月下の鬼

ミクラ レイコ

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月見3

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 あっという間に月見の日が訪れた。その夜、光明と法眼が月見の会場となる道風の屋敷を訪れると、早速時子が二人を見つけた。

「お疲れ様です、法眼様、光明様」

 笑顔で時子が近付いてくる。隣には綾子もいた。

「お二人共、もう警護に向かわれるのですか?」
「ええ。法眼は私の助手として同行させます」
「十分お気を付け下さい」

 そう言うと、時子はふと法眼の方を見た。法眼は、放心したように時子の方を見ていた。

「どうなさいました? 法眼様」

 法眼は、顔を赤くして目を逸らしながら言った。

「いや……その衣、似合ってるなと思って」

 時子と綾子は、今お揃いの唐紅の衣を着ている。時子は、顔を赤くして目を伏せた。


「綾子様、こちらにいらしたのですか」

 不意に声が聞こえて皆が振り返ると、そこには二十歳前後の真面目そうな男が佇んでいた。

良国よしくに様!」

 綾子は、嬉しそうにその男に声を掛けた。

「綾子様、こちらの方は?」

 時子が聞くと、綾子は笑顔で紹介した。

「この方は、村上むらかみ良国様。兄の親友で、今回月見を主催する大伴様の部下よ」

 真面目そうな男――良国は、皆に向かって頭を下げると口を開いた。

「村上良国と申します。本日は、光明様と共に道風様の警護を仰せつかりました。宜しくお願い致します」
「加茂光明と申します。こちらこそ、宜しくお願い致します」

 笑顔でそう言うと、光明は頭を下げた。

「ところで、綾子様」
「何でしょう?」
「これを受け取って頂けないでしょうか」

 そう言うと、良国は懐から何かを取り出し、綾子に手渡した。

「まあ……」

 綾子の手に乗せられたのは、一つのくしだった。黄褐色のその櫛は、とても質の良いものに見えた。

「以前、櫛が欲しいとおっしゃっていたでしょう?受け取って頂けると嬉しいです」
「ありがとうございます、嬉しいです……!」

 綾子は、目を輝かせて櫛を見つめた。

「あの、ですが、どうしてこんな良い櫛を私に……?」
「……親友の妹の晴れ舞台ですからね」

 そう言うと、良国は光明の方に向き直った。

「では、そろそろ道風様の元に参りましょうか、光明様」
「ええ、行きましょう」

 そして、良国、光明、法眼の三人はその場を後にした。どことなく、良国は寂しそうな表情をしていた。

「良国様は兄の親友で、昔から付き合いがあるのよ」

 二人きりになると、綾子は笑顔で時子に言った。

「兄が、大江雅広様の投獄の件で自分を責めていた時も、良国様が相談に乗っていたそうよ」
「そうだったのですか……」
「本当に、あの方は優しくて真面目で、素敵な方だわ……」

 綾子は、頬を染めながら手にした櫛を見つめていた。

       ◆ ◆ ◆

「おお、来てくれたか」

 大伴道風は、光明達の姿を目にすると笑顔で声を掛けた。

「お疲れ様です、道風様。本日は全力でお守りさせて頂きます」

 光明も笑顔で挨拶をすると、法眼を紹介した。

「ほお、助手もいるのか。頼もしいな。……ああ、私は上の者に挨拶して来よう。良国、付いて来てくれ。光明殿と助手の鬼四きし殿には、この辺りの見回りをしてもらいたいのだが」
「承知致しました」

 光明は、うやうやしく頭を下げた。


 道風と良国はその場を離れると、人気のない通路を歩き出した。道風は、鋭い目つきで良国を見ると口を開いた。

「良国、分かっているな。月見が終わる頃、私を襲う振りをするのだぞ」
「承知しております」

 良国は、無表情で応えた。

「うむ。お前は一時捕縛されるだろうが、私がすぐ牢から出してやるから安心するといい」
「……はい」

 それ以上、良国は何も言わなかった。
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