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「ねえ、ラーナ。次はどこに行くの。」



「次はキハールの村へ…って本当に付いてくるつもりなんですか、シノ。」



「うん、旅は道連れ世は情けっていうでしょ。」



「まあ、そうなんですけど…。」





シノにそんなことをしてもらえる義理が私にあっただろうか。

昨日シノとばったりでくわし、ずるずると一緒に旅に出ることになってしまった私は生まれ育った村に帰るために今まで旅した道を戻っていた。

一緒に旅をすることになってもお金を渡せない事やら、仕事の内容(内容なんてないんだけれど)は教えられないことを盾に何度も断ったが¨仲間だった¨という言葉一点で押し通されてしまった。

どうにも私は押しに弱い。







「キハールってあれだ、あの大きい虫の魔物倒したとこ。」



「そうそう。よく覚えてますね。」



「虫出て来た時パーティーの女みんな攻撃するの嫌がってたな~。」



「まあ、それはそうでしょう。」





あの時戦ったのは、8mはある大きな百足のような魔物だった。

名前の通りわらわらと動く足が百もあり、黒光りするグロテスクな見た目は誰でも嫌悪感を抱くだろう。





「でも、ラーナは平気そうだったじゃん。女は皆嫌がって後方に行ってたのに珍しくラーナが前線で戦ってて珍し~って思ったわ。」



「私は村の育ちだから、畑仕事で見慣れていたし…。他の子たちは皆都会とか身分が高い人ばかりだったし見慣れてないんでしょう、仕方ないですよ。」





ロビンのパーティーを構成する女性のメンバー全ては全土一の魔法使いであるアリア、騎士団大佐やらエルフやらと高位な人たちばかりだった。みんな綺麗で可愛くて華やかな人たちばかりで気後れしたっけ。





「みんな、いつもは強いのに虫で怖がっててちょっと新鮮だったな。」





思い出して思わず微笑む。



女性と言えど勇者のパーティーに加入するぐらいだから戦力は申し分なく、いつもはものの数秒で私が苦戦していたダイアウルフを倒していた。そんな彼女たちが虫で怯えロビンの後ろに隠れる姿を見て、ああこの人たちも見た目通り可愛い女性なんだなと微笑ましくなった覚えがある。





「ロビンに愛想振りまきたかっただけだろ。」



「…え。なんか言いました?」



「べつに、なにも。」





彼がぼそりと呟く言葉が聞こえず、聞き返すが教えてもらえなかった。

まあ、そう蒸し返す話でもないかとまた地図に目線を向ける。彼も話すことがなくなったのか私の手元にある地図を覗き込んだ。





「…あ、あれ、ラーナ。手首に巻いてた魔法具は?」



「魔法具?」





シノが彼自身の左手首を掴み、その手をグルグルと回しジェスチャーする。





「あ、ああ…。ブレスレットですか。落としてしまって…ってあれ、魔法具だったんですか?」



「何、知らなかったの。」



「ええ…。ロビンからもらったので、ただのアクセサリーだとばかり…。」




ダイアウルフに襲われて壊れてしまい、そのまま捨ててきてしまったが魔法具とは今言われるまで気づかなかった。魔法具は魔法の効果が秘められたアクセサリーであり、売ると結構高値で売れるのでそれなら拾って売却すれば良かったかもしれない。
でも、あのブレスレッドを捨てたのは確執を捨てたのと一緒だからと思うと妙に晴れ晴れとした気分になる。




「あれで魔力練られて、魔物倒してたんだよラーナは。なかったら魔物倒せないじゃん、本当俺いなかったらどうするつもりだったの。」



「そうなんですか?!」



「当たり前じゃん…ただの銃で魔物倒せるなら、ここまで魔物に苦戦してないよ。」





まさかの重大事実。

確執を捨てたなどの自身の輝かしい誇りなどは秒で吹っ飛んでしまっていた。
そんな重要アイテムを私はあの森に捨ててきたのか…。
その事実を知らされ、もしシノが居なかった時に魔物に出会っていたらと身体が震える。




「で、でも、私の村ではスライムとかラビット系の魔物は鍬とか鎌で倒していましたよ…。」



「それは魔力を持たない魔物でしょ、ここら辺は魔王に近づいてきているんだから魔力持ちが多いし物理耐性なんてザラでしょ。」



「私、何も知らなかったです…。」



「キハール周囲の魔物物理耐性多いから、良かったねラーナ俺が居て。」



「ええ…、本当に。」





シノは私を見てにっこりと笑う。

ああ、本当に良かったシノがいて。




…でも、今後シノがずっとそばに居続けるという確証はない。また一人で戦わなきゃ行けない場面は出てくるだろう。しかし、以前のように戦えないというのは今シノの口で立証されたわけで…


「あの~…シノ?魔道具って相場はどのくらいなんでしょうか…。」


「…なんだよいきなり。そうだな~大体?100万ルカは下らないんじゃないか?」


「ひゃ、100万ルカ…?!?」


100万ルカとなると贅沢をしなければ半年は生きていけるお金である。
そして今私が持っている資金は今後のことを考えると切り崩せない。絶望的である。


「本当勿体無いよな~、あれ相場のものより高かったよ、きっと高く売れただろうに。」

 
「うっ…。」


いくら捨てたものとはいえ、何百万といったお金を投げ捨てたとなると後悔が残る。
いやあれは私を成長させるために、重荷を捨てさせるために必要だったことだと、もっともな言葉を用い思い込もうとするが頭の隅で『売れば何百万ルピが手に入ったのに』と他の私が囁く。


「ま、まあ。落としてしまったものは…仕様がないですよ、シノ。悔いたって戻ってきません…。」



シノに向かって話すがこれは私自身に思い込ませようとしている部分が多い。
仕方ない、仕方ないと頭に思い込ませないといけないぐらいの大金は確実に頭の中の思考を奪う。


「まあそうね。仕方ないよね、ラーナが戦えなくなっちゃったのも仕様がないことだよね。」


「…それも、そう、ですよね…。」


100万ルピ、戦闘力、シノ、頭の中でぐるぐると文字が巡る。
目の前でシノはなぜかうれしそうに笑い『じゃあそんなラーナを俺が守ってあげるね』と話す、私もそれにつられてむりやり口角を上げた。私は今ちゃんと笑えているのだろうか。
こうして金銭的に用心棒を雇うことができない私は、今後物理的にシノから離れられないことが判明したわけである。

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