29 / 55
真知子
しおりを挟む
「ええ、私は高貴さんの見張り役を買って出ました。ですが、高貴さんの行動を止めるとは一言も申し上げておりませんよ?」
真知子が冷淡に返した。
「ねえ、大貴さん。あなた、軽井沢さんの価値観を「そんな理由で番を組む者など探しても見つからない」と笑い飛ばしていたでしょう?そんなのはおとぎ話だと」
「それが何?」
いきなり話をふられた大貴が、困惑の表情を浮かべた。
「私から言わせていただければ、「咬み傷は所有の証だ」というあなたの理論も大概おとぎ話ですよ。
あんなものはただの生理現象のひとつです。皮膚を切れば血が出たり、お産をすれば腹に肉割れができるのと一緒です。何ら深い意味はございません」
真知子がゆっくりゆっくり、居間に入っていく。
「人間なんて、みんな平等に無価値ですよ。特に、「老い」と「死」の前においてはね。私たちの父がそうです。
生きている間は金も地位も土地も番も余るくらい持っていましが、老いてしまえば使いようがない。
死んでしまえば、自分が必死になってかき集めた金や土地は誰かのもの。番が何人いたかなど、何の意味もなくなります」
大貴の目前で、真知子は立ち止まった。
「あなたなら、わかるのではないですか?
父親の死を目の当たりにしたのですから。アルファのボンクラ御曹司だろうが、アメリカの大統領だろうが、中東の石油王だろうが、もちろん、あなただって。いきなり背中から刺されて大量の血を失えば死にます。
誰ひとり、「死」からは免れないのです。死神ほどの平等主義者はいませんよ」
ソファに座った大貴を見下ろした真知子は、フッと嘲るように笑った。
「それと、アルファとオメガは主従関係とおっしゃるなら尚のこと、オメガの皆さまを侮るべきではないかと。
イエス・キリストしかり、ユリウス・カエサルしかり、織田信長しかり、従者に裏切られて足元をすくわれた君主など、数えきれないぐらいいるんですから。あなたの父親だってそうでしょう?」
真知子が大貴の襟首を、両手で思い切り掴んだ。
「だからお前は豪貴の劣化版なんて呼ばれて、こんなところに追いやられてんだぞ!ベータにもオメガにも劣るボンクラがえらそうに!!」
真知子が一喝したと同時に、バチンッと大きな音が居間中に響きわたった。
真知子が大貴の頬を、思い切り引っ叩いたのだ。
「いってえ!」
叩かれた頬を押さえて、大貴は悲鳴をあげた。
「これに懲りたら、2度とうちの店に来るなよ。軽井沢くんはもちろん、従業員のみんなにも近づかないこと」
「このこと、私はメディアに漏らしはしませんが、上層部の皆さまには報告させていただきますね。
この件、私には少々目に余るように感じますし。
おそらく、このことで大貴さんの評価は著しく下がるでしょうね?」
高貴も真知子も、それぞれに言い捨てて、その場を去っていった。
「久しぶりに来たけど、この辺は相変わらず何も無いなあ、「ザ・田舎」ってカンジ!」
高貴は辺り一帯に広がる田んぼを見つめて、感想を述べた。
「まあ…牧歌的で、趣がありますよね」
とってつけたような褒め言葉を吐き出して、真知子はロングスカートのポケットから車のキーを取り出した。
2人は真知子の車でここまでやってきたのだ。
都心から離れたこの土地まで行くには、どうしても車が必要になる。
「ホンットに嫌になるよ、サッサと帰ろう」
譲たちの家から駐車してある平地まで、かなりの距離があるから、相当歩かなくてはならない。
この辺りは道路整備もろくになされていないから、駐車できる平地も限られているのだ。
「忍尾さん…いや、「真知子叔母さん」って呼ぶべきかな?」
歩いている道中、高貴はつい最近まで面識のなかった叔母に尋ねた。
高貴が真知子を自分の叔母だと知ったのは、大貴が軽井沢を犯そうとした日の翌日であった。
身分を明かされたときには心底驚いたが、それよりも、大貴が軽井沢にしたことに対する怒りの方が大きかった。
「自由にお呼びください」
「それで、なんだってアイツらに「私が高貴さんの見張り役をします」なんて買って出たワケ?」
「私が嫁いだ忍尾家に、あの厄介者たちが接近するようなことがあっては困るんですよ。だから、先にあなたのところで一悶着起こして、さっさと大人しくもらおうかと思いまして」
真知子が、まとめて結い上げていた髪をバッとほどく。
同時に、彼女が使っている整髪料の香りが、空中を舞った。
「ひどいなあ。僕をダシにしたのかい?」
「譲さんたちが真っ先にすがりついてくるのは、間違いなくあなただろうと思いましたので」
真知子のこの予測は大当たりと言えた。
──忍尾さん、とんでもない人だなあ…
結局、真知子の思惑通りに事は進んだワケだから、とんだ策略家ではないか。
高貴は少しばかり身震いした。
真知子が冷淡に返した。
「ねえ、大貴さん。あなた、軽井沢さんの価値観を「そんな理由で番を組む者など探しても見つからない」と笑い飛ばしていたでしょう?そんなのはおとぎ話だと」
「それが何?」
いきなり話をふられた大貴が、困惑の表情を浮かべた。
「私から言わせていただければ、「咬み傷は所有の証だ」というあなたの理論も大概おとぎ話ですよ。
あんなものはただの生理現象のひとつです。皮膚を切れば血が出たり、お産をすれば腹に肉割れができるのと一緒です。何ら深い意味はございません」
真知子がゆっくりゆっくり、居間に入っていく。
「人間なんて、みんな平等に無価値ですよ。特に、「老い」と「死」の前においてはね。私たちの父がそうです。
生きている間は金も地位も土地も番も余るくらい持っていましが、老いてしまえば使いようがない。
死んでしまえば、自分が必死になってかき集めた金や土地は誰かのもの。番が何人いたかなど、何の意味もなくなります」
大貴の目前で、真知子は立ち止まった。
「あなたなら、わかるのではないですか?
父親の死を目の当たりにしたのですから。アルファのボンクラ御曹司だろうが、アメリカの大統領だろうが、中東の石油王だろうが、もちろん、あなただって。いきなり背中から刺されて大量の血を失えば死にます。
誰ひとり、「死」からは免れないのです。死神ほどの平等主義者はいませんよ」
ソファに座った大貴を見下ろした真知子は、フッと嘲るように笑った。
「それと、アルファとオメガは主従関係とおっしゃるなら尚のこと、オメガの皆さまを侮るべきではないかと。
イエス・キリストしかり、ユリウス・カエサルしかり、織田信長しかり、従者に裏切られて足元をすくわれた君主など、数えきれないぐらいいるんですから。あなたの父親だってそうでしょう?」
真知子が大貴の襟首を、両手で思い切り掴んだ。
「だからお前は豪貴の劣化版なんて呼ばれて、こんなところに追いやられてんだぞ!ベータにもオメガにも劣るボンクラがえらそうに!!」
真知子が一喝したと同時に、バチンッと大きな音が居間中に響きわたった。
真知子が大貴の頬を、思い切り引っ叩いたのだ。
「いってえ!」
叩かれた頬を押さえて、大貴は悲鳴をあげた。
「これに懲りたら、2度とうちの店に来るなよ。軽井沢くんはもちろん、従業員のみんなにも近づかないこと」
「このこと、私はメディアに漏らしはしませんが、上層部の皆さまには報告させていただきますね。
この件、私には少々目に余るように感じますし。
おそらく、このことで大貴さんの評価は著しく下がるでしょうね?」
高貴も真知子も、それぞれに言い捨てて、その場を去っていった。
「久しぶりに来たけど、この辺は相変わらず何も無いなあ、「ザ・田舎」ってカンジ!」
高貴は辺り一帯に広がる田んぼを見つめて、感想を述べた。
「まあ…牧歌的で、趣がありますよね」
とってつけたような褒め言葉を吐き出して、真知子はロングスカートのポケットから車のキーを取り出した。
2人は真知子の車でここまでやってきたのだ。
都心から離れたこの土地まで行くには、どうしても車が必要になる。
「ホンットに嫌になるよ、サッサと帰ろう」
譲たちの家から駐車してある平地まで、かなりの距離があるから、相当歩かなくてはならない。
この辺りは道路整備もろくになされていないから、駐車できる平地も限られているのだ。
「忍尾さん…いや、「真知子叔母さん」って呼ぶべきかな?」
歩いている道中、高貴はつい最近まで面識のなかった叔母に尋ねた。
高貴が真知子を自分の叔母だと知ったのは、大貴が軽井沢を犯そうとした日の翌日であった。
身分を明かされたときには心底驚いたが、それよりも、大貴が軽井沢にしたことに対する怒りの方が大きかった。
「自由にお呼びください」
「それで、なんだってアイツらに「私が高貴さんの見張り役をします」なんて買って出たワケ?」
「私が嫁いだ忍尾家に、あの厄介者たちが接近するようなことがあっては困るんですよ。だから、先にあなたのところで一悶着起こして、さっさと大人しくもらおうかと思いまして」
真知子が、まとめて結い上げていた髪をバッとほどく。
同時に、彼女が使っている整髪料の香りが、空中を舞った。
「ひどいなあ。僕をダシにしたのかい?」
「譲さんたちが真っ先にすがりついてくるのは、間違いなくあなただろうと思いましたので」
真知子のこの予測は大当たりと言えた。
──忍尾さん、とんでもない人だなあ…
結局、真知子の思惑通りに事は進んだワケだから、とんだ策略家ではないか。
高貴は少しばかり身震いした。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる