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第13話「初任務の代償」
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朝の炉は静かに燃えていた。
赤く脈打つような炎が、工房の隅々にまでぬくもりを行き渡らせている。俺はその前に立ち、槌の柄を握っていた。
「……祭礼刀、評判よかったみたい」
サーシャが壁にもたれて言った。
朝の光が砥石の縁を照らし、彼女の瞳もわずかに細められている。
「村の若い奴ら、あの切れ味に惚れたってよ」
「なら何よりだ」
俺は火を見つめながら頷いた。
納品した刀の評価が上々だったのは、単純に嬉しい。
工房としての初依頼。子どもたちと作り上げた、最初の“実績”。
フェン、ライラ、グリト――三人の弟子たちは、今も工房のあちこちで動き回っていた。
フェンは打ち場の隅で、鋼の切り出しに集中している。
ライラは作業台に並べた革と鉄を交互に見比べ、盾の新たな設計を模索しているようだった。
グリトは工具箱を三つ並べ、まるでおもちゃのように整備している。けれど、整備の手つきは驚くほど正確だ。
俺はふと、サーシャに視線をやった。
「……あの三人、変わってきた」
「ええ。最初は怯えた目をしてたのに。今じゃ炉の前で腕を組んでる」
「それだけ、火が居場所になったってことだ」
「ふふ。いい鍛冶屋ね、あなた」
サーシャが笑うと、フェンたちがこちらに気付いた。
「オリン! 工房に人来た!」
フェンの声で玄関へと向かうと、そこには昨日の祭礼刀を納品した村の使者が立っていた。
ただ、様子がどこかおかしい。男は深刻な顔をしており、手にした布包みには――折れた刀があった。
「……これは」
「すまない……。昨夜のうちに、刀が折れてしまってな……!」
フェンとライラが顔を見合わせる。グリトは、じっと刀を見つめていた。
「……使い方を間違えたか?」
「いや、村の守備隊が試し斬りをしていたんだ。数度斬っただけで、突然刃が割れて……。村長は『やはり辺境の鍛冶など信用できん』と……」
「……なるほどな」
俺は折れた刀を受け取り、見極眼を起動する。
――見えた。
刀の根元に、淡い“裂け目”のような線が浮かんだ。
これは……材料の内部に、微細な空気層が残っていた痕。
「俺の見落としだ。鋼の中央に気泡があった。検査不足だったな」
「オリン……」フェンが口を開く。「直すの? 作り直すの?」
「当然だ。これは俺たちの仕事だ。責任を果たす」
そう答えると、弟子たちの表情が引き締まる。
けれど――そのとき。
「その必要はないんじゃないか?」
静かに、だが底冷えする声がした。
工房の扉が音もなく開き、黒外套の男が現れた。
「……灰狐商会の者だな」
「おや、覚えていてくれて光栄だよ。どうやら、村に納めた刀が“粗悪品”だったと聞いてね。さぞかし、信用が落ちたことだろう」
フェンが立ち上がる。
「違う! オリンは――!」
「フェン、黙ってろ」
俺が一言で制すと、フェンは歯を噛んで黙った。
けれど、その悔しそうな表情が、俺には力になった。
「お前らが刀をすり替えたのか?」
「はて、何のことだか。ただ、辺境工房の技術が未熟だった……それだけの話さ」
「なら、工房同士の試技で白黒つけよう。こっちは再鍛造して持っていく。それと、お前らの『真作』をな。どちらが信用に足るか、村人に決めてもらえばいい」
「……ほう。負けたら?」
「正式にこの依頼は放棄する。その代わり――勝てば、二度とこの村の取引に口出しするな」
男はしばし黙り込んだあと、口元を吊り上げた。
「面白い。受けてやるよ。三日後、村の広場でな」
そして、男は去っていった。
緊張が解けた瞬間、フェンが呻くように言った。
「くそ……くやしい。あんなやつらに舐められて……!」
「舐められたくないなら、証明しろ」
俺は折れた刀を作業台に置いた。
「……今回は、お前たち三人に作らせる」
「え……!?」
「設計から鍛造まで、全部任せる。俺は口も手も出さない。ただし――」
「火の前では嘘をつくな」
フェン、ライラ、グリトが同時に言った。
俺はうなずき、少し笑った。
「じゃあ、始めろ。三日で“最善”を見せてみろ」
三人は顔を見合わせ、やがて静かに頷き合った。
そして、炉の前に立つ。
フェンが素材を選び、ライラが強度バランスを図り、グリトが道具を整える。
サーシャが無言で砥石を用意し、作業台を磨いていた。
この工房が、一つの“意志”を持ち始めている。
俺は奥で腕を組みながら、それを見守った。
――そして三日後。
村の広場に集まった人々の前で、二本の刀が並んだ。
一本は、俺たちの“弟子刀”。
もう一本は、灰狐の“真作”。
「……これが、あの子どもたちが作った刀……?」
村人がざわめく。
だが、試技が始まると、空気が変わった。
俺たちの刀は、肉を斬り、骨を断ち、それでも刃こぼれひとつしなかった。
一方、灰狐の刀は――見た目は美しかったが、二度目の斬撃で刃が鈍った。
村長が沈黙のあと、口を開いた。
「……勝者は、オリン工房。信用に足るのは、あちらだ」
広場に拍手が広がる。
フェンがこぶしを握りしめ、ライラが笑い、グリトが泣きそうな顔で頷いた。
俺は三人の頭をぽん、と順に叩いた。
「よくやった。これで、やっと“工房”として立ったな」
三人はうん、と声を揃えた。
この日、工房に“信用”という武器が加わった。
そして何より、弟子たちは“自分の手で”初めての勝利を掴んだ。
火は静かに揺れていた。
その色は、どこか誇らしげに見えた。
赤く脈打つような炎が、工房の隅々にまでぬくもりを行き渡らせている。俺はその前に立ち、槌の柄を握っていた。
「……祭礼刀、評判よかったみたい」
サーシャが壁にもたれて言った。
朝の光が砥石の縁を照らし、彼女の瞳もわずかに細められている。
「村の若い奴ら、あの切れ味に惚れたってよ」
「なら何よりだ」
俺は火を見つめながら頷いた。
納品した刀の評価が上々だったのは、単純に嬉しい。
工房としての初依頼。子どもたちと作り上げた、最初の“実績”。
フェン、ライラ、グリト――三人の弟子たちは、今も工房のあちこちで動き回っていた。
フェンは打ち場の隅で、鋼の切り出しに集中している。
ライラは作業台に並べた革と鉄を交互に見比べ、盾の新たな設計を模索しているようだった。
グリトは工具箱を三つ並べ、まるでおもちゃのように整備している。けれど、整備の手つきは驚くほど正確だ。
俺はふと、サーシャに視線をやった。
「……あの三人、変わってきた」
「ええ。最初は怯えた目をしてたのに。今じゃ炉の前で腕を組んでる」
「それだけ、火が居場所になったってことだ」
「ふふ。いい鍛冶屋ね、あなた」
サーシャが笑うと、フェンたちがこちらに気付いた。
「オリン! 工房に人来た!」
フェンの声で玄関へと向かうと、そこには昨日の祭礼刀を納品した村の使者が立っていた。
ただ、様子がどこかおかしい。男は深刻な顔をしており、手にした布包みには――折れた刀があった。
「……これは」
「すまない……。昨夜のうちに、刀が折れてしまってな……!」
フェンとライラが顔を見合わせる。グリトは、じっと刀を見つめていた。
「……使い方を間違えたか?」
「いや、村の守備隊が試し斬りをしていたんだ。数度斬っただけで、突然刃が割れて……。村長は『やはり辺境の鍛冶など信用できん』と……」
「……なるほどな」
俺は折れた刀を受け取り、見極眼を起動する。
――見えた。
刀の根元に、淡い“裂け目”のような線が浮かんだ。
これは……材料の内部に、微細な空気層が残っていた痕。
「俺の見落としだ。鋼の中央に気泡があった。検査不足だったな」
「オリン……」フェンが口を開く。「直すの? 作り直すの?」
「当然だ。これは俺たちの仕事だ。責任を果たす」
そう答えると、弟子たちの表情が引き締まる。
けれど――そのとき。
「その必要はないんじゃないか?」
静かに、だが底冷えする声がした。
工房の扉が音もなく開き、黒外套の男が現れた。
「……灰狐商会の者だな」
「おや、覚えていてくれて光栄だよ。どうやら、村に納めた刀が“粗悪品”だったと聞いてね。さぞかし、信用が落ちたことだろう」
フェンが立ち上がる。
「違う! オリンは――!」
「フェン、黙ってろ」
俺が一言で制すと、フェンは歯を噛んで黙った。
けれど、その悔しそうな表情が、俺には力になった。
「お前らが刀をすり替えたのか?」
「はて、何のことだか。ただ、辺境工房の技術が未熟だった……それだけの話さ」
「なら、工房同士の試技で白黒つけよう。こっちは再鍛造して持っていく。それと、お前らの『真作』をな。どちらが信用に足るか、村人に決めてもらえばいい」
「……ほう。負けたら?」
「正式にこの依頼は放棄する。その代わり――勝てば、二度とこの村の取引に口出しするな」
男はしばし黙り込んだあと、口元を吊り上げた。
「面白い。受けてやるよ。三日後、村の広場でな」
そして、男は去っていった。
緊張が解けた瞬間、フェンが呻くように言った。
「くそ……くやしい。あんなやつらに舐められて……!」
「舐められたくないなら、証明しろ」
俺は折れた刀を作業台に置いた。
「……今回は、お前たち三人に作らせる」
「え……!?」
「設計から鍛造まで、全部任せる。俺は口も手も出さない。ただし――」
「火の前では嘘をつくな」
フェン、ライラ、グリトが同時に言った。
俺はうなずき、少し笑った。
「じゃあ、始めろ。三日で“最善”を見せてみろ」
三人は顔を見合わせ、やがて静かに頷き合った。
そして、炉の前に立つ。
フェンが素材を選び、ライラが強度バランスを図り、グリトが道具を整える。
サーシャが無言で砥石を用意し、作業台を磨いていた。
この工房が、一つの“意志”を持ち始めている。
俺は奥で腕を組みながら、それを見守った。
――そして三日後。
村の広場に集まった人々の前で、二本の刀が並んだ。
一本は、俺たちの“弟子刀”。
もう一本は、灰狐の“真作”。
「……これが、あの子どもたちが作った刀……?」
村人がざわめく。
だが、試技が始まると、空気が変わった。
俺たちの刀は、肉を斬り、骨を断ち、それでも刃こぼれひとつしなかった。
一方、灰狐の刀は――見た目は美しかったが、二度目の斬撃で刃が鈍った。
村長が沈黙のあと、口を開いた。
「……勝者は、オリン工房。信用に足るのは、あちらだ」
広場に拍手が広がる。
フェンがこぶしを握りしめ、ライラが笑い、グリトが泣きそうな顔で頷いた。
俺は三人の頭をぽん、と順に叩いた。
「よくやった。これで、やっと“工房”として立ったな」
三人はうん、と声を揃えた。
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