5 / 27
交わることの無かった二人
4
しおりを挟む
それから数日後の昼休みを少し過ぎた頃、来海が資料室でファイルの背を揃えながら古くなった資料の片付けをしていると、ドアを隔てた向こう側の廊下から楽しげな女性たちの声が聞こえてくる。
意識しないようにしていても、その内容は否応なく耳に入ってきた。
「羽柴くんって、ほんと優しいよね」
「うんうん、昨日もさ、私の資料作るの見てくれて……」
来海の手が、ほんの一瞬止まる。
聞こえて来たのは充輝の話題で声の主は彼と同じシステム課の女性社員らしく、どうやら仕事を手伝ってもらったという話らしい。
感謝と好意が入り混じった声音に、来海は何とも言えない居心地の悪さを覚えながらも黙って作業を続けていく。
(……たかが資料作りを手伝って貰っただけで、何がそんなに嬉しいの?)
そして、整理を終えて資料室を出た帰り道にシステム課の前を通りかかった時だった。
「羽柴くん、これで大丈夫かな?」
「うん、大丈夫だよ。でも、ここを少し直せばもっと見やすくなるかなと思う」
「ありがとう! ごめんね、お昼休みなのに時間取っちゃって……」
「良いって、気にしないでよ」
女性社員の隣に自然な距離で立ってパソコンのモニターを覗き込みながら助言をする充輝の姿が目に入る。
その様子を見ていた別の女性が、くすくす笑いながら冗談めかして言った。
「羽柴くん、ほんと優しいよね。女心わかってるって感じ」
「そうそう。絶対モテるでしょ。海外でも常にモテてたんじゃない?」
否定も肯定もせず、ただ軽く笑う充輝。
「どうかな」
その曖昧な返しがかえって余裕を感じさせる気がして、そこがモテる要因なのだろうと来海は思う。
処分する資料が入った段ボールを抱えたまま、その光景を遠巻きに見つめた来海は小さく息を吐いた。
(……ああいうところが軽さの要因なんだろうけど、あれもやっぱりモテる為の策略……とか?)
誰に対しても平等で、特別扱いをしない。
それは理屈では好感の持てる振る舞いのはずなのに、そこに「一人」を選ぶ気配が見えないことが女性と向き合っていないように見えて軽薄さが浮き彫りになっている感じがした。
そんな来海が通り過ぎようとした、その時、
「向坂さん」
名前を呼ばれた来海は思わず肩を揺らす。
振り返ると、充輝が小走りで近づいて来ていた。
その瞬間、周囲の視線が一斉に自分に集まるのを来海は肌で感じた来海は今すぐにでもこの場から立ち去りたい思いでいっぱいになった。
「この前は、田城課長に資料渡してくれてありがとう」
でも、呼び止められた理由は、ただそれだけだった。
拍子抜けするほど簡単な用件に来海は一瞬言葉を失い、それから慌てて頭を下げた。
「いえ、こちらこそ。先日は書類を届けてくださって、ありがとうございました」
それだけ言うと充輝は微笑みながら軽く会釈して、まるで何事もなかったようにシステム課へ戻っていく。
(わざわざ、そんなことで)
律儀なのか何なのか、来海の胸に言葉に出来ない違和感が静かに残っていく。
そして、これ以降偶然なのか二人が顔を合わせる機会は明らかに増えていった。
ある時は出社時、またある時は廊下で、初めこそ回数が増えたと思っていた来海だが、偶然にしては明らかに顔を合わせる機会が多過ぎると感じるようになり、タイミングを合わせているのではと疑いの心が生まれていく。
来海がそう感じ始めた頃、充輝は総務課に用事で出向いて来ると、迷うこと無く来海を名指ししてきたのだ。
意識しないようにしていても、その内容は否応なく耳に入ってきた。
「羽柴くんって、ほんと優しいよね」
「うんうん、昨日もさ、私の資料作るの見てくれて……」
来海の手が、ほんの一瞬止まる。
聞こえて来たのは充輝の話題で声の主は彼と同じシステム課の女性社員らしく、どうやら仕事を手伝ってもらったという話らしい。
感謝と好意が入り混じった声音に、来海は何とも言えない居心地の悪さを覚えながらも黙って作業を続けていく。
(……たかが資料作りを手伝って貰っただけで、何がそんなに嬉しいの?)
そして、整理を終えて資料室を出た帰り道にシステム課の前を通りかかった時だった。
「羽柴くん、これで大丈夫かな?」
「うん、大丈夫だよ。でも、ここを少し直せばもっと見やすくなるかなと思う」
「ありがとう! ごめんね、お昼休みなのに時間取っちゃって……」
「良いって、気にしないでよ」
女性社員の隣に自然な距離で立ってパソコンのモニターを覗き込みながら助言をする充輝の姿が目に入る。
その様子を見ていた別の女性が、くすくす笑いながら冗談めかして言った。
「羽柴くん、ほんと優しいよね。女心わかってるって感じ」
「そうそう。絶対モテるでしょ。海外でも常にモテてたんじゃない?」
否定も肯定もせず、ただ軽く笑う充輝。
「どうかな」
その曖昧な返しがかえって余裕を感じさせる気がして、そこがモテる要因なのだろうと来海は思う。
処分する資料が入った段ボールを抱えたまま、その光景を遠巻きに見つめた来海は小さく息を吐いた。
(……ああいうところが軽さの要因なんだろうけど、あれもやっぱりモテる為の策略……とか?)
誰に対しても平等で、特別扱いをしない。
それは理屈では好感の持てる振る舞いのはずなのに、そこに「一人」を選ぶ気配が見えないことが女性と向き合っていないように見えて軽薄さが浮き彫りになっている感じがした。
そんな来海が通り過ぎようとした、その時、
「向坂さん」
名前を呼ばれた来海は思わず肩を揺らす。
振り返ると、充輝が小走りで近づいて来ていた。
その瞬間、周囲の視線が一斉に自分に集まるのを来海は肌で感じた来海は今すぐにでもこの場から立ち去りたい思いでいっぱいになった。
「この前は、田城課長に資料渡してくれてありがとう」
でも、呼び止められた理由は、ただそれだけだった。
拍子抜けするほど簡単な用件に来海は一瞬言葉を失い、それから慌てて頭を下げた。
「いえ、こちらこそ。先日は書類を届けてくださって、ありがとうございました」
それだけ言うと充輝は微笑みながら軽く会釈して、まるで何事もなかったようにシステム課へ戻っていく。
(わざわざ、そんなことで)
律儀なのか何なのか、来海の胸に言葉に出来ない違和感が静かに残っていく。
そして、これ以降偶然なのか二人が顔を合わせる機会は明らかに増えていった。
ある時は出社時、またある時は廊下で、初めこそ回数が増えたと思っていた来海だが、偶然にしては明らかに顔を合わせる機会が多過ぎると感じるようになり、タイミングを合わせているのではと疑いの心が生まれていく。
来海がそう感じ始めた頃、充輝は総務課に用事で出向いて来ると、迷うこと無く来海を名指ししてきたのだ。
11
あなたにおすすめの小説
黄色い花
中谷ととこ
恋愛
酔って記憶を失くした日の翌朝、目が覚めると腕の中に女性がいた。
相手は見知らぬ女性ではなく、同じ課で二年以上一緒に働いてきた松島汐里(30)、直属の部下だった。
社内では、切れ者で有能な男として知られる営業二課課長、木藤雅人(36)
仕事に厳しく圧が強く独特なオーラがあり、鬼課長と恐れられる厳格な上司。その場にいるだけでピリッとする。でも実際のところ、中身はただのいい人。心根は優しく誠実で、責任感が強い。仕事を離れれば穏やかな面が多い。
仕事以外で関わることの一切なかった二人の関係性が、その日を境に変化していく。
「一人では行きにくい場所、何か所かあるんですよ。そういう場所につき合っていただく、とかどうでしょう?」
「それは、全然構わないけど」
「いいんですか!? 本当に? 休日とかにですよ?」
「……一体何をさせるつもりなんだ」
罪悪感から、松島からの「十回だけ、自分の我儘につき合って欲しい」という提案を、思わず承諾する雅人。素知らぬ顔をして複雑な思いを抱えている松島。どうなるんでしょうこの二人────というお話。
表紙画像は リタ様 https://www.pixiv.net/users/20868979 よりお借りしています。
なぜ私?スパダリCEOに捕獲され推しの秘書になりました
あいすらん
恋愛
落ち込んでいた私が見つけた最高の趣味。
それは完璧スパダリCEOの「声」を集めること。
動画サイトで最高のイケボを見つけた私、倉田ひかりは、声を録音するためだけに烏丸商事の会社説明会へ。
失業中の元ピアノ講師には、お金のかからない最高のレクリエーションだったのに。
「君、採用」
え、なんで!?
そんなつもりじゃなかったと逃げ出したのに、運命は再び私と彼を引き合わせる。
気づけば私は、推しの秘書に。
時短の鬼CEO×寄り道大好き迷子女。
正反対な2人が繰り広げる、イケボに溺れるドタバタラブコメ!
半年間、俺の妻になれ〜幼馴染CEOのありえない求婚から始まる仮初の溺愛新婚生活〜 崖っぷち元社畜、会社が倒産したら玉の輿に乗りました!?
とろみ
恋愛
出勤したら会社が無くなっていた。
高瀬由衣(たかせゆい)二十七歳。金ナシ、職ナシ、彼氏ナシ。ついでに結婚願望も丸でナシ。
明日までに家賃を用意できなければ更に家も無くなってしまう。でも絶対田舎の実家には帰りたくない!!
そんな崖っぷちの由衣に救いの手を差し伸べたのは、幼なじみで大企業CEOの宮坂直人(みやさかなおと)。
「なぁ、俺と結婚しないか?」
直人は縁談よけのため、由衣に仮初の花嫁役を打診する。その代わりその間の生活費は全て直人が持つという。
便利な仮初の妻が欲しい直人と、金は無いけど東京に居続けたい由衣。
利害の一致から始まった愛のない結婚生活のはずが、気付けばいつの間にか世話焼きで独占欲強めな幼なじみCEOに囲い込まれていて――。
謎多きお見合い相手は、秘めた愛を彼女に注ぐ
玖羽 望月
恋愛
老舗医療機器メーカーのマーケティング・企画部で働く石田琴葉【いしだことは】(28)は、仕事一筋で生きてきた。
学生時代に恋愛で痛手を負った琴葉は、それから勉強と仕事を最優先に生きてきた。
ある日琴葉は、祖母にお見合いを勧められ、「会うだけなら」と渋々お見合いに臨んだ。
そこに現れたのは眉目秀麗という言葉が似合う榛名智臣【はるなともおみ】(33)だった。
智臣は琴葉の仕事や業界に精通していて、思いの外話しは弾む。ただ自身のことは多くを語らず、会話の端々に謎を残してお見合いは終わった。
その後何も連絡はなく、気になりながらも目の前の仕事に全力を尽くす琴葉。
やがて迎えた、上層部の集う重要会議。
緊張感の中、突如発表されたのはマーケティング・企画部長の異動と、新たな部長の着任だった。
そこに現れた新部長は――
※7時台と20時台の、一日2回更新の予定です。こちらのサイトのみ投稿しています。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始
思わせぶりには騙されない。
ぽぽ
恋愛
「もう好きなのやめる」
恋愛経験ゼロの地味な女、小森陸。
そんな陸と仲良くなったのは、社内でも圧倒的人気を誇る“思わせぶりな男”加藤隼人。
加藤に片思いをするが、自分には脈が一切ないことを知った陸は、恋心を手放す決意をする。
自分磨きを始め、新しい恋を探し始めたそのとき、自分に興味ないと思っていた後輩から距離を縮められ…
2人のあなたに愛されて ~歪んだ溺愛と密かな溺愛~
けいこ
恋愛
「柚葉ちゃん。僕と付き合ってほしい。ずっと君のことが好きだったんだ」
片思いだった若きイケメン社長からの突然の告白。
嘘みたいに深い愛情を注がれ、毎日ドキドキの日々を過ごしてる。
「僕の奥さんは柚葉しかいない。どんなことがあっても、一生君を幸せにするから。嘘じゃないよ。絶対に君を離さない」
結婚も決まって幸せ過ぎる私の目の前に現れたのは、もう1人のあなた。
大好きな彼の双子の弟。
第一印象は最悪――
なのに、信じられない裏切りによって天国から地獄に突き落とされた私を、あなたは不器用に包み込んでくれる。
愛情、裏切り、偽装恋愛、同居……そして、結婚。
あんなに穏やかだったはずの日常が、突然、嵐に巻き込まれたかのように目まぐるしく動き出す――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる