千尋さんはラノベが読みたい――ラノベ作家という僕の秘密を知ったのは、『小説が読めない』クラスのアイドルでした――

紅葉 紅羽

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第百二十二話『セイちゃんは安心する』

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「知らなかったよ。……人の頬って、風邪をひいてなくてもこんなに熱くなるんだね」

「あはは、つむ君途中から顔真っ赤だったもんね。これも浮気者みたいな想いを抱いたことの報いってことで、まあ諦めて受け入れておくれよ」

 昇降口に続く階段をゆっくりと降りる僕に、満足げな表情を浮かべたセイちゃんが笑みを浮かべながら追いかけてくる。その隣には千尋さんもしっかりいて、もう完璧に打ち解けてしまったのが分かった。

 最初はちょっとしたエピソードトークだけで終わると思っていたのだが、お互いに何一つ隠し立てしようとしないからもう大変だった。口出ししちゃいけないって縛りを付けられている以上止めることはできないし、かと言って先に変えることもできないし。……この時間を経たことによって二人が仲良くなれたことがせめてもの救いだ。

 もっと険悪な雰囲気になってもおかしくないと思っていたけれど、むしろ二人の目は最初っから最後まできらきらと輝き続けてたしね……。『同じ人を好きな同士』がこんなにも仲良くなれることを、千尋さんは最初から確信していたのだろうか。

「ふふ、あたしとしてもこんなに顔を真っ赤にする紡君が見れて満足かな。昔の紡君が可愛かったってことも、犀奈さんからたくさん教えてもらったし?」

「呼び捨てでいいよ、今更敬称なんて水臭いじゃないか。まさか私と同じぐらいにつむ君のことを思っている人と出会えてたなんて、流石に想像できなかったな」

 君は昔から人と関わるのが得意じゃなかったからね――と。

 こつこつと足音を響かせながら、セイちゃんは懐かしむように呟く。実際セイちゃんが言っていることは正しいし、今でも人と関わるのが得意になったわけじゃない。千尋さんと出会う事が出来たのは、はっきり言ってしまえば奇跡のようなものだ。

「私はね、つむ君が変な女に騙されてないか心配だったんだよ。君は押しに弱いから、その才能を利用しようとする人が居るんじゃないかって。最初からつむ君には興味がなくて、ただ作家って在り方だけを価値として見てたんじゃないか……ってさ」

「あー、確かに紡君は詐欺に引っかかりやすいかもね……。人と関わるのが苦手な割にお人よしだし、現に突然話しかけてきたあたしのことを受け容れちゃってたわけだし」

「そう……なの、かなあ……?」

 千尋さんとセイちゃんが揃って下した結論に、僕は思わず首を捻る。個人的にそんな気はあまりしないのだが、二人の意見が一致しているのならあながち的外れという事もないのだろう。……ともすれば、僕の親よりも僕のことを深く知っていたっておかしくはないわけだし。

「まあでも、私と千尋が居ればその心配ももう皆無だね。もしも君に害をなそうとするような人が居るなら、私たちはどんな手を使ってでもその人のことをつむ君から遠ざけるつもりだよ」

「うんうん、紡君が傷つけられるのは嫌だからね。……正直、クラスの皆が紡君に厳しい視線を無得蹴るのだってやめてほしいぐらいなんだよ?」

 セイちゃんの意志表明に共鳴して、千尋さんもそんなことを口にする。言葉にすると同じことなのだけれど、その本気度が二人の間で食い違っていないかどうかが不安なところだ。……大方、セイちゃんが行き過ぎることになるのだろうけど。

 セイちゃんの人との付き合い方は、言ってしまえば僕の上位互換のようなものだ。本質的には小さな世界を大事にするけれど、接してくる人に対してもセイちゃんは器用に付き合うことが出来る。だけど、それは本当に大切な小さな世界を侵害さえしなければという話で。

 ひとたびそんなことをすればセイちゃんは問答無用でその人を切り捨てるし、一切の慈悲なく拒絶する。……このまま日々が進んでいけば、クラスの大半がセイちゃんと口もきけないなんてことになりかねないんじゃないだろうか。

「まあでも、安心したのは事実だよ。ここまで距離が近くなってるとは想像してなかったけど、つむ君に友達が出来てて本当によかった。……独りってのがどれだけ強い毒か、君は知ってるはずだしね」

「……セイちゃん」

 突然真剣な口調になって、セイちゃんは僕たちの前まで軽やかに駆け抜ける。その姿に、僕は思わず目を奪われた。

「つむ君が一人じゃなくて、また私の事も受け入れてくれて、本当に嬉しいんだ。……これからもよろしくね、二人とも」

 眩しいぐらいの笑顔を浮かべて、セイちゃんは律儀に頭を下げる。その姿に僕と千尋さんは一瞬だけ顔を見合わせて、そして笑みを浮かべると――

「うん「ええ、もちろん‼」」

――僕たち二人の答えが、人気のない校舎の中に何度も反響した。
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