薬膳茶寮・花橘のあやかし

秋澤えで

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鬼女と小金の胡麻団子 5

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 薬膳茶寮・花橘はある山の奥にある店である。客は基本的に送り狼や鬼女の妖、この辺りに住む神、またそれに準ずる者、そして勘のいい、あるいはここを必要としている一握りの人間だ。

 そしておそらく店の前にいる少女は勘のいい人間の一人なのだろう。

 「いらっしゃいませ、薬膳茶寮・花橘へ」

 しゃがみ込み目線を合わせる。麦わら帽子の下の目は戸惑うように泳ぎ、足は一歩後ろへたじろいだ。10歳前後くらいだろうか。健康的によく焼けた手足が桃色のワンピースから伸びる。ここに来るくらいなのだから妖か幽霊かと思ったが、汗を浮かべる額、何か言おうともごもごと動かされる口、どれをとっても目の前の少女は年相応の人の子に見えた。子供の足で来るには少し遠いところにあるここへ来たのはきっと何かの手助けがあったのだろう。

 「何をご所望ですか、お客さま」

 小さな女の子は顔を上げた。

 「っいなくなった弟を、見つけてほしいの」

 なるほど、薬膳や漢方薬を求めるお客様ではなかったらしい。



 私だけでは対応できない、と橘を呼び、少女の特徴と目的だけ伝える。彼は深く深くため息をついて入り口の「商い中」の看板を「準備中」にたてかえた。
 閉塞感や圧迫感を与えないよう玄関を開け、緊張が和らぐように店の奥から飛梅を呼び出した。
 足の届かない椅子の上で落ち着かず足を揺らす少女は羽田瑠奈と名乗った。東雲谷第2小学校の3年生。数日前からいなくなってしまった双子の弟を探していると彼女はたどたどしく話した。

 「ベニ、ここは薬膳茶寮だ。迷子センターじゃない」
 「前回は確かに私と飛梅が連れてきましたが、今回に関しては瑠奈ちゃんは『ここに来る必要があって迷い込む』というお客様の部類ではありませんか?」

 通常の客以外でここへ来るルートは決まっている。私や雪天のように花橘に縁のある者が連れてくる場合。このパターンが一番多い。そして勘の良い者がたまたまたどり着く場合。いわゆる霊感があるという類のものだ。おそらく芦原神社で飛梅の姿の見えた青年はそれに当てはまり、ここへたどり着くことができるかもしれない。そしてもっとも少ないのが「花橘に来る必要があった者」だ。私もあまり理解はできていない。橘曰く人間側に言わせれば「必要な者の前にだけ現れる店」らしい。花橘には迷い家の側面もあると言っていた。

 「……であれば、弟の失踪は通常の迷子の類じゃない、か」

 不穏な橘の呟きに瑠奈が顔を曇らせた。けれど彼女はそれを知っている。だからこそここへたどり着いた。

 「パパとママも警察に頼んで探してもらってるけど、全然見つからないの。……自転車も置きっぱなしだから遠くへは行けないんだけど」
 「最後に弟くんの姿を見たのはいつ?」
 「三日前。一緒に芦原神社の傍の公園で遊んでたの。……それで、喧嘩して一緒に帰らなかった。私だけ帰ってきて、悠希はそのまま帰ってこなかった」

 三日前の芦原神社付近。私たちが芦原神社に行った日の前日だ。私たちが神社に行った日、彼女くらいの小さな男の子は見ていない。

 「なんだか、もう悠希が戻ってこないような気がして」
 「どうしてそう思う」
 「えっ」

 短く橘さんがそう聞いた。子供に対していささかぶっきらぼうすぎる態度に瑠奈が泣きださないかとひやひやした。
 けれど私にもなんとなく違和感があった。三日間迷子、それは確かに小学三年生の子供なら命の危険もある。双子の弟のことがきっと心配でならないだろう。けれどなぜ花橘へと来たのかがわからない。行方不明者の捜索は警察に任せておけばいいはずだ。自分の足で探し回ってしまうのも子供だからわかる。だが花橘へと来たということは、それは人の力ではどうしようもないものだと感じているからのはずだ。
 この子はまだ私たちに詳しく話していないことがある。

 「まあひとまずそれはいい。とりあえず一番可能性が高いそうなところへ行くぞ」
 「芦原神社、ですね。でももう夕方ですよ」

 窓から差し込む光は橙に変わっている。いくら日が長いとはいえ、もう数刻もすればすっかり夜になってしまう。私たちはともかく、小学生である瑠奈を伴うのは危険だ。大人として、今日はいったん彼女には家へ帰ってもらい、日を改めた方がいいだろう。

 「いや、時間がたつほどこういうのは戻れなくなる。少しでも早く、見つけた方がいい」
 「じゃあ私たちだけで、」
 「瑠奈もいる。連れていかれたものを引き戻すにはアンカーになる縁が必要だ。俺たちが行ったとしても、連れ戻すどころか見つけられない可能性もある」

 橘が言うなら、きっとそういうものなのだろう。けれど夜になっても娘が帰ってこないとしたら、彼女の親はどう思うだろう。双子の弟だけではなくもう一人の子供まで姿を消してしまったら。

 「お姉ちゃん、大丈夫。私も行く。……悠希がいなくなったのは私のせいだから。私が一緒に帰ってれば、何もなかったはずなのに」

 丸い目の淵に涙が溜まってぎょっとする。橘はため息をつきながらテーブルの上の籠から何かを一つ手に取って瑠奈の口に突っ込んだ。

 「んぐぅ……」
 「べそべそするな。弟を探しに行くんだろ。泣いてちゃ見つかるものも見つからん」

 瑠奈はそのままもそもそと押し付けられた蒸しパンのようなものを食べ進めていた。

 「それなんです?」
 「棗の馬拉糕だ。今日の祭りのときに飽海に持っていくつもりで作ってたんだ」

 お前らも食っとけ、と渡された蒸しパンはふかふかと柔らかく、上に乗った赤いドライフルーツは果汁を凝縮させたように甘かった。

 「さっさと見つけて双子をさっさと親元に帰す。それで問題ないだろう」

 なんでもないように橘は言い、てきぱきと外出の準備を進めた。



 思えば橘と出かけるのはこれが初めてだった。鶯色の着流しを着る橘はさぞ浮くかと思ったが、祭りに逸る神社の境内では特に奇異に映ることもないのだろう。むしろ女子高生と女児二人を連れて歩く橘は面倒見のいい父親か親戚の叔父にでも見えているのかもしれない。
 一昨日来た時よりもずっと混んでいる参道では楽し気な人の声と様々な出店の料理の匂いと煙で溢れかえっていた。はぐれないように握った瑠奈の手を握りなおす。

 「瑠奈ちゃん、悠希くんっぽい子がいたらすぐに言って。私たちじゃあ誰だかわからないから」

 同じ目線にいる飛梅がそう声をかけると瑠奈は目を皿のようにしてあたりに視線を走らせた。薄暗い夕と夜の間でたった一人の子供を探すのは困難だ。けれど周囲に子供はいてもどこも友達連れが親子連れ。一人で歩いているような男の子はいなかった。

 「橘さん、どうって悠希くんを見つけるんです? こんな状態じゃ簡単には見つからないし、そもそも祭りに悠希くんがいるとも限りませんよ」
 「さあな、そこは種類による。子供の遊びたい奴が悠希を攫ったならこんな絶好の遊び場に来ないはずがない。……逆にここに来ないようなら悠希の傍にいるのはこの祭りに入ってこられない奴」
 「それって……」

 祭りに入ってこられない、それは境内に入れないのと同義だ。

 それはつまり送り狼の伊地知や鬼女の梓乃と同じ、人を殺す妖だ。もしここに現れないということはもはや悠希くんの命の保証はされない。

 「最悪の事態は、だ。少なくともここいらに最近人を食う質の悪い奴はいない。ならうっかり山に数えこまれたか、時間を忘れて遊んでしまっているかだ。どちらにせよ早々に連れ戻したほうが良い」

 相変わらずの仏頂面の橘の感情は読めない。内心焦っているのか、それとも心当たりがあるからこそ顔色一つ変えないのか。今の私たちにある手掛かりはこの芦原神社付近で悠希が消えたという事実、これだけだ。
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