千尋さんはラノベが読みたい――ラノベ作家という僕の秘密を知ったのは、『小説が読めない』クラスのアイドルでした――

紅葉 紅羽

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第百五十五話『千尋さんのお手本』

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 千尋さんによって役に声が当てられていくたびに、僕の中で埋まらなかったピースがぴったりとはまっていくのを感じる。まるで魔法のように、最初からそれが答えだったかのように。もちろん千尋さんをイメージして生み出した役だからそれは間違いないのだけれど、それにしたってすごいシンクロっぷりだ。

 自分が生まれてきた意味を探し求める少女の姿が、あの時僕の姿を見かけた時に意味を見出してくれた千尋さんと重なる。それと同時、自分の中にあった違和感が抜けていく。……セイちゃんの狙いは本当に的を射ていたのだと、心からそう思った。

「……ふう。どうかな、上手くできてた?」

 僕が言ったのと同じセリフを堂々と演じ切って見せて、千尋さんはどこか照れくさそうに笑う。それを見るに自己評価はそう高くないようだが、僕たちが発したのはとめどない称賛の嵐だった。

「これなら間違いなくつむ君も堂々と演じられるね。私は二人みたいに役を演じるわけじゃないけれど、このキャラがどんな本質を持ってるのかは分かった。……本当に、つむ君は千尋さんをイメージしてこのキャラを作り上げたんだなあ」

「うん、だけど今の千尋さんはそれ以上だったよ。……僕が思ってたより、ずっとエリーと千尋さんが重なってた。今なら多分、僕でもエリーを演じきれるんじゃないかな」

 千尋さんの演技は、今の僕にとって最も必要なお手本だった。これを心の中で追えるなら、僕もエリーをどうにか演じ切ることが出来るだろう。

「つむ君、もう大丈夫――だよね。その顔を見ればすぐにわかったよ」

「うん、時間もないし撮影の続きと行こうか。……ありがとうね、千尋さん」

 セイちゃんに促されるようにして立ち上がりながら、僕は演じるための準備へと戻っていく。さっき聞いたエリーの声を何度も何度も繰り返しながら、ゆっくりと自分とエリーを重ね合わせる。……大丈夫だ、もう違和感はない。……違和感の正体が何かは、もう僕の中でちゃんと見えた。

 エリーは生まれてきた意味を求めながら生きる少女だが、その答えが降ってくるのを待つような人物ではない。日々生きていれば自然と入り込んでくるすべての刺激から答えを求めるような、積極的な人物だ。答えを授かるのではなく、手を伸ばして答えをつかみ取るために、その掴み取った答えに後悔をしないためにエリーは生きている。……エリーは、自らが置かれたこの状況を恨んでなんかいないんだ。

「私は最初から、こうやって選択をする運命でした。ですから、貴方が悲しむ必要はありません。むしろあなたは胸を張るべきなのです。……私は、貴方と出会う事で人生の意味を見つけられた。私がこの時代に、この場所に、此の宿命を抱いて生まれた意味は貴方と過ごすためにあった。……貴方と生きられたこの時間が、私にとって最も輝かしい生きた証です」

「生きた証だなんて言うな、そんなのは終わってから出来るものだ! 生きているうちにそんなことを言うな、もう自分が死ぬことを覚悟してるみたいに言うな! ……本当にボクが大切なら、ボクの事を置いて勝手に決断なんてしようとするなあッ‼」

 物語のクライマックス、二人はそれぞれの想いをぶつけ合う。この国のために自らの身を投げ出すことを決めたエリーと、それを『気に食わない』と拒むマローネ。二人の運命の出会いは、皮肉なことにエリーの決断を早めることになった。そしてそれは、二人の平和な日常へと別れを告げることになるわけで。

「ボクは諦めたりなんかしてやらないぞ、エリー。それがたとえ世界を滅ぼす愚行だと言われるんだとしても、そんなのは全て死んでからの事だ。……死んでからの評価を、ボクが気にしてなんかやるもんか」

 それでも諦めきれないマローネは、消えていったエリーの背中を追いかけることを決意する。それがたとえどれだけ無謀な物であろうとも、愚かな物であろうとも。今を刹那的に生きることを願う少女には。そんなことは関係がなくて――

「――こうして、始まるのです。……残った世界で過ごす、新たな日常が」

 最後の見せ場を終えた後に幕は閉じ、マローネのナレーションによって物語は閉められる。通しの撮影でそこまで読み上げることが出来たという事は、すなわち。

「――っし、何とか出来上がった……‼」

――千尋さんほどじゃないにせよ、僕がしっかりエリーを演じ切れたという事だ。
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