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契約内容001
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お持ち帰りして数時間後、猫様は目を覚まされた。私は事のいきさつを説明したのだが。
「──と、いうわけで手当してあげたのよ。だから踏んだりした『あれやこれや』はなかったことにしてよ」
助けてあげたのに猫様は、ご機嫌ななめだ。猫になったからか、蛇の時のような幼子独特の拙さがなくなり、少年のような声で「なかったことにするもんか」と怒っている。
ふふ……猫様てば、怒っても可愛いんだから。
「そもそも手当だと? 包帯など、ゆるゆるではないかっ。しかも腹がっ、血がぁぁぁ!! とまってないィィ~~」
猫様は慌てて包帯を巻きなおそうとしたが、肉球に阻まれて苦戦していらっしゃる。その肉球が愛しくてたまらない。
「ごめんなさい。獣医に診せたかったんだけど、夜間だし血も青いし……」
「じゅ……獣医だと? 貴様っ、このワタシは獣ではない。くそっ、元に戻ったらその体、犯してやる」
「え!!! お、犯す。そ、そんな。じゃあ私も揉みつくしたあげく、におっていい?」
その肉球を。
「ひっ!! おまえは変態か!!」
ええ変態よ。(ただし猫にかぎる)
だって猫様なんだから仕方がない。おまけに美猫だ。ブルーサファイアの眼なんて宝石のようだし。ちょっと血が青いけど、肉球の前では些細なことだ。
「ところで貴様、このワタシを召喚した男を知らないか? 周囲に誰かいたはずだ」
周囲? 誰かいたかしら? あそこは夜の公園で、人影などなかったし、私も婚活相手と別れてから自宅に帰るまで『人』とは会っていない。
「誰も見かけなかったけれど?」
「そうか。まったく誰なんだ? 召喚儀式に必要な生贄を『食紅と玩具の人形』などとふざけおって。説教したのち魂を喰らってやろうと思ったのに。くそっ、儀式中に『ハウラス』めが、「勝負だー」と火炎を投げつけさえしなければ。おかげで死にかけで召喚されるわ、説教は出来ぬわ、貴様には踏みつけられるわで、てんやわんやだったのだ!」
ながいわね。半分あたりから寝そうになったわ。
「つまり儀式前にボコボコにされ、死にかけの状態で召喚されたと」
「ワタシの偉大さが微塵も感じぬ省略はやめろ。あと、貴様に『踏まれた』が抜けておる!」
何気に根にもっているわね。まぁ一部潰れてたし仕方がない。
「ごめんなさい。そのかわり怪我が治るまで面倒を見てあげるわ」
もちろんその間、なでまくり、肉球を堪能させていただくけれど。ぐふふふ。
「よかろう、ならば貴様、ワタシに何か契約を持ち掛けろ」
「契約?」
「魔界に帰りたいが今のワタシでは無理だ。おまけに人間界では回復もできん。たのむっ、腹なんてぱっくり割れてもう、いつ死んでもおかしくないのだ。あと潰されたところが痛くて痛くて、死ぬ。いいのか! 貴様の可愛いにゃんこが死ぬのだぞ」
猫様……大公爵とか言ってたくせに、プライドを捨てたわね。猫だけに助けてあげたいけれど。
「でも契約って対価が必要ではないの?」
漫画では、そういうパターンが多かったし。
「よく知っているな。だが安心しろ、魂までよこせとは言わぬ。苦しめたり、いたぶることもしないと誓おう。だが対価は必要だしな……ふむ、お前は女だ。『快楽』でいいだろう。偉大で美しいこのワタシとなら不満などあるまい。どうだ? ここまで譲歩して契約をしてやるのは、生まれて初めてだぞ。素直に「はい」と言え」
愛らしい肉球の手をピッと上げながら、どうだとばかりに猫様が言う。
やばい。キュンとしてしまった。
腹から血がでててもかわいい。でも猫で『快楽』ってアレよね? いいの? 本当に? ぐふふっふっふふふ。
「いいわね、契約するわ」
「──軽いな。しかも笑っていうな。ワタシより悪魔顔じゃないか。もっと恐れて「そんなっ、怖いわ」ぐらい言え! シチュエーションが台無しでだぞ」
「だって別に怖くないし。むしろどんとこい」
「ど……どんとって。26歳、男性経験なしの処女が。男慣れしすぎだろう」
うっ、嫌なことを暴露する猫様ね。なぜ知ってるの。
「慣れてなんてないわ。婚活してるぐらいだもの。おまけに今回も失敗したし」
あぁ……猫好きのお金持ちがどこかに転がっていないだろうか。私は早く結婚したいだけなのに。
私が婚活する理由。それは親の決めた相手と結婚したくないからだ。『奴』とだけは、絶対に結婚したくない。
「失敗か。たしかにお前は揉むとか匂うとか……発言に心配なところがあるが」
「う……。貴方こそ『対価』なのに、私を快楽に溺れさせていいの? いっぱいやりまくるわよ」
「ヒィ!! 貴様っ、余裕がないとか言っておきながら、よくもそんな。だからと負けるワタシではない。何度でも付き合ってやる……って、なんだ、その期待に満ちた目は。ちょっと背筋がひゅーっと来たかやらやめろ。もういい! さっさと貴様の要求を言え!」
猫様はお怒りになると、おなかからピューと血がでた。あぁ、契約を急いであげないと、本当に死んでしまう。
「私の要求……(肉球)」
だがそれは叶っている。なのにまだ要求していいなんて。素敵な大公爵様だ。
「あなた、人の姿になれる? できれば普通がいいから……『猫耳と五芒星がない方向』でお願いしたのだけど」
「契約すれば造作もない事だ。って、さり気なくワタシのチャームポイントを馬鹿にしてないか?」
チャームポイント……チャーム(エコー)
「イイエ、バカニハシテナイワ」
「本当か? まぁいい。それで人になってどうすればいい?」
「私、親が決めた人と結婚が決まっていて。でも相手が生理的にどうしてもダメで……」
猫様が「ほぉ~」と言い、目を細めて悪い顔をした。
「だから、あなたが私の代わりに『その人』と結婚してくれな
「待て待て待てーーーー!! そこは「私の結婚相手になって」ではないのか! おまけに野郎と結婚させようとは……ひぃ~~なんて恐ろしい娘なのだ。悪魔かっ、貴様は悪魔だなっ」
悪魔に悪魔といわれても。
「だって、私はあなたの体主に肉球を堪能させて貰うのに、これ以上要求するなんて悪いじゃない」
「たん……いやまて、どう考えても『野郎同士の結婚』のほうが悪いだろ!」
「まぁまぁ、今時『性別』なんて愛の前では関係ないわ。嫌なら婚姻届だけ書いて、さっと魔界とかに戻ればいいじゃない。さすがに魔界まではおっかけてこないでしょうし」
「アクドイ……悪魔以上に、悪魔だな。だがその契約は駄目だ。大公爵が結ぶ契約にしては『美悪感』がたりない」
「じゃあ、あなたの言うとおり、偽装結婚……だと悪いから偽装の婚約者ってことで」
猫様はしてやったりとばかりに、ニヤリと笑った。猫も脳が悪魔だと人のように笑えるのね。
「婚約者か……よかろう。その分、存分に楽しませてもらうとするか。フフフフ……」
「ええ! 楽しませてね」
「なっ……ホント軽いな。ならば早速契約しようではないかっ いでよ! 我が僕しもべ! タナカよ!」
しーーーん。
タナカって田中? なのかしら。悪魔なのにそこは現実的なのね。
「な……なんたることだ。契約用紙を持った最下級悪魔、タナカすら呼べぬとは」
だが猫様は真剣だ。非情に落ち込んでおられる。
「そのタナカって田中?」
「そうだが……」
「できれば他の人にしてくれない? 田中召喚を見るのはちょっと……」
「なんだ『タナカ』程度が怖いのか? 悪魔以上に破廉恥極まりないことを言い出した上、悪魔的な要求をした貴様のセリフとは思えんな。だが所詮は田中だ。100年ほど前に、この偉大なるワタシを呼び出しておきながら、要求が「美子ちゃんと両想いになりたい」とか言いおったヘタレ野郎だぞ……っといかん、個人情報は漏えい禁止だった」
魔界でも個人情報は大事なのね。もう、ほぼ漏えいしてるけど。
「怖いんじゃなくて、私の名前、田中久美だから。いでよ田中って呼ばれると複雑というか」
「なっ……」
私の名前を聞いて、シャムネコが目を見開く。前の契約者も田中だったから驚いているのかしら?
「貴様! 本当に貴様というやつは、なんて貴様なんだっ」
どうしよう、わけのわかんないこと言い出した。すごく狼狽えているのはわかるけど。
「よいか? 貴様、契約を持ち掛けた悪魔に、真名を知られると一方的に魂を取られるぞ。この大公爵たるワタシとの契約を、そんなアホなことで台無しにしてどうする。もっと緊張感を持ってやれ! 」
ドビュードビューと腹から血をだしながら、私を指さして猫様がお怒りになる。
「ごめんなさい。以後、善処するわ」
「フっ、もう遅いわ。お前に『以後』などない。貴様の魂はワタシのものだ。田中が2体になるのが美悪的ではないが。クククク……ふふふふっふはははははははははっ!! ワタシの真名を知っておれば助かったのにな、愚かな、まことに愚かよ。泣いてもダメだぞ。悪魔との契約を軽くみた貴様が悪いのだ。魂となって反省しろっ」
猫様は大笑いし、なにか黒い煙を体から出し始めた。黒煙からは男や女の怨嗟と悲鳴が聞こえてくる。突如、ふ~と体の中心から何かが抜けていく感覚が襲い──まずい。これが魂がとられる感覚なの?
「やめて……」
だめね。声がうまく出せない。
「くくく……やったぞ。体を取り戻した!!」
私から力を吸い取ったからだろう。シャムネコは美麗な人の姿──いや、悪魔の姿に戻っていた。腹に巻いてやった包帯はすでになく、ブルーサファイヤの瞳が冷たくこちらを見て笑っている。
「やめてだと? このワタシに命令など、どこまでも愚かな娘よ。久美、魂を奪う前に、せめてもの情けだ、純潔を奪ってやろう。快楽を感じながら、ワタシの元で眠るがよい」
少年だった声は低くなり、鼓膜が犯されたかのように気持ちいい。意識がだんだんと遠くなるにつれ、形よい悪魔の唇が少しずつ近づいてくる。
あぁ、『快楽』ってそういう意味だったのね。ちっ、すっかり猫の姿に騙され、いい方向に考えていたわ。肉球を堪能させてくれると思ったのに、なんて嘘つきな悪魔なの。
「やめ……て『アイム』」
「なっ!!!」
ポン!!! と煙のような音がしたと思ったら、元の猫の姿に戻っていた。急に戻ったためか腹からドビュードビューと血が勢いよく出ている。
「な……ぜ……ワタシの真名を」
「え? 子蛇の時に言ってなかった?」
「しまったぁぁぁ。子蛇になると下級悪魔並に知性が下がってしまうのだ。ワタシがこのような手に引っかかるとは、この悪魔めぇぇぇぇ」
いや、悪魔にそんな事言われても。
「それより沢山血がでてるわよ、アイム、大丈夫? アイムったらアイム?? あと肉球触っていい?」
「ひっ、やめろ!!!! 名を連発していうなっ。悪魔の真名はデリケートなんだぞっ。しかもさりげなく肉球を要求するな」
「なら、あだ名で呼ぶわ。アイたん、愛五郎~?」
「やめろぉぉぉぉお。私の品性が、品性がぁぁぁぁ!!!」
アイムは苦しそうに悶えて転がった。血がドバドバとでている。後で床掃除が大変だ──の前に死んでしまうわね。
「仕方がないわね」
私は引き出しから、大学ノートを取り出し、1枚ぺリリと切り取った。
【田中久美とアイムの契約書】
『アイムは田中久美の婚約者となる代わりに、アイムの肉球で快楽になる事を約束します。』
ボールペンでさらっと書き、カッターで指をきると署名し血判を押してみた。悪魔との契約に、シャチハタはさすがにアレだろうから。
「け、契約だと? い、いいのか……?」
ブルーサファイアの瞳をウルウルして、横たわる悪魔に契約書を渡してやる。この反応からして契約書は紙切れでもいいみたいね。
まぁ、本心は助けてあげたい1%、肉球堪能したいが99%だけど。
「別に構わないわ」
「くくく愚か者め! ワタシの『真名』を知ったお前なら、殺すこともできたのに」
大学ノートの紙きれを、必死に握りしめながらアイムが言う。
「そんな酷い事はしないわよ」
私の専属肉球をみすみす手放すなどするはずがない。
「なっ……貴様っ、悪魔だぞ。殺すか使役しないのか? 願えば永遠の命や富や権力だって」
「面倒くさい」
「め……使役できる身でありながら……かいら、いや、対価まで支払うというのか?」
じぃ~と、アイムが疑いの眼で私を見てくる。私ってそんなに信用ないのかしら。これでも純真な肉球愛者なのよ。
「早く契約を終わらせて。あなたを死なせたくないわ」
アイムがあり得ないという顔で私を見る。酷いわね。猫様でなかったら拳が飛んでいるところよ。
「契約は日本語だけど大丈夫? 海外の悪魔だと、英語のほうがいいかしら?」
「誰に聞いている? このワタシが日本語ぐらい。え……と、アイムは たなかくみの こんやくしゃ となるかわりに アイムのにくたいに かいらくを あたえることをやくそくします……だろ?」
アイムはどうやら日本語が苦手らしい。
「それ間違っ
「ええい! 煩い。今更、怖気づくなど許さんぞ」
アイムは制止も聞かず、腹の血を指につけて血判……というか肉判? どっちでもいいけど、押してしまった。
「フン、これで貴様はワタシの……」
アイムがニヤリと笑う。
「あわてんぼうね」
「使役されたら困るからな。べ、別に快楽の為ではないぞっ!」
赤い顔をしてアイムがいう。やばい……猫様が恥じらっていらっしゃる。動画をとってSNSにあげたい。
そんなこんなで、私とアイムの契約は成立した。
あとになって『肉球』と『肉体』を読み間違えた事に気が付いたアイムは、泣いちゃったけど。
それはまた別のお話。
「──と、いうわけで手当してあげたのよ。だから踏んだりした『あれやこれや』はなかったことにしてよ」
助けてあげたのに猫様は、ご機嫌ななめだ。猫になったからか、蛇の時のような幼子独特の拙さがなくなり、少年のような声で「なかったことにするもんか」と怒っている。
ふふ……猫様てば、怒っても可愛いんだから。
「そもそも手当だと? 包帯など、ゆるゆるではないかっ。しかも腹がっ、血がぁぁぁ!! とまってないィィ~~」
猫様は慌てて包帯を巻きなおそうとしたが、肉球に阻まれて苦戦していらっしゃる。その肉球が愛しくてたまらない。
「ごめんなさい。獣医に診せたかったんだけど、夜間だし血も青いし……」
「じゅ……獣医だと? 貴様っ、このワタシは獣ではない。くそっ、元に戻ったらその体、犯してやる」
「え!!! お、犯す。そ、そんな。じゃあ私も揉みつくしたあげく、におっていい?」
その肉球を。
「ひっ!! おまえは変態か!!」
ええ変態よ。(ただし猫にかぎる)
だって猫様なんだから仕方がない。おまけに美猫だ。ブルーサファイアの眼なんて宝石のようだし。ちょっと血が青いけど、肉球の前では些細なことだ。
「ところで貴様、このワタシを召喚した男を知らないか? 周囲に誰かいたはずだ」
周囲? 誰かいたかしら? あそこは夜の公園で、人影などなかったし、私も婚活相手と別れてから自宅に帰るまで『人』とは会っていない。
「誰も見かけなかったけれど?」
「そうか。まったく誰なんだ? 召喚儀式に必要な生贄を『食紅と玩具の人形』などとふざけおって。説教したのち魂を喰らってやろうと思ったのに。くそっ、儀式中に『ハウラス』めが、「勝負だー」と火炎を投げつけさえしなければ。おかげで死にかけで召喚されるわ、説教は出来ぬわ、貴様には踏みつけられるわで、てんやわんやだったのだ!」
ながいわね。半分あたりから寝そうになったわ。
「つまり儀式前にボコボコにされ、死にかけの状態で召喚されたと」
「ワタシの偉大さが微塵も感じぬ省略はやめろ。あと、貴様に『踏まれた』が抜けておる!」
何気に根にもっているわね。まぁ一部潰れてたし仕方がない。
「ごめんなさい。そのかわり怪我が治るまで面倒を見てあげるわ」
もちろんその間、なでまくり、肉球を堪能させていただくけれど。ぐふふふ。
「よかろう、ならば貴様、ワタシに何か契約を持ち掛けろ」
「契約?」
「魔界に帰りたいが今のワタシでは無理だ。おまけに人間界では回復もできん。たのむっ、腹なんてぱっくり割れてもう、いつ死んでもおかしくないのだ。あと潰されたところが痛くて痛くて、死ぬ。いいのか! 貴様の可愛いにゃんこが死ぬのだぞ」
猫様……大公爵とか言ってたくせに、プライドを捨てたわね。猫だけに助けてあげたいけれど。
「でも契約って対価が必要ではないの?」
漫画では、そういうパターンが多かったし。
「よく知っているな。だが安心しろ、魂までよこせとは言わぬ。苦しめたり、いたぶることもしないと誓おう。だが対価は必要だしな……ふむ、お前は女だ。『快楽』でいいだろう。偉大で美しいこのワタシとなら不満などあるまい。どうだ? ここまで譲歩して契約をしてやるのは、生まれて初めてだぞ。素直に「はい」と言え」
愛らしい肉球の手をピッと上げながら、どうだとばかりに猫様が言う。
やばい。キュンとしてしまった。
腹から血がでててもかわいい。でも猫で『快楽』ってアレよね? いいの? 本当に? ぐふふっふっふふふ。
「いいわね、契約するわ」
「──軽いな。しかも笑っていうな。ワタシより悪魔顔じゃないか。もっと恐れて「そんなっ、怖いわ」ぐらい言え! シチュエーションが台無しでだぞ」
「だって別に怖くないし。むしろどんとこい」
「ど……どんとって。26歳、男性経験なしの処女が。男慣れしすぎだろう」
うっ、嫌なことを暴露する猫様ね。なぜ知ってるの。
「慣れてなんてないわ。婚活してるぐらいだもの。おまけに今回も失敗したし」
あぁ……猫好きのお金持ちがどこかに転がっていないだろうか。私は早く結婚したいだけなのに。
私が婚活する理由。それは親の決めた相手と結婚したくないからだ。『奴』とだけは、絶対に結婚したくない。
「失敗か。たしかにお前は揉むとか匂うとか……発言に心配なところがあるが」
「う……。貴方こそ『対価』なのに、私を快楽に溺れさせていいの? いっぱいやりまくるわよ」
「ヒィ!! 貴様っ、余裕がないとか言っておきながら、よくもそんな。だからと負けるワタシではない。何度でも付き合ってやる……って、なんだ、その期待に満ちた目は。ちょっと背筋がひゅーっと来たかやらやめろ。もういい! さっさと貴様の要求を言え!」
猫様はお怒りになると、おなかからピューと血がでた。あぁ、契約を急いであげないと、本当に死んでしまう。
「私の要求……(肉球)」
だがそれは叶っている。なのにまだ要求していいなんて。素敵な大公爵様だ。
「あなた、人の姿になれる? できれば普通がいいから……『猫耳と五芒星がない方向』でお願いしたのだけど」
「契約すれば造作もない事だ。って、さり気なくワタシのチャームポイントを馬鹿にしてないか?」
チャームポイント……チャーム(エコー)
「イイエ、バカニハシテナイワ」
「本当か? まぁいい。それで人になってどうすればいい?」
「私、親が決めた人と結婚が決まっていて。でも相手が生理的にどうしてもダメで……」
猫様が「ほぉ~」と言い、目を細めて悪い顔をした。
「だから、あなたが私の代わりに『その人』と結婚してくれな
「待て待て待てーーーー!! そこは「私の結婚相手になって」ではないのか! おまけに野郎と結婚させようとは……ひぃ~~なんて恐ろしい娘なのだ。悪魔かっ、貴様は悪魔だなっ」
悪魔に悪魔といわれても。
「だって、私はあなたの体主に肉球を堪能させて貰うのに、これ以上要求するなんて悪いじゃない」
「たん……いやまて、どう考えても『野郎同士の結婚』のほうが悪いだろ!」
「まぁまぁ、今時『性別』なんて愛の前では関係ないわ。嫌なら婚姻届だけ書いて、さっと魔界とかに戻ればいいじゃない。さすがに魔界まではおっかけてこないでしょうし」
「アクドイ……悪魔以上に、悪魔だな。だがその契約は駄目だ。大公爵が結ぶ契約にしては『美悪感』がたりない」
「じゃあ、あなたの言うとおり、偽装結婚……だと悪いから偽装の婚約者ってことで」
猫様はしてやったりとばかりに、ニヤリと笑った。猫も脳が悪魔だと人のように笑えるのね。
「婚約者か……よかろう。その分、存分に楽しませてもらうとするか。フフフフ……」
「ええ! 楽しませてね」
「なっ……ホント軽いな。ならば早速契約しようではないかっ いでよ! 我が僕しもべ! タナカよ!」
しーーーん。
タナカって田中? なのかしら。悪魔なのにそこは現実的なのね。
「な……なんたることだ。契約用紙を持った最下級悪魔、タナカすら呼べぬとは」
だが猫様は真剣だ。非情に落ち込んでおられる。
「そのタナカって田中?」
「そうだが……」
「できれば他の人にしてくれない? 田中召喚を見るのはちょっと……」
「なんだ『タナカ』程度が怖いのか? 悪魔以上に破廉恥極まりないことを言い出した上、悪魔的な要求をした貴様のセリフとは思えんな。だが所詮は田中だ。100年ほど前に、この偉大なるワタシを呼び出しておきながら、要求が「美子ちゃんと両想いになりたい」とか言いおったヘタレ野郎だぞ……っといかん、個人情報は漏えい禁止だった」
魔界でも個人情報は大事なのね。もう、ほぼ漏えいしてるけど。
「怖いんじゃなくて、私の名前、田中久美だから。いでよ田中って呼ばれると複雑というか」
「なっ……」
私の名前を聞いて、シャムネコが目を見開く。前の契約者も田中だったから驚いているのかしら?
「貴様! 本当に貴様というやつは、なんて貴様なんだっ」
どうしよう、わけのわかんないこと言い出した。すごく狼狽えているのはわかるけど。
「よいか? 貴様、契約を持ち掛けた悪魔に、真名を知られると一方的に魂を取られるぞ。この大公爵たるワタシとの契約を、そんなアホなことで台無しにしてどうする。もっと緊張感を持ってやれ! 」
ドビュードビューと腹から血をだしながら、私を指さして猫様がお怒りになる。
「ごめんなさい。以後、善処するわ」
「フっ、もう遅いわ。お前に『以後』などない。貴様の魂はワタシのものだ。田中が2体になるのが美悪的ではないが。クククク……ふふふふっふはははははははははっ!! ワタシの真名を知っておれば助かったのにな、愚かな、まことに愚かよ。泣いてもダメだぞ。悪魔との契約を軽くみた貴様が悪いのだ。魂となって反省しろっ」
猫様は大笑いし、なにか黒い煙を体から出し始めた。黒煙からは男や女の怨嗟と悲鳴が聞こえてくる。突如、ふ~と体の中心から何かが抜けていく感覚が襲い──まずい。これが魂がとられる感覚なの?
「やめて……」
だめね。声がうまく出せない。
「くくく……やったぞ。体を取り戻した!!」
私から力を吸い取ったからだろう。シャムネコは美麗な人の姿──いや、悪魔の姿に戻っていた。腹に巻いてやった包帯はすでになく、ブルーサファイヤの瞳が冷たくこちらを見て笑っている。
「やめてだと? このワタシに命令など、どこまでも愚かな娘よ。久美、魂を奪う前に、せめてもの情けだ、純潔を奪ってやろう。快楽を感じながら、ワタシの元で眠るがよい」
少年だった声は低くなり、鼓膜が犯されたかのように気持ちいい。意識がだんだんと遠くなるにつれ、形よい悪魔の唇が少しずつ近づいてくる。
あぁ、『快楽』ってそういう意味だったのね。ちっ、すっかり猫の姿に騙され、いい方向に考えていたわ。肉球を堪能させてくれると思ったのに、なんて嘘つきな悪魔なの。
「やめ……て『アイム』」
「なっ!!!」
ポン!!! と煙のような音がしたと思ったら、元の猫の姿に戻っていた。急に戻ったためか腹からドビュードビューと血が勢いよく出ている。
「な……ぜ……ワタシの真名を」
「え? 子蛇の時に言ってなかった?」
「しまったぁぁぁ。子蛇になると下級悪魔並に知性が下がってしまうのだ。ワタシがこのような手に引っかかるとは、この悪魔めぇぇぇぇ」
いや、悪魔にそんな事言われても。
「それより沢山血がでてるわよ、アイム、大丈夫? アイムったらアイム?? あと肉球触っていい?」
「ひっ、やめろ!!!! 名を連発していうなっ。悪魔の真名はデリケートなんだぞっ。しかもさりげなく肉球を要求するな」
「なら、あだ名で呼ぶわ。アイたん、愛五郎~?」
「やめろぉぉぉぉお。私の品性が、品性がぁぁぁぁ!!!」
アイムは苦しそうに悶えて転がった。血がドバドバとでている。後で床掃除が大変だ──の前に死んでしまうわね。
「仕方がないわね」
私は引き出しから、大学ノートを取り出し、1枚ぺリリと切り取った。
【田中久美とアイムの契約書】
『アイムは田中久美の婚約者となる代わりに、アイムの肉球で快楽になる事を約束します。』
ボールペンでさらっと書き、カッターで指をきると署名し血判を押してみた。悪魔との契約に、シャチハタはさすがにアレだろうから。
「け、契約だと? い、いいのか……?」
ブルーサファイアの瞳をウルウルして、横たわる悪魔に契約書を渡してやる。この反応からして契約書は紙切れでもいいみたいね。
まぁ、本心は助けてあげたい1%、肉球堪能したいが99%だけど。
「別に構わないわ」
「くくく愚か者め! ワタシの『真名』を知ったお前なら、殺すこともできたのに」
大学ノートの紙きれを、必死に握りしめながらアイムが言う。
「そんな酷い事はしないわよ」
私の専属肉球をみすみす手放すなどするはずがない。
「なっ……貴様っ、悪魔だぞ。殺すか使役しないのか? 願えば永遠の命や富や権力だって」
「面倒くさい」
「め……使役できる身でありながら……かいら、いや、対価まで支払うというのか?」
じぃ~と、アイムが疑いの眼で私を見てくる。私ってそんなに信用ないのかしら。これでも純真な肉球愛者なのよ。
「早く契約を終わらせて。あなたを死なせたくないわ」
アイムがあり得ないという顔で私を見る。酷いわね。猫様でなかったら拳が飛んでいるところよ。
「契約は日本語だけど大丈夫? 海外の悪魔だと、英語のほうがいいかしら?」
「誰に聞いている? このワタシが日本語ぐらい。え……と、アイムは たなかくみの こんやくしゃ となるかわりに アイムのにくたいに かいらくを あたえることをやくそくします……だろ?」
アイムはどうやら日本語が苦手らしい。
「それ間違っ
「ええい! 煩い。今更、怖気づくなど許さんぞ」
アイムは制止も聞かず、腹の血を指につけて血判……というか肉判? どっちでもいいけど、押してしまった。
「フン、これで貴様はワタシの……」
アイムがニヤリと笑う。
「あわてんぼうね」
「使役されたら困るからな。べ、別に快楽の為ではないぞっ!」
赤い顔をしてアイムがいう。やばい……猫様が恥じらっていらっしゃる。動画をとってSNSにあげたい。
そんなこんなで、私とアイムの契約は成立した。
あとになって『肉球』と『肉体』を読み間違えた事に気が付いたアイムは、泣いちゃったけど。
それはまた別のお話。
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彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
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