千尋さんはラノベが読みたい――ラノベ作家という僕の秘密を知ったのは、『小説が読めない』クラスのアイドルでした――

紅葉 紅羽

文字の大きさ
145 / 185

第百四十四話『セイちゃんの答え』

しおりを挟む
「……ん、と?」

 千尋さんの言葉を聞いて、セイちゃんの表情が少し怪訝なものに変わる。まるでいきなり冗談を放り込まれたかのような、部屋を開けた先でクラッカーを鳴らされたかのような。……言ってしまえば、サプライズを受けた時のような。

「……物語が、読めない……。それは、どういう事なのかな?」

「話してる通りだよ。あたしは物語が読めない。読もうとすると文字がバラバラになって頭の中に入って来なくなっちゃう。……ちょっと昔、色々あったんだよね」

 珍しく戸惑いを隠さないセイちゃんに対して、千尋さんは少しの苦笑いとともにそう返す。……『色々あって』と言えるようになるまでに途方もない時間がかかったことを、僕は確かに知っていた。

 千尋さんが自分の過去をどう受け止めたのか、僕は千尋さんに聞かせてもらった。過去も含めて自分なんだと、今それを知ったところで大事なところは何も変わらないと。……そう言ってくれた千尋さんの表情は誇らしげで、どこかさっぱりとしているように思えた。

 セイちゃんから見れば、その話はあまりにも突拍子もないものに映るだろう。『なんで今なんだ』とか『そんな話があるのか』とか、考えなきゃいけないことはたくさんあると思う。返す言葉もたくさんあると思う。……だけど、セイちゃんの口から出てくるのは千尋さんに寄り添うような言葉なんだろうなと、僕はどこかでそう信じてもいる。

 セイちゃんと千尋さんは、最初こそどこか微妙な距離感を詰め切れずにいるようだった。だけど、それを乗り越えた――と言うか、どちらからともなくそれが消滅しての今って感じだ。だからこそ今なら千尋さんも明かせると、一歩を踏み出せると信じたんだ。

 それを横で見てきたからこそ、この言葉がちゃんと受け止められることを祈らずにはいられない。この先に控える文化祭が、最高のものとなっていくためにも――

「……嘘を言ってる風には……見えないんだよなあ。千尋さん、それは本当の事なんだよね?」

「うん、ずっと言えなくてごめん。あたしが紡君と知り合ったのも、紡君ならあたしの問題に何か新しい変化をくれるんじゃないかなって、そう思ったからなんだ」

 千尋さんがそう打ち明けると同時、千尋さんとセイちゃんから同時に確認の視線が飛んでくる。……それに、僕はただ首を縦に振った。

「手の込んだドッキリ……ってわけでも、ないだろうし……千尋さんはまだどうだろうって感じだけど、つむ君は嘘を吐くのがとてつもなく下手だからね。私を何かドッキリにかけたいんなら絶対につむ君は他の所に誘導しておくべきだし、そういう雰囲気じゃないのも間違いないし」

 僕に対する評価を差し挟みつつ、セイちゃんは少しずつ現状を呑み込んでいく。現実主義と言うか、目の前で起きていることを尊重するセイちゃんらしい堅実なやり方だ。それを積み重ねていけば、最後にはこの言葉が真実でしかないという結論にたどり着いてくれるだろう。

「あたしね、ずっとこれを打ち明けるのが怖かったんだ。どうしてこうなってるのかもはっきりしてなかったし、それが良くないことに繋がったこともあったし。……だけどね、最近ちゃんとわかったの。読めない理由が何なのか、私は今ちゃんと知ってる。それに、あたしの事情を受け止めてくれてる人もいる。……だから、今なら大丈夫なんだ」

「……千尋さん」

 胸に軽く手を当てながら、千尋さんはまっすぐにセイちゃんへそう宣言する。それを聞いたセイちゃんは軽く目を瞑り、何かを整理するかのように口を小さく開閉させる。……そして、次に目を開けたセイちゃんの眼には優しい光が宿っていて――

「……ここまで気持ちがこもってて、嘘だなんてことがあり得るわけがないね。……ありがとう千尋さん、ここで隠さず伝えてくれて。多分、とても度胸のいる告白だったでしょ?」

「……っ、うん。だけど、犀奈になら大丈夫だって思ってたよ?」

 普段より柔らかく響くセイちゃんの声に、千尋さんは緊張した表情を笑みへと変えて笑う。一気に緩和した雰囲気の中で、千尋さんは心から安堵したような笑みを浮かべていた。

「千尋さんにそう思ってもらえるなら光栄だね。……あの時君が踏み込んできてくれて、本当によかった」

 それに応えるようにセイちゃんも笑い、千尋さんと視線を交換する。それが合図となったかのように、二人はどちらからともなく握手を交わした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

ぼっち陰キャはモテ属性らしいぞ

みずがめ
ライト文芸
 俺、室井和也。高校二年生。ぼっちで陰キャだけど、自由な一人暮らしで高校生活を穏やかに過ごしていた。  そんなある日、何気なく訪れた深夜のコンビニでクラスの美少女二人に目をつけられてしまう。  渡会アスカ。金髪にピアスというギャル系美少女。そして巨乳。  桐生紗良。黒髪に色白の清楚系美少女。こちらも巨乳。  俺が一人暮らしをしていると知った二人は、ちょっと甘えれば家を自由に使えるとでも考えたのだろう。過激なアプローチをしてくるが、紳士な俺は美少女の誘惑に屈しなかった。  ……でも、アスカさんも紗良さんも、ただ遊び場所が欲しいだけで俺を頼ってくるわけではなかった。  これは問題を抱えた俺達三人が、互いを支えたくてしょうがなくなった関係の話。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

善意一〇〇%の金髪ギャル~彼女を交通事故から救ったら感謝とか同情とか罪悪感を抱えられ俺にかまってくるようになりました~

みずがめ
青春
高校入学前、俺は車に撥ねられそうになっている女性を助けた。そこまではよかったけど、代わりに俺が交通事故に遭ってしまい入院するはめになった。 入学式当日。未だに入院中の俺は高校生活のスタートダッシュに失敗したと落ち込む。 そこへ現れたのは縁もゆかりもないと思っていた金髪ギャルであった。しかし彼女こそ俺が事故から助けた少女だったのだ。 「助けてくれた、お礼……したいし」 苦手な金髪ギャルだろうが、恥じらう乙女の前に健全な男子が逆らえるわけがなかった。 こうして始まった俺と金髪ギャルの関係は、なんやかんやあって(本編にて)ハッピーエンドへと向かっていくのであった。 表紙絵は、あっきコタロウさんのフリーイラストです。

処理中です...