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交わることの無かった二人
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翌日、職場へ向かう来海の胸には昨夜の休憩室での出来事が重く残っていた。
自分を守る為とはいえ突き放すような言葉を選んでしまったことへの小さな後悔が棘のように刺さっている。
一方充輝も同じ場面を思い返してはいたが、気分は不思議と沈んでいなかった。
充輝は来海を追いかけることも無理に距離を縮めることもせず、これまで通りに振る舞うと決めていた。
それでも視線だけは抗えず、廊下ですれ違うときも食堂で見かけたときも無意識のうちに来海の姿を追ってしまう。
数日後、昼食を終えた来海が席を立とうとした瞬間、ふと充輝と目が合った。
彼は近づくことも声をかけることもなく、ただ軽く会釈をするだけ。
その控えめな態度に来海は戸惑いを覚えた。
気まずくなると思っていた反応とは違い、充輝は距離を守っているように見えたから。
彼が気にしていないのならそれでいい――そう自分に言い聞かせた来海は、これ以上関わることはないと思っていた。
実際、その後二人が会話を交わすことはなかった。
まるで接点の無かった頃に戻ったかのように。
だけど充輝は来海を見かけるたびに表情を緩め、自然と視線を向けてしまっていて、その変化に最初に気づいたのは同じシステム課の女性社員たちだった。
特に以前から充輝に好意を寄せていた事務の倉橋 愛華は充輝の視線の先にいつも来海がいることが気に入らない。
「……また、あの女を見てる」
「あの人って総務課の人でしょ? まさか、好きとかじゃないよね」
「あり得ないでしょ。あんな地味な人」
軽口で済ませていたものの意中の相手が自分より劣っていると感じる相手に興味を示している現実が、愛華の感情を歪ませていく。
しかし充輝本人はそんな周囲の感情に気づいていなかったし、ただもう一度来海と話せる機会を静かに待ち続けているだけだった。
ある日の退勤間際、来海が資料室を出た瞬間、向かいのエレベーター前に充輝の姿があった。
あの日以来、初めて二人きりになる。
「お疲れさま」
穏やかな声と柔らかな笑みに来海もわずかに微笑み返した。
「……お疲れ様です」
今しかない――そう悟った充輝は、短い沈黙ののち言葉を選んで切り出す。
「よかったら、少しだけ話せないかな」
けれど来海は小さく首を振った。
「……すみません。そういうのは無理です」
「どうして?」
思わず理由を問う充輝に来海は一瞬視線を落とすと、迷いを振り切るようにはっきり告げた。
充輝が女性に分け隔てなく優しいこと、以前からそうした噂があったこと。
そして――誰にでも向けられる好意の延長のような関係を自分は受け入れられないこと。
「――だから、何度誘われても気持ちは変わりません、ごめんなさい」
その言葉に充輝の表情が僅かに強張った。
誤解だと伝えようとした瞬間、無情にもエレベーターの扉が開き、来海は軽く会釈をすると何も言わずに中へ乗り込み、呆然と立ち尽くす充輝を残して扉を閉めた。
その場に一人残された充輝は、すぐには動けなかった。
“軽い”と評されたことよりも、自分のこれまでの振る舞いが信頼されていなかった事実が深く胸を突き刺していた。
波風を立てまいと誰にでも向けていた優しさは、軽薄さとして映っていたのだとようやく理解する。
それでも、来海への想いだけは消えなかった。
だからこそ充輝は自分を変えることを選んだのだ。
それ以降充輝は誰にでも向けていた曖昧な優しさをやめ、仕事は仕事として淡々とこなして休憩や退勤後の誘いも全て断った。
急激な変化に周囲の女性社員たちは戸惑い、やがてその理由を勝手に結びつけ始める。
――原因は総務課の向坂 来海。
根拠のない噂は尾ひれをつけて確実に広がっていき、その歪んだ視線と囁きは来海を追い詰めていくことになるのだった。
自分を守る為とはいえ突き放すような言葉を選んでしまったことへの小さな後悔が棘のように刺さっている。
一方充輝も同じ場面を思い返してはいたが、気分は不思議と沈んでいなかった。
充輝は来海を追いかけることも無理に距離を縮めることもせず、これまで通りに振る舞うと決めていた。
それでも視線だけは抗えず、廊下ですれ違うときも食堂で見かけたときも無意識のうちに来海の姿を追ってしまう。
数日後、昼食を終えた来海が席を立とうとした瞬間、ふと充輝と目が合った。
彼は近づくことも声をかけることもなく、ただ軽く会釈をするだけ。
その控えめな態度に来海は戸惑いを覚えた。
気まずくなると思っていた反応とは違い、充輝は距離を守っているように見えたから。
彼が気にしていないのならそれでいい――そう自分に言い聞かせた来海は、これ以上関わることはないと思っていた。
実際、その後二人が会話を交わすことはなかった。
まるで接点の無かった頃に戻ったかのように。
だけど充輝は来海を見かけるたびに表情を緩め、自然と視線を向けてしまっていて、その変化に最初に気づいたのは同じシステム課の女性社員たちだった。
特に以前から充輝に好意を寄せていた事務の倉橋 愛華は充輝の視線の先にいつも来海がいることが気に入らない。
「……また、あの女を見てる」
「あの人って総務課の人でしょ? まさか、好きとかじゃないよね」
「あり得ないでしょ。あんな地味な人」
軽口で済ませていたものの意中の相手が自分より劣っていると感じる相手に興味を示している現実が、愛華の感情を歪ませていく。
しかし充輝本人はそんな周囲の感情に気づいていなかったし、ただもう一度来海と話せる機会を静かに待ち続けているだけだった。
ある日の退勤間際、来海が資料室を出た瞬間、向かいのエレベーター前に充輝の姿があった。
あの日以来、初めて二人きりになる。
「お疲れさま」
穏やかな声と柔らかな笑みに来海もわずかに微笑み返した。
「……お疲れ様です」
今しかない――そう悟った充輝は、短い沈黙ののち言葉を選んで切り出す。
「よかったら、少しだけ話せないかな」
けれど来海は小さく首を振った。
「……すみません。そういうのは無理です」
「どうして?」
思わず理由を問う充輝に来海は一瞬視線を落とすと、迷いを振り切るようにはっきり告げた。
充輝が女性に分け隔てなく優しいこと、以前からそうした噂があったこと。
そして――誰にでも向けられる好意の延長のような関係を自分は受け入れられないこと。
「――だから、何度誘われても気持ちは変わりません、ごめんなさい」
その言葉に充輝の表情が僅かに強張った。
誤解だと伝えようとした瞬間、無情にもエレベーターの扉が開き、来海は軽く会釈をすると何も言わずに中へ乗り込み、呆然と立ち尽くす充輝を残して扉を閉めた。
その場に一人残された充輝は、すぐには動けなかった。
“軽い”と評されたことよりも、自分のこれまでの振る舞いが信頼されていなかった事実が深く胸を突き刺していた。
波風を立てまいと誰にでも向けていた優しさは、軽薄さとして映っていたのだとようやく理解する。
それでも、来海への想いだけは消えなかった。
だからこそ充輝は自分を変えることを選んだのだ。
それ以降充輝は誰にでも向けていた曖昧な優しさをやめ、仕事は仕事として淡々とこなして休憩や退勤後の誘いも全て断った。
急激な変化に周囲の女性社員たちは戸惑い、やがてその理由を勝手に結びつけ始める。
――原因は総務課の向坂 来海。
根拠のない噂は尾ひれをつけて確実に広がっていき、その歪んだ視線と囁きは来海を追い詰めていくことになるのだった。
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