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魔法使いはなぜ現れて、なぜガラスの靴は残ったか?
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「なぜです?」
「シンデレラってさ、12時になったらドレスも馬車もなくなったのに、どうしてガラスの靴だけが残ったんだと思う?」
「さあ?」
突然、この男は何を言い出すのだろう。
高貴のつかめない言動に、真知子はとことん惑わされた。
「これはぼくの解釈だよ?思うに、魔法使いはシンデレラのことを前から知ってたんだよ」
「ほう?」
「魔法使いは継母や姉たちにいじめられてたシンデレラをどこかから見ていて、気の毒に思ってた。
そこで、せめて数時間だけ、楽しい思い出を残してやりたいと思ったわけだ。「舞踏会に行きたい」っていう、ささやかな夢くらいは叶えてやりたかった。
ガラスの靴はその記念品みたいなものだと思う。ドレスやアクセサリーの類は意地悪な姉たちに盗られる可能性がある。
けれど、靴は姉の足に合わないから、そのまま置いておける。
魔法使いからしてみれば、それだけのことだった。王子様のとのことなんか、まるで考えてなかった」
「なるほどなるほど」
未だに高貴の言いたいことはよくわからないので、真知子は曖昧な相槌を打った。
「シンデレラが王子様に見初められたのは、魔法使いにとっても予想外の出来事だったんじゃないかな?
たった一夜の夢だったはずが、シンデレラは思わぬ幸福を手に入れた。ぼくが思う筋書きはこうだよ」
「今回のこの件、軽井沢さんがシンデレラだとするとなら、魔法使いがあなた、というわけですか?」
真知子は、高貴の言っていることの真意がようやく見えたような気がした。
「この場合はそういうことになるねえ」
魔法使い?
とんでもない。
この男は、かわいそうな女の子に幸福を与えるような、そんなありがたい存在ではない。
どちらかといえば、みずからの幸福や平和の邪魔となり、自分を迫害してきた継母に、真っ赤に焼けた鉄の靴を履かせて、死ぬまで踊らせた残忍極まりない白雪姫のそれだ。
「なるほど。時代ですとか地域ですとか、出版元によりますけどね、原作では意地悪な姉は足を切ってしまったり、鳩に目を突かれてしまうのだとか」
「因果応報だよ。小学生でも思いつくような月並みな正論だけどね、人様にやったことは全部自分に返ってくるんだよ。
それも、本人が予想もしてなかった方向からね」
魔法使いはプッと吹き出した。
「今どきの絵本だと、シンデレラは結婚した後は、意地悪な継母と義理の姉を許して、王宮に迎え入れるように王子様に進言するそうですよ」
「そんなことしなくていいだろうに。
今どきのシンデレラはお人好しなんだねえ。少なくとも、あの子たちはあの子たちの幸せだけ考えていれば、それでいいんだよ。
悪いヤツらのことも、魔法使いのことだって考えなくていいんだ」
魔法使いは肩を震わせて、ひたすら笑い続ける。
おとぎ話において、魔法使いほど二面性のある者はいない。
あるものは、気の毒な身の上の少女にガラスの靴やかぼちゃの馬車を与えたりするが、あるものは、ハンサムな王子様を醜い野獣やカエルに変えてしまう。
シンデレラの継母や姉、赤ずきんの狼、白雪姫の魔女、お菓子の家の老婆……
そんな不埒な連中を葬り去るために、どれほどの権謀術数が蠢いているかなど、若い恋人たちは知らないし、知らなくていいのだ。
少なくとも、この魔法使いはそう思っている。
「シンデレラってさ、12時になったらドレスも馬車もなくなったのに、どうしてガラスの靴だけが残ったんだと思う?」
「さあ?」
突然、この男は何を言い出すのだろう。
高貴のつかめない言動に、真知子はとことん惑わされた。
「これはぼくの解釈だよ?思うに、魔法使いはシンデレラのことを前から知ってたんだよ」
「ほう?」
「魔法使いは継母や姉たちにいじめられてたシンデレラをどこかから見ていて、気の毒に思ってた。
そこで、せめて数時間だけ、楽しい思い出を残してやりたいと思ったわけだ。「舞踏会に行きたい」っていう、ささやかな夢くらいは叶えてやりたかった。
ガラスの靴はその記念品みたいなものだと思う。ドレスやアクセサリーの類は意地悪な姉たちに盗られる可能性がある。
けれど、靴は姉の足に合わないから、そのまま置いておける。
魔法使いからしてみれば、それだけのことだった。王子様のとのことなんか、まるで考えてなかった」
「なるほどなるほど」
未だに高貴の言いたいことはよくわからないので、真知子は曖昧な相槌を打った。
「シンデレラが王子様に見初められたのは、魔法使いにとっても予想外の出来事だったんじゃないかな?
たった一夜の夢だったはずが、シンデレラは思わぬ幸福を手に入れた。ぼくが思う筋書きはこうだよ」
「今回のこの件、軽井沢さんがシンデレラだとするとなら、魔法使いがあなた、というわけですか?」
真知子は、高貴の言っていることの真意がようやく見えたような気がした。
「この場合はそういうことになるねえ」
魔法使い?
とんでもない。
この男は、かわいそうな女の子に幸福を与えるような、そんなありがたい存在ではない。
どちらかといえば、みずからの幸福や平和の邪魔となり、自分を迫害してきた継母に、真っ赤に焼けた鉄の靴を履かせて、死ぬまで踊らせた残忍極まりない白雪姫のそれだ。
「なるほど。時代ですとか地域ですとか、出版元によりますけどね、原作では意地悪な姉は足を切ってしまったり、鳩に目を突かれてしまうのだとか」
「因果応報だよ。小学生でも思いつくような月並みな正論だけどね、人様にやったことは全部自分に返ってくるんだよ。
それも、本人が予想もしてなかった方向からね」
魔法使いはプッと吹き出した。
「今どきの絵本だと、シンデレラは結婚した後は、意地悪な継母と義理の姉を許して、王宮に迎え入れるように王子様に進言するそうですよ」
「そんなことしなくていいだろうに。
今どきのシンデレラはお人好しなんだねえ。少なくとも、あの子たちはあの子たちの幸せだけ考えていれば、それでいいんだよ。
悪いヤツらのことも、魔法使いのことだって考えなくていいんだ」
魔法使いは肩を震わせて、ひたすら笑い続ける。
おとぎ話において、魔法使いほど二面性のある者はいない。
あるものは、気の毒な身の上の少女にガラスの靴やかぼちゃの馬車を与えたりするが、あるものは、ハンサムな王子様を醜い野獣やカエルに変えてしまう。
シンデレラの継母や姉、赤ずきんの狼、白雪姫の魔女、お菓子の家の老婆……
そんな不埒な連中を葬り去るために、どれほどの権謀術数が蠢いているかなど、若い恋人たちは知らないし、知らなくていいのだ。
少なくとも、この魔法使いはそう思っている。
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