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異世界令嬢、現代に爆誕!
登頂ロマンス!? 遠足なのに息が切れるのは恋のせいですの!
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月曜朝の教室。
梅雨も明けてきたらしく、窓から差し込む光がいつもより眩しかった。
「みんなー、着席。さぁお楽しみのHR始めるよー」
担任の先生が教卓に立ち、プリントの束をトントンと揃える。
その一言だけで、教室にちょっとした緊張が走る。
(な、なんですの……!?その“意味深イントネーション”は……!?)
リリアーナは身を乗り出して耳を澄ませた。
「えー、来週、年に一度の【学年遠足】があります!」
「「「うええええええええ~~!?」」」
案の定、教室からは一斉にブーイング。
「暑いって!」
「バス乗るなら行ってもいいけど」
「え、海?山?デズニー??」
先生は苦笑しながら黒板に書いた。
“行き先:雲ヶ丘トレッキングコース”
「山ぁ!?!?!?」
ギャルたちの悲鳴が上がる。
「や、山って……登るの!? マジで!? あたしスニーカー持ってないよ!?」
「ギャルに登山とか無理だから」
れいとマナの悲痛な叫びが聞こえる。
それをよそにリリアーナは、そんな中でなぜか目を輝かせていた。
「山に登る……! 自然との対話……! これはつまり、“選ばれし者による魂の試練”ではございませんの!?」
「姫、あんたテンション逆!!」
「わたくし、こう見えて山歩きには興味がありましてよ!そもそも、“この大自然における大地との接触”は非常に重要な――」
「姫、酸素うすい? 落ち着いて?」
ギャルたちは顔を引きつらせながらも、リリアーナのやる気に少しだけ呆れて笑っていた。
「というわけで、体調管理に気をつけつつ、準備をお願いします。班分けは当日発表です!」
「は、班……!?そ、それはまさか、ふたり組的な……!?」
「いや、五人一班ね」
リリアーナは一瞬ズコーッとなったが、それでも内心でそわそわしていた。
(も、もしかして……蓮くんと、同じ班になることも……!?)
ドキドキが止まらない。
初めての“学校イベントとしての登山”。
そして、誰と行動を共にするかは、まだわからない。
(これは……わたくしにとっての、“青春の試練”ですの……!)
放課後。リリアーナはギャルたちと一緒に、ショッピングモールへ。
「え、まって山用の服とか何買えばいいん!?」
「ウチ、ジャージもダサいのしかないし~」
「やはりここは“かわいさ”と“動きやすさ”の両立を!汗をかいても崩れぬ美を……!」
「姫、顔が真剣すぎて怖い」
登山なんて地味なイベント――そう思っていたギャルたちのテンションも、気づけば“どうせ行くなら写真映えするしかなくね?”という方向に切り替わり、楽しくなっていた。
そして。
その日の夜。
リリアーナは自室で小さくガッツポーズを決めた。
「やるからには、気高く、美しく、そして恋の予感に満ちた遠足にしてみせますわ……!」
その目は本気だった。
なぜなら、
あの偶然のデートから、もっと距離を縮めておきたい相手”が――彼女には、確かにいるのだから。
***
「え、マジでこのメンツ!?」
登山口近くの集合所。
班分け表が掲示されると同時に、ギャルのほのかが素っ頓狂な声を上げた。
「朝倉くんと姫、同じ班とかさ……これ運命じゃん?」
「な、な、な……っ!? そ、そんなわけ……い、いえ、たしかに、運命かもしれませんわっ……!」
動揺しながらも、つい肯定してしまうリリアーナ。
「ひとりだけ……仲間外れ……」
「ま、まぁお昼は一緒に食べたらいいよ!」
班分けを見て一人項垂れるマナを慰めるほのか。
周囲の生徒たちもわいわいと盛り上がっていて、現地の空気はすでに遠足ムードだった。
班メンバーは以下の5人。
リリアーナ、蓮、ほのか、れい、そして、普段はあまり目立たない男子生徒――村上陽翔
「……よろしく」
ぽつりと控えめにそう言った陽翔は、ヘッドホンを首にかけたまま、小さく会釈した。
蓮が軽く手を上げて応じ、れいとほのかも「よろしくねー」と気さくに返した。
(村上くん、わたくし達と同じクラスなのに、ほとんど話したことありませんでしたわ……)
彼の存在は自然にそこにあって、必要以上に目立たない。
でもどこか落ち着いた雰囲気があって、リリアーナの目には少し印象的に映った。
「では、A-2班、出発しまーす!」
先生の声がかかり、全員が順に登山道へと足を踏み出す。
(いよいよ……“山登り”という未知との遭遇ですの!)
リリアーナは深呼吸して、草木の匂いを感じながら一歩を踏み出した。
「にしてもさー、うちらマジで運動向いてないって……」
「これ絶対、明日脚死ぬやつ~」
れいとほのかがぼやきながら歩いている横で、蓮は無言のまま前方を歩く。
リリアーナもそのすぐ後ろを歩きながら、何度も視線が蓮の背中に吸い寄せられていた。
「ねえ、りりあちゃん。あたしらは空気読んであげるからさ、チャンス作るなら今だよ?」
ほのかが小声でささやいてくる。
「ち、チャンス……?」
「うんうん、夏前に攻めるなら今しかなくない?」
「そ、そんな、攻めとか防御とか、戦じゃありませんのよ!? これは恋ですの!!」
「その言い回し好きすぎる」
冗談まじりのやりとりに、れいが笑いをこらえて肩をすくめた。
登山道は徐々に傾斜が増し、会話のペースが落ちていく。
そんな中、リリアーナのリュックがずるりと片方の肩からずれた。
「おっと」
蓮がさりげなく手を伸ばしてストラップを直してくれる。
「ちょっと重そうだな。持とうか?」
「い、いえ、わたくし鍛えておりますから……!!」
「そう? 腕、ぷるぷるしてるけど」
「~~~っ!?」
結果的に、蓮がリュックを持ってくれることになり、ふたりの距離が自然と近くなる。
(な、なんという展開……いえ、これは……登山補助ですわ。まぎれもなく、助け合いですの……!)
けれど、ドキドキは止まらない。
歩みをそろえた蓮とリリアーナの様子を、陽翔が少し後ろから静かに見ていた。
その表情に、特別な感情はない。ただ――ほんのわずかに、やわらかく目を細めただけだった。
「ひゃっ!?」
リリアーナが小さくよろめく。
湿った石に足を取られたらしい。
「危なっ――!」
蓮がとっさに腕を伸ばし、リリアーナを支えた。
「た、助かりましたわ……」
「ったく、ちゃんと足元見ろよ。転んだら終わりだぞ」
叱るような声なのに、なぜか優しい。
距離は、ほんの数十センチ。
リリアーナの心臓が、急勾配を駆け上がる。
(これって、ほんとうに……“登山のせい”だけ……?)
汗ばんだ手のひら、胸の高鳴り。
揺れているのは――この山のせいだけじゃない。
***
「どどど、どういたしましょう!? ほのか!? れい!? 陽翔くんもいないですわ!!」
登山道中盤の分かれ道――そこに立ち尽くすリリアーナと蓮。
状況はこうだ。
さきほど小休憩を終えたあと、班ごとに再出発したはずだったのに、
リリアーナと蓮だけが、どうやら間違った道を進んでしまったらしい。
「う、嘘ですわ……!? ま、まさかの迷子ですの!?」
「まあ、正確には“本ルートから外れた”ってだけだと思うけど……」
蓮がスマホを見ながら顔をしかめた。
「電波、悪いな。GPSが安定しない」
「そ、そんな……! ここで彷徨ううちに遭難して、二人で原始生活を……っ!」
「それはそれでサバイバル系恋愛アニメっぽくて楽しそうだけど、嫌だな俺は」
リリアーナは両手を握りしめ、真剣な顔で頷いた。
「わかりました。では、わたくしが先導いたしますわ!」
「いや、待て。さっきも江戸川が“こっちから自然の気配を感じますの!”って言って外れたじゃん」
「だって風が導いてくれた気がして……!」
「もうファンタジーの世界観抜けてきて」
結局、すぐ近くにある開けた岩場で休憩することになった。
陽の光がぽつぽつと差し込んでいて、風も心地よい。
「……ていうか、またふたりきりだな」
蓮がポツリと呟く。
「はっ!?」
「いや、別に……変な意味じゃなくて。あいつら、すぐ合流すると思うけど」
リリアーナの心臓が、ふたたび忙しく鳴り出す。
(ふたりきり!? 恋愛的トラップ発動ですの!?!?)
ふと、静寂が落ちた。
風の音。鳥のさえずり。
それ以外に何も聞こえない空間で、ふたりは岩に並んで腰を下ろしていた。
「……この間の勉強会」
突然、蓮が口を開いた。
「楽しかった。……江戸川がいなかったら、たぶん俺、勉強会の楽しさなんて知らなかった」
「っ……! そ、それは……わたくしも、とても……楽しかった、ですの……」
リリアーナは視線をそらし、膝の上で手をぎゅっと握った。
「蓮くんが、あの時屋上で、わたくしに手を差し伸べてくださったから……。
ずっと、わたくし……この世界で、ちゃんと“今”を生きたいって、思えたんですの……」
「……」
「だ、だから……」
言いかけて、唇を噛む。
言葉にするには、まだ少しだけ――怖い。
その時。
風がふっと吹き抜け、木々の隙間から差し込む陽の光がリリアーナの髪を照らした。
「……髪、きれいだな」
「えっ……!?」
思わぬ言葉に、目を見開く。
蓮はそれ以上なにも言わず、少し顔を背けて空を見上げた。
「……あ。あいつら、あっちから来てる」
山道の先から、ほのかたちの声が聞こえてきた。
「りりあちゃ~ん!? 朝倉く~ん!? そっちにいるー!?」
「こっちですわー!」
リリアーナは返事をしながら、心臓のどくん、という音にひとりだけ気づいていた。
(この胸の高鳴りは、本当に一体なんなのですの……?)
山の静けさ。
誰もいない時間。
少しだけ近づいた距離。
――そして、あの日よりも確かに、彼を“特別”だと思っている自分。
それに気づいたことが、今日いちばんの、息切れだった。
***
帰りのバスは、山道の疲労に包まれていた。
冷房の効いた車内は心地よく、座席に身を預ける生徒たちのほとんどが、うつらうつらしている。
リリアーナも、そのひとりだった。
(今日の遠足……とても、濃厚でしたわ……)
初めての登山。
ふたりきりの時間。
すれ違う鼓動と、近づいた距離。
(いえ、“心の距離”ですの。身体的には――ほんのちょっとですけれど)
となりの席には、蓮。
いつの間にかうたた寝しているらしく、目を閉じて静かに呼吸をしていた。
(わたくし……今日のこと、ずっと覚えていたいですわ)
そして、ふと。
――コクン。
リリアーナの頭が、静かに蓮の肩に傾いた。
(……すみません。ほんの、少しだけ)
彼に気づかれないよう、目を閉じる。
どくん、どくん。
山の上で感じた鼓動が、まだ少しだけ、残っていた。
窓の外では、夕焼けが街を照らしている。
“また、次も――”
リリアーナは、夢の中で小さく、そんなことを願っていた。
梅雨も明けてきたらしく、窓から差し込む光がいつもより眩しかった。
「みんなー、着席。さぁお楽しみのHR始めるよー」
担任の先生が教卓に立ち、プリントの束をトントンと揃える。
その一言だけで、教室にちょっとした緊張が走る。
(な、なんですの……!?その“意味深イントネーション”は……!?)
リリアーナは身を乗り出して耳を澄ませた。
「えー、来週、年に一度の【学年遠足】があります!」
「「「うええええええええ~~!?」」」
案の定、教室からは一斉にブーイング。
「暑いって!」
「バス乗るなら行ってもいいけど」
「え、海?山?デズニー??」
先生は苦笑しながら黒板に書いた。
“行き先:雲ヶ丘トレッキングコース”
「山ぁ!?!?!?」
ギャルたちの悲鳴が上がる。
「や、山って……登るの!? マジで!? あたしスニーカー持ってないよ!?」
「ギャルに登山とか無理だから」
れいとマナの悲痛な叫びが聞こえる。
それをよそにリリアーナは、そんな中でなぜか目を輝かせていた。
「山に登る……! 自然との対話……! これはつまり、“選ばれし者による魂の試練”ではございませんの!?」
「姫、あんたテンション逆!!」
「わたくし、こう見えて山歩きには興味がありましてよ!そもそも、“この大自然における大地との接触”は非常に重要な――」
「姫、酸素うすい? 落ち着いて?」
ギャルたちは顔を引きつらせながらも、リリアーナのやる気に少しだけ呆れて笑っていた。
「というわけで、体調管理に気をつけつつ、準備をお願いします。班分けは当日発表です!」
「は、班……!?そ、それはまさか、ふたり組的な……!?」
「いや、五人一班ね」
リリアーナは一瞬ズコーッとなったが、それでも内心でそわそわしていた。
(も、もしかして……蓮くんと、同じ班になることも……!?)
ドキドキが止まらない。
初めての“学校イベントとしての登山”。
そして、誰と行動を共にするかは、まだわからない。
(これは……わたくしにとっての、“青春の試練”ですの……!)
放課後。リリアーナはギャルたちと一緒に、ショッピングモールへ。
「え、まって山用の服とか何買えばいいん!?」
「ウチ、ジャージもダサいのしかないし~」
「やはりここは“かわいさ”と“動きやすさ”の両立を!汗をかいても崩れぬ美を……!」
「姫、顔が真剣すぎて怖い」
登山なんて地味なイベント――そう思っていたギャルたちのテンションも、気づけば“どうせ行くなら写真映えするしかなくね?”という方向に切り替わり、楽しくなっていた。
そして。
その日の夜。
リリアーナは自室で小さくガッツポーズを決めた。
「やるからには、気高く、美しく、そして恋の予感に満ちた遠足にしてみせますわ……!」
その目は本気だった。
なぜなら、
あの偶然のデートから、もっと距離を縮めておきたい相手”が――彼女には、確かにいるのだから。
***
「え、マジでこのメンツ!?」
登山口近くの集合所。
班分け表が掲示されると同時に、ギャルのほのかが素っ頓狂な声を上げた。
「朝倉くんと姫、同じ班とかさ……これ運命じゃん?」
「な、な、な……っ!? そ、そんなわけ……い、いえ、たしかに、運命かもしれませんわっ……!」
動揺しながらも、つい肯定してしまうリリアーナ。
「ひとりだけ……仲間外れ……」
「ま、まぁお昼は一緒に食べたらいいよ!」
班分けを見て一人項垂れるマナを慰めるほのか。
周囲の生徒たちもわいわいと盛り上がっていて、現地の空気はすでに遠足ムードだった。
班メンバーは以下の5人。
リリアーナ、蓮、ほのか、れい、そして、普段はあまり目立たない男子生徒――村上陽翔
「……よろしく」
ぽつりと控えめにそう言った陽翔は、ヘッドホンを首にかけたまま、小さく会釈した。
蓮が軽く手を上げて応じ、れいとほのかも「よろしくねー」と気さくに返した。
(村上くん、わたくし達と同じクラスなのに、ほとんど話したことありませんでしたわ……)
彼の存在は自然にそこにあって、必要以上に目立たない。
でもどこか落ち着いた雰囲気があって、リリアーナの目には少し印象的に映った。
「では、A-2班、出発しまーす!」
先生の声がかかり、全員が順に登山道へと足を踏み出す。
(いよいよ……“山登り”という未知との遭遇ですの!)
リリアーナは深呼吸して、草木の匂いを感じながら一歩を踏み出した。
「にしてもさー、うちらマジで運動向いてないって……」
「これ絶対、明日脚死ぬやつ~」
れいとほのかがぼやきながら歩いている横で、蓮は無言のまま前方を歩く。
リリアーナもそのすぐ後ろを歩きながら、何度も視線が蓮の背中に吸い寄せられていた。
「ねえ、りりあちゃん。あたしらは空気読んであげるからさ、チャンス作るなら今だよ?」
ほのかが小声でささやいてくる。
「ち、チャンス……?」
「うんうん、夏前に攻めるなら今しかなくない?」
「そ、そんな、攻めとか防御とか、戦じゃありませんのよ!? これは恋ですの!!」
「その言い回し好きすぎる」
冗談まじりのやりとりに、れいが笑いをこらえて肩をすくめた。
登山道は徐々に傾斜が増し、会話のペースが落ちていく。
そんな中、リリアーナのリュックがずるりと片方の肩からずれた。
「おっと」
蓮がさりげなく手を伸ばしてストラップを直してくれる。
「ちょっと重そうだな。持とうか?」
「い、いえ、わたくし鍛えておりますから……!!」
「そう? 腕、ぷるぷるしてるけど」
「~~~っ!?」
結果的に、蓮がリュックを持ってくれることになり、ふたりの距離が自然と近くなる。
(な、なんという展開……いえ、これは……登山補助ですわ。まぎれもなく、助け合いですの……!)
けれど、ドキドキは止まらない。
歩みをそろえた蓮とリリアーナの様子を、陽翔が少し後ろから静かに見ていた。
その表情に、特別な感情はない。ただ――ほんのわずかに、やわらかく目を細めただけだった。
「ひゃっ!?」
リリアーナが小さくよろめく。
湿った石に足を取られたらしい。
「危なっ――!」
蓮がとっさに腕を伸ばし、リリアーナを支えた。
「た、助かりましたわ……」
「ったく、ちゃんと足元見ろよ。転んだら終わりだぞ」
叱るような声なのに、なぜか優しい。
距離は、ほんの数十センチ。
リリアーナの心臓が、急勾配を駆け上がる。
(これって、ほんとうに……“登山のせい”だけ……?)
汗ばんだ手のひら、胸の高鳴り。
揺れているのは――この山のせいだけじゃない。
***
「どどど、どういたしましょう!? ほのか!? れい!? 陽翔くんもいないですわ!!」
登山道中盤の分かれ道――そこに立ち尽くすリリアーナと蓮。
状況はこうだ。
さきほど小休憩を終えたあと、班ごとに再出発したはずだったのに、
リリアーナと蓮だけが、どうやら間違った道を進んでしまったらしい。
「う、嘘ですわ……!? ま、まさかの迷子ですの!?」
「まあ、正確には“本ルートから外れた”ってだけだと思うけど……」
蓮がスマホを見ながら顔をしかめた。
「電波、悪いな。GPSが安定しない」
「そ、そんな……! ここで彷徨ううちに遭難して、二人で原始生活を……っ!」
「それはそれでサバイバル系恋愛アニメっぽくて楽しそうだけど、嫌だな俺は」
リリアーナは両手を握りしめ、真剣な顔で頷いた。
「わかりました。では、わたくしが先導いたしますわ!」
「いや、待て。さっきも江戸川が“こっちから自然の気配を感じますの!”って言って外れたじゃん」
「だって風が導いてくれた気がして……!」
「もうファンタジーの世界観抜けてきて」
結局、すぐ近くにある開けた岩場で休憩することになった。
陽の光がぽつぽつと差し込んでいて、風も心地よい。
「……ていうか、またふたりきりだな」
蓮がポツリと呟く。
「はっ!?」
「いや、別に……変な意味じゃなくて。あいつら、すぐ合流すると思うけど」
リリアーナの心臓が、ふたたび忙しく鳴り出す。
(ふたりきり!? 恋愛的トラップ発動ですの!?!?)
ふと、静寂が落ちた。
風の音。鳥のさえずり。
それ以外に何も聞こえない空間で、ふたりは岩に並んで腰を下ろしていた。
「……この間の勉強会」
突然、蓮が口を開いた。
「楽しかった。……江戸川がいなかったら、たぶん俺、勉強会の楽しさなんて知らなかった」
「っ……! そ、それは……わたくしも、とても……楽しかった、ですの……」
リリアーナは視線をそらし、膝の上で手をぎゅっと握った。
「蓮くんが、あの時屋上で、わたくしに手を差し伸べてくださったから……。
ずっと、わたくし……この世界で、ちゃんと“今”を生きたいって、思えたんですの……」
「……」
「だ、だから……」
言いかけて、唇を噛む。
言葉にするには、まだ少しだけ――怖い。
その時。
風がふっと吹き抜け、木々の隙間から差し込む陽の光がリリアーナの髪を照らした。
「……髪、きれいだな」
「えっ……!?」
思わぬ言葉に、目を見開く。
蓮はそれ以上なにも言わず、少し顔を背けて空を見上げた。
「……あ。あいつら、あっちから来てる」
山道の先から、ほのかたちの声が聞こえてきた。
「りりあちゃ~ん!? 朝倉く~ん!? そっちにいるー!?」
「こっちですわー!」
リリアーナは返事をしながら、心臓のどくん、という音にひとりだけ気づいていた。
(この胸の高鳴りは、本当に一体なんなのですの……?)
山の静けさ。
誰もいない時間。
少しだけ近づいた距離。
――そして、あの日よりも確かに、彼を“特別”だと思っている自分。
それに気づいたことが、今日いちばんの、息切れだった。
***
帰りのバスは、山道の疲労に包まれていた。
冷房の効いた車内は心地よく、座席に身を預ける生徒たちのほとんどが、うつらうつらしている。
リリアーナも、そのひとりだった。
(今日の遠足……とても、濃厚でしたわ……)
初めての登山。
ふたりきりの時間。
すれ違う鼓動と、近づいた距離。
(いえ、“心の距離”ですの。身体的には――ほんのちょっとですけれど)
となりの席には、蓮。
いつの間にかうたた寝しているらしく、目を閉じて静かに呼吸をしていた。
(わたくし……今日のこと、ずっと覚えていたいですわ)
そして、ふと。
――コクン。
リリアーナの頭が、静かに蓮の肩に傾いた。
(……すみません。ほんの、少しだけ)
彼に気づかれないよう、目を閉じる。
どくん、どくん。
山の上で感じた鼓動が、まだ少しだけ、残っていた。
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