千尋さんはラノベが読みたい――ラノベ作家という僕の秘密を知ったのは、『小説が読めない』クラスのアイドルでした――

紅葉 紅羽

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第二十六話『桐原信二の荒療治』

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「……なんつーか、思ってたよりも何倍もすごかったな……」

「それはプランニングが? それともまた別のところ?」

 千尋さんとの話し合いを終え、『用事があるからまたね!』と言い残して席を立ってから約数分。その間ずっとボケっとしていた信二がようやく発した第一声に、僕は半分――いや八割近く呆れつつそう問いかける。それが信二の中で何かのスイッチを押したのか、信二の首がぐわっと僕の方を向いた。

「そりゃもう全部だろ! プランニングも様子もオーラも、その全部が想像以上だ! 遠足が終わるまでのしばらくの間これを体験できるってすげえ贅沢なんだなって、俺は改めて思わされたね……」

「……ごめん、友人として忠告しとくけど少し気持ち悪いと思うんだ」

 恍惚とした様子で熱弁する信二に、俺は十割ドン引きしながら言葉を返す。信二が異性と話すことに慣れてないのは知っていたけど、いくつかのプロセスをすっ飛ばして千尋さんと相対すると皆こうなってしまうのだろうか。多分そうじゃない……と、信じておきたいところだ。

『どこに千尋さんが行くか決めてから俺も班決めする』とか息巻いていたけど、もしかしたらそれも千尋さんを間近にしてテンパらないようにしてただけなのかもしれない。……そうだとするならば、限界化しているのを本人の前で悟られなかったその手腕の方に拍手を贈るべきだろうか。

「……いや、それだけはないか」

「おいおい、一体何一人でぶつぶつと考えてんだ? せっかく千尋さんからの指名で遠足を一緒に回れるんだ、その喜びを最大限噛み締めなきゃ嘘ってもんだろ」

 自問に対して自答して僕が首を横に振っていると、信二がバンバンと結構強めに肩を叩きながらそんなことを言っている。バスケ部に所属しているだけあって、その力は結構なものだ。正直痛いから一刻もはやく止めてほしいところだけど。

「前から思ってたことだけどよ、なんでお前は千尋さんに対してそんなドライというかフラットに行けるんだ? かと思えばクラスの中だと焦ったりもしてるし、俺は時々お前のことが最高にわからなくなっちまうよ」

「人には向き不向きがある、それだけの話だよ。信二がクラスの中だとあんなに話せるくせして異性の前だと緊張してロクに話せなくなっちゃうのと原理は同じ――というか、僕としてはそっちの方が分かんないからね」

 あんなにたくさんの視線を浴びながら話せるのに、どうしてそれが減った場で緊張することがあるのだろうか。……信二とつるんでそろそろ一年ぐらいになるけど、考えれば考えるほど僕と信二は似ていいないところばかりが目立つような気がしてならない。

 まあ、そういう関係だから仲良くなれたってのもあるんだろうけどね。同族嫌悪って言葉もあるくらいだし、似てるからと言って仲良くなれるかと言われたらそれはきっと違うんだろう。

「しょうがねえだろ、どうしたってそのことを意識しちまうんだから……。お前が隣にいたからそっちに意識を逸らしてどうにか話してたけど、二人きりになったら何も言えなくなる自信があるね」

「それはきっと誇らしげにいう事じゃないと思うけど……。それ、千尋さんじゃなくてもそうなるの?」

「そりゃもちろん。俺のこのテンパりは、『青春を謳歌しねえと』っていう観念からくるものだからな。……それを目の前にすると、俺はどうやったって焦っちまうんだよ」

 僕の問いかけに対して、信二は困ったように頭を掻く。それが信二にとって大きな問題であることは、信二も十分に理解しているところではあるようだった。

 いつも通りに振る舞いさえできれば青春なんていくらでも転がり込んでくると思うんだけど、それが簡単にできないから信二の中では悩みになってるんだもんな……。むしろそこで思考停止せずに行動に移せてるだけ、信二は立派だって言っていいだろう。

 千尋さんにしたってそうだ、自分の事情を知ったうえでそれでも解決しようと色々行動を起こしている。それがどこに行きつくかはまだわかっていないけれど、千尋さんが前に進もうとしているのは確かなはずだ。

――それに比べて、僕はどうなんだろう。ずっと忘れられることの痛みが脳裏によぎって、誰かの印象に残る人になることを恐れている。……忘れられない人になるにはどうしたらいいかじゃなくて、どうしたら痛みを感じないかだけを追求している。それは、前に進んでるって言っていいんだろうか?

『……照屋さんには、一皮むけてほしいのです』

 そんなことを考える中で、氷室さんに言われた言葉が脳内で反響する。……時間をかければいつかできるかもしれないと思ったその目標が、今じゃ急に遠いもののように思えて――

「……紡? おーい、聞いてるかー?」

「……う、ん?」

 そこまで考えたところで、僕は信二が目の前で手をひらひらと振っていることに気づく。それでふと我に返った僕が信二の方を向くと、不安げな表情が僕に向けられていた。

「……どうした? いきなり千尋さん推しの誰かに呪われたりしたか?」

「それがどこまで冗談でどこまで本気か分かんないけど、大丈夫。……どうしたの、信二?」

 三割ぐらいは本気でもおかしくないその問いかけに苦笑しつつ、僕は問いを投げ返す。……すると、信二は真剣な表情を浮かべた。

「……俺が異性と話せないのは今に始まったことじゃねえが、それがこれから先もずっと続くとなると大問題だ。より濃密な青春を味わうためにも、俺はどこかで荒療治をする必要がある」

「……荒、療治?」

 こぶしをグッと握りしめてそういう信二に、僕は首をかしげてオウム返しをする。……それがいったい何を指し示すのか、僕にはとんと見当がつかなかったのだが――

「そう、荒療治だ。……次の遠足、できるだけ俺と千尋さんが二人で話す機会を増やせるように意識しといてくれねえか?」

――千尋さんと一緒に行く遠足ほど、青春の濃度が濃いイベントもなかなかないんだよ。

 そんな理由を付け加えながら、信二は両手を合わせて僕にそう頼み込んでくる。……そのあまりにも予想外な頼みごとに、僕は頭の横側をガツンと殴られたような気分に襲われて。

「……へ?」

 何も状況がつかめていないと自白するような間抜けな声を上げることしか、僕にはできなかった。
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