恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで

夏目萌

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忍び寄る影

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 仕事終わりには必ず一緒に帰ること。

 業務の都合上どうしても一緒に帰れない時はタクシーを使うこと。

 休日も、外出の際は互いに連絡を取り合うこと。

 それは表向きには“安全のための取り決め”だったが、いつの間にか二人の距離を縮める習慣になりつつあった。

 会社からの帰り道、充輝はごく自然に来海の隣を歩く。

 歩幅を合わせ、さりげなく車道側に立つ。

 その一つ一つが計算されたものではないと分かるからこそ、来海の胸には安心感が広がっていった。

「……毎日、本当にありがとう」
「気にしなくていいよ、俺がしたいからしてるだけなんだし」

 短いやり取りの中で交わされる視線や、並んで歩く距離が少しずつ来海の心を満たしていく。

 その一方で、二人の関係性は泰斗の感情を逆撫でする。

 再会して以来、来海が別の男と親しげに寄り添っているその事実が、泰斗にはどうしても許せなかった。

 彼は後悔していた。

 これまで数多くの女性と付き合ってきた中で、最も気楽で扱いやすかったのが来海だったと気づいたから。

 そして、再会したことをきっかけにヨリを戻したいと勝手な理由から再び距離を詰めようとするも、来海の隣には常に充輝が居て近づくことすらできない状況に苛立ちは募り、その怒りは嫌がらせという形で来海に向けられたのだ。

 待ち伏せから始まり職場や自宅最寄り駅周辺の徘徊。

 充輝は異変を察して来海に危険が及ばないよう慎重に動いていたが、どこから突き止めたのか、泰斗は来海の住むアパートに辿り着いてしまう。

 ある日の仕事終わり、充輝が来海を送り届けてアパートを離れると、敷地内に身を潜めていた泰斗は来海の部屋の前に立った。

 インターホンが鳴り、画面に映った来訪者の姿を見た瞬間、来海は言葉を失った。

(……どうして、ここが)

 応対することもできず、震える手で充輝に助けを求めるメッセージを送る。

 けれど居留守を使われた泰斗は苛立ちを露わにしながらドアを強く叩いた。

「居るのは分かってんだよ! さっさと開けろよ!」

 低く荒い声が、扉越しに突き刺さる。

 ますます恐怖で体が動かず、玄関から離れた場所で息を潜めることしか出来ない来海。

 ほどなくして充輝から電話が入る。

『今すぐ戻るから、何を言われても絶対に出ないで』
「……分かった」

 充輝が来てくれる、その事実が何よりも来海には心強かった。

 幸いにも充輝はまだ電車に乗っておらず、すぐに引き返して来る。

「何してるんだよ」

 玄関先に居座る泰斗と顔を合わせた充輝の低い声が来海の耳に聞こえてくる。

「関係ないだろ。俺は来海と話があんだよ」
「関係ある。彼女に近づくな」

 扉一枚を隔てて交わされる激しい言い争いに来海は何事もなく終わるよう祈りつづけていく。
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