千尋さんはラノベが読みたい――ラノベ作家という僕の秘密を知ったのは、『小説が読めない』クラスのアイドルでした――

紅葉 紅羽

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第百七十六話『私たちの窮地』

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 結論から言えば、二人の抗いは所詮子供のワガママのようなものだった。

 そもそも王城にマローネがたどり着けたこと自体が奇跡のようなもので、それが最後まで続くほどこの世界は甘いものじゃない。エリーとマローネの物語は、奇跡に愛されてばかりの物じゃなかった。

『……君は、どうしてもエリーを生贄にするのが正しいって言うんだね』

 捉えられ、王の前に引きずり出されたマローネは強気に問いかける。エリーの懇願によってまだその体は傷つけられずにいられているが、それがなければ何度不敬罪で殺されていてもおかしくないところだ。ましてそれがスラムの人間ならば、王族の怒りは尋常な物ではない。

 その言葉を、この場に着ているお客さんが聞くことはない。この舞台の上に上がるのは、今ここにいる二人だけだ。二人の視点を通してしか、この国の物語を垣間見ることは出来ないんだ。

『……分かってたことだけどさ、やっぱり君たちはそういう考え方なんだね。自分たちが生き残る事ばかりを考えて、それにどんな犠牲を支払うことも厭わなくて、踏みつけにされる存在の事なんて考えもしない。この国からスラムが消えない理由を、ボクは今目の当たりにしてるみたいだね』

 その在り方に、マローネは悪辣な言葉をこぼす。この空間でマローネにしか吐けない、踏みつけにされてきた人たちの言葉だ。エリーがマローネと出会わなければ、絶対に王に届くことのなかった言葉だ。

『エリーがこんな風に育つのも納得だよ、君たちは親としてあまりに最悪すぎる。生存のための道具として扱われてばかりだったらそりゃ捻くれた考え方にもなるわけだ』

 怒りの言葉は止まない。だが、それが響くことはない。エリーやマローネが生き方を定めているように、この国を統べる王たちももはや変えようがないほどの生き方を持ってしまっている。エリーの命を使い潰してでも生きながらえたい王族と、エリーが生き残れば他はどうなってもいいマローネ。二つの願いは、どうにも平行線で交わることはないように思える。

『マローネ、もういいんです! 私に生きてほしいと思ってくれただけで、私はもう十分すぎる――‼』

 隣で縄に縛られたエリーが悲鳴のような声を上げ、一人宿命に抗おうとするマローネを止めようとする。……二人の視線が、ゆったりと交錯した。

『いいんです。私の役割は分かっていますから。私はこの時のために生まれて、お父様たちを少しでも生きながらえさせるためだけにここまで生きてきた。――そこにもう一つの意味を生み出してくれただけで、夢を見させてくれただけで、……それで、もう』

『一度本音を漏らした時点でそんな言い訳が通じるわけがないだろ、エリーの心は生きたがってる。そうじゃなきゃ逃げ出さない。……もうボクの前でそんな建前を言うな』

 きっとエリーは、マローネだけでも救いたかったんだと思う。もうたくさんの罪を重ねすぎて、きっと無事に帰って来られないことを知っているから。自分の身が捧げられるより、エリーが死ぬ方がよっぽど嫌なんだ。

『お父様の意向に従います、私はもう抵抗もしない! 迫りくる災厄を防ぐために、私が――‼』

『自己犠牲が正しいとか思ってんのか! お前の視野が狭いのは知ってたけど、ここに来てなお言い続けるのかよ……‼』

『視野が狭いのはマローネさんの方です! ……貴方に無事でいてほしいという思いが――願いがある事を、どうしてわかってくれないのですか‼』

 王族たちの前にいることも構わず、二人は声を荒げて言い合う。このままではお互いの想いが貫けなくなるという窮地が、二人の想いをさらに剥き出しにしていた。

 お互いにお互いを死なせたくなくて、そのためだったら自分の身を投げ打つだけの覚悟がある。……それに先に気づいたのは、此の脱出計画を企てたマローネだった。

『……ああ、そうだ。それでよかったのか』

 ふと天啓に撃たれたかのように、マローネは視線をエリーから外して正面から向ける。……そして、今まで意地でも下げなかった頭を深々と下げると――

『頼む。エリーが捧げられる生贄にボクも加えてくれ。……二人分の生贄なら、エリーの命だけは助かる可能性が残るかもしれないだろ?』

 覚悟に満ちた口調で、マローネは真剣に提案して見せる。……それは今まで何度も見てきたはずで、この物語の一つの流れであったはずなのに。

『……マローネさん、何を言ってるんですか⁉』

 そんな言葉が口を突いて飛び出したあたしの背筋には、言い知れない寒気がぞわぞわと走っていた。
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