最期の言葉を遺し、そして静かにこの世を去った。
波乱に満ちた人生であった。だが何と実り豊かな生涯であったことか。
――母様、母様。
鈴陶は恥も外聞もなく号泣し、義母の亡骸にすがりついた。
思えば亡き子興とこの義母は何と稀有な方であったろうと鈴陶は思った。
実の親を亡くし、天涯孤独であった鈴陶を実の娘同様、いやそれ以上の愛情をもって、この二人は育ててくれた。それも表面的な優しさだけではなく、心の底から彼女の幸せを願い、そして見守ってくれた。
――最大の幸せは。
鈴陶は思う。
孤児であった鈴陶にとって子興と夫人を父母に持ったことこそが幸せの根源であり、この世に生まれてきた意味そのものであった。
血の繋がりはなかったが、情という繋がりはどの親子よりも濃厚であり、一度たりとも疎外感を抱くことはなかった。
――ありがとう、ありがとう……ありがとう。
深い悲しみはあったが、それ以上に義父母に対する感謝の念が悲しみを覆い、幾度も幾度も感謝の言葉が脳裏を過った。
義父母が遺してくれた想いや教えを終生の宝として、まっすぐ歩んでいこう――鈴陶は夫人の安らかな顔を見つめながら、心に誓うのであった。
三
明の将軍たちは多忙であった。
大規模な戦いは終結したが、各地の紛争は未だに続いている。将軍たちは東西南北に出征し、辺境の安定化を図った。
元璋夫妻が濠州で拾った沐英も雲南鎮定に出陣するよう命じられた。その知らせを聞いた鈴陶は標を呼び、沐英の送別会を催そうと考えたのである。
沐英は朱一家への愛情が深い。中でも標への思いは深く、主君として敬い、弟として可愛がった。標も沐英を実の兄同然に敬慕し続けた。出征となると沐英は必ず参内をする。当然、標も現れ、言葉をかけていただくことが恒例となっていた。ところがこの時の標の顔色が優れず、いつもと違い遅れてやってきた。
「殿下。どこかお悪いのではありませぬか」
「義兄様。体は至って壮健でござります」
「ですが、標。文英の申すように顔色が良くありません。何かあったのですか」
鈴陶も標のただならぬ様子が気になっていた。なおも標は笑みを浮かべていたが、椅子に座ると、つぶやくように心配事を語り出した。
「父君は私を心許なく思われているようです」
標は北元との戦いに出征させてもらえなかったことに気を病んでいるようであった。
「私は弟たちに比べ、心根が弱い。とても父君の偉業を継ぐことなどできぬのです」
そのように嘆くと、沐英は努めて明るく笑みを浮かべた。
「何を仰せです。天下は泰平となりつつあります。陛下がお創りになられた大明を万年続かせるに必要なのは仁慈の心。殿下ほど仁悲に溢れたお方は他にはございませぬ」
鈴陶も沐英と同意見で優しくうなずいてやった。
元璋と鈴陶の人物鑑定眼は卓越している。この夫婦が選んだ人材が明という新国家を創り出したことは間違いない。ただ両人の性格から、選ぶ基準がやや違っている。
鈴陶は仁慈と道義を貫く人物を好んでいた。皇太子や皇子・皇女たちの師に人品骨柄卑しからぬ宋濂を迎えたのもそのためであった。
また好戦的な人物よりも律義な人物を選ぶ傾向がある。その一例が文正であった。
文正と文忠は共に元璋の甥であり、仮子であった。初陣も同時期であるため、しばしば両者は比べられた。
文忠は野外戦においては天賦の才があり、いかなる大敵をも打ち破ってきた。言わば朱軍の鉾であると言える。
文正の戦い方は一歩一歩地を固めるように篤実で、そのため文忠ほど注目されなかった。
鄱陽湖の戦いの折、元璋は文忠を洪都の守備にと考えたが、鈴陶は反対した。鉾のような文忠ではなく、盾のような文正こそ籠城戦に向いていると強く推薦したのだ。その結果、文正は見事洪都を死守し、朱軍を大勝利に導いた。
元璋は好戦的で才気あふれる人物を重んじる傾向にあり、温和な標よりも攻撃的な棣を好むようであった。
二人の価値観の相違は後継者選びにも顕れた。
標が優れた後継者であることは元璋も認めている。しかし元璋の趣向から標は慎重でありすぎ、急場における判断力が欠けているように思えた。また荒くれ者たちを魅了させるような華やかさが標にはない。
華やかさと言えば四男の棣はまばゆいばかりで、数多い皇子の中で天下の兵馬を率いることができるのは彼だけではないかと見ている。棣は先の北伐でも活躍したように、文忠に似た――いやそれ以上に将として天賦の才に恵まれていた。
だが鈴陶は次代を担うのは標でなければならないと見ている。
――天下は統一された。馬上天下を取るのではなく、天下を治めていかねばならない。
天下安寧のためにはじっくりと物を考えることができ、人を大事にする標こそが次代の皇帝にふさわしい。
よく元璋は、「標は優しすぎる」と愚痴をこぼす。しかし鈴陶が見る所、優しくはあるが甘いわけではない。芯が強く、物事の本質を見抜く力はあるいは父以上で、じっくりと修業させれば、国の将来を託すにこれ以上の人材はいない。
――そでも事あるごとに駄目だと言い続けていれば本当に駄目になってしまう。
そのことを鈴陶は懸念していた。凡人でも褒めてやれば持てる力よりも発揮するものなのだ。
「標」
鈴陶は凛とした面持ちで微笑みかけた。
「大器晩成という言葉があります。名君・名将と呼ばれる人物は、若き頃は愚者と人に呼ばれ、臆病であったそうな。楚の荘王は鳴かず飛ばず、無能の烙印を押されていましたが、やがてその才覚を花開かせて覇者となりました。父上も昔は鬼と呼ばれ、人々に忌み嫌われたものです。ですが己を信じ、遂には大業を果たされました。標。もっと自分を信じなさい」
声を励まして諭すと、標はようやく明るさを取り戻した。標と鈴陶は血が繋がっていないが、標の笑みは鈴陶同様、周囲を和ませる魅力があった。
「母上。実はもう一つ心配事があるのです。詳しくはわからないのですが、どうも私の知らない所で妙な動きがあるのです」
鈴陶は首をかしげた。
皇太子は修業のため、皇帝に提出される前に上奏文に目を通して検討および決裁している。最終的に元璋が吟味するのだが、近頃は標の知らぬ上奏文があるらしい。
「錦衣衛の動きが活発なのです」
「錦衣衛――」
鈴陶は露骨に嫌な顔をし、沐英は顔を強張らせた。
錦衣衛とは皇帝直属の親衛隊であるが、その実態は秘密警察である。
これまで幾人か功臣たちが検挙され粛清されてきたが、その罪状は全て彼らの調査が基となっている。その錦衣衛が動いているということは粛清が開始される前触れであるのだ。
「錦衣衛ですが、全ての者が動いているようなのです。陛下は何をお考えなのか……不安でならないのです」
――嫌だな。
鈴陶は理も非もなく不快であった。
そもそも人の秘密や弱点を暴く行為が大嫌いで、生理的に受け付けられなかったのだ。
――国瑞様がそのようなことをするなんて……。
何ともやり切れない話であった。鈴陶は長く息を吸い、心とは裏腹にほほえんだ。
「標。あなたは余計な心配をせず、政務に励みなさい。父上には折を見て母からお話しいたしましょう」
かたわらにいた沐英もうなずき、標は拱手して退出した。それから沐英は鈴陶から餞別の品を頂戴し、雲南へと出征した。
心配をするな――鈴陶はそう言って標を安心させたが、彼女自身の心に言い知れぬ暗い不安がみなぎっていった。
四
洪武十二年(一三七九)。明朝に激震が走った。
この当時、朝廷で権勢を振るっていたのは右丞相にあった胡惟庸であった。彼は政治手腕に優れ、今や皇帝と並び立つほどであった。
ところがその惟庸が突如、錦衣衛に逮捕されたのである。逮捕されたのは惟庸一人ではない。芋蔓式に次々と関係者が逮捕され、わずかな期間で逮捕者数は一万人を越えたのである。その多くが証拠もなしに処刑された。
処刑は応天郊外で行われたが、死体は累々と大地を覆い、流された血で河ができるほどであった。それでもまだ連座する者が後を絶たず、日々逮捕され続けている。
「胡惟庸の罪とは何なのです」
鈴陶は眉間にしわを寄せながら遊びに来ていた義妹の芙蓉に問うた。
芙蓉が知る限り、義姉がこのような表情をすることは今までになく、震えあがってしまった。それほど暴挙と言うべき元璋の言動に怒りを覚えていたのである。
鈴陶はおびえる芙蓉を見てはっとし、大きく息を吸った。そして表情をやや和らげてもう一度尋ねた。芙蓉は少し落ち着き、自分の知っている範囲の情報を語り出した。
「先年亡くなられた劉伯温様を胡丞相が毒殺したとのことです」
「毒殺?」
鈴陶は首をかしげた。
たしかに劉基の死は当時から不審がられ、色々と憶測を呼んだ。また惟庸は劉基を激しく憎んでいたため、毒殺のことが取り沙汰されていた。しかし今さらそのことをもって今回のような大粛清に繋がることは不自然であった。
「その他にも罪はあるそうです」
劉基毒殺の他にも北元や、各地の残党、さらには日本と手を結び、明朝の転覆を謀ったなどと、とんでもない罪まで含まれていた。功臣の多くも処刑されており、中には二十四将の一人・費聚も含まれていた。
――気を違われたのではないか。
口にこそ出さなかったが、元璋の行動は常軌を逸しているとしか思えなかった。標が危惧していたことはまさにこのことであったのだ。逮捕直後、惟庸は罪を一切認めなかった。しかし粛清された規模を聞くや、
「我が命運、ここに尽きたり――」
とつぶやくや、罪状を全て認めてしまったのである。
惟庸の後ろ盾には善長もいたが、さすがに擁護することはできなかった。ここで下手に惟庸を擁護すれば李一族も粛清されかねなかったからである。徐達たち功臣たちも口を閉ざし、事の成り行きを見守る他なかった。
この大疑獄事件こそ後世、「胡惟庸の獄」と称せられるこの大粛清であるが、鈴陶を驚倒させる逮捕があった。
故郷に隠遁していた宋濂が逮捕されてしまったのである。宋濂の孫が惟庸と結託していると密告があったとのことであった。
――そんな馬鹿なッ。
憤然と鈴陶は元璋に拝謁を願ったが、許されなかった。それどころか後宮から出ることまで禁じられ、軟禁に近い状態にされてしまった。
――何と情けないッ。
鈴陶は哀しさと悔しさと、そして夫と共に創った王朝が罪の無い人々を害することへの罪悪感が交じり合い、たださめざめと泣いた。
抗議の意味もあってか、四日間食を断ち、水さえ口にしなかった。
皇后様、ご乱心――。
当然の如く、後宮は大騒ぎとなった。鈴陶はお節介だと言われるほど面倒見が良く、そして何よりも明るい。当初、元璋への怒りもあって側室たちの面倒を見ようとしなかった。だが亡き小張夫人の教えもあり、時に母のように、時に姉のように側室たちの世話をするようになった。
――私は病持ちだ。
自身が呆れるほど鈴陶はお人よしであった。世話をしているうちに側室たちも妾ではなく、人として彼女たちを好きになってしまったのである。
――主殿は妾を得るにも良き眼をお持ちだ。
大勢の妾を作る夫に鈴陶は業腹であったが、不思議と元璋の側室たちに性悪な者はいなかった。配下の武将はいずれも有能であったが、妾選びでも択人の才覚が発揮されているらしい。とにもかくにも鈴陶の徳に感化された側室たちと侍女たちの信頼度は篤く、彼女の絶食を心配しない者は一人もいなかった。
――皇后様が食を絶たれるのであれば。
そう言って後宮の女たちは皇后に倣って絶食を始めたのである。さすがの元璋もこの後宮全ての抗議には辟易とした。芙蓉などは眼に青い炎をたぎらせながら、
「義姉様に万が一のことがあれば芙蓉は母上の許に参ります。そして冥界より母娘共に陛下のことを未来永劫呪いまする」
と、脅しにかかった。気は進まなかったが、重い足を引き摺りながらでも元璋は鈴陶の許を訪れなければならなかった。
後宮に入ると元璋のために食事が用意されていた。
「御着座を」
鈴陶は静かな口調で元璋に座るよううながした。見れば鈴陶手ずから作った料理が並べられている。
――やつれたな……。
四日間食事を摂っていないのである。鈴陶の顔は青白い。さらに言えば侍女たちも同様で、異様な雰囲気に包まれていた。元璋は息を呑んだが、鈴陶は顔色一つ変えない。ただ静かな口調で、
「お召し上がりを――」
と、真直ぐ元璋を凝視した。元璋は冷や汗を掻きながら、やむなく湯(タン)(スープ)を口にした。ところがその湯は冷たく、味も水のように薄くて、とても飲めたものではなかった。
「何だ、この湯はッ」
さては嫌がらせか――元璋は癇癪を起こして湯の入った器を鈴陶に投げつけた。器は鈴陶の額に当たり、血が流れていたが、その異様さに元璋はぎょっとした。身動き一つせず、ただ元璋をにらみすえていたからである。
「哀しいものでございますね……」
「な、何がだ?」
元璋は顔を真っ赤にしながら怒鳴りつけた。しかし鈴陶はたじろがなかった。
「富貴を手にすると、人はありがたみを忘れてしまうものなのですね……」
「ありがたみ?」
「その昔、陛下は……いえ重八様は父上と母上、兄上を亡くされました。なぜ、お亡くりになられたのですか。冷え切った不味い湯さえも飲むことができなかったからではないのですか。その湯は民が汗水流して朝廷に納められたもの。そのようなこともお忘れになり、重八様は湯を投げ捨てられた。それが哀しくて仕方がないのです」
元璋は言葉を失った。
父母と兄の死を片時も忘れたことはない。
忘れるどころか――あの死があったからこそ皇帝になり、今でも政治に励んでいるつもりであった。そのため鈴陶の言葉に反論することができず、ただ元璋にはもだえるしかなかった。さらに鈴陶は続ける。
「民も師を迎えれば終生敬慕するもの。その恩は山より高く、そして海よりも深い。宋先生は皇子や皇女たちに誠心誠意、教えを授けてくださいました。父母兄弟の死を忘れ、子たちの師への恩を忘れるなど……人間、富貴を手にするものではありませぬ」
そう言うと鈴陶は目から涙を流しながら、力無く器の破片を拾い始めた。
「陛下は情け深いお方。私と貧賤を共にされたことをお忘れではありませぬ。そのことは嬉しく存じております」
元璋は即位をして後、その厳しさから恐ろしき――魔性の人間のように人々から思われている。だがその心底には人の情を求め、その情を成すためだけに政治に邁進していることを鈴陶ほど知り尽くしている人物はいない。ですが、と鈴陶は言葉を繋げた。
「今があるのは陛下と私二人だけが辛苦を乗り越えてきたからではありませぬ。死をいとわず、臣下の者たちが陛下を助けてきたからではありませぬか」
鈴陶は人間が好きである。
どんな人間も純粋無垢で罪を一つも犯さぬ者など一人もいない。だが短所と長所があり、相反する部分を有するからこそ人は良い――鈴陶は本気でそう思うのである。
――人は必ず死ぬ。だから人の手で人を殺してはいけない。
鈴陶が幼い頃より揺るぎなく抱き続けている信念であった。
この信念があったからこそ、小鬼と忌み嫌われた元璋を助け、そして夫婦となった。
その元璋が皇帝となるや、艱難辛苦を共に乗り越えてきた仲間たちを殺めていくことに鈴陶は悲しみを抑えることができなかった。
「陛下がお怒りになる気持ちもわからないでもありませぬ」
この点、鈴陶もただのお人よしでもない。
元璋は決して殺人鬼ではない。親兄弟を亡くし寄る辺もなかった彼こそ誰よりも人を欲した。だが己を寄る辺のない身にした悪政を元璋は生涯憎み続けた。
悪政を憎む心。
それは鈴陶もまた同じであり、心ある者――例えば徐達や湯和などといった者たちも悪政に対する恨みは根深い。
本来、元璋と共に旗揚げをした連中は皆、蒙古の悪政を憎しみ、それを打倒せんがために命を懸けてきたはずである。ところが天下を征するや否や、政を怠り、今度は憎んでいたはずの悪政を彼らが実行しようとしているのだ。
このたびの大粛清は堕落した家臣たちに対する元璋の大きな怒りであった。鈴陶にはその気持ちが痛いほどわかるのである。だからと言って――虐殺同然の粛清を鈴陶はどうしても、佳しとするわけにはいかなかった。
国家建設で、すでに元璋たちの手は血でけがれきっている。その上、さらに仲間たちの血で染まっていくことほど悲しいことはない。
「どうか、陛下。彼らと過ごした日々をお忘れなく、みだりに命を奪わないでいただきたいのです。陛下は鬼ではない。鬼ではないのですから……」
そう言うと鈴陶は耐えきれなくなったのか、その場で泣き崩れた。
「鈴陶……」
元璋はうつむきながら、継ぐ言葉を失った。
言葉なく立ち上がると、泣き崩れる鈴陶の傍に近づいた。そして懐から布を出すと、額から流れる血を優しく拭いてやった。この時の顔は母親に叱られた少年のようで、驚くほど邪気がなかった。
「……すまぬ」
寂しい目をしながら、優しくつぶやくように謝った。
その顔を見て鈴陶ははっとした。この時の顔は決して鬼のものではなく、出会った頃の優しい重八少年のものであったからだ。
――この人はまだ人なのだ。
鈴陶は確信した。元璋はそのまま逃げるようにして部屋を後にした。
宋濂はその後、死一等を減じられた。だが無罪放免ではなく、四川の茂州(もしゅう)に流罪と決まったのである。 その途中、宋濂は急逝した。病没したとも僧舎にて首を吊って自害したとも云われている。
――救えなかった。
宋濂の死を聞いた鈴陶は衝撃のあまり、その場に卒倒してしまった。吐き気を催すような血生臭さが漂うのを鈴陶は感じていた。
元璋は魔性の人となりつつある。
その元璋を諌めることができる人間、それは鈴陶と標の二人だけであった。
標は優しく、そしておとなしい。そんな標は生まれて初めて激情を心に抱いていた。
敬慕してやまない師・宋濂が死に追いやられ、また母までもが断食して倒れたことを知ったからである。
――廃嫡されようとも、この身がどうなろうとも申し上げねばならぬ。
標とて若者であり、血気に逸ることもある。明を担う皇太子として命を賭してでも父を諌めようと決意した。元璋から「軟弱者」と叱られてきた標であったが、鈴陶が思うように芯の強い青年であった。心優しいが、元璋よりも意志を通す力が強かったのだ。
元璋が二度目の聴政を終えた頃。標は休憩をしている父に拝謁を願った。この頃、元璋は元気がなく、いつも溜息をつき、ちょっとしたことでもすぐに激怒した。
「陛下。ご機嫌麗しゅう」
機嫌など良くないことは百も承知であったが、あえてそのように言った。いつも温和な彼がこの日に限っては鬼気迫るものがあった。
――標もこのような顔をするのか。
元璋にとって意外であり驚きつつも、自身も険しい表情で対した。
「何用か」
「畏れながら……この標を庶人に落とされますよう」
この言葉にその場にいた群臣たちは蒼白となった。そして口々に、「陛下にお詫びを」と騒いだ。しかし標は一同をにらみつけると、水を打ったように静かになった。
――意外にも……。
元璋は努めて無表情でいたが皇太子に足りぬと思っていた威厳を目の当たりにして驚愕していた。この時の標は千軍万馬をひれ伏させるほどの威風があった。だが死地を潜り抜けてきた元璋の威厳は標の比較にならない。
「大馬鹿者ッ」
雷音のような怒号を発し、標を威圧した。だがこの日の標は全くひるまなかった。
「陛下は次々と臣下を罰せられます。このままでは朝廷から臣がいなくなり、私が大明の皇統を受け継ぐ時は誰もいなくなってしまうでしょう。股肱となるべき臣を失い、敬慕する師を救えず、大恩ある母上に手をさしのべることもできぬ者がどうして皇太子でおられましょう。亡国の主となるなら、いっそ庶人になった方がましです」
何の淀みもなく理路整然と標は述べた。元璋は体を震わせながら、
「この青二才めが……」
と、凄まじい形相でにらみすえた。
父子の対峙に周囲の者は固唾を呑んで見守ったが、両者とも微動しない。やがて元璋は立ち上がり、奥から木の棒を持ち出して標の前に放り投げた。一同はこの棒で皇太子が打ちすえられるのではないかと、心配したがそうではなかった。
「標。その棒を握ってみせよ」
見れば棒には無数のとげが出ており、とても握ることなどできない。
「持てぬであろう。朕はな……天下をそなたに渡す前に棘を抜いてやろうとしているのだ。絹に包まれて育ったそなたが、庶人に落とされても良いなど軽々しく申すな。庶人がいかに辛く苦しい生活をしているか、そなたにはわかるまい」
元璋は沈鬱な表情をしながら、とげ棒を蹴飛ばした。
「朕は十七で孤児となり、辛酸を舐め尽してきた。その辛酸の源は何か――貴族や役人どもが私利私欲をむさぼった為ではないか。その辛酸を共に味わってきた同志が卑しくも豚になりつつある。そのような有害な豚どもは民のためにも排除せねばならぬのだ」
この言葉に標は返すことができなかった。
「標よ。苦労も何も知らぬそなたが軽々しく廃嫡など申すでない」
元璋はそう言い放つと、聴政の為に宮殿へと戻って行った。標は悔し涙を流し、何も出来ない己の無力を嘆いた。
鈴陶の絶食、皇太子の反抗、そして臣下への不信感。
元璋はこれまでひたすらに自身を信じ突き進んできたが、どうして良いのかわからなくなっている。
かつて迷った時には側に劉基や善長、徐達がいてくれた。また悩んだ時は鈴陶が時に慰め、そして時に叱咤してくれた。
しかし劉基はこの世になく、善長と徐達は遠ざけてしまい、今更意見など聞けない。
鈴陶も絶食をして抗議を続けている。このままではあと数日で餓死するであろう。元璋は孤独を極めていた。
そうした中。青田から一人の青年が元璋に拝謁を求めてきた。青年の名は劉璟(りゅうけい)――亡き劉基の次子であった。
「亡父より預かりました書状を持参いたしました」
そう言って劉基の書状を差し出したのである。
「伯温が、朕に……?」
道に迷っていた元璋は飛びつくようにして書状を広げた。そこには懐かしい劉基の字が並んでいる。劉基の字は独特な癖があって、決して上手くはないが、素朴で温かみがある。
――伯温の手だ……。
懐かしそうにその字を目で追った。その内容は道に迷いし元璋を見越しているかのようであった。
「政は寛と猛を交互に行わなければなりませぬ。律が正しきことは大事ですが、天下を治めし者は刑を緩やかにして徳でもって人心を安んじねばなりませぬ。これが大明の天下を永らえる秘訣です」
そう書かれていた。元璋が読み終える頃を見計らい、劉璟は亡父が遺した言葉を伝えた。
「父は申しておりました。胡君が生きている間は聞く耳をお持ちでないでないだろうと。しかし胡君が去られた時、陛下は必ず帝王として心の闇と戦わねばならない。その時、劉基はこの世にいないだろうが、最期の上奏をしたい。この劉璟に書状を持って陛下にお目通りするようにと、そう父は遺言しておりました」
元璋は無言で劉璟の顔を眺めた。亡父に似て面長で、気品にあふれている。再び書状に目を通し、最後の一節を繰り返し読んだ。
「道失えば始まりをご覧あれ。真の支えは灯の届かぬ足元にあり。己の両足をご覧あれば自ずと進む道が見えてくるものなり」
劉基は死してもなお、元璋を支えようとしていた。皇帝という至尊の地位に登り、周りが見えなくなっていた。劉基の書状を握りしめ、己の原点とは何か、元璋は深く考えるのであった。
鈴陶は一旦、断食を中断していた。しかし宋濂の死後に再び絶食を始め、七日目に達しようとしている。水も飲まないと言い張ったが、芙蓉がそれを許さなかった。芙蓉は短刀を喉に当て、
「水さえお飲みにならないのでしたら、ここで自害いたします」
と泣き叫んだため、やむなく水だけは飲むことにしたのである。しかし食事は一切摂らなかった。また心労も重なって、鈴陶は床から起き上がることができなくなっていたのである。そうした中、元璋が訪れ、人払いを命じた。鈴陶とどうしても二人きりになりたかったのだ。しばらく二人は何も語ろうとしなかったが、鈴陶が弱々しく口を開いた。
「この有様でしたので……ずっと気になっていたのですが、民の暮らしぶりは大事ないですか?」
この問いに元璋は、「表のことに口を出すな」と叱った。しかし体が弱りながらも鈴陶は口が達者であった。
「皇帝は天下の父、皇后は天下の母。そして民は天下の子。どうして子の安否を気にしない母がいましょうか」
「相変わらず口が減らぬな」
元璋は苦笑せざるを得なかった。
「……これを読んでみろ」
懐から劉基の書状を取り出し、手渡した。
「これは……伯温先生の?」
「生前、倅に託しておいたそうだ」
鈴陶はゆっくりと黙読した。何度も繰り返し読み、静かに目を閉じた。
「足元を――。陛下はご覧になりましたか」
鈴陶は尋ねたが、元璋は違うことを語った。
「標がな……。あのおとなしかった標が別人のように血相を変えて、わしに意見しおった」
「まあ、標が……」
「このまま股肱の臣を奪われては大明の皇統を継げぬ、とな。臣たちも驚いていた」
意外だと言わんばかりの元璋に、鈴陶は苦笑した。
「意外ではありませんよ。あの子は芯の強い子。陛下の大業を継ぎ、大明の華を咲かせることができるのは、あの子だけです」
「……知らぬはわしだけであったか」
今まで見せたことのない自信なげな表情で、力無く笑った。
「国瑞様らしくありませぬ」
鈴陶は皇后になってからは一貫して「陛下」と尊称してきたが、あえて字で呼んだ。
「わしは頑迷で周りを見ず、多くの忠臣を失った。挙句の果てにはそなたや標にまで愛想を尽かされ……もうおしまいだな」
今にも泣きそうになっている元璋を見て、鈴陶は微笑した。しばらくすると侍女に命じ、食事を用意させた。
「……食べてくれるのか?」
「夫がしょぼくれて、妻が飢え死すれば世の笑い物ですよ」
元気こそなかったが、久しぶりに声を立てて笑った。侍女たちは手を取り合って喜び、急いで食事を用意した。
その夜から元璋は毎晩、食事を共にした。結婚以来、多忙でこのようなゆっくりとした食事をしたことはなかった。
「これが泰平というものか」
元璋はしみじみと幸せを噛みしめている。鈴陶も同様で、満面に笑みを浮かべた。だが数日間の断食が祟ったのか、鈴陶は体を壊してしまっていた。
「私が国瑞様のお食事を作って差し上げたいのに……」
少女のような素振りを見せて悔しがった。元璋は苦笑し、
「いつまでそなたはお転婆なのだ。良い歳をして」
「そう言う国瑞様もお歳をめされましたよ。お髪に白いものがびっしりと」
そう口を尖らせて、元璋の白くなった髪をなでながら微笑した。元璋は鈴陶の肩を撫でながら、先日怪我をさせた額に指をあてた。
「痛むか?」
「いいえ」
「……わしはどうかしていた。すまぬ」
この言葉と気遣いに鈴陶は胸打たれ、目を潤ませた。
――ああ、重八様だ。あの大好きな小鬼様が鈴陶の元に帰ってこられた。帰ってこられたんだ。
すっかり険が取れたように優しくなり、それが鈴陶には嬉しくて仕方がなかった。
それからの元璋は不思議なほど疑念の心が解け、標のことを認めてやれるようになった。
認められた標は、水を得た魚のように生き生きと群臣たちを率いて政治を主導するようになった。その指導力は元璋も舌を巻くほどで、全てが上手くいくように思えたのであった。
元璋と鈴陶にとって、この時ほど幸せであった時期はなかった。
標の嫡子・允炆(いんぶん)も三歳となり、辺境も諸王や湯和たち武将の活躍で平穏となりつつある。多くの家臣を粛清してしまったことへの悔恨はあったが、官僚たちは心を引き締め、民の生活は安定してきていると云う。鈴陶は元璋を支え、これから二人が目指した理想国家を創り上げようと熱く語り合った。
だが――。
禍福はあざなえる縄の如し、という言葉がある。元璋と鈴陶に訪れた平穏な日々は長くはなかった。
――嘘だ。
医官の言葉を聞いた元璋は我が耳を疑った。
現実と呼ぶにはあまりにも残酷で、天を恨まずにはいられないことを告げられたのである。
――絶食のためか、皇后様は不治の病に憑かれました。
医官の見立てでは血の流れが異常であり、肝の臓が異様な形をしているとのことであった。現代で言えば肝臓癌を鈴陶は患わっていたのである。
――そう言えば食を摂り始めたと言うにやせ細ってきた。
元璋は鈴陶が生気を失っていることに気がついた。
彼女は少しふくよかな女性であったが、床に伏せってからやせ細っている。何よりも声に張りが無くなっている。このことだが、当の鈴陶は薄々気づいていた。
――長くないかもしれない。
何となくだが、身体がだるく、直感的に命が長くないことを感じていたのである。
「そんなことがあってたまるかッ」
元璋はいかなる時も冷静沈着であったが、この時ばかりは取り乱した。勅命を発し、天下の名医や祈祷師を召集しようとした。標も賛成したが、当の鈴陶がそれを固辞した。
「命運は天の差配によるもの。いくら名医でもこの病は治せず、祈祷師など無意味です」
鈴陶にすれば自分は必ず死に、召集された医者や祈祷師は責任を取らされて惨刑に処せられるに違いなかった。鈴陶は幼い頃から人が死ぬこと――とりわけ殺されることが何よりも嫌いで、自分の死で無意味な殺生などされてはたまったものではなかったのだ。
元璋は良医と祈祷師をあきらめた。その代わり、できる限りの時間を鈴陶の為に使うことにした。鈴陶は、
「そう毎日、顔を見られては恥ずかしゅうございます。陛下は万民の陛下。鈴陶だけが一人占めにしては天下に申し訳ない」
と諌めると、元璋は駄々っ子のようにかぶりを振った。
「天下の為と申すなら、一日でも早く快癒せよ。そなたは万民の母だ。民は未だ生活に苦しんでおる。子たちのために早く良くなれ」
元璋は粥を鈴陶の口に運びながら、真剣な表情で励ました。
元璋はまた鈴陶を唐の太宗(李世民)の妻・長孫皇后に喩え、褒めちぎった。長孫皇后は良妻賢母として知られ、女の鑑と賞せられている。
「本当にもう。やめてください。私は才なく徳なく、陛下とすぐに喧嘩をしてしまう。どうして文徳(長孫)皇后と比べられましょう」
「ううむ。それもそうか。そなたは側室を持つたびに怒っておったしな」
「あら。妻たる者が夫に嫉妬して何が悪いのですか。陛下は多くの妾を抱えて、御子も数えるのが大変になるほど。本当に節操がない」
鈴陶が怒ったのも無理はなかった。側室の数は十人を下らず、皇子は三十名近く、皇女は二十名近くもいたからだ。
「多忙の中、せっせとお励みになられました」
鈴陶は呆れる思いであった。しかし新しく側室を迎えるたびに嫉妬し、詰め寄ったのだが、律義に怒り続けてきた鈴陶もまた大変であった。口をとがらせて元璋をにらみすえたが、馬鹿馬鹿しくなり笑ってしまった。
「でも最後まで私のような女子と貧賤を共にされたことをお忘れにはならなかった」
「今のわしがあるのは鈴陶のおかげだ。あの日――鬼として殺されかけていた所を人として助けてくれた。そして鬼に堕ちそうになったわしをまた助けてくれた」
この言葉を聞くと感極まり、鈴陶は目から涙をあふれさせた。
「もっと……もっと、国瑞様のお側にいたかった」
「まだだ。明日も明後日も一年でも十年でも二十年でもわしの側にいろ」
「まるで駄々っ子のようですね。でも国瑞様。鈴陶が冥府に参りましても、大丈夫。あなたには標がいます。文英や思本、伯隆、天徳殿、そして鼎臣殿もいます。苦楽を共にした皆を信じて、二度と民が苦しまぬような世をお創りくださりませ」
元璋は鈴陶の痩せ細った手を握りしめ、何度も何度もうなずいた。
洪武十四年(一三八二)八月十日。
ついにその時が訪れた。
長く伏せっていた鈴陶が危篤状態に陥ったのである。
応天府には諸王や、各家に嫁いだ皇女たちも召集された。湯和と沐英は辺境が不穏なため、戻ってくることはできなかった。
前日から元璋は片時も鈴陶から離れようとせず、手を握り続けていた。その間、何度も何度も快癒するよう天に祈った。
鈴陶の息はか細く、病室に息がこだまする。
「……国瑞様」
最後の力を振り絞って、鈴陶は笑みを浮かべた。
意識は朦朧とし、眼前に懐かしい人々が次々と現れる。
頑固で口やかましかった父の子興。
優しかった義兄と生意気であったが、誰よりも自分を慕ってくれた義弟。
そして人の道、女の道、妻の道、母としての道を教えてくれた母・小張夫人。
皆、染み入るような笑みで眺めてくれている。もうすぐ皆の許に行けるのだ。そう思うと鈴陶の脳裏に美しき音色が流れた。
かつて母に連れられて聞いた合奏――何と美しかったことか。今でもはっきりと心に刻み込まれている。
「夫婦とは琴と瑟のよう」
母の言葉が脳裏を過った。
果たして元璋と美しき音色を奏でることができたのであろうか。亡き父母のような夫婦になり得たのだろうか。
うわごとのように鈴陶は「琴……瑟か」と繰り返しつぶやいた。
元璋は合奏を聴きたがっているのだと思い、ただちに楽師を呼んで演奏を命じた。
鈴陶は琴と瑟の調和された見事な音色を聞き、にこやかにほほえんだ。
「……私どもは……相和せることができたのかしら……」
小さな、まことに小さな声で鈴陶は元璋に訊いた。
しかし声があまりにも小さく、元璋には聞き取れかった。だが元璋は力強く、「ああそうだとも」とうなずいてやった。
鈴陶は満足そうな笑みを浮かべて、「良かった」とつぶやいた。
この時の笑みはとても美しく、元璋は思わず天女ではないかと思ったほどであった。
彼女の笑顔でどれだけの人々は救われたか。最期の最期まで鈴陶は明るく振舞い、人々の心を和ませようとした。
だが――人々の、元璋の願い虚しく、天は鈴陶を召した。
死した後も鈴陶は穏やかな笑みを浮かばせ続けた。誰もが悲しみに暮れていたが、見れば思わず心を和ませてしまうほど彼女の表情は明るかった。
しかし元璋だけは泣きに泣いた。
「鈴陶、逝くな、わしを置いていくな――」
恥も外聞もなく、ただ愚夫のように泣き叫び、魂が戻ってくるよう何度も身体を揺さぶった。
だが――鈴陶が戻って来ることはない。
「全てを終えたのです」
満足気な表情で二度と目を開けることはなかった。だがその表情のあくまで誇らしげで、一片の悔いも残されていなかった。
「弾け、弾くのだッ。鈴陶が好きだった曲を弾け、弾くのだ」
元璋は満面を涙に濡らせ、楽師たちに命じ続けた。
応天府に美しき琴瑟の音色がいつもまでも鳴り響き、人々は鈴陶の死を嘆き悲しんだ。
一人の少年と一人の少女が出会った。
二人の織りなす音色は時に風となり、恵みの雨となり、そして温かき陽光となった。
だがもう二人の音色が鳴り響くことはない。
一つの時代が幕を閉じ、新たな時代の風が中国大陸に吹き始めようとしていた。
劇了
一
今孔明・劉基が死んだ。
青田で隠遁生活を希望していたが、
「劉基の住まう地に王気が立ち籠めており、そこに墓を作ろうと考えている。これこそ謀反の証」
と、言いがかりに等しい讒言が元璋に奏上された。劉基は罰せられることはなかったが、俸禄の一部が削減された。そのため急ぎ上洛し、弁明の上、そのまま応天府で暮らすことになった。それから間もなくして劉基は急逝してしまったのである。巷では劉基と激しく対立した胡惟庸が毒を盛ったのではないかと噂された。
――いくら胡惟庸でもそのようなことをするまい。
出征していた徐達はいぶかしんだ。
惟庸は李善長派に属し、劉基たち浙東派と対立状態にあった。だがいかに政敵とは言え、善長と並ぶ元勲を毒殺すれば惟庸もただでは済まないことはわかっているはずである。
だが一方で、背筋の凍る想像を徐達はしていた。元璋自らが手を下したのではないか、という疑いである。
家臣が裏切らぬよう元璋は監視を付けてきたが、最近は行き過ぎのように思えてならない。徐達も細々とした部分まで監視され、気を遣わぬ日はなかった。それだけならまだ良いのだが、些細なことで家臣を処刑するようになっている。とりわけ文人への弾圧は酷かった。
かつて張士誠は文人を厚くもてなし、彼らから「士誠」という名を贈られた。
だが、この名は『孟子』の「士は誠に小人なり」という一節から取られたものであり、そのことを知った元璋は文人たちに疑心を抱いたのである。
奏上文に「僧」「光」など乞食僧を連想させる文字があれば、容赦なく斬罪に処し、さらに孟子が君を軽んじているとして一時、孟子に関する書物を焚してしまえと命じた。
疑心は文人だけに向けられていない。元璋を命がけで守ってきた武人にも向けられていた。
徐達を震撼させたのは、李文忠や朱文正といった甥で仮子でもある彼らまで疑われたことにあった。幸い鈴陶が必死に諫めたことで事なきを得たが、このことは元璋の疑心が病的なまでになっていることの証であった。
――狡兎死して走狗烹らる、か。
北元との戦いを前に、ふと徐達はそのようなことを考えた。劉基も同様の考えから身を引いたのだが、結局は天寿を全うすることができなかった。
身が震える思いであったが、徐達は使命感が強い。我が身を慈しんで国家の大事をおろそかにすることなど、彼の誇りが許さなかった。
もっとも徐達が保身を考える余裕がないほど、近頃の北元は力を盛り返していた。
明軍に手痛い打撃を受けた北元であったが、新帝・アユルシリダラと元帥・ココティムールの尽力により、軍事力を強化していた。彼らは亡き師・トクトの教えをよく守り、筋肉質な国家体制を築きつつあったのだ。皮肉なことであるが、大元崩壊で不向きな農政から解き放たれ、遊牧を主とすることで蒙古族の活発さを取り戻すことができたのである。
このまま放置しておけば日ならずして北元は南下を開始し、明は国家を転覆されるかもしれなかった。徐達は勅命を受け、急遽軍勢を率いて北上したのである。
敵状を探った徐達は驚愕した。ココはわずかな期間で恐るべき精鋭を育てていたのである。
戦には勢いがある。このたびの北伐はいくつか明軍に不利があった。
一つは水郷で育った南兵にとって漠上の戦いは間違いなく苦戦を強いられること。
二つ目は北元軍にとって国土防衛戦のため、今までとは比較にならないほど士気が昂揚していること。
三つ目はココにとって邪魔者は全ていなくなり、その上長年の戦いで兵たちの信頼関係が深まっていたことの三点である。
これまで明軍は徐達が大局を見て、亡き常遇春がいかなる不利な状況も吹き飛ばしてくれた。遇春亡き今であるが、明軍には文忠や湯和、鄧愈など勇猛な武将が数多いる。だが遇春がいなくなって改めて彼の存在感の大きさを徐達は思い知らされていた。
――だがいつまでも死んだ人間を頼りにしているわけにはいかぬ。
徐達は弱気な自分を叱咤し、作戦を練った。
かくして明軍と北元軍は漠上にて決戦した。だが結果は明軍の負けであった。
元軍の強さは尋常ではなく、百戦錬磨の徐達といえども破ることができなかったのである。
ただこの敗戦で明と北元の優劣が逆転することはなかった。
勝ったものの、中原に押し入る余力など北元にはなく、そのことを熟知するココは逸る諸将を必死になって鎮めた。
――だが折角得た士気を下げることもない。
ココは兵を国境付近で暴れさせることで士気を高め、対する明軍に圧迫をし続けたのである。
だが、さすがは元璋であった。敗報に接するや、ただちに国軍の再生に取り掛かったのである。組織の編成こそ紅巾軍時代より元璋がもっとも得意とする所で、疲弊と厭戦気分が広がりつつあった明軍を見事に蘇らせた。
人事を全て刷新するのかと誰もが思ったが、元璋は思わぬ人物を対元の大将軍に就けさせた。戦に敗れた徐達を再任させたのである。
――敗軍の将は兵を語るべからず。
諸臣の中には声高にそう叫び、この再起用に反対した。だが元璋はそのような声に一切耳を貸さなかった。
――責を知らぬ者の叫びは所詮、机上の空論。
元璋は冷ややかに讒言を叫ぶ者たちの顔を眺めた。
徐達を排斥しようという連中は戦いの経験がないか、または指揮経験を有さない二流以下の武将たちであった。
そもそも前回の戦いは詳細を調べる限り、誰が指揮を執ろうとも負けていた。徐達が指揮を執っていたおかげで、 あの程度の被害で済んだと言える。現時点で国軍を率いる才覚・人望を兼ね備えているのは徐達をおいて他にいない。いかに元璋が猜疑心の虜になっていようとも人物の真贋を見分ける能力は誰にも劣らなかった。
徐達は徐達で、敗戦の後に手をこまねいていた訳ではなかった。敗戦の経験を活かし、漠上の戦いを研究していたのだ。その結果、砂漠でも耐えうるよう、兵を再訓練することに成功している。さらに敵状を隈なく探らせ、緻密な作戦を練っていた。
――天徳がただで転ぶはずがない。
元璋はそう見ていたが、果たしてそうであった。
徐達はさらにもう一つ、必勝を期すために一つの願いを申し出た。
「皇太子殿下を大将軍としてお遣わし願いたいのです」
何と皇太子の出馬を要請したのである。
皇太子・標はすでに成人している。文は宋濂に学び、武も孫呉の兵法に通じており、弓馬の腕も達人の域に達していた。また仁心溢れ、彼を敬慕しない明の臣民はいなかった。だが元璋は難色を示した。
「あれはまだ若い」
そう言ったが、その実は標の優しすぎる性格を懸念してのことであった。
標は誠意溢れる青年であり、明朝を栄えさせるのは彼であると元璋は期待している。しかし戦いにおいて誠意は仇となる。戦とは時には白を黒と敵味方を言いくるめねばならない。果たして標にそれができるか、元璋はいぶかしんでいた。
「皇太子は朕の側にて政を学ばねばならぬ。どうしても旗印を欲するなら三人の息子を連れて行くが良い」
「三人の皇子?」
「次男の樉(そう)、三男の棡(こう)、そして四男の棣だ」
「しかし皇太子様よりさらにもお若いですが?」
徐達が懸念したように三人は皆、若かった。
樉は十九歳、棡は十七歳、そして棣は十五歳であった。とても大将軍を任せられる歳ではない。
「誰が総大将にせよ、と申した。あの者たちはそれぞれ秦王、晋王、そして燕王に封じた。長ずれば封地に赴き、蒙古と戦わねばならぬ。それに若いと申すが、伯顔(鄧愈)は父に従って幼き頃より戦場を駆けまわっていたではないか。彼が父の軍を継いだのは十九だったと記憶する」
「仰せの通りです」
「ならば大将軍よ。このたびの遠征で皇子たちを教育し、将来皇太子を守る盾となるよう鍛えてやるのだ」
この考えに徐達は賛同し、三皇子を伴って出陣することにした。
この三皇子の出陣には元璋の思惑があった。
一つは皇子たちに経験を積ませること。
一つは若年の皇子を預けることによって、徐達に必勝せねばならないと言う気持ちを抱かせるため。
そしてもう一つは徐達が妙な動きをしないか、皇子たちに監視させることであった。
この頃、勢いに乗った北元軍は塞内に入り込み、各地を襲撃した。各郡県の知府たちは懸命に防戦をして明本軍の到来を待ち受けた。
やがて明軍は北平府(大都)に入り、徐達はすぐさま軍議を催した。
文忠と鄧愈は敗戦のためか、その案は非常に消極的であった。徐達も消極的ではないものの慎重であった。ところが樉と棡が積極的な意見を述べた。
「必勝の念がなければ勝てる戦も勝てなくなる。先の戦いで大明は敗れた。それは我が軍が長征によって疲労しており、蒙古が郷土を守らんがために士気が盛んであったからだ。しかしこのたびは逆である。中原は大明の領土であり、軍民ともに士気盛んである」
この言葉に徐達は感銘を受けた。さすがは元璋の皇子たちで、確かな目を持っている。しかし四男の棣はなぜか腕を組んだままで何も答えようとしなかった。
――やはりまだ若すぎたか。
と思ったが、どうもそうではなかった。
作戦に口を挟まなかったが、自身が受け持つ件に関しては実に無駄のない正鵠を得た質問を投げかけてきたからである。
樉と棡は頼もしく、その意見は廃退的な雰囲気を吹き飛ばしてくれた。だが、青々しさが端々に見え、その点は歴戦の将である文忠たちが手直しをした。棣はその点、余計なことを口にしないため、重厚感があった。その重厚感はかつて紅巾軍を引きまわした父帝の若い頃を彷彿とさせている。
かくして明軍は北平府を進発した。
三皇子たちはきらびやかな明光鎧という甲冑をまとい、「秦」「晋」「燕」の旗を掲げながら先陣を務めた。そして中央には龍の刺繍がされた「大明」の大旗がなびく。
この旗を見て郡県の兵たちは元気づき、民衆も挙って食糧などを献上した。
中原に攻め入っていた北元軍は民衆の熾烈な抵抗戦に遭い、苦戦を余儀なくされた。そうした中、ココは明軍に決戦を挑まれたのである。
平原での勝負であったが、ココは八翼の陣、明軍は十三翼の陣をもって激突した。ココは巧みに兵を指揮したが、前回とは逆で、北元軍は明軍に圧されている。
「それにしても――」
ココは矢継ぎ早に指示を出しながら、かたわらに控える副将に声をかけた。
「あの秦と晋の将は中々の者と見た」
「彼らは朱元璋の倅だそうです。特に閣下。秦王は朱樉殿でござります」
「朱樉?」
ココはわざと表情を鈍くして目を逸らせた。
「お忘れでございましょうか。朱樉殿の妃は遵陽様でござります」
どうにもこの副将は無神経であった。
王遵陽とはかつて明軍に連れ去られたココの末妹のことである。彼女を失ったことは悔恨の一事で、あえて無表情で、「そうか」と答えたのみであった。ただ一つ、
「朱樉とは仲睦まじいのか」
と、つぶやくように尋ねた。副将は微笑しながらうなずいた。二人の仲睦まじさは有名で、誰もが羨む仲だと云う。ココはそれ以上妹について何も聞かず、語ろうとしなかった。ただ敵中であっても不遇な目に遭っていないことだけが唯一の救いであった。
「秦と晋軍は勇猛であり、侮りがたいが……それよりもあの燕の旗の動きが気になる」
ココは朱棣軍が激戦の中、一糸の乱れもなく動いていることに驚いた。聞けば朱棣は十五歳の少年で、初陣だと云う。
――よほどの傅役がいるのか、それとも……。
傅役の有無に関わりなく、あれほど沈着に兵を動かせるとはよほどの将でなければならない。ココは敵ながら朱棣に名将の片鱗を見出していた。
ココと同じく朱棣の才覚を認めた者が明軍にいる。徐達であった。長年戦場を駆け巡ってきたが、天賦の才を有する将は限りなく少ない。天賦の才を有していたのは元璋と故・遇春ぐらいであった。徐達自身は秀才であったかもしれないが、天賦の才は持ち合わせていない。
――さすがは陛下の御子だ。
徐達は素直に感服した。朱棣はさらに卓抜した戦略眼を発揮した。使者を本陣に走らせ、
「敵の中央に精鋭を突撃させれば味方の勝利間違いなし」
と、進言してきたのである。
ココ軍は左右から明軍を取り囲むことに必死で、中央が手薄になっていた。中央を衝けば大勝利は間違いなかった。徐達は膝を打って喜び、鄧愈を呼んだ。
「伯顔殿。貴殿はすぐさま兵二千を率いて、ココティムールの本陣を急襲せよ」
鄧愈が拝命して出陣しようとしたが、徐達は考えるところがあって引き止めた。
「燕軍にも急使を出す。燕軍と共に出陣せよ」
鄧愈は朱棣軍を加え、北元軍の中央を衝いた。驚いたココは中央に軍を集めたが、これが致命傷となった。左右の力を失った北元軍に明軍が総攻撃をかけ、北元軍は支えきれなくなってしまった。そこを徐達は藍玉に命じて止めを刺させたのである。ココはやむなく兵を整え、北へと逃げ去ってしまった。
北へ帰る途中、ココは側近の者にこう漏らした。
「この先、我らはあの三皇子によって苦しめられるであろう。だがもっとも恐るべきは、燕王である」
将来に不安を覚えながら漠北へ戻り、ココは再起を図った。しかしこの戦いの後、二度と戦場に立つことはなかった。翌年、病に倒れ、崩れ去るように亡くなってしまったのである。先年、元璋はココに大敗した折、次のように憂いた。
「朕に三つの懸念がある。一つは皇子たちが幼く、国璽(こくじ)(皇帝の印)を伝えられぬこと。一つはココティムールが健在であること。一つはアユルシリダラを捕らえられぬことだ」
そのココが急死し、さらに三年後には北元帝アユルシリダラまでもが崩御したことにより解消された。若き息子たちも成長し、北元の侵攻を防ぐ「塞王(さいおう)」として活躍することとなり、明の国境は安定するのである。
北に一応の平穏が訪れ、西も湯和や沐英たちの活躍で平定された。こうして明王朝は対外的には安定の時期に入る。だが内部の波乱が幕を開けようとしていた。
二
北元との戦いを終え、徐達が応天の邸へ戻ると、珍しく湯和が訪問していた。
「鼎臣殿。よくお越しになられた」
徐達は開国第一の功臣として遇されている。武臣としては大将軍、位は二番目の右丞相(明代になって左が上位、右が下位とされた)、さらには魏国公に封じられていた。
邸も家臣の中では最大で、現代も南京にある太平天国歴史博物館として遺されている。
これほどの富貴を手に入れた徐達であったが、決して驕り昂ることがなかった。
「魏国公は昔と変わらないな」
そう湯和はからかい半分にそう言うが、彼もまた全く変わらない一人である。元璋を主君、徐達を上将として敬慕しながら、気の置けない親友だと思ってくれている。
「鼎臣殿。こうして酒を交わしている時は天徳とお呼びください」
「では天徳殿。長い間の北伐が片付き、祝着至極」
「予断は許しませぬが、アユルシリダラとココティムールの死によって、北からの脅威は薄まりましょう。それよりも鼎臣殿、そのお姿は?」
湯和は鎧こそ着けていないが、戦袍を身に纏っていた。
「天徳殿とは入れ替わるが、明日南海で暴れ回る倭寇(わこう)どもを退治しにいく」
湯和は、「忙しいことだ」と、言いながら哄笑した。
「百年ほど前、蒙古が倭に攻め入った。だが今は反対に倭の者どもが福建(ふくけん)で暴れ回っておる。そこで勅命を受けて、南海を掃討するのよ」
徐達は染み入るような笑顔で湯和の話を聞き入った。やがて肴が無くなると、少年と少女が湯和の許に運んできた。
「この二人は?」
「倅と娘でござる」
「倅殿は父上の勇壮さを、娘御は聡明さを引き継いでおいでのようじゃ」
そう湯和は手放しで褒めた。徐達は照れながら二人を下がらせ、手ずから酒を注いだ。
ちなみに息子は徐輝祖(じょきそ)と言い、後に国軍を担う武将となり、娘は燕王・朱棣の妃として嫁ぐこととなる。二人とも子柄が良く聡明な少年少女で元璋と鈴陶にも可愛がられていた。
「子は大きくなるものですが、先の戦いで皇子たちに助けられました」
「ああ、聞いた。特に燕王様の働きは尋常ではなかった、とか」
「まるで若き頃の陛下を見るようでした。これからは燕王様を初め、陛下の御子たちが蒙古の侵攻を防いでくれるのでしょう。我が息子もその助けとなれば良いのですが……」
「天徳殿は少し老いたな」
湯和は手持ちの酒を飲み干すと、杯を置いて微笑した。そう言えば昔、徐達の部屋は足の踏み場がないほど書状で埋まっていた。ところが今は綺麗に片付いている。そのことを指摘すると徐達は寂しげに、
「もうこの天徳が活躍する時代が終わったのですよ」
湯和は怪訝な表情をしたが、徐達の表情は暗い。静かに立ち上がり、何やら破壊された篇額を持ってきた。見れば元璋の宸筆(しんぴつ)(皇帝の直筆)で「大功坊(たいこうぼう)」と書かれている。
「これは……?」
「それがしが北伐に赴いている時、呉将軍に打ち壊されたのです」
「呉良の奴が?」
眉をしかめながら湯和は篇額に目をやった。
呉良とは鐘離以来の同志で、功臣二十四将の一人である。よく元璋や花雲、周徳興たちと賽(ポロ)を転がして遊んだ仲間で、明朝創業に大きな功があった。
ところが呉良は徐達ばかりが重用されることに反感を抱いているらしい。宸筆を打ち壊すなど皇帝への反逆行為であった。だが呉良は悪びれることなく、
「我らは徐達と共に鐘離において陛下の許に集まり、生死を賭してお仕えしてきた。ところが陛下は徐達のみに邸を賜り、かつ宸筆による篇額まで下賜された。我ら二十三名と徐達の功に上下はないはず。このこと陛下はいかが思召されるのか」
と豪語し、元璋は黙ったまま不問とした。
徐達は篇額に一礼し、大事そうに収納した。
「鼎臣殿。私は思うのです。今まで君臣心を一つにして戦って参りました。しかし大きな敵は力を失い、大明には陛下の御子、それに数多の若者たちが力を付けつつある。まだ大明のために働くことができましょうが……後進に道を譲る時期に来たのではないか、と。それに――」
徐達が心配していることは他にもあった。それは皇帝の猜疑心である。
史書を紐解けば乱世を征した皇帝は必ず猜疑心を抱き、力のある功臣たちは処罰、または追放されている。特に元璋は細心であるため、極度に功臣の動静を探らせていた。
「人生は白駒の隙を過ぐるが如し、と申します。人が光り輝けるのは、ほんの一瞬。後を託せる若者が成長しつつある今、身を慎み、隠遁したいのです」
この言葉を聞くと、湯和は沈鬱な表情で酒を口にした。しかし彼が沈鬱になったのは自身の保全についてではなく、元璋のことが心配でならなかったからだ。
「我らも辛いが、陛下もお辛いであろうな。十七で孤児となり天涯孤独の身となった。紅巾に参加した時は親父殿(郭子興)がいて邵(栄)大哥(兄)がいた。しかし今や天下第一のお方にて誰も頼れない。そんな中、同志であった連中が傍若無人に振舞っては心も病むのむ仕方がない」
湯和は元璋との付き合いがもっとも深く、そして長い。また苦楽を共にしてきたため、彼の患いが誰よりもわかる。
元璋ほど理想実現に全てを懸けている人間はいない。
例えば聴政(ちょうせい)を一日三度に増やしたことだけでもよくわかる。
聴政とは皇帝が朝廷に出て、臣下の奏上文を聴く会議のことで、通常は日に一度とされていたのだが、それを三度に増やしたのである。
多忙な時は一日に二百の上奏文に目を通し、四百件の政務を処理することもあった。
また日々勉学に励み、その生活は質素そのものである。
この精力的な姿勢の原点は悲惨な少年時代の経験であったことは言うまでもない。
この点、徐達と湯和も同様であった。彼らも質素倹約を旨とし、職務に励んだ。だが功臣たちの多くが傲慢となり、華奢な生活を楽しんでいる。
「先日、費聚が厳しく叱責されたが……」
湯和は嘆息しながら盃を机上に置いた。
費聚も功臣二十四将の一人で、その武勇は群を抜き、度々戦いで手柄を立てた。
開国後、屯田を命じられたが、全く働こうとしなかった。元璋は政治的に向いていないと考え、代わりに勇猛な蒙古兵の参集を命じた。ところがこの命も無視してしまったため、元璋は激怒したのである。
「北伐に向かう前、費聚は斬首されると聞き及んでいましたが、どうなりました?」
「命だけは助けられたよ」
「ほう、それはまた……」
「皇后様と皇太子様のおかげだ」
湯和は嬉しそうな表情で答えた。
政治への情熱と臣下への猜疑心のため、元璋はしばしば臣を罰しようとした。しかしそのたびに諌めたのが鈴陶と標であった。もしこの二人がいなければとっくの昔に殺戮に近い粛清が起こっていたに違いない。だが元璋は必死に家臣を擁護する標のことが気がかりでならなかった。標は心優しき人物で、時に涙を流して父帝を諌めた。だがその涙を見るたび、
――何たる軟弱な。
と、辛酸を舐め尽した元璋は不安になるのである。
先年、標の弟三人を出陣させた。その結果三人とも勇猛に戦い、大いに元璋を満足させた。中でも燕王・棣の活躍を気に入っており、棣こそ大明を担うことのできる人物になると期待した。
徐達も武人として棣を見込んでいたが、泰平な世となるならばどうであろうか。
皇太子は優しすぎるが、一廉の人物であることは間違いない。父親譲りの本質を見抜く目と、鈴陶譲りの人を明るくする性格はこれからの明王朝を発展させていくであろう。もし戦乱が続くなら棣を主にするべきであろうが、戦乱は収まりつつある。泰平の世に必要なのは英雄豪傑ではなく、英邁な仁主こそ求められる。
徐達と別れた後、湯和は元璋に拝謁した。
その折、小張夫人の病が重くなっていることを聞かされた。元璋と湯和にとって夫人は母親のような存在であった。許しを得て急ぎ、夫人に挨拶をすることにした。
夫人はいつまでもお茶目な所があり、湯和のいきなりの訪問に、
「このような顔を鼎臣殿にお見せするのは恥ずかしい」
と言って、顔を赤らめた。もう起き上がれないほど身体が弱っていたのだが、必死になって笑顔を浮かべてくれた。
「お顔色が良いようで安堵しました」
「それは化粧をしているからですよ。鼎臣殿が見舞いに来られると聞きましたので、鈴陶にお願いしたのです」
「皇后様がおいでになられたのですか」
「相変わらず走り回っています。昔から落ち着かない子ですが、皇后様になっても鈴陶は鈴陶のまま」
湯和は何とも嬉しげな表情で頷いた。
鈴陶はこの世で皇帝に次ぐ尊貴な身分であるが、昔のまま何も変わらない。
結婚当時から元璋の食事は常に鈴陶が作ってきた。しかし皇后になってからも自らが作り、元璋も彼女以外の者が作ると不機嫌になるほどであった。
服装も質素で、儀式以外はぼろぼろになるまで着こなした。その着こなしだが、彼女には優れた感性があって、不思議とみすぼらしくない。侍女たちは感心するべきなのか、呆れるべきなのかよくわからない。時折、気難しい年配の侍女からは皇后たる者のすることではない、と諫言されてきた。だが、
「奢侈贅沢を楽しむように、私は使える物を最後まで使い切る工夫を考えることが楽しいのです。世の中で工夫することほど楽しいことはありませんよ」
と、にこにこしながら反論してきた。
その話を聞くと、湯和は弾けるようにして笑い転げた。鈴陶も変わらないが、湯和も屈託のない笑顔は昔のままであった。
「誰ですか、大声を出すのは?」
鈴陶もまた湯和に負けないほど大声を出して走り寄ってきた。夫人は苦笑しながら、
「皇后様も声が大きい」
と、たしなめた。鈴陶は急におとなしくなり、照れ笑いをした。
「皇后様はお変わりになりませんな」
「鼎臣殿こそ。聞けば南海へ赴かれるとのこと」
「先年、福建で海の民と酒を酌み交わしましたが、どの男も気持の良い奴ばかりでした。またどこまでも続く海が心を躍らせるのです。そうじゃ。皇后様も海に船を出してみませぬか」
半ば本気で聞いてみたが、鈴陶は意外にも激しくかぶりを振った。
「私は船が苦手なのです。以前和州から太平に参った時、船に乗りましたが……もうあんな思いをするのは御免です」
「天下無敵の皇后様にも苦手なものがあったのですな」
愉快げに湯和が笑うと、鈴陶は顔を赤らめて叱りつけた。
二人のやりとりはまるで幼い兄妹のようで、とても皇后と将軍の会話ではなかった。夫人はそんな二人を楽しく、そして懐かしそうに眺めていた。
「今日は見舞いに来てくれたのですか。それとも私に叱られに来たのですか」
そう尋ねられると、二人は叱られた子供のように小さくなった。
だが夫人は変わらない二人が好きであった。また元璋や鄧愈たち旧郭軍にいた者は皆、夫人の前では子供に戻るようであった。彼女にはそんな不思議な魅力と包容力があった。
「しかし……私は長く生き過ぎましたね」
夫人は寂しい表情をして天井を眺めた。
先年のことである。出征していた鄧愈が帰還中、寿春(じゅしゅん)で病没してしまったのである。まだ四十一歳という若さで、旧郭軍の者は誰もが哀しんだ。
夫や弟、子二人、そして若き鄧愈まで見送らねばならぬ我が身を哀しんだ。
「昨夜……夢枕に子興様がお立ちになられましてね」
「父様が?」
「ひどくご立腹でね。もう二十年もわしの世話をする者も話し相手もおらぬ。さっさとこちらへ来い、と怒鳴っているのです」
夫人は苦笑しながらも、子興のわがままが懐かしくて仕方がなかった。
「古き時代は去り、新しい時代がやって来る。あなたと陛下は私が見込んだ通り、大志を遂げてくれました。でもね、鈴陶。大変なのはこれからですよ。至上の位にある者は孤独。子興様でさえも孤独であらせられた」
夫人はそう言うと鈴陶の手を固く握った。
「いかなることがあってもあなただけは陛下を見限ってはなりませんよ。天下第一の方になられた今こそ貴女の――妻の力が必要なのです」
「母様のように陛下がどれほど女子に手を出しても生涯嫉妬して差し上げます」
鈴陶が笑いながら言うと、夫人は、「この娘は」と、頭を小突いた。
病床にあった夫人の耳にも噂は届いている。元璋が疑心暗鬼となり、家臣たちを厳罰に処しているというものである。またそんな元璋を鈴陶と標が必死になって留めていることも知っていた。
――今こそ妻として真価が問われる。
元璋は天下を統一し、皇帝という至上の位を得た。だがそれと同時に己の悪心と戦わねばならない。悪心とは家臣への疑心暗鬼であり、独善であった。悪心という敵ほど厄介なものはなく、妻は夫が悪心に負けぬよう支えてやらね ばならない。
――もっと傍にいてあげたいけど……。
そう願っても彼女に多くの時間が残されていないことを悟っている。
――でも鈴陶なら、きっと大丈夫。
義娘を、いや愛娘の鈴陶を信じよう――夫人は目を閉じ、自分に言い聞かせた。
それから三ヶ月後。
小張夫人の容態は悪化し、臨終を前に二人の娘――鈴陶と芙蓉の手を取った。
「芙蓉。どこまでも姉様を援けなさい。鈴陶。妹を末永く見守ってあげなさい」
母として最期の言葉を遺し、そして静かにこの世を去った。
波乱に満ちた人生であった。だが何と実り豊かな生涯であったことか。
――母様、母様。
鈴陶は恥も外聞もなく号泣し、義母の亡骸にすがりついた。
思えば亡き子興とこの義母は何と稀有な方であったろうと鈴陶は思った。
実の親を亡くし、天涯孤独であった鈴陶を実の娘同様、いやそれ以上の愛情をもって、この二人は育ててくれた。それも表面的な優しさだけではなく、心の底から彼女の幸せを願い、そして見守ってくれた。
――最大の幸せは。
鈴陶は思う。
孤児であった鈴陶にとって子興と夫人を父母に持ったことこそが幸せの根源であり、この世に生まれてきた意味そのものであった。
血の繋がりはなかったが、情という繋がりはどの親子よりも濃厚であり、一度たりとも疎外感を抱くことはなかった。
――ありがとう、ありがとう……ありがとう。
深い悲しみはあったが、それ以上に義父母に対する感謝の念が悲しみを覆い、幾度も幾度も感謝の言葉が脳裏を過った。
義父母が遺してくれた想いや教えを終生の宝として、まっすぐ歩んでいこう――鈴陶は夫人の安らかな顔を見つめながら、心に誓うのであった。
三
明の将軍たちは多忙であった。
大規模な戦いは終結したが、各地の紛争は未だに続いている。将軍たちは東西南北に出征し、辺境の安定化を図った。
元璋夫妻が濠州で拾った沐英も雲南鎮定に出陣するよう命じられた。その知らせを聞いた鈴陶は標を呼び、沐英の送別会を催そうと考えたのである。
沐英は朱一家への愛情が深い。中でも標への思いは深く、主君として敬い、弟として可愛がった。標も沐英を実の兄同然に敬慕し続けた。出征となると沐英は必ず参内をする。当然、標も現れ、言葉をかけていただくことが恒例となっていた。ところがこの時の標の顔色が優れず、いつもと違い遅れてやってきた。
「殿下。どこかお悪いのではありませぬか」
「義兄様。体は至って壮健でござります」
「ですが、標。文英の申すように顔色が良くありません。何かあったのですか」
鈴陶も標のただならぬ様子が気になっていた。なおも標は笑みを浮かべていたが、椅子に座ると、つぶやくように心配事を語り出した。
「父君は私を心許なく思われているようです」
標は北元との戦いに出征させてもらえなかったことに気を病んでいるようであった。
「私は弟たちに比べ、心根が弱い。とても父君の偉業を継ぐことなどできぬのです」
そのように嘆くと、沐英は努めて明るく笑みを浮かべた。
「何を仰せです。天下は泰平となりつつあります。陛下がお創りになられた大明を万年続かせるに必要なのは仁慈の心。殿下ほど仁悲に溢れたお方は他にはございませぬ」
鈴陶も沐英と同意見で優しくうなずいてやった。
元璋と鈴陶の人物鑑定眼は卓越している。この夫婦が選んだ人材が明という新国家を創り出したことは間違いない。ただ両人の性格から、選ぶ基準がやや違っている。
鈴陶は仁慈と道義を貫く人物を好んでいた。皇太子や皇子・皇女たちの師に人品骨柄卑しからぬ宋濂を迎えたのもそのためであった。
また好戦的な人物よりも律義な人物を選ぶ傾向がある。その一例が文正であった。
文正と文忠は共に元璋の甥であり、仮子であった。初陣も同時期であるため、しばしば両者は比べられた。
文忠は野外戦においては天賦の才があり、いかなる大敵をも打ち破ってきた。言わば朱軍の鉾であると言える。
文正の戦い方は一歩一歩地を固めるように篤実で、そのため文忠ほど注目されなかった。
鄱陽湖の戦いの折、元璋は文忠を洪都の守備にと考えたが、鈴陶は反対した。鉾のような文忠ではなく、盾のような文正こそ籠城戦に向いていると強く推薦したのだ。その結果、文正は見事洪都を死守し、朱軍を大勝利に導いた。
元璋は好戦的で才気あふれる人物を重んじる傾向にあり、温和な標よりも攻撃的な棣を好むようであった。
二人の価値観の相違は後継者選びにも顕れた。
標が優れた後継者であることは元璋も認めている。しかし元璋の趣向から標は慎重でありすぎ、急場における判断力が欠けているように思えた。また荒くれ者たちを魅了させるような華やかさが標にはない。
華やかさと言えば四男の棣はまばゆいばかりで、数多い皇子の中で天下の兵馬を率いることができるのは彼だけではないかと見ている。棣は先の北伐でも活躍したように、文忠に似た――いやそれ以上に将として天賦の才に恵まれていた。
だが鈴陶は次代を担うのは標でなければならないと見ている。
――天下は統一された。馬上天下を取るのではなく、天下を治めていかねばならない。
天下安寧のためにはじっくりと物を考えることができ、人を大事にする標こそが次代の皇帝にふさわしい。
よく元璋は、「標は優しすぎる」と愚痴をこぼす。しかし鈴陶が見る所、優しくはあるが甘いわけではない。芯が強く、物事の本質を見抜く力はあるいは父以上で、じっくりと修業させれば、国の将来を託すにこれ以上の人材はいない。
――そでも事あるごとに駄目だと言い続けていれば本当に駄目になってしまう。
そのことを鈴陶は懸念していた。凡人でも褒めてやれば持てる力よりも発揮するものなのだ。
「標」
鈴陶は凛とした面持ちで微笑みかけた。
「大器晩成という言葉があります。名君・名将と呼ばれる人物は、若き頃は愚者と人に呼ばれ、臆病であったそうな。楚の荘王は鳴かず飛ばず、無能の烙印を押されていましたが、やがてその才覚を花開かせて覇者となりました。父上も昔は鬼と呼ばれ、人々に忌み嫌われたものです。ですが己を信じ、遂には大業を果たされました。標。もっと自分を信じなさい」
声を励まして諭すと、標はようやく明るさを取り戻した。標と鈴陶は血が繋がっていないが、標の笑みは鈴陶同様、周囲を和ませる魅力があった。
「母上。実はもう一つ心配事があるのです。詳しくはわからないのですが、どうも私の知らない所で妙な動きがあるのです」
鈴陶は首をかしげた。
皇太子は修業のため、皇帝に提出される前に上奏文に目を通して検討および決裁している。最終的に元璋が吟味するのだが、近頃は標の知らぬ上奏文があるらしい。
「錦衣衛の動きが活発なのです」
「錦衣衛――」
鈴陶は露骨に嫌な顔をし、沐英は顔を強張らせた。
錦衣衛とは皇帝直属の親衛隊であるが、その実態は秘密警察である。
これまで幾人か功臣たちが検挙され粛清されてきたが、その罪状は全て彼らの調査が基となっている。その錦衣衛が動いているということは粛清が開始される前触れであるのだ。
「錦衣衛ですが、全ての者が動いているようなのです。陛下は何をお考えなのか……不安でならないのです」
――嫌だな。
鈴陶は理も非もなく不快であった。
そもそも人の秘密や弱点を暴く行為が大嫌いで、生理的に受け付けられなかったのだ。
――国瑞様がそのようなことをするなんて……。
何ともやり切れない話であった。鈴陶は長く息を吸い、心とは裏腹にほほえんだ。
「標。あなたは余計な心配をせず、政務に励みなさい。父上には折を見て母からお話しいたしましょう」
かたわらにいた沐英もうなずき、標は拱手して退出した。それから沐英は鈴陶から餞別の品を頂戴し、雲南へと出征した。
心配をするな――鈴陶はそう言って標を安心させたが、彼女自身の心に言い知れぬ暗い不安がみなぎっていった。
四
洪武十二年(一三七九)。明朝に激震が走った。
この当時、朝廷で権勢を振るっていたのは右丞相にあった胡惟庸であった。彼は政治手腕に優れ、今や皇帝と並び立つほどであった。
ところがその惟庸が突如、錦衣衛に逮捕されたのである。逮捕されたのは惟庸一人ではない。芋蔓式に次々と関係者が逮捕され、わずかな期間で逮捕者数は一万人を越えたのである。その多くが証拠もなしに処刑された。
処刑は応天郊外で行われたが、死体は累々と大地を覆い、流された血で河ができるほどであった。それでもまだ連座する者が後を絶たず、日々逮捕され続けている。
「胡惟庸の罪とは何なのです」
鈴陶は眉間にしわを寄せながら遊びに来ていた義妹の芙蓉に問うた。
芙蓉が知る限り、義姉がこのような表情をすることは今までになく、震えあがってしまった。それほど暴挙と言うべき元璋の言動に怒りを覚えていたのである。
鈴陶はおびえる芙蓉を見てはっとし、大きく息を吸った。そして表情をやや和らげてもう一度尋ねた。芙蓉は少し落ち着き、自分の知っている範囲の情報を語り出した。
「先年亡くなられた劉伯温様を胡丞相が毒殺したとのことです」
「毒殺?」
鈴陶は首をかしげた。
たしかに劉基の死は当時から不審がられ、色々と憶測を呼んだ。また惟庸は劉基を激しく憎んでいたため、毒殺のことが取り沙汰されていた。しかし今さらそのことをもって今回のような大粛清に繋がることは不自然であった。
「その他にも罪はあるそうです」
劉基毒殺の他にも北元や、各地の残党、さらには日本と手を結び、明朝の転覆を謀ったなどと、とんでもない罪まで含まれていた。功臣の多くも処刑されており、中には二十四将の一人・費聚も含まれていた。
――気を違われたのではないか。
口にこそ出さなかったが、元璋の行動は常軌を逸しているとしか思えなかった。標が危惧していたことはまさにこのことであったのだ。逮捕直後、惟庸は罪を一切認めなかった。しかし粛清された規模を聞くや、
「我が命運、ここに尽きたり――」
とつぶやくや、罪状を全て認めてしまったのである。
惟庸の後ろ盾には善長もいたが、さすがに擁護することはできなかった。ここで下手に惟庸を擁護すれば李一族も粛清されかねなかったからである。徐達たち功臣たちも口を閉ざし、事の成り行きを見守る他なかった。
この大疑獄事件こそ後世、「胡惟庸の獄」と称せられるこの大粛清であるが、鈴陶を驚倒させる逮捕があった。
故郷に隠遁していた宋濂が逮捕されてしまったのである。宋濂の孫が惟庸と結託していると密告があったとのことであった。
――そんな馬鹿なッ。
憤然と鈴陶は元璋に拝謁を願ったが、許されなかった。それどころか後宮から出ることまで禁じられ、軟禁に近い状態にされてしまった。
――何と情けないッ。
鈴陶は哀しさと悔しさと、そして夫と共に創った王朝が罪の無い人々を害することへの罪悪感が交じり合い、たださめざめと泣いた。
抗議の意味もあってか、四日間食を断ち、水さえ口にしなかった。
皇后様、ご乱心――。
当然の如く、後宮は大騒ぎとなった。鈴陶はお節介だと言われるほど面倒見が良く、そして何よりも明るい。当初、元璋への怒りもあって側室たちの面倒を見ようとしなかった。だが亡き小張夫人の教えもあり、時に母のように、時に姉のように側室たちの世話をするようになった。
――私は病持ちだ。
自身が呆れるほど鈴陶はお人よしであった。世話をしているうちに側室たちも妾ではなく、人として彼女たちを好きになってしまったのである。
――主殿は妾を得るにも良き眼をお持ちだ。
大勢の妾を作る夫に鈴陶は業腹であったが、不思議と元璋の側室たちに性悪な者はいなかった。配下の武将はいずれも有能であったが、妾選びでも択人の才覚が発揮されているらしい。とにもかくにも鈴陶の徳に感化された側室たちと侍女たちの信頼度は篤く、彼女の絶食を心配しない者は一人もいなかった。
――皇后様が食を絶たれるのであれば。
そう言って後宮の女たちは皇后に倣って絶食を始めたのである。さすがの元璋もこの後宮全ての抗議には辟易とした。芙蓉などは眼に青い炎をたぎらせながら、
「義姉様に万が一のことがあれば芙蓉は母上の許に参ります。そして冥界より母娘共に陛下のことを未来永劫呪いまする」
と、脅しにかかった。気は進まなかったが、重い足を引き摺りながらでも元璋は鈴陶の許を訪れなければならなかった。
後宮に入ると元璋のために食事が用意されていた。
「御着座を」
鈴陶は静かな口調で元璋に座るよううながした。見れば鈴陶手ずから作った料理が並べられている。
――やつれたな……。
四日間食事を摂っていないのである。鈴陶の顔は青白い。さらに言えば侍女たちも同様で、異様な雰囲気に包まれていた。元璋は息を呑んだが、鈴陶は顔色一つ変えない。ただ静かな口調で、
「お召し上がりを――」
と、真直ぐ元璋を凝視した。元璋は冷や汗を掻きながら、やむなく湯(タン)(スープ)を口にした。ところがその湯は冷たく、味も水のように薄くて、とても飲めたものではなかった。
「何だ、この湯はッ」
さては嫌がらせか――元璋は癇癪を起こして湯の入った器を鈴陶に投げつけた。器は鈴陶の額に当たり、血が流れていたが、その異様さに元璋はぎょっとした。身動き一つせず、ただ元璋をにらみすえていたからである。
「哀しいものでございますね……」
「な、何がだ?」
元璋は顔を真っ赤にしながら怒鳴りつけた。しかし鈴陶はたじろがなかった。
「富貴を手にすると、人はありがたみを忘れてしまうものなのですね……」
「ありがたみ?」
「その昔、陛下は……いえ重八様は父上と母上、兄上を亡くされました。なぜ、お亡くりになられたのですか。冷え切った不味い湯さえも飲むことができなかったからではないのですか。その湯は民が汗水流して朝廷に納められたもの。そのようなこともお忘れになり、重八様は湯を投げ捨てられた。それが哀しくて仕方がないのです」
元璋は言葉を失った。
父母と兄の死を片時も忘れたことはない。
忘れるどころか――あの死があったからこそ皇帝になり、今でも政治に励んでいるつもりであった。そのため鈴陶の言葉に反論することができず、ただ元璋にはもだえるしかなかった。さらに鈴陶は続ける。
「民も師を迎えれば終生敬慕するもの。その恩は山より高く、そして海よりも深い。宋先生は皇子や皇女たちに誠心誠意、教えを授けてくださいました。父母兄弟の死を忘れ、子たちの師への恩を忘れるなど……人間、富貴を手にするものではありませぬ」
そう言うと鈴陶は目から涙を流しながら、力無く器の破片を拾い始めた。
「陛下は情け深いお方。私と貧賤を共にされたことをお忘れではありませぬ。そのことは嬉しく存じております」
元璋は即位をして後、その厳しさから恐ろしき――魔性の人間のように人々から思われている。だがその心底には人の情を求め、その情を成すためだけに政治に邁進していることを鈴陶ほど知り尽くしている人物はいない。ですが、と鈴陶は言葉を繋げた。
「今があるのは陛下と私二人だけが辛苦を乗り越えてきたからではありませぬ。死をいとわず、臣下の者たちが陛下を助けてきたからではありませぬか」
鈴陶は人間が好きである。
どんな人間も純粋無垢で罪を一つも犯さぬ者など一人もいない。だが短所と長所があり、相反する部分を有するからこそ人は良い――鈴陶は本気でそう思うのである。
――人は必ず死ぬ。だから人の手で人を殺してはいけない。
鈴陶が幼い頃より揺るぎなく抱き続けている信念であった。
この信念があったからこそ、小鬼と忌み嫌われた元璋を助け、そして夫婦となった。
その元璋が皇帝となるや、艱難辛苦を共に乗り越えてきた仲間たちを殺めていくことに鈴陶は悲しみを抑えることができなかった。
「陛下がお怒りになる気持ちもわからないでもありませぬ」
この点、鈴陶もただのお人よしでもない。
元璋は決して殺人鬼ではない。親兄弟を亡くし寄る辺もなかった彼こそ誰よりも人を欲した。だが己を寄る辺のない身にした悪政を元璋は生涯憎み続けた。
悪政を憎む心。
それは鈴陶もまた同じであり、心ある者――例えば徐達や湯和などといった者たちも悪政に対する恨みは根深い。
本来、元璋と共に旗揚げをした連中は皆、蒙古の悪政を憎しみ、それを打倒せんがために命を懸けてきたはずである。ところが天下を征するや否や、政を怠り、今度は憎んでいたはずの悪政を彼らが実行しようとしているのだ。
このたびの大粛清は堕落した家臣たちに対する元璋の大きな怒りであった。鈴陶にはその気持ちが痛いほどわかるのである。だからと言って――虐殺同然の粛清を鈴陶はどうしても、佳しとするわけにはいかなかった。
国家建設で、すでに元璋たちの手は血でけがれきっている。その上、さらに仲間たちの血で染まっていくことほど悲しいことはない。
「どうか、陛下。彼らと過ごした日々をお忘れなく、みだりに命を奪わないでいただきたいのです。陛下は鬼ではない。鬼ではないのですから……」
そう言うと鈴陶は耐えきれなくなったのか、その場で泣き崩れた。
「鈴陶……」
元璋はうつむきながら、継ぐ言葉を失った。
言葉なく立ち上がると、泣き崩れる鈴陶の傍に近づいた。そして懐から布を出すと、額から流れる血を優しく拭いてやった。この時の顔は母親に叱られた少年のようで、驚くほど邪気がなかった。
「……すまぬ」
寂しい目をしながら、優しくつぶやくように謝った。
その顔を見て鈴陶ははっとした。この時の顔は決して鬼のものではなく、出会った頃の優しい重八少年のものであったからだ。
――この人はまだ人なのだ。
鈴陶は確信した。元璋はそのまま逃げるようにして部屋を後にした。
宋濂はその後、死一等を減じられた。だが無罪放免ではなく、四川の茂州(もしゅう)に流罪と決まったのである。 その途中、宋濂は急逝した。病没したとも僧舎にて首を吊って自害したとも云われている。
――救えなかった。
宋濂の死を聞いた鈴陶は衝撃のあまり、その場に卒倒してしまった。吐き気を催すような血生臭さが漂うのを鈴陶は感じていた。
元璋は魔性の人となりつつある。
その元璋を諌めることができる人間、それは鈴陶と標の二人だけであった。
標は優しく、そしておとなしい。そんな標は生まれて初めて激情を心に抱いていた。
敬慕してやまない師・宋濂が死に追いやられ、また母までもが断食して倒れたことを知ったからである。
――廃嫡されようとも、この身がどうなろうとも申し上げねばならぬ。
標とて若者であり、血気に逸ることもある。明を担う皇太子として命を賭してでも父を諌めようと決意した。元璋から「軟弱者」と叱られてきた標であったが、鈴陶が思うように芯の強い青年であった。心優しいが、元璋よりも意志を通す力が強かったのだ。
元璋が二度目の聴政を終えた頃。標は休憩をしている父に拝謁を願った。この頃、元璋は元気がなく、いつも溜息をつき、ちょっとしたことでもすぐに激怒した。
「陛下。ご機嫌麗しゅう」
機嫌など良くないことは百も承知であったが、あえてそのように言った。いつも温和な彼がこの日に限っては鬼気迫るものがあった。
――標もこのような顔をするのか。
元璋にとって意外であり驚きつつも、自身も険しい表情で対した。
「何用か」
「畏れながら……この標を庶人に落とされますよう」
この言葉にその場にいた群臣たちは蒼白となった。そして口々に、「陛下にお詫びを」と騒いだ。しかし標は一同をにらみつけると、水を打ったように静かになった。
――意外にも……。
元璋は努めて無表情でいたが皇太子に足りぬと思っていた威厳を目の当たりにして驚愕していた。この時の標は千軍万馬をひれ伏させるほどの威風があった。だが死地を潜り抜けてきた元璋の威厳は標の比較にならない。
「大馬鹿者ッ」
雷音のような怒号を発し、標を威圧した。だがこの日の標は全くひるまなかった。
「陛下は次々と臣下を罰せられます。このままでは朝廷から臣がいなくなり、私が大明の皇統を受け継ぐ時は誰もいなくなってしまうでしょう。股肱となるべき臣を失い、敬慕する師を救えず、大恩ある母上に手をさしのべることもできぬ者がどうして皇太子でおられましょう。亡国の主となるなら、いっそ庶人になった方がましです」
何の淀みもなく理路整然と標は述べた。元璋は体を震わせながら、
「この青二才めが……」
と、凄まじい形相でにらみすえた。
父子の対峙に周囲の者は固唾を呑んで見守ったが、両者とも微動しない。やがて元璋は立ち上がり、奥から木の棒を持ち出して標の前に放り投げた。一同はこの棒で皇太子が打ちすえられるのではないかと、心配したがそうではなかった。
「標。その棒を握ってみせよ」
見れば棒には無数のとげが出ており、とても握ることなどできない。
「持てぬであろう。朕はな……天下をそなたに渡す前に棘を抜いてやろうとしているのだ。絹に包まれて育ったそなたが、庶人に落とされても良いなど軽々しく申すな。庶人がいかに辛く苦しい生活をしているか、そなたにはわかるまい」
元璋は沈鬱な表情をしながら、とげ棒を蹴飛ばした。
「朕は十七で孤児となり、辛酸を舐め尽してきた。その辛酸の源は何か――貴族や役人どもが私利私欲をむさぼった為ではないか。その辛酸を共に味わってきた同志が卑しくも豚になりつつある。そのような有害な豚どもは民のためにも排除せねばならぬのだ」
この言葉に標は返すことができなかった。
「標よ。苦労も何も知らぬそなたが軽々しく廃嫡など申すでない」
元璋はそう言い放つと、聴政の為に宮殿へと戻って行った。標は悔し涙を流し、何も出来ない己の無力を嘆いた。
鈴陶の絶食、皇太子の反抗、そして臣下への不信感。
元璋はこれまでひたすらに自身を信じ突き進んできたが、どうして良いのかわからなくなっている。
かつて迷った時には側に劉基や善長、徐達がいてくれた。また悩んだ時は鈴陶が時に慰め、そして時に叱咤してくれた。
しかし劉基はこの世になく、善長と徐達は遠ざけてしまい、今更意見など聞けない。
鈴陶も絶食をして抗議を続けている。このままではあと数日で餓死するであろう。元璋は孤独を極めていた。
そうした中。青田から一人の青年が元璋に拝謁を求めてきた。青年の名は劉璟(りゅうけい)――亡き劉基の次子であった。
「亡父より預かりました書状を持参いたしました」
そう言って劉基の書状を差し出したのである。
「伯温が、朕に……?」
道に迷っていた元璋は飛びつくようにして書状を広げた。そこには懐かしい劉基の字が並んでいる。劉基の字は独特な癖があって、決して上手くはないが、素朴で温かみがある。
――伯温の手だ……。
懐かしそうにその字を目で追った。その内容は道に迷いし元璋を見越しているかのようであった。
「政は寛と猛を交互に行わなければなりませぬ。律が正しきことは大事ですが、天下を治めし者は刑を緩やかにして徳でもって人心を安んじねばなりませぬ。これが大明の天下を永らえる秘訣です」
そう書かれていた。元璋が読み終える頃を見計らい、劉璟は亡父が遺した言葉を伝えた。
「父は申しておりました。胡君が生きている間は聞く耳をお持ちでないでないだろうと。しかし胡君が去られた時、陛下は必ず帝王として心の闇と戦わねばならない。その時、劉基はこの世にいないだろうが、最期の上奏をしたい。この劉璟に書状を持って陛下にお目通りするようにと、そう父は遺言しておりました」
元璋は無言で劉璟の顔を眺めた。亡父に似て面長で、気品にあふれている。再び書状に目を通し、最後の一節を繰り返し読んだ。
「道失えば始まりをご覧あれ。真の支えは灯の届かぬ足元にあり。己の両足をご覧あれば自ずと進む道が見えてくるものなり」
劉基は死してもなお、元璋を支えようとしていた。皇帝という至尊の地位に登り、周りが見えなくなっていた。劉基の書状を握りしめ、己の原点とは何か、元璋は深く考えるのであった。
鈴陶は一旦、断食を中断していた。しかし宋濂の死後に再び絶食を始め、七日目に達しようとしている。水も飲まないと言い張ったが、芙蓉がそれを許さなかった。芙蓉は短刀を喉に当て、
「水さえお飲みにならないのでしたら、ここで自害いたします」
と泣き叫んだため、やむなく水だけは飲むことにしたのである。しかし食事は一切摂らなかった。また心労も重なって、鈴陶は床から起き上がることができなくなっていたのである。そうした中、元璋が訪れ、人払いを命じた。鈴陶とどうしても二人きりになりたかったのだ。しばらく二人は何も語ろうとしなかったが、鈴陶が弱々しく口を開いた。
「この有様でしたので……ずっと気になっていたのですが、民の暮らしぶりは大事ないですか?」
この問いに元璋は、「表のことに口を出すな」と叱った。しかし体が弱りながらも鈴陶は口が達者であった。
「皇帝は天下の父、皇后は天下の母。そして民は天下の子。どうして子の安否を気にしない母がいましょうか」
「相変わらず口が減らぬな」
元璋は苦笑せざるを得なかった。
「……これを読んでみろ」
懐から劉基の書状を取り出し、手渡した。
「これは……伯温先生の?」
「生前、倅に託しておいたそうだ」
鈴陶はゆっくりと黙読した。何度も繰り返し読み、静かに目を閉じた。
「足元を――。陛下はご覧になりましたか」
鈴陶は尋ねたが、元璋は違うことを語った。
「標がな……。あのおとなしかった標が別人のように血相を変えて、わしに意見しおった」
「まあ、標が……」
「このまま股肱の臣を奪われては大明の皇統を継げぬ、とな。臣たちも驚いていた」
意外だと言わんばかりの元璋に、鈴陶は苦笑した。
「意外ではありませんよ。あの子は芯の強い子。陛下の大業を継ぎ、大明の華を咲かせることができるのは、あの子だけです」
「……知らぬはわしだけであったか」
今まで見せたことのない自信なげな表情で、力無く笑った。
「国瑞様らしくありませぬ」
鈴陶は皇后になってからは一貫して「陛下」と尊称してきたが、あえて字で呼んだ。
「わしは頑迷で周りを見ず、多くの忠臣を失った。挙句の果てにはそなたや標にまで愛想を尽かされ……もうおしまいだな」
今にも泣きそうになっている元璋を見て、鈴陶は微笑した。しばらくすると侍女に命じ、食事を用意させた。
「……食べてくれるのか?」
「夫がしょぼくれて、妻が飢え死すれば世の笑い物ですよ」
元気こそなかったが、久しぶりに声を立てて笑った。侍女たちは手を取り合って喜び、急いで食事を用意した。
その夜から元璋は毎晩、食事を共にした。結婚以来、多忙でこのようなゆっくりとした食事をしたことはなかった。
「これが泰平というものか」
元璋はしみじみと幸せを噛みしめている。鈴陶も同様で、満面に笑みを浮かべた。だが数日間の断食が祟ったのか、鈴陶は体を壊してしまっていた。
「私が国瑞様のお食事を作って差し上げたいのに……」
少女のような素振りを見せて悔しがった。元璋は苦笑し、
「いつまでそなたはお転婆なのだ。良い歳をして」
「そう言う国瑞様もお歳をめされましたよ。お髪に白いものがびっしりと」
そう口を尖らせて、元璋の白くなった髪をなでながら微笑した。元璋は鈴陶の肩を撫でながら、先日怪我をさせた額に指をあてた。
「痛むか?」
「いいえ」
「……わしはどうかしていた。すまぬ」
この言葉と気遣いに鈴陶は胸打たれ、目を潤ませた。
――ああ、重八様だ。あの大好きな小鬼様が鈴陶の元に帰ってこられた。帰ってこられたんだ。
すっかり険が取れたように優しくなり、それが鈴陶には嬉しくて仕方がなかった。
それからの元璋は不思議なほど疑念の心が解け、標のことを認めてやれるようになった。
認められた標は、水を得た魚のように生き生きと群臣たちを率いて政治を主導するようになった。その指導力は元璋も舌を巻くほどで、全てが上手くいくように思えたのであった。
元璋と鈴陶にとって、この時ほど幸せであった時期はなかった。
標の嫡子・允炆(いんぶん)も三歳となり、辺境も諸王や湯和たち武将の活躍で平穏となりつつある。多くの家臣を粛清してしまったことへの悔恨はあったが、官僚たちは心を引き締め、民の生活は安定してきていると云う。鈴陶は元璋を支え、これから二人が目指した理想国家を創り上げようと熱く語り合った。
だが――。
禍福はあざなえる縄の如し、という言葉がある。元璋と鈴陶に訪れた平穏な日々は長くはなかった。
――嘘だ。
医官の言葉を聞いた元璋は我が耳を疑った。
現実と呼ぶにはあまりにも残酷で、天を恨まずにはいられないことを告げられたのである。
――絶食のためか、皇后様は不治の病に憑かれました。
医官の見立てでは血の流れが異常であり、肝の臓が異様な形をしているとのことであった。現代で言えば肝臓癌を鈴陶は患わっていたのである。
――そう言えば食を摂り始めたと言うにやせ細ってきた。
元璋は鈴陶が生気を失っていることに気がついた。
彼女は少しふくよかな女性であったが、床に伏せってからやせ細っている。何よりも声に張りが無くなっている。このことだが、当の鈴陶は薄々気づいていた。
――長くないかもしれない。
何となくだが、身体がだるく、直感的に命が長くないことを感じていたのである。
「そんなことがあってたまるかッ」
元璋はいかなる時も冷静沈着であったが、この時ばかりは取り乱した。勅命を発し、天下の名医や祈祷師を召集しようとした。標も賛成したが、当の鈴陶がそれを固辞した。
「命運は天の差配によるもの。いくら名医でもこの病は治せず、祈祷師など無意味です」
鈴陶にすれば自分は必ず死に、召集された医者や祈祷師は責任を取らされて惨刑に処せられるに違いなかった。鈴陶は幼い頃から人が死ぬこと――とりわけ殺されることが何よりも嫌いで、自分の死で無意味な殺生などされてはたまったものではなかったのだ。
元璋は良医と祈祷師をあきらめた。その代わり、できる限りの時間を鈴陶の為に使うことにした。鈴陶は、
「そう毎日、顔を見られては恥ずかしゅうございます。陛下は万民の陛下。鈴陶だけが一人占めにしては天下に申し訳ない」
と諌めると、元璋は駄々っ子のようにかぶりを振った。
「天下の為と申すなら、一日でも早く快癒せよ。そなたは万民の母だ。民は未だ生活に苦しんでおる。子たちのために早く良くなれ」
元璋は粥を鈴陶の口に運びながら、真剣な表情で励ました。
元璋はまた鈴陶を唐の太宗(李世民)の妻・長孫皇后に喩え、褒めちぎった。長孫皇后は良妻賢母として知られ、女の鑑と賞せられている。
「本当にもう。やめてください。私は才なく徳なく、陛下とすぐに喧嘩をしてしまう。どうして文徳(長孫)皇后と比べられましょう」
「ううむ。それもそうか。そなたは側室を持つたびに怒っておったしな」
「あら。妻たる者が夫に嫉妬して何が悪いのですか。陛下は多くの妾を抱えて、御子も数えるのが大変になるほど。本当に節操がない」
鈴陶が怒ったのも無理はなかった。側室の数は十人を下らず、皇子は三十名近く、皇女は二十名近くもいたからだ。
「多忙の中、せっせとお励みになられました」
鈴陶は呆れる思いであった。しかし新しく側室を迎えるたびに嫉妬し、詰め寄ったのだが、律義に怒り続けてきた鈴陶もまた大変であった。口をとがらせて元璋をにらみすえたが、馬鹿馬鹿しくなり笑ってしまった。
「でも最後まで私のような女子と貧賤を共にされたことをお忘れにはならなかった」
「今のわしがあるのは鈴陶のおかげだ。あの日――鬼として殺されかけていた所を人として助けてくれた。そして鬼に堕ちそうになったわしをまた助けてくれた」
この言葉を聞くと感極まり、鈴陶は目から涙をあふれさせた。
「もっと……もっと、国瑞様のお側にいたかった」
「まだだ。明日も明後日も一年でも十年でも二十年でもわしの側にいろ」
「まるで駄々っ子のようですね。でも国瑞様。鈴陶が冥府に参りましても、大丈夫。あなたには標がいます。文英や思本、伯隆、天徳殿、そして鼎臣殿もいます。苦楽を共にした皆を信じて、二度と民が苦しまぬような世をお創りくださりませ」
元璋は鈴陶の痩せ細った手を握りしめ、何度も何度もうなずいた。
洪武十四年(一三八二)八月十日。
ついにその時が訪れた。
長く伏せっていた鈴陶が危篤状態に陥ったのである。
応天府には諸王や、各家に嫁いだ皇女たちも召集された。湯和と沐英は辺境が不穏なため、戻ってくることはできなかった。
前日から元璋は片時も鈴陶から離れようとせず、手を握り続けていた。その間、何度も何度も快癒するよう天に祈った。
鈴陶の息はか細く、病室に息がこだまする。
「……国瑞様」
最後の力を振り絞って、鈴陶は笑みを浮かべた。
意識は朦朧とし、眼前に懐かしい人々が次々と現れる。
頑固で口やかましかった父の子興。
優しかった義兄と生意気であったが、誰よりも自分を慕ってくれた義弟。
そして人の道、女の道、妻の道、母としての道を教えてくれた母・小張夫人。
皆、染み入るような笑みで眺めてくれている。もうすぐ皆の許に行けるのだ。そう思うと鈴陶の脳裏に美しき音色が流れた。
かつて母に連れられて聞いた合奏――何と美しかったことか。今でもはっきりと心に刻み込まれている。
「夫婦とは琴と瑟のよう」
母の言葉が脳裏を過った。
果たして元璋と美しき音色を奏でることができたのであろうか。亡き父母のような夫婦になり得たのだろうか。
うわごとのように鈴陶は「琴……瑟か」と繰り返しつぶやいた。
元璋は合奏を聴きたがっているのだと思い、ただちに楽師を呼んで演奏を命じた。
鈴陶は琴と瑟の調和された見事な音色を聞き、にこやかにほほえんだ。
「……私どもは……相和せることができたのかしら……」
小さな、まことに小さな声で鈴陶は元璋に訊いた。
しかし声があまりにも小さく、元璋には聞き取れかった。だが元璋は力強く、「ああそうだとも」とうなずいてやった。
鈴陶は満足そうな笑みを浮かべて、「良かった」とつぶやいた。
この時の笑みはとても美しく、元璋は思わず天女ではないかと思ったほどであった。
彼女の笑顔でどれだけの人々は救われたか。最期の最期まで鈴陶は明るく振舞い、人々の心を和ませようとした。
だが――人々の、元璋の願い虚しく、天は鈴陶を召した。
死した後も鈴陶は穏やかな笑みを浮かばせ続けた。誰もが悲しみに暮れていたが、見れば思わず心を和ませてしまうほど彼女の表情は明るかった。
しかし元璋だけは泣きに泣いた。
「鈴陶、逝くな、わしを置いていくな――」
恥も外聞もなく、ただ愚夫のように泣き叫び、魂が戻ってくるよう何度も身体を揺さぶった。
だが――鈴陶が戻って来ることはない。
「全てを終えたのです」
満足気な表情で二度と目を開けることはなかった。だがその表情のあくまで誇らしげで、一片の悔いも残されていなかった。
「弾け、弾くのだッ。鈴陶が好きだった曲を弾け、弾くのだ」
元璋は満面を涙に濡らせ、楽師たちに命じ続けた。
応天府に美しき琴瑟の音色がいつもまでも鳴り響き、人々は鈴陶の死を嘆き悲しんだ。
一人の少年と一人の少女が出会った。
二人の織りなす音色は時に風となり、恵みの雨となり、そして温かき陽光となった。
だがもう二人の音色が鳴り響くことはない。
一つの時代が幕を閉じ、新たな時代の風が中国大陸に吹き始めようとしていた。
劇了
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朱元璋の勉強のつもりで拝読しましたがすっかり馬鈴陶(馬皇后)のファンになりました。
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是非、他の作品も読みたくなりました。
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