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気づいた心
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来海が自分の気持ちにほんの少し気づき始めた、その矢先だった。
ある日の昼休みの雑談で、海外支社から各部署数名の社員が研修に来る話を耳にした。
海外支社は充輝が数年勤務していたことから、当然彼の同僚も今回の研修に来るかもしれないと思い気になった来海はその日の帰り道にその話題を振ってみた。
「そういえば、海外支社から研修で何人か来るって聞いたけど、羽柴くんの同僚も来るの?」
並んで歩く充輝は目を瞬かせてから、ふっと笑った。
「そうなんだよ、同僚は三人、後は俺が日本に帰って来てから入社した人が来るから初めて会うけどね」
「そっか。少し久しぶりだから、楽しみだよね?」
「そうだね、まあ半年振りだけど、会えるのは嬉しいよ」
今年の春に日本へ戻って来た充輝にとって約半年振りの再会になる同僚たち。
同僚が来るのなら再会を楽しみにするのは自然だと理解しているはずなのに、来海の胸の奥には理由の分からないざわめきが消えずに居座り続けていた。
数日後、その違和感ははっきりとした形を持って現れることになる。
研修のためにオフィスを訪れた海外支社の社員たちの中で、ただ一人の女性社員が一際目を引いた。
彼女の名前はエマ・ブラウン。
淡い金髪に華奢な体つき、可憐だけどどこか芯の強さを感じさせる佇まい。
アメリカ人の父と日本人の母を持つ彼女は、流暢な日本語と自然な所作で瞬く間に職場の空気に溶け込んでいく。
そして――。
「あ……!」
エマは充輝の姿を見つけると迷いのない足取りで駆け寄った。
「久しぶり!」
弾んだ声に充輝は一瞬驚いたように目を見開き、それから懐かしそうに微笑んだ。
「元気そうだな」
「ええ、そっちこそ」
短い会話のやりとりだけど、二人の間に流れる空気は明らかに“長い時間を共有してきた者同士”のもので、そんな二人を前にした来海の胸が、きゅっと締めつけられる。
総務課所属の来海は研修社員数名の案内役を任され、その中にはエマも含まれていることで行動を共にする時間が増えていき、その過程で来海は何度も二人が楽しそうに会話を交わす光景を目にすることになるのだった。
「海外にいた頃は、よく一緒に仕事してたの」
休憩中、エマは屈託のない笑顔でそう語った。
「ミツキ、昔から本当に優しくて、みんなに頼られる人だったわ」
「……そうなんですね」
相槌を打ちながら来海は胸の奥がじわりと熱くなるのを感じていた。
エマの言葉に敵意はなく、態度も柔らかくて好意的ですらある。
それでも、さりげなく挟まれる自分だけが知っている過去や当たり前のように共有される時間の重みの数々には、無意識と言い切れない優越が滲んでいることを来海は敏感に感じ取ってしまう。
(私は……何を気にしてるんだろう)
充輝とはあくまでも友達という立ち位置で、それ以上でもそれ以下でもない。
何度もそう言い聞かせるのに充輝の隣にエマが立つたび、胸のざわめきは大きくなっていった。
一方でエマは早い段階で察していた。
充輝が来海に向ける視線や表情が他の誰とも違うことを。
エマの知る充輝は、優しいのは誰に対してもそうだし、異性に好意的な目を向けられても気にも止めない人。
そして充輝にとってエマは旧友であり、信頼する同僚――それ以上でもそれ以下でもない。
その曖昧な立場が苦しくても、どんな形であれ充輝の一番近くにいられることがエマの支えで、もしかしたらいつかは自分に気持ちが向くかもしないと思っていた。
けれど、日本には自分よりも近く深いところまで踏み込める女性がいる。
その事実が胸を鋭く刺し、競争心と抑えきれない嫉妬心がエマの中で静かに膨らんでいく。
(このまま、引き下がるなんて……できない)
そう思った瞬間からエマの態度は少しずつ変わり始めていった。
最初にエマが仕掛けたのは仕事終わりの何気ない飲みの誘いだった。
「ミツキ、久しぶりだし、少し話したいなって思ってるんだけど……時間もらえない?」
そう言ってエマは充輝を誘うと、思い出したように来海にも声を掛けた。
「サキサカさんも、よかったら一緒にどう?」
「そうだよ、一緒に行こう。エマも向坂さんのこと気に入ってるみたいだからさ。ね?」
断りづらい空気に押され来海は曖昧に頷くしかなかった。
三人で入った店でも場の主導権は終始エマが握っていた。
海外での仕事の話から始まり、当時のトラブルや成功談、その一つ一つにエマと充輝は自然に視線を交わし、息の合った相槌を打つ。
「ミツキは本当に頼りになるの、向こうではいつも一緒に仕事をしてたから分かるわ」
懐かしそうに微笑むエマに充輝は苦笑しながらも否定しなかった。
「あの頃は大変なことも多かったけど……まあ、いい経験だったよ」
その何気ないやり取りが来海の胸を静かに締めつける。
笑顔を保ちながら相槌を打つものの居心地が悪く、耐えきれなくなった来海は、
「すみません、ちょっとお手洗いに」
そう断りを入れて席を立った。
ある日の昼休みの雑談で、海外支社から各部署数名の社員が研修に来る話を耳にした。
海外支社は充輝が数年勤務していたことから、当然彼の同僚も今回の研修に来るかもしれないと思い気になった来海はその日の帰り道にその話題を振ってみた。
「そういえば、海外支社から研修で何人か来るって聞いたけど、羽柴くんの同僚も来るの?」
並んで歩く充輝は目を瞬かせてから、ふっと笑った。
「そうなんだよ、同僚は三人、後は俺が日本に帰って来てから入社した人が来るから初めて会うけどね」
「そっか。少し久しぶりだから、楽しみだよね?」
「そうだね、まあ半年振りだけど、会えるのは嬉しいよ」
今年の春に日本へ戻って来た充輝にとって約半年振りの再会になる同僚たち。
同僚が来るのなら再会を楽しみにするのは自然だと理解しているはずなのに、来海の胸の奥には理由の分からないざわめきが消えずに居座り続けていた。
数日後、その違和感ははっきりとした形を持って現れることになる。
研修のためにオフィスを訪れた海外支社の社員たちの中で、ただ一人の女性社員が一際目を引いた。
彼女の名前はエマ・ブラウン。
淡い金髪に華奢な体つき、可憐だけどどこか芯の強さを感じさせる佇まい。
アメリカ人の父と日本人の母を持つ彼女は、流暢な日本語と自然な所作で瞬く間に職場の空気に溶け込んでいく。
そして――。
「あ……!」
エマは充輝の姿を見つけると迷いのない足取りで駆け寄った。
「久しぶり!」
弾んだ声に充輝は一瞬驚いたように目を見開き、それから懐かしそうに微笑んだ。
「元気そうだな」
「ええ、そっちこそ」
短い会話のやりとりだけど、二人の間に流れる空気は明らかに“長い時間を共有してきた者同士”のもので、そんな二人を前にした来海の胸が、きゅっと締めつけられる。
総務課所属の来海は研修社員数名の案内役を任され、その中にはエマも含まれていることで行動を共にする時間が増えていき、その過程で来海は何度も二人が楽しそうに会話を交わす光景を目にすることになるのだった。
「海外にいた頃は、よく一緒に仕事してたの」
休憩中、エマは屈託のない笑顔でそう語った。
「ミツキ、昔から本当に優しくて、みんなに頼られる人だったわ」
「……そうなんですね」
相槌を打ちながら来海は胸の奥がじわりと熱くなるのを感じていた。
エマの言葉に敵意はなく、態度も柔らかくて好意的ですらある。
それでも、さりげなく挟まれる自分だけが知っている過去や当たり前のように共有される時間の重みの数々には、無意識と言い切れない優越が滲んでいることを来海は敏感に感じ取ってしまう。
(私は……何を気にしてるんだろう)
充輝とはあくまでも友達という立ち位置で、それ以上でもそれ以下でもない。
何度もそう言い聞かせるのに充輝の隣にエマが立つたび、胸のざわめきは大きくなっていった。
一方でエマは早い段階で察していた。
充輝が来海に向ける視線や表情が他の誰とも違うことを。
エマの知る充輝は、優しいのは誰に対してもそうだし、異性に好意的な目を向けられても気にも止めない人。
そして充輝にとってエマは旧友であり、信頼する同僚――それ以上でもそれ以下でもない。
その曖昧な立場が苦しくても、どんな形であれ充輝の一番近くにいられることがエマの支えで、もしかしたらいつかは自分に気持ちが向くかもしないと思っていた。
けれど、日本には自分よりも近く深いところまで踏み込める女性がいる。
その事実が胸を鋭く刺し、競争心と抑えきれない嫉妬心がエマの中で静かに膨らんでいく。
(このまま、引き下がるなんて……できない)
そう思った瞬間からエマの態度は少しずつ変わり始めていった。
最初にエマが仕掛けたのは仕事終わりの何気ない飲みの誘いだった。
「ミツキ、久しぶりだし、少し話したいなって思ってるんだけど……時間もらえない?」
そう言ってエマは充輝を誘うと、思い出したように来海にも声を掛けた。
「サキサカさんも、よかったら一緒にどう?」
「そうだよ、一緒に行こう。エマも向坂さんのこと気に入ってるみたいだからさ。ね?」
断りづらい空気に押され来海は曖昧に頷くしかなかった。
三人で入った店でも場の主導権は終始エマが握っていた。
海外での仕事の話から始まり、当時のトラブルや成功談、その一つ一つにエマと充輝は自然に視線を交わし、息の合った相槌を打つ。
「ミツキは本当に頼りになるの、向こうではいつも一緒に仕事をしてたから分かるわ」
懐かしそうに微笑むエマに充輝は苦笑しながらも否定しなかった。
「あの頃は大変なことも多かったけど……まあ、いい経験だったよ」
その何気ないやり取りが来海の胸を静かに締めつける。
笑顔を保ちながら相槌を打つものの居心地が悪く、耐えきれなくなった来海は、
「すみません、ちょっとお手洗いに」
そう断りを入れて席を立った。
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