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第1章 「お前の望みは何だ?」

第2話 「ラシヌ・レト」

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 「極秘任務とはどういう事ですか?私は前線に出れないはずでは」
「前線に出られずとも君の役割はあるだろう。それに前線を退いていると思われていた方が動きやすい」
 困惑するゲズルにガイナスは淡々と告げていく。
 「それにこの作戦は君が深く関係しているからな」
「と言う事はやはりあの密輸未遂事件ですか?」
 ゲズルの問いにガイナスは頷く。
 「君も分かっているだろう。今回の件はただの密輸ではない事を」
 そう言うとガイナスはペルラに合図をし、ペルラは銃型ギアを取り出す。銃身とグリップの間にメイ石が取り付けられていたであろう穴があり、口径は普通の銃より大きい。
「捕らえた者達が所持していた銃型ギアです。調べた所、大戦初期に大量に製造された型でした。威力は強いものの飛距離が短く暴発するリスクが高いので早々に製造が中止されたそうです」
 その場に原稿があるようにペルラは淡々と説明する。
 「恥ずべきことだが大戦時の銃は戦場に残されたり盗まれたりしたものが裏で取り引きされている事は珍しくない。これもそういった類だろうが戦闘の規模と逃げ延びた者達の人数を考えるとかなりの規模の銃が流れていると考えられる。それに君が負った傷に関してもだ」
 そうガイナスはゲズルの右目を見る。
 「担当医からは後少しずれていたら即死だったと言う話だ。君が相手の気配やギアのメイすらも感じなかったとは考えづらいが」
「えぇ、乱戦だったとはいえ撃たれる直前まで何も感じ取る事が出来ませんでした。メイの放出を抑えられるギアか感じ取る事も出来ないほどの遠距離からの狙撃だったと考えられます」
 そうゲズルは自分の推測を言う。メイ石には『メイ』というエネルギーが蓄えており、ギアを起動する際にはメイ石に含まれるメイが周囲に放出されるので、直感でメイを感じ取れる獣人は何処でギアが使われたか分かるのだ。
 「暗闇の中で察知出来ない程の長距離からの狙撃を可能とする狙撃手と銃型ギア。情報課に問い合わせたが狙撃地点と推測される場所から命中できる程の威力を持つ銃は我が国では存在しないらしいが」
「ハルクトンの新型でしょうか」
「そんな物が開発されている事とそれが密輸されていると言う事実があるのは恐ろしいがな。それにもう1つ懸念がある。レト大尉。今回の戦闘で気になる事はなかったか?」
 ガイナスの問いにゲズルは事件後から気にかかってた事を思い出した。
「密輸犯の動きから部隊の配置や動きにある程度予測をつけていたと考えられます。しかも最初の襲撃があった箇所は一時的に警戒が緩む交代の時間だったので、ここまで把握していたと言う事は部隊の動きが洩れていた、最悪の場合内部犯がいる可能性もあります」
「あぁ、特殊部隊隊長も同じ可能性を提示した。リドア中尉には軍内部で不審な動きをしている者達はいないかを探ってもらっている所だ。新型ギアに内部犯の可能性。まだ憶測の域を出てはいないが今回の件ただの密輸事件では終わらないだろう。そんな時に君を治安部隊隊長から解任させるのは痛手だが、責任は取らなくてはならない」
 その言葉にゲズルは一瞬息が詰まってしまう。
 「その代わりに君には調査に行ってもらう事にしたのだ」
 そう言ってガイナスは手を組み直す。
 「君はトリトーに行った事はあるか?」
 トリトーとは首都から馬車で1日かかった所にある港町の事だ。
 「遠征の途中で何度か通りかかった事はありますが、滞在した事はありません」
「そうか。知っての通りトリトーは国最大の交易都市だ。その都市で不穏な動きがある」
 ガイナスがそこまで言った時、ガイナスから代わるようにぺルラが口を開いた。
 「二週間前からトリトーの倉庫街にてメイ石を狙った強盗事件が多発しています。」
「メイ石を?」
「はい。幸いな事にメイ石は取られていませんが捕らえた犯人は雇われた者で全容は明らかになっていません」
「素性を明かさない者からのメイ石の窃盗依頼を受けたのか?」
 銃の密輸程ではないとはいえ、ギアの動力源であるメイ石の窃盗も重い罪になるはずだ。
 「前金が多額だった事と盗む物がメイ石だと言うのは直前まで知られていなかったそうです。それと雇った側は雇われた側の情報を掴んでいてこちらの素性を探ったり断ればどうなるか分からないと脅しに使っていたそうです」
 強奪を依頼されたと言う事は雇われた側も元々後ろ暗い者達だろう。その素性が周りに知らされたらまずかったので反抗出来なかったのだろう。
 「更にトリトーでは一週間前から原因不明のギア暴走が多発しています。街灯の破裂、組み上げポンプの水が逆流など共通点は無く合計で10件以上出ています」
「トリトー支部はなんと?」
「支部は単なる整備不十分だと考えて調査に本腰は入れてはいません」
 呑気なとゲズルは呆れてしまう。ギアは高価なので殆どが公共機関か金のある組合にしか供給していないが大きな都市のインフラには欠かせない代物なので大事故に繋がる可能性がある。
 「トリトーで起きている事件、更には先の強奪事件。これらの事件の関係性はまだわかっていないが、トリトーを中心に何かが起きようとしているのは確かだ。そこで君には身分を隠してトリトーに向かい事件の調査をしてもらいたい。虎族の軍人だとすぐに『ゲズル・レト』だと疑われるだろうから君には私が紹介する組合に配属する形で暫くはトリトーに住んでもらう」
そう言うとガイナスは引き出しから掌に乗る程度の手帳を取り出し中を開く。見た所イスナリで使われる身分証であり出身地はゲズルと同じ場所だが名前は『ラシヌ・レト』と書かれている。
 「それが君の表向きの名だ。上からは『不明な所が多い事件の調査の為に偽の身分証を発行するなど』と文句は言われたがな」
 苦笑をするガイナスと渡された身分証を交互に見た。
 「ですが表向きの異動先であるマーセルにいないのは不審がられるのでは?」
 「マーセル支部の者達には口裏を合わせておいておくから安心したまえ。それに調査を終えた後は正式にマーセル支部に配属してもらうからもしバレた場合でも『マーセル支部長からの指示で来た』と言う事にしておくように手配はしておこう」
 ガイナスの言葉にゲズルは暫し目を伏せる。
 「以上が君の任務の概要だ。詳細は追って知らせるが異論はないか?」
 ガイナスからそう問われゲズルは真っ直ぐにガイナスを見る。
 「いえ、ございません」
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