恋人以上、恋愛未満

右左山桃

文字の大きさ
78 / 135
2章 あなたと共に過ごす日々

41 分岐点・1

しおりを挟む
雅がアパートに戻ってきたのは、それから3日後のことだった。
孝幸さんの来訪以来、私と雅が連絡を取りあうことはなかったから、その間お互いが何をしていたかは知らない。


「……ずっと帰ってこれなくて、ごめん。スマホ取り上げられた上に部屋に軟禁状態で……」


私は心ここにあらずの状態でぼんやりと過ごしていたけれど、雅はと言えば、孝幸さんに強硬手段に出られていたようだ。

あの人は、そんなに私と雅を別れさせたいのか……。
そう考えることはショックだったけど、今更そんな話を聞いた所で大して驚かなかった。
動じない、浮かない表情の私を見て、雅は何となく状況を察したようだった。


「もしかして……会っちゃった? 来たのは親父が直接?」


その問いに小さく頷く。
雅は私を責める風もなく、頭を垂れて「そう。どうりで素直に解放してくれた訳だ……」と呟いた。

いつものようにリビングに並んで座る。
改めて、会いたくて堪らなかった雅の横顔をじっと見つめた。
私の中の雅のイメージは、いつも元気で笑っている、無邪気で可愛い人だったのに。
一週間とちょっとぶりの雅は、なんとなく痩せたと言うか……やつれた気がする。
ツンツンした髪は撫でつけられて大人しくなっているし、憂いを帯びた表情が相まって大人びて見える。
この短い期間に、桐羽さんや孝幸さんのことで悩んだり苦しんだりした筈だから、無理もないのかもしれない。
  

「どこまで聞いたのかわからないけど……。家族のこと、ずっと話さなくてごめん。あんな父親だから……会っても、多分……」


私との交際を反対されて、一緒にいる期間が短くなっただけだったのかな。
話してくれれば良かったのに、とも思ったけど、だからと言って、今と何か結果が変わったのかはわからない。
私が歓迎されていないことを雅から言われても傷ついたと思うし、ただでさえ自分に自信がなかった私が、これ以上余計なことを考えないよう、雅は雅で気を使っていたのかもしれない。


「親父は美亜に……失礼なこと、たくさん言った……でしょ?」

「……まぁ。でも、大体は本当のことだったし」


探りを入れながら申し訳なさそうに尋ねてくる雅に、私は淡々と答えていた。
思ったほど傷ついていない自分に、自分でも驚いている。
少し前の私なら、母や自分の生い立ちをアレコレ言われるのは確実に地雷だった。
ショックで立ち直れなかったかもしれないのに、今の私には些細なことのように思える。
自分でどうにもできない過去のことを、あれこれ悩んで摩耗したって仕方がない。
開き直った、に近いのかもしれない。

それよりも今は、目の前にいる恋人の本心の方がずっと重要で、気がかりだった。


「雅は会社を継ぐんでしょ?」

「継がないよ!」


私の問いかけに、雅は間髪いれずに答えを返した。


「継がないよ。あんな横暴なやり方で勝手に進められて『ハイ、そうですか』なんて言えないよ。そんなんだから兄ちゃんにも逃げられるんだ」

「お兄さん、どうしたの?」

「彼女と駆け落ちしたんだって。気持ちわかるよ。全て意のままに動かされて……恋愛だって自由にできないなんて。時代錯誤も良い所だよ……」

「…………」

「ああいう頭の固い人間には、こういう手段で抵抗の意思を示さないと、ホント駄目だと思う……」


こういう、っていうのは駆け落ちのことを指しているんだろうか。


「そう……なのかな」


曖昧に返事をする。
私には、それが正解なのかわからなかった。


「だから俺も逃げちゃおうかと思って」

「え?」

「軟禁されている間、就職とか住居探すのに、信頼できそうなツテがないかずっと考えていたんだよね。大学中退するのは痛いけど、そのぐらいの覚悟がないと一生あの人からは逃げ切れないと思うし」

「逃げる? なんで?」

「え……、なんでって……」


雅から聞く答えは、私が想像していたこととはかけ離れたものだった。
後先考えず、私は心に湧き上がった思いをそのまま口にする。


「雅から見たらこれは千載一遇のチャンスじゃない。ずっとお兄さんにしか興味がなかったお父さんが、やっと雅に注目しているんでしょ?」

「でも、こんな形で、だよ!?」

「それでも……ここで逃げたら、雅はお兄さんと同じかそれ以下になる。お兄さんの上になんて絶対行けない」


私の言葉に、雅が露骨にムッとしたのがわかった。


「なんで美亜にそんなこと言われなきゃならないの?」

「だって……」


何も知らなかった頃なら、何も言わなかったかもしれない。
でももう知ってしまった。
雅が心の底では、ずっとリリーバリーで働きたいと思っていたことを知ってしまった。
あんなにたくさんの本を読んで勉強して、毎日毎日、会社の動向を追い続けてきた癖に。それは本当に本心なの?
雅にとってきっとリリーバリーは人生で、桐羽さんの形見で、絶対大切な存在の筈なのだ。

よく考えて欲しかった。

取り返しのつかない行動をとって、みすみすチャンスを手離して、雅は本当に後悔しないんだろうか。
桐羽さんだってそう。
雅の気持ちを知っていた。
雅が孝幸さんと仲よく会社を盛り立てていくことを願っていた筈だ。

今までずっとわからなかった。
私は雅の人生にどこまで踏み込んでいいのか。
だけどやっぱり知るべきだったのだと思う。
知れて良かった、と。こんな形になってしまったけど、それでもそう思う。
大好きな人の将来を、一緒に考えて何が悪い。
雅の気持ちは明白なのに、遠慮する必要なんてあるだろうか。


「雅はリリーバリーで働くことがずっと夢だったんでしょう!?」

「そんなこと俺は美亜にひと言でも言った?」

「言わなくてもわかるよ!」

「なんでそんなこと言うの? ばーちゃんとか親父に何か吹き込まれたの?」


認めようとしない、頑なな雅に苛々する。
あぁ、やっぱり私、雅に相談して欲しかった。
私が一番、雅が心を許せる存在でありたかった。


「私にぐらい、そろそろ本音を言ったら? 会社継ぎたいって思ってたこと! いっそ全部教えてよ!」

「嫌だよ」

「なんでっ……!」

「美亜のことが好きだからだよ!」


シン……と静まり返った部屋に、雅の声が凛と通る。
真っ直ぐ私を見つめている雅は、私と同じぐらい怒っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛

ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。 そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う これが桂木廉也との出会いである。 廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。 みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。 以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。 二人の恋の行方は……

初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺

NOV
恋愛
俺の名前は『五十鈴 隆』 四十九歳の独身だ。 俺は最近、リストラにあい、それが理由で新たな職も探すことなく引きこもり生活が続いていた。 そんなある日、家に客が来る。 その客は喪服を着ている女性で俺の小・中学校時代の大先輩の鎌田志保さんだった。 志保さんは若い頃、幼稚園の先生をしていたんだが…… その志保さんは今から『幼稚園の先生時代』の先輩だった人の『告別式』に行くということだった。 しかし告別式に行く前にその亡くなった先輩がもしかすると俺の知っている先生かもしれないと思い俺に確認しに来たそうだ。 でも亡くなった先生の名前は『山本香織』……俺は名前を聞いても覚えていなかった。 しかし志保さんが帰り際に先輩の旧姓を言った途端、俺の身体に衝撃が走る。 旧姓「常谷香織」…… 常谷……つ、つ、つねちゃん!! あの『つねちゃん』が…… 亡くなった先輩、その人こそ俺が大好きだった人、一番お世話になった人、『常谷香織』先生だったのだ。 その時から俺の頭のでは『つねちゃん』との思い出が次から次へと甦ってくる。 そして俺は気付いたんだ。『つねちゃん』は俺の初恋の人なんだと…… それに気付くと同時に俺は卒園してから一度も『つねちゃん』に会っていなかったことを後悔する。 何で俺はあれだけ好きだった『つねちゃん』に会わなかったんだ!? もし会っていたら……ずっと付き合いが続いていたら……俺がもっと大事にしていれば……俺が『つねちゃん』と結婚していたら……俺が『つねちゃん』を幸せにしてあげたかった…… あくる日、最近、頻繁に起こる頭痛に悩まされていた俺に今までで一番の激痛が起こった!! あまりの激痛に布団に潜り込み目を閉じていたが少しずつ痛みが和らいできたので俺はゆっくり目を開けたのだが…… 目を開けた瞬間、どこか懐かしい光景が目の前に現れる。 何で部屋にいるはずの俺が駅のプラットホームにいるんだ!? 母さんが俺よりも身長が高いうえに若く見えるぞ。 俺の手ってこんなにも小さかったか? そ、それに……な、なぜ俺の目の前に……あ、あの、つねちゃんがいるんだ!? これは夢なのか? それとも……

処理中です...