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笑う女4
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早速、四人は実継の屋敷を訪ねた。外は、もう暗くなっている。
薄暗い部屋の中で、光明が口を開いた。
「……あなたが、実継様を呪詛していたのですね」
「……何故私だと?」
「呪いの媒介になった木片の念を辿ったら、あなたに辿り着きました。……麗子様」
光明の言葉に、麗子は困ったような顔をして笑った。
今、この部屋には四人の他麗子しかいない。
「何故呪ったのですか?実継様は、人に恨まれるような事をなさるお方とは思えませんが」
時子が語りかけた。
「……雅広様を陥れたわ」
「陥れた?どういう事です?」
直通も口を開いた。
「……あの人はね、雅広様に濡れ衣を着せて、死に追いやったのよ」
「つまり、雅広様は謀反を企てていなかった。そして、雅広様を密告したのが実継様だと?」
「ええ、そうよ」
「しかし、そこまで復讐したかったのですか? 雅広様はあなたに横暴な態度を取っていたと聞きましたが」
麗子は、苦しそうに顔を歪めると、言葉を吐き出した。
「皆、知らないのよ。雅広様がどれだけ優しい方か、どれだけ私が救われたか……」
◆ ◆ ◆
麗子は、昔から変わった少女だった。綺麗な着物や装飾品を見るより、植物や虫を観察する方が好きだった。父親の本を読んで薬草に興味が湧き、実際に草をすり潰して薬を作ってみたりした。
子供の頃は少し奇異な目で見られるだけで済んだが、夫を探す年齢になると、肩身が狭い思いをする事となる。決して美人とは言えない上に、歌を詠むのも下手だった。その上、漢文や薬草の知識はその辺にいる男性より豊富だったので、可愛げが無いと思われた。
それでも、実家の人脈の広さにより、何とか縁談が決まった。相手は大江雅広。優秀な学者だが、偏屈な性格で、他人に横暴な態度を取るという噂だった。
そのような人物に嫁ぎたくは無かったが、これを逃せば他の縁談など来そうにないので、仕方なく婚姻を了承した。
初めて雅広に会った時、彼は胡坐をかき、頬杖をついて、少し憎たらしい笑顔で言った。
「私の妻となる可哀そうな女はお前か」
「……麗子と申します。よろしくお」
「ああ、挨拶はいらない。私は、周りが煩くて仕方なく婚姻を了承しただけだからな。お前も、私に惚れているわけではないだろう?」
「はあ……」
「最低限の貴族の付き合いをしてくれたら、他に恋人を作っても、高価な着物を買ったりしても構わない。気楽にしよう」
「畏まりました。……恋人を作る気も、高価な着物を買うつもりもございませんが」
「ほう。お前は、普段何を楽しみにして生きている?」
「書物を読んだり、薬草の研究をするのが楽しみでございます」
お互い恋い慕っているわけでは無いとはいえ、正直になりすぎただろうか。やはり、可愛げが無いと思われただろうか。
しばしの沈黙の後、雅広は言った。
「それは素晴らしいな」
「……え?」
「書物で知識を蓄えると、人生が豊かになる。薬草の知識や技術で、人の命を救う手伝いができるかもしれない。素晴らしいじゃないか。実は、私はこう見えて体が弱い。薬草について教えてもらえると有難い」
その瞬間、麗子の心が軽くなった気がした。
横暴と言われていた雅広だが、意外と麗子とは話が弾んだ。麗子にとっても、雅広と書物や薬草について話す時間はかけがえのないものになっていた。
しかし、そんな日々も長く続かなかった。雅広が謀反を企てた疑いで投獄されたのだ。
当然麗子は、雅広の無実を信じた。雅広は少しひねくれた言い方をする事はあるが、根は優しい人間だ。麗子に苦労を掛けるような行動に出るはずがない。
仮に謀反を企てたとしても、賢い彼なら、実行に移すまで露見しないようにもっとうまくやるはずだ。
麗子は雅広の疑いが晴れるよう願ったが、その願い虚しく、流刑が決まった。それでも、生きていればいつかまた会えると自分に言い聞かせた。しかし、それすらも叶わなかった。
雅広の葬儀で、麗子は笑った。雅広が、麗子の笑顔を好きだと言ったから。周りにどんな目で見られても関係なかった。
葬儀の後、雅広の部屋を整理していた麗子は、手紙を見つけた。体が弱かった雅広は、いつ死んでも良いように麗子に手紙を残していたらしい。手紙には、麗子の事を一番愛しいと思っている事、麗子の幸せを願っている事が書かれていた。その日、麗子は泣いた。唯々、泣いた。
数日後、噂を聞いた。雅広が謀反を企てたと密告したのは、芦原家の人間であると。噂を聞いて日が経たない内に、実継との再婚の話が持ち上がった。
麗子は、実継が密告したとは思わなかったが、真相を探る為に芦原家に嫁ぐ事にした。
嫁いでしばらく経ったある日、実継は屋敷で、友人と二人きりで酒を飲んでいた。その時、実継が友人に辛そうに言う。
「雅広様は、私が殺めたようなものだ」
隣の部屋でこっそり聞いていた麗子は、復讐する事を決めた。
薄暗い部屋の中で、光明が口を開いた。
「……あなたが、実継様を呪詛していたのですね」
「……何故私だと?」
「呪いの媒介になった木片の念を辿ったら、あなたに辿り着きました。……麗子様」
光明の言葉に、麗子は困ったような顔をして笑った。
今、この部屋には四人の他麗子しかいない。
「何故呪ったのですか?実継様は、人に恨まれるような事をなさるお方とは思えませんが」
時子が語りかけた。
「……雅広様を陥れたわ」
「陥れた?どういう事です?」
直通も口を開いた。
「……あの人はね、雅広様に濡れ衣を着せて、死に追いやったのよ」
「つまり、雅広様は謀反を企てていなかった。そして、雅広様を密告したのが実継様だと?」
「ええ、そうよ」
「しかし、そこまで復讐したかったのですか? 雅広様はあなたに横暴な態度を取っていたと聞きましたが」
麗子は、苦しそうに顔を歪めると、言葉を吐き出した。
「皆、知らないのよ。雅広様がどれだけ優しい方か、どれだけ私が救われたか……」
◆ ◆ ◆
麗子は、昔から変わった少女だった。綺麗な着物や装飾品を見るより、植物や虫を観察する方が好きだった。父親の本を読んで薬草に興味が湧き、実際に草をすり潰して薬を作ってみたりした。
子供の頃は少し奇異な目で見られるだけで済んだが、夫を探す年齢になると、肩身が狭い思いをする事となる。決して美人とは言えない上に、歌を詠むのも下手だった。その上、漢文や薬草の知識はその辺にいる男性より豊富だったので、可愛げが無いと思われた。
それでも、実家の人脈の広さにより、何とか縁談が決まった。相手は大江雅広。優秀な学者だが、偏屈な性格で、他人に横暴な態度を取るという噂だった。
そのような人物に嫁ぎたくは無かったが、これを逃せば他の縁談など来そうにないので、仕方なく婚姻を了承した。
初めて雅広に会った時、彼は胡坐をかき、頬杖をついて、少し憎たらしい笑顔で言った。
「私の妻となる可哀そうな女はお前か」
「……麗子と申します。よろしくお」
「ああ、挨拶はいらない。私は、周りが煩くて仕方なく婚姻を了承しただけだからな。お前も、私に惚れているわけではないだろう?」
「はあ……」
「最低限の貴族の付き合いをしてくれたら、他に恋人を作っても、高価な着物を買ったりしても構わない。気楽にしよう」
「畏まりました。……恋人を作る気も、高価な着物を買うつもりもございませんが」
「ほう。お前は、普段何を楽しみにして生きている?」
「書物を読んだり、薬草の研究をするのが楽しみでございます」
お互い恋い慕っているわけでは無いとはいえ、正直になりすぎただろうか。やはり、可愛げが無いと思われただろうか。
しばしの沈黙の後、雅広は言った。
「それは素晴らしいな」
「……え?」
「書物で知識を蓄えると、人生が豊かになる。薬草の知識や技術で、人の命を救う手伝いができるかもしれない。素晴らしいじゃないか。実は、私はこう見えて体が弱い。薬草について教えてもらえると有難い」
その瞬間、麗子の心が軽くなった気がした。
横暴と言われていた雅広だが、意外と麗子とは話が弾んだ。麗子にとっても、雅広と書物や薬草について話す時間はかけがえのないものになっていた。
しかし、そんな日々も長く続かなかった。雅広が謀反を企てた疑いで投獄されたのだ。
当然麗子は、雅広の無実を信じた。雅広は少しひねくれた言い方をする事はあるが、根は優しい人間だ。麗子に苦労を掛けるような行動に出るはずがない。
仮に謀反を企てたとしても、賢い彼なら、実行に移すまで露見しないようにもっとうまくやるはずだ。
麗子は雅広の疑いが晴れるよう願ったが、その願い虚しく、流刑が決まった。それでも、生きていればいつかまた会えると自分に言い聞かせた。しかし、それすらも叶わなかった。
雅広の葬儀で、麗子は笑った。雅広が、麗子の笑顔を好きだと言ったから。周りにどんな目で見られても関係なかった。
葬儀の後、雅広の部屋を整理していた麗子は、手紙を見つけた。体が弱かった雅広は、いつ死んでも良いように麗子に手紙を残していたらしい。手紙には、麗子の事を一番愛しいと思っている事、麗子の幸せを願っている事が書かれていた。その日、麗子は泣いた。唯々、泣いた。
数日後、噂を聞いた。雅広が謀反を企てたと密告したのは、芦原家の人間であると。噂を聞いて日が経たない内に、実継との再婚の話が持ち上がった。
麗子は、実継が密告したとは思わなかったが、真相を探る為に芦原家に嫁ぐ事にした。
嫁いでしばらく経ったある日、実継は屋敷で、友人と二人きりで酒を飲んでいた。その時、実継が友人に辛そうに言う。
「雅広様は、私が殺めたようなものだ」
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