恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで

夏目萌

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交わることの無かった二人

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 それから数日後の昼休みを少し過ぎた頃、来海が資料室でファイルの背を揃えながら古くなった資料の片付けをしていると、ドアを隔てた向こう側の廊下から楽しげな女性たちの声が聞こえてくる。

 意識しないようにしていても、その内容は否応なく耳に入ってきた。

「羽柴くんって、ほんと優しいよね」
「うんうん、昨日もさ、私の資料作るの見てくれて……」

 来海の手が、ほんの一瞬止まる。

 聞こえて来たのは充輝の話題で声の主は彼と同じシステム課の女性社員らしく、どうやら仕事を手伝ってもらったという話らしい。

 感謝と好意が入り混じった声音に、来海は何とも言えない居心地の悪さを覚えながらも黙って作業を続けていく。

(……たかが資料作りを手伝って貰っただけで、何がそんなに嬉しいの?)

 そして、整理を終えて資料室を出た帰り道にシステム課の前を通りかかった時だった。

「羽柴くん、これで大丈夫かな?」
「うん、大丈夫だよ。でも、ここを少し直せばもっと見やすくなるかなと思う」
「ありがとう!  ごめんね、お昼休みなのに時間取っちゃって……」
「良いって、気にしないでよ」

 女性社員の隣に自然な距離で立ってパソコンのモニターを覗き込みながら助言をする充輝の姿が目に入る。

 その様子を見ていた別の女性が、くすくす笑いながら冗談めかして言った。

「羽柴くん、ほんと優しいよね。女心わかってるって感じ」
「そうそう。絶対モテるでしょ。海外でも常にモテてたんじゃない?」

 否定も肯定もせず、ただ軽く笑う充輝。

「どうかな」

 その曖昧な返しがかえって余裕を感じさせる気がして、そこがモテる要因なのだろうと来海は思う。

 処分する資料が入った段ボールを抱えたまま、その光景を遠巻きに見つめた来海は小さく息を吐いた。

(……ああいうところが軽さの要因なんだろうけど、あれもやっぱりモテる為の策略……とか?)

 誰に対しても平等で、特別扱いをしない。

 それは理屈では好感の持てる振る舞いのはずなのに、そこに「一人」を選ぶ気配が見えないことが女性と向き合っていないように見えて軽薄さが浮き彫りになっている感じがした。

 そんな来海が通り過ぎようとした、その時、

「向坂さん」

 名前を呼ばれた来海は思わず肩を揺らす。

 振り返ると、充輝が小走りで近づいて来ていた。

 その瞬間、周囲の視線が一斉に自分に集まるのを来海は肌で感じた来海は今すぐにでもこの場から立ち去りたい思いでいっぱいになった。

「この前は、田城課長に資料渡してくれてありがとう」

 でも、呼び止められた理由は、ただそれだけだった。

 拍子抜けするほど簡単な用件に来海は一瞬言葉を失い、それから慌てて頭を下げた。

「いえ、こちらこそ。先日は書類を届けてくださって、ありがとうございました」

 それだけ言うと充輝は微笑みながら軽く会釈して、まるで何事もなかったようにシステム課へ戻っていく。

(わざわざ、そんなことで)

 律儀なのか何なのか、来海の胸に言葉に出来ない違和感が静かに残っていく。

 そして、これ以降偶然なのか二人が顔を合わせる機会は明らかに増えていった。

 ある時は出社時、またある時は廊下で、初めこそ回数が増えたと思っていた来海だが、偶然にしては明らかに顔を合わせる機会が多過ぎると感じるようになり、タイミングを合わせているのではと疑いの心が生まれていく。

 来海がそう感じ始めた頃、充輝は総務課に用事で出向いて来ると、迷うこと無く来海を名指ししてきたのだ。
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