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第1話 シンデレラ、襲来
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昔々あるところに、デルフィニウム男爵と言う男爵がおりました。男爵には美しく気品ある妻と、愛らしい二人の娘がいました。歴史も浅い小貴族で、豪奢な暮らしをしているわけではありませんでしたが、4人仲睦まじく暮らしておりました。
しかしある日、デルフィニウム男爵は馬車の事故で帰らぬ人となってしまいました。悲しみに暮れる妻と二人の娘。喪に服し、泣き暮らす日々が続いていました。
けれど気丈な三人は、男爵亡きあとも暮らしていけるよう、力を合わせて立ち直って生きました。
さて、そんなデルフィニウム男爵家。私は次女のカトレア・デルフィニウム。前述のとおり、私たちは細々と、しかし生き残るために力強く生きていた。
しかし立ち直りかけていたデルフィニウム男爵家に第二の事件が起こる
「初めまして。わたくしシンデレラ、……デルフィニウムと申します」
婚外子の発覚である。
よりにもよってこのタイミング。まじかお父様。なんて問題を残して死んでくれたんだ。あんなに仲良さげだったのに浮気してたのか。しかも私たちとほとんど年齢が変わらないって、もう十数年にわたって不倫してたってことか。まじかお父様。これには愛娘もドン引きです。
いくらお父様を愛していたお母さまもこれには怒髪天をつくことでしょう。しかしながらシンデレラもまた被害者。自分が不義の子だなんて知ったこっちゃないだろう。だが私たちの怒りのやり場はすでに神の国。怒ったところで届かない。ならばシンデレラが怒りの矛先となることは自明のこと。
ああ可哀想なシンデレラ。可哀想なお母様とお姉さま。
ほらお母さまのあの目を見たら、怒りに震えているのがよく、
「……………」
お母さまことロベリア・デルフィニウムは無言のまま扇子をパタパタ。落ち着かない様子でひたすら仰ぎ続ける。しかもその顔には尋常じゃない汗が流れている。真夏でもないこの屋敷の中で。様子がおかしすぎませんかお母さま。いつもの高貴で気品あるお母さまはどこへ。どうしてそんなに目が泳いでいるのですか。アユのつかみ取りでもしようとしているのですか。
どうしたことかとお姉さまこと、パトリシア・デルフィニウムを見れば、足は生まれたての小鹿のように震え、顔色は白磁のように真っ白、紫色の唇を金魚のようにパクパクさせている。
様子が、様子がおかしい。気まずそうなシンデレラは置いておいて、この二人のこの反応はおかしすぎる。
まるで前世で彼女のせいで自分たちが死んでしまったかのような怯えようだ。
はっとしたように私と母と姉はお互いの顔を見つめた。
そして静かにうなずく。
私たち3人は前世を覚えている。
私、カトレア・デルフィニウムはデルフィニウム男爵家の次女である。しかしそれだけではない。
私、カトレア・デルフィニウムは人生2周目である。
人生一周目、気に食わない父の不義の子をいじめ倒したり、こき使ったりしていたら、その義妹がうっかり王太子と結婚。挙句義妹の可愛がっていた鳥たちに両目を潰され盲目になり、感染症で死亡した。
情ー報ー量!
そんな地獄のような記憶を抱え過ごす人生2周目幼少期。
私は決意した。
今度こそ幸せになると。決してシンデレラの邪魔はしないと。分不相応な夢を見ないと。
そこから私の努力の日々は始まった。決して出来がいいとは言えなかった頭を鍛え勉強し、慎ましく、しかし貴族にふさわしい振る舞いを身に着け、楚々と勤勉に励んできた。淡い期待を持っていたが、未来は変わらず、前世と同じころ、父は馬車の事故でこの世を去った。がくがくぶるぶるしていたら、前回同様、現れる婚外子。
恐怖でしかない。
王太子が一目惚れする美貌でも、死神の鎌を持っていたら形無しだ。私からすれば彼女の存在が死神と言っても過言ではない。
しかし父の娘である以上、彼女をここから追い出すわけにはいかない。むしろ追い出したことで、最終的な着地点がさらなる惨事なる可能性がある。要するに恨みが多すぎて小鳥に目をついばまれる程度じゃ許されない可能性。次は生きたまま鳥葬に処されるかもしれない。勘弁してほしい。
「……初めまして、シンデレラ。夫が随分あなたに苦労をかけたみたいね。でもこれからは大丈夫よ。過ごした時間が違えど、私たちは家族。あなたに寂しい思いはさせないわ」
ここでいち早く立ち直っていたのは一番動揺していたように思える母ロベリア。さすが長年男爵夫人をしていただけの貫禄だ。しかも人生2周目(推定)。動揺はすれども立ち直りと切り替えは早い。
ロベリアはさっと私たちに目配せした。
「……長女、パトリシア・デルフィニウムよ。よろしく」
「私は次女のカトレア・デルフィニウム。よろしくお願いします、シンデレラ」
仏頂面の姉を反面教師にニッコリ笑顔で対応する。これぞ王宮仕込みの愛想笑いだ。
「あ、ありがとうございます……! ふつつかものですが、これからどうぞよろしくお願いいたします……!」
瞳に涙を浮かべ礼を言う美少女の死神。
ロベリアは使用人に指示しシンデレラを部屋に案内させ、「疲れているだろうから今日はもう部屋で休むように」と伝えとりあえずシンデレラの隔離に成功した。
***********************************
夜の帳がおり、草木も寝入ったころ。昼間の衝撃をいまだ引きずったまま私たちは3人顔を突き合わせていた。
「さあお前たち」
ロベリアの私室に呼ばれた私とパトリシア。煌々とランプに照らされる部屋の中、母は重々しく聞いた
「何を、どこまで覚えてる?」
「何から何まで」
「初めから終わりまで」
ロベリアは深く深くため息を吐いた。
「私もさ。すべてを覚えてる。シンデレラが来たあの夜も、鳥に目を潰され、それが原因で感染症に。……最初にカトレアが死んで、それからパトリシア。そして私は一人で死んだ。母親より先に死ぬなんて、全く親不孝な子たちだよ」
「申し訳ございません、お母さま」
涙ぐむ母にされるがまま抱きしめられる。ずっと前、十数年も前の話だ。私たちはみんな死んだ。痛みに苦しみながら、暗い世界に怯えながら。どうしてこんな風に死ななければならなかったのかと自問自答し、小鳥を憎み、シンデレラを妬み、不義の子をもうけた父を恨み、そうして自分の浅慮を悔いた。
もっと私が聡明なら、こんな風にはならなかったのではないか。シンデレラと仲良くやっていればこんな風にならなかったのではないか。
「それで、お母さま! これからどうするおつもりですか!」
「どう、とはどういう意味、パトリシア」
「シンデレラのことよ! いくらお父様と血が繋がっているとはいえ、不義の子! それも将来私たちはみんなあの子のせいで死んでしまうのよ! 早く追い出しましょう! 私は嫌! あんな最期! 今度こそ幸せになるって決めてたのに、あの子は結局また現れた……!」
「落ち着いてお姉さま」
「落ち着けないわよ! あの子を見るだけで悪寒がする! 目が痛くなる! 身体が痛くなる! 私はあの子が怖くて仕方がない! 悪魔の子だわ!」
いつも高飛車で堂々としている姉は今まで見たこともないほど狼狽え、叫んだ。いや、実際は初めてではない。シンデレラが王太子と結婚してからの彼女はいつもこうだった。
何も見えずとも、人が離れていこうとも、パトリシアは炎のようにその怒りを燃やし、尽きない恨みを滾らせた。私もまたそうだ。そうして私たちは、死んでいった。
「ねえ私たちの何がいけなかったの? それなりに、それなりに暮らしてきたわ。それこそ、前回のようなことが怖かったから、振る舞いだってずっと控えめにした。良い令嬢であろうとしたわ。でもこれよ! 結局アイツは来た! これからあれは、私たちを壊していくわ!」
目に涙を浮かべ言う彼女に、かける言葉もない。パトリシアの肩に置こうとした手はそのまま空を掻いた。
私だって怖いのだ。
正直、パトリシアと同じ気持ちだった。
私たちは、慎ましく生きてきた。高望みはせず、悪目立ちもせず、そこそこの貴族令嬢としてそれなりにやってきた。けれど私たちの行いに拘わらず、私たちの日常を粉々にしていくだろう彼女は、結局現れた。
私たちがどれだけ良い子でいようと、父は不倫をするし、事故に遭うし、死ぬ。
私たちがどれほど行動を変えようとも、この時このタイミング、必ずシンデレラはこのデルフィニウム男爵家に足を踏み入れることとなるのだ。
この世に神などいない。
「……落ち着きなさい、パトリシア」
「落ち着くだなんて、」
「泣くのはおやめなさい!」
パトリシアの頬を引っぱたくような母の怒号が飛ぶ。あまりの珍しさに私は息を飲み、泣きわめいていたパトリシアも言葉を失った。
実家も旧い貴族の家である母が声を荒らげたことはない。そう、私たちが死んだ前回ですらそうだった。母はその気位の高さを貫禄を、決して失わず、気高い貴婦人であり続けた。そんな彼女が今仁王立ちでパトリシアを叱り飛ばした。
「お前が泣いて何になるというの。今更嘆いて何になるというの。そんなもの何の役にも立たない。野良犬にでも食わせておきなさい」
「……お母さま。お母さまは恐ろしくないのですか? シンデレラが、この2回目の人生における現状が」
「恐ろしいわ。恐ろしいですとも。けれど恐れていても何も打開されない。今起きたことがなくなるわけでもない。でもこれからは変えられる。わかるわね、1回目の人生から逃れようとした賢い子」
恐ろしいと言いながら、彼女の声色のどこにも恐怖など浮かんでいなかった。けれど私の頬を撫でて語り掛けた時、彼女の手が冷え切っていることに気が付いた。緊張し強張り、氷水に晒されたような手。
「未来は変えられる。あなたは変わった」
「……ええ、恐ろしかったのです。とにかく私は、前回と同じ人生を送らないようにしたかったのです」
幼いころから、私は必死だった。前回のように、無残に死にたくなかった。幸福になりたいとは言わない、贅沢をしたいとは言わない。私はただ、生きていることを許されたかった。
「パトリシア、お前も変わるの。このままじゃきっと、前回と同じようになる」
「変わるって、変わるって何? 私は私よ。……今更、私が何になれるの」
姉はもう叫んだりはしなかった。けれど項垂れるように、呟く。
「私はカトレアとは違う。今が2回目の人生ってわかってた。でも私は、私が死んだ1週目を信じたくなかった。お父様は私たちに優しかった。不倫なんてしてない、今回はシンデレラなんていないって、言い聞かせてた。……でも結局、こうよ」
呻くように言葉を溢すパトリシアに、思わず目をそらしてしまった。
早々に見切りをつけ、父を信じることも期待することもなく、第二の人生のために奔走した私の薄情さが際立つ。
「お前にもできることがあるわ」
再び目の淵に涙をためるパトリシアを勇気づけるようにロベリアはしっかりと手を握った。
しっかりと目線を合わせ、諭すように口を開く。
「シンデレラと仲良くなさい」
「……は?」
「えっ」
「シンデレラと、仲良くなさい」
耳を疑い単発の発声しかできなかった私たちに、ロベリアはもう一度ゆっくりと繰り返した。
「……え、いや、聞こえてなかったわけではありません、お母さま」
聞こえてはいる。しっかりと。ただ聞こえたうえで耳を疑ってしまったのだ。
だがあまりに衝撃的すぎて、想像もしない提案で上手く言葉が出てこない。
言っている意味はわかるのに、言っている意味がわからない。
「……シンデレラトナカヨクナサイ」
パトリシアの言語中枢が破壊された。
けれどパトリシアの気持ちもよくわかる。
突然我が家に乱入してきたのはシンデレラの方だ。幸せな家庭に暗雲を持ち込み、そうして1年もしないうちに私たちから光を奪い、最終的に死に至らせる。もはや死神と言っても過言ではない。死神そのものだ。
死神と仲良くしなさいってあまりにもハードルが高すぎはしないかお母さま。
「な、ななな仲良く!? お母さま正気!? 私たち、私たちあいつのせいで死んだのよ! 苦しくて、痛くて、寒くて! それ、それなのに私、私にあれと仲良くしろって言うの!?」
「そうではないわパトリシア」
「いやそうでしょう!?」
その時、扉の向こうで物音がした。他人払いをしたはずのこの部屋に近づく使用人はいない。となれば扉の向こうにいるのは一人しかいない。
まるで恐怖小説の一幕のように部屋から音が消え、皆一様に扉に視線が集まる。
我に返った私が恐る恐るドアノブに手をかけ扉を開ける。するとそこには来客用の寝間着姿のシンデレラがいた。
「も、申し訳ありませんっ」
「……どうして謝るんです。どうかしましたか? 寝られませんでしたか?」
不安げに青い目を揺らし、口元に手を添える彼女は、何も知らなければ実に無垢な美しい少女だ。
だがその正体が私達に死を運ぶ死神だということを痛いほど知っている。
「その、お手洗いに行ったら、元居た部屋がわからなくなってしまって……。それで明りが付いていて、お姉さまたちの声が聞こえたので、ついこちらに」
「騒がしくしてごめんなさい。何か聞こえました?」
「いえ、扉が閉まっていたので、人の声がしていることだけ」
「そう。……説明不足でした。もし部屋から出るときは扉の内側のテーブルのベルを鳴らしてください。使用人の誰かが来てくれます。私たちもあなたの力になりたいのですが、ずっといられるわけではありません。使用人たちのことも頼ってください」
さっと据え置きのベルを鳴らすと、廊下の向こうから足音が聞こえてきた。
「慣れない環境で大変かもしれませんが、今はとにかくゆっくり寝て休みなさい。ここはもうあなたの家。緊張しなくていいし、わからないことがあればいつでも頼りなさい」
「カ、カトレアお姉さま……!」
「おやすみなさい、シンデレラ。良い夢を」
ニッコリと余所行きの笑顔でシンデレラのプラチナブロンドを撫でる。
現れたメイドにシンデレラを預けとっとと部屋の扉を閉め、遠ざかる足音に耳を澄ませた。
「……こんな感じでよろしいですか、お母さま」
「エクセレント。素晴らしいわカトレア」
自分なりの全力の“良いお姉さまムーブ”は無事及第点だったらしい。だがしかし、慣れない行動言動に尻の座りが悪すぎた。
そして私より拒否反応の激しいパトリシアはもう目を剥き卒倒せん勢いだ。顔色は青白く、袖から覗く手首には鳥肌が立っている。
「お、おおおお母さま!? 私にも、あれをやれと!?」
「やりなさい」
「できると思う!?」
「やらなきゃ死ぬわ」
取り付く島もない。実際その通りなのだが、慈悲がなさすぎる言葉選びだ。地獄か。
「いい? あの子を家族だとか、義妹だとか思う必要はないわ」
「じゃあなおさらこの家にいるのが許せないわ!」
「いいこと? あれは王太子妃よ」
パトリシアの動きが止まる。
王太子妃。
今はただの小娘だが、数か月先、王家が主催する舞踏会でシンデレラは見初められ、男爵家の庶子から王太子妃にまで一気に位を駆けあがるのだ。
もしこの私たちの現実が、前回と同じ道筋を辿るなら、間違いなく彼女は王太子妃となる。
「私たちは、彼女の価値を知っている。今のうちに恩を売りなさい」
「恩って……」
「余計なプライドは捨てなさい。王太子妃がしばらくの間我が家に泊まりに来てるとだけ考えなさい。家族という立場を振りかざして、末永く甘い汁を吸えるようにするのよ」
「力強いですお母さま」
転んでもただでは起きないというか。今回ばかりは殺されてなるものか、と思いつつもプラスアルファを得ようとするその精神には感服だ。生き残れさえすれば私たちは王太子妃、ゆくゆくは王妃の親類という立場が得られるのだ。
「ハイリスク、ハイリターン、ですね」
「ハイリスクのリスクがあまりにも高すぎるわ!」
雄叫びに似た悲鳴を上げるパトリシア。
リスクは高すぎるが、もはや私たちには逃げ出すすべがないのだ。
男爵は死に、シンデレラが現れた。今夜から物語は始まるのだ。生と死を反復横跳びするような物語からとっととおさらばしたいが、そうもいかない。
何をしなければ私達はきっと死ぬ。シンデレラの踏み台となって、惨めに死ぬ。
どうせ死ぬなら、足掻いてから死んだ方が遥かにマシではないだろうか。
「パトリシア、カトレア、状況は理解したわね」
「ええ、もちろん」
とうに生き残るために覚悟を決めていた私と違い、しぶしぶと頷いたパトリシアの頭をロベリアは優しく撫で、声を潜めて宣言した。
「今日から我が家は生存ドクトリンを取るわ。第1に、決してシンデレラを心身ともに傷つけないこと。決して恨まれないよう、彼女の怒りを買わないよう、私たちは彼女の「良き母」「良き姉」を演じる。第2に、シンデレラが王太子と結婚できるようサポートをする。一刻も早くこの家を出て行ってもらうためよ。舞踏会後は円滑に王太子と結婚させる。第3に、シンデレラの周りにいる畜生……主に鳥には極力近づかないこと。片端から丸焼きにしてやりたいところだけど、できる限りは黙認するのよ。……誰も光を失いたくはないでしょう」
思わず目元に手が行ってしまった。
我に返ってパトリシアを見ると私と同じポーズで歯を食いしばっていた。病気で死ぬときも苦しかったが、鳥に襲われる恐怖の方がはるかにトラウマになっていた。襲い来る白い影、周囲の悲鳴、血の赤、痛み。思い返しても恐怖で吐き気がする。おかげで爽やかなはずの早朝の小鳥の声は地獄のラッパに聞こえるし、恨みのあまり好物は鳥の丸焼きになった。
項垂れる私たちをロベリアは強く抱きしめた。
「いいこと可愛い子たち。今度こそ必ず生き残るのよ。私より先に死ぬなんて親不孝、もうやめて頂戴」
潤んだ声に母を見上げる。
初めてロベリアが泣いているのを見た。
泣いていたこともあったかもしれなかったが、1周目はついぞそれを網膜に映すことはなかった。
二度目の生を受けてから、私はただ生き残ることだけを一人考えてきた。光を失わないため、見ることのできなかった未来を生きるため。そのために努力を惜しまなかった。
けれど家族も同じ記憶を持っていると知った今、決意は強固なものとなった。
不幸せな未来など変えてやろう。
どうかシンデレラ、幸せになってくれ。
そして私たちが幸せになることを見逃してくれ。
しかしある日、デルフィニウム男爵は馬車の事故で帰らぬ人となってしまいました。悲しみに暮れる妻と二人の娘。喪に服し、泣き暮らす日々が続いていました。
けれど気丈な三人は、男爵亡きあとも暮らしていけるよう、力を合わせて立ち直って生きました。
さて、そんなデルフィニウム男爵家。私は次女のカトレア・デルフィニウム。前述のとおり、私たちは細々と、しかし生き残るために力強く生きていた。
しかし立ち直りかけていたデルフィニウム男爵家に第二の事件が起こる
「初めまして。わたくしシンデレラ、……デルフィニウムと申します」
婚外子の発覚である。
よりにもよってこのタイミング。まじかお父様。なんて問題を残して死んでくれたんだ。あんなに仲良さげだったのに浮気してたのか。しかも私たちとほとんど年齢が変わらないって、もう十数年にわたって不倫してたってことか。まじかお父様。これには愛娘もドン引きです。
いくらお父様を愛していたお母さまもこれには怒髪天をつくことでしょう。しかしながらシンデレラもまた被害者。自分が不義の子だなんて知ったこっちゃないだろう。だが私たちの怒りのやり場はすでに神の国。怒ったところで届かない。ならばシンデレラが怒りの矛先となることは自明のこと。
ああ可哀想なシンデレラ。可哀想なお母様とお姉さま。
ほらお母さまのあの目を見たら、怒りに震えているのがよく、
「……………」
お母さまことロベリア・デルフィニウムは無言のまま扇子をパタパタ。落ち着かない様子でひたすら仰ぎ続ける。しかもその顔には尋常じゃない汗が流れている。真夏でもないこの屋敷の中で。様子がおかしすぎませんかお母さま。いつもの高貴で気品あるお母さまはどこへ。どうしてそんなに目が泳いでいるのですか。アユのつかみ取りでもしようとしているのですか。
どうしたことかとお姉さまこと、パトリシア・デルフィニウムを見れば、足は生まれたての小鹿のように震え、顔色は白磁のように真っ白、紫色の唇を金魚のようにパクパクさせている。
様子が、様子がおかしい。気まずそうなシンデレラは置いておいて、この二人のこの反応はおかしすぎる。
まるで前世で彼女のせいで自分たちが死んでしまったかのような怯えようだ。
はっとしたように私と母と姉はお互いの顔を見つめた。
そして静かにうなずく。
私たち3人は前世を覚えている。
私、カトレア・デルフィニウムはデルフィニウム男爵家の次女である。しかしそれだけではない。
私、カトレア・デルフィニウムは人生2周目である。
人生一周目、気に食わない父の不義の子をいじめ倒したり、こき使ったりしていたら、その義妹がうっかり王太子と結婚。挙句義妹の可愛がっていた鳥たちに両目を潰され盲目になり、感染症で死亡した。
情ー報ー量!
そんな地獄のような記憶を抱え過ごす人生2周目幼少期。
私は決意した。
今度こそ幸せになると。決してシンデレラの邪魔はしないと。分不相応な夢を見ないと。
そこから私の努力の日々は始まった。決して出来がいいとは言えなかった頭を鍛え勉強し、慎ましく、しかし貴族にふさわしい振る舞いを身に着け、楚々と勤勉に励んできた。淡い期待を持っていたが、未来は変わらず、前世と同じころ、父は馬車の事故でこの世を去った。がくがくぶるぶるしていたら、前回同様、現れる婚外子。
恐怖でしかない。
王太子が一目惚れする美貌でも、死神の鎌を持っていたら形無しだ。私からすれば彼女の存在が死神と言っても過言ではない。
しかし父の娘である以上、彼女をここから追い出すわけにはいかない。むしろ追い出したことで、最終的な着地点がさらなる惨事なる可能性がある。要するに恨みが多すぎて小鳥に目をついばまれる程度じゃ許されない可能性。次は生きたまま鳥葬に処されるかもしれない。勘弁してほしい。
「……初めまして、シンデレラ。夫が随分あなたに苦労をかけたみたいね。でもこれからは大丈夫よ。過ごした時間が違えど、私たちは家族。あなたに寂しい思いはさせないわ」
ここでいち早く立ち直っていたのは一番動揺していたように思える母ロベリア。さすが長年男爵夫人をしていただけの貫禄だ。しかも人生2周目(推定)。動揺はすれども立ち直りと切り替えは早い。
ロベリアはさっと私たちに目配せした。
「……長女、パトリシア・デルフィニウムよ。よろしく」
「私は次女のカトレア・デルフィニウム。よろしくお願いします、シンデレラ」
仏頂面の姉を反面教師にニッコリ笑顔で対応する。これぞ王宮仕込みの愛想笑いだ。
「あ、ありがとうございます……! ふつつかものですが、これからどうぞよろしくお願いいたします……!」
瞳に涙を浮かべ礼を言う美少女の死神。
ロベリアは使用人に指示しシンデレラを部屋に案内させ、「疲れているだろうから今日はもう部屋で休むように」と伝えとりあえずシンデレラの隔離に成功した。
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夜の帳がおり、草木も寝入ったころ。昼間の衝撃をいまだ引きずったまま私たちは3人顔を突き合わせていた。
「さあお前たち」
ロベリアの私室に呼ばれた私とパトリシア。煌々とランプに照らされる部屋の中、母は重々しく聞いた
「何を、どこまで覚えてる?」
「何から何まで」
「初めから終わりまで」
ロベリアは深く深くため息を吐いた。
「私もさ。すべてを覚えてる。シンデレラが来たあの夜も、鳥に目を潰され、それが原因で感染症に。……最初にカトレアが死んで、それからパトリシア。そして私は一人で死んだ。母親より先に死ぬなんて、全く親不孝な子たちだよ」
「申し訳ございません、お母さま」
涙ぐむ母にされるがまま抱きしめられる。ずっと前、十数年も前の話だ。私たちはみんな死んだ。痛みに苦しみながら、暗い世界に怯えながら。どうしてこんな風に死ななければならなかったのかと自問自答し、小鳥を憎み、シンデレラを妬み、不義の子をもうけた父を恨み、そうして自分の浅慮を悔いた。
もっと私が聡明なら、こんな風にはならなかったのではないか。シンデレラと仲良くやっていればこんな風にならなかったのではないか。
「それで、お母さま! これからどうするおつもりですか!」
「どう、とはどういう意味、パトリシア」
「シンデレラのことよ! いくらお父様と血が繋がっているとはいえ、不義の子! それも将来私たちはみんなあの子のせいで死んでしまうのよ! 早く追い出しましょう! 私は嫌! あんな最期! 今度こそ幸せになるって決めてたのに、あの子は結局また現れた……!」
「落ち着いてお姉さま」
「落ち着けないわよ! あの子を見るだけで悪寒がする! 目が痛くなる! 身体が痛くなる! 私はあの子が怖くて仕方がない! 悪魔の子だわ!」
いつも高飛車で堂々としている姉は今まで見たこともないほど狼狽え、叫んだ。いや、実際は初めてではない。シンデレラが王太子と結婚してからの彼女はいつもこうだった。
何も見えずとも、人が離れていこうとも、パトリシアは炎のようにその怒りを燃やし、尽きない恨みを滾らせた。私もまたそうだ。そうして私たちは、死んでいった。
「ねえ私たちの何がいけなかったの? それなりに、それなりに暮らしてきたわ。それこそ、前回のようなことが怖かったから、振る舞いだってずっと控えめにした。良い令嬢であろうとしたわ。でもこれよ! 結局アイツは来た! これからあれは、私たちを壊していくわ!」
目に涙を浮かべ言う彼女に、かける言葉もない。パトリシアの肩に置こうとした手はそのまま空を掻いた。
私だって怖いのだ。
正直、パトリシアと同じ気持ちだった。
私たちは、慎ましく生きてきた。高望みはせず、悪目立ちもせず、そこそこの貴族令嬢としてそれなりにやってきた。けれど私たちの行いに拘わらず、私たちの日常を粉々にしていくだろう彼女は、結局現れた。
私たちがどれだけ良い子でいようと、父は不倫をするし、事故に遭うし、死ぬ。
私たちがどれほど行動を変えようとも、この時このタイミング、必ずシンデレラはこのデルフィニウム男爵家に足を踏み入れることとなるのだ。
この世に神などいない。
「……落ち着きなさい、パトリシア」
「落ち着くだなんて、」
「泣くのはおやめなさい!」
パトリシアの頬を引っぱたくような母の怒号が飛ぶ。あまりの珍しさに私は息を飲み、泣きわめいていたパトリシアも言葉を失った。
実家も旧い貴族の家である母が声を荒らげたことはない。そう、私たちが死んだ前回ですらそうだった。母はその気位の高さを貫禄を、決して失わず、気高い貴婦人であり続けた。そんな彼女が今仁王立ちでパトリシアを叱り飛ばした。
「お前が泣いて何になるというの。今更嘆いて何になるというの。そんなもの何の役にも立たない。野良犬にでも食わせておきなさい」
「……お母さま。お母さまは恐ろしくないのですか? シンデレラが、この2回目の人生における現状が」
「恐ろしいわ。恐ろしいですとも。けれど恐れていても何も打開されない。今起きたことがなくなるわけでもない。でもこれからは変えられる。わかるわね、1回目の人生から逃れようとした賢い子」
恐ろしいと言いながら、彼女の声色のどこにも恐怖など浮かんでいなかった。けれど私の頬を撫でて語り掛けた時、彼女の手が冷え切っていることに気が付いた。緊張し強張り、氷水に晒されたような手。
「未来は変えられる。あなたは変わった」
「……ええ、恐ろしかったのです。とにかく私は、前回と同じ人生を送らないようにしたかったのです」
幼いころから、私は必死だった。前回のように、無残に死にたくなかった。幸福になりたいとは言わない、贅沢をしたいとは言わない。私はただ、生きていることを許されたかった。
「パトリシア、お前も変わるの。このままじゃきっと、前回と同じようになる」
「変わるって、変わるって何? 私は私よ。……今更、私が何になれるの」
姉はもう叫んだりはしなかった。けれど項垂れるように、呟く。
「私はカトレアとは違う。今が2回目の人生ってわかってた。でも私は、私が死んだ1週目を信じたくなかった。お父様は私たちに優しかった。不倫なんてしてない、今回はシンデレラなんていないって、言い聞かせてた。……でも結局、こうよ」
呻くように言葉を溢すパトリシアに、思わず目をそらしてしまった。
早々に見切りをつけ、父を信じることも期待することもなく、第二の人生のために奔走した私の薄情さが際立つ。
「お前にもできることがあるわ」
再び目の淵に涙をためるパトリシアを勇気づけるようにロベリアはしっかりと手を握った。
しっかりと目線を合わせ、諭すように口を開く。
「シンデレラと仲良くなさい」
「……は?」
「えっ」
「シンデレラと、仲良くなさい」
耳を疑い単発の発声しかできなかった私たちに、ロベリアはもう一度ゆっくりと繰り返した。
「……え、いや、聞こえてなかったわけではありません、お母さま」
聞こえてはいる。しっかりと。ただ聞こえたうえで耳を疑ってしまったのだ。
だがあまりに衝撃的すぎて、想像もしない提案で上手く言葉が出てこない。
言っている意味はわかるのに、言っている意味がわからない。
「……シンデレラトナカヨクナサイ」
パトリシアの言語中枢が破壊された。
けれどパトリシアの気持ちもよくわかる。
突然我が家に乱入してきたのはシンデレラの方だ。幸せな家庭に暗雲を持ち込み、そうして1年もしないうちに私たちから光を奪い、最終的に死に至らせる。もはや死神と言っても過言ではない。死神そのものだ。
死神と仲良くしなさいってあまりにもハードルが高すぎはしないかお母さま。
「な、ななな仲良く!? お母さま正気!? 私たち、私たちあいつのせいで死んだのよ! 苦しくて、痛くて、寒くて! それ、それなのに私、私にあれと仲良くしろって言うの!?」
「そうではないわパトリシア」
「いやそうでしょう!?」
その時、扉の向こうで物音がした。他人払いをしたはずのこの部屋に近づく使用人はいない。となれば扉の向こうにいるのは一人しかいない。
まるで恐怖小説の一幕のように部屋から音が消え、皆一様に扉に視線が集まる。
我に返った私が恐る恐るドアノブに手をかけ扉を開ける。するとそこには来客用の寝間着姿のシンデレラがいた。
「も、申し訳ありませんっ」
「……どうして謝るんです。どうかしましたか? 寝られませんでしたか?」
不安げに青い目を揺らし、口元に手を添える彼女は、何も知らなければ実に無垢な美しい少女だ。
だがその正体が私達に死を運ぶ死神だということを痛いほど知っている。
「その、お手洗いに行ったら、元居た部屋がわからなくなってしまって……。それで明りが付いていて、お姉さまたちの声が聞こえたので、ついこちらに」
「騒がしくしてごめんなさい。何か聞こえました?」
「いえ、扉が閉まっていたので、人の声がしていることだけ」
「そう。……説明不足でした。もし部屋から出るときは扉の内側のテーブルのベルを鳴らしてください。使用人の誰かが来てくれます。私たちもあなたの力になりたいのですが、ずっといられるわけではありません。使用人たちのことも頼ってください」
さっと据え置きのベルを鳴らすと、廊下の向こうから足音が聞こえてきた。
「慣れない環境で大変かもしれませんが、今はとにかくゆっくり寝て休みなさい。ここはもうあなたの家。緊張しなくていいし、わからないことがあればいつでも頼りなさい」
「カ、カトレアお姉さま……!」
「おやすみなさい、シンデレラ。良い夢を」
ニッコリと余所行きの笑顔でシンデレラのプラチナブロンドを撫でる。
現れたメイドにシンデレラを預けとっとと部屋の扉を閉め、遠ざかる足音に耳を澄ませた。
「……こんな感じでよろしいですか、お母さま」
「エクセレント。素晴らしいわカトレア」
自分なりの全力の“良いお姉さまムーブ”は無事及第点だったらしい。だがしかし、慣れない行動言動に尻の座りが悪すぎた。
そして私より拒否反応の激しいパトリシアはもう目を剥き卒倒せん勢いだ。顔色は青白く、袖から覗く手首には鳥肌が立っている。
「お、おおおお母さま!? 私にも、あれをやれと!?」
「やりなさい」
「できると思う!?」
「やらなきゃ死ぬわ」
取り付く島もない。実際その通りなのだが、慈悲がなさすぎる言葉選びだ。地獄か。
「いい? あの子を家族だとか、義妹だとか思う必要はないわ」
「じゃあなおさらこの家にいるのが許せないわ!」
「いいこと? あれは王太子妃よ」
パトリシアの動きが止まる。
王太子妃。
今はただの小娘だが、数か月先、王家が主催する舞踏会でシンデレラは見初められ、男爵家の庶子から王太子妃にまで一気に位を駆けあがるのだ。
もしこの私たちの現実が、前回と同じ道筋を辿るなら、間違いなく彼女は王太子妃となる。
「私たちは、彼女の価値を知っている。今のうちに恩を売りなさい」
「恩って……」
「余計なプライドは捨てなさい。王太子妃がしばらくの間我が家に泊まりに来てるとだけ考えなさい。家族という立場を振りかざして、末永く甘い汁を吸えるようにするのよ」
「力強いですお母さま」
転んでもただでは起きないというか。今回ばかりは殺されてなるものか、と思いつつもプラスアルファを得ようとするその精神には感服だ。生き残れさえすれば私たちは王太子妃、ゆくゆくは王妃の親類という立場が得られるのだ。
「ハイリスク、ハイリターン、ですね」
「ハイリスクのリスクがあまりにも高すぎるわ!」
雄叫びに似た悲鳴を上げるパトリシア。
リスクは高すぎるが、もはや私たちには逃げ出すすべがないのだ。
男爵は死に、シンデレラが現れた。今夜から物語は始まるのだ。生と死を反復横跳びするような物語からとっととおさらばしたいが、そうもいかない。
何をしなければ私達はきっと死ぬ。シンデレラの踏み台となって、惨めに死ぬ。
どうせ死ぬなら、足掻いてから死んだ方が遥かにマシではないだろうか。
「パトリシア、カトレア、状況は理解したわね」
「ええ、もちろん」
とうに生き残るために覚悟を決めていた私と違い、しぶしぶと頷いたパトリシアの頭をロベリアは優しく撫で、声を潜めて宣言した。
「今日から我が家は生存ドクトリンを取るわ。第1に、決してシンデレラを心身ともに傷つけないこと。決して恨まれないよう、彼女の怒りを買わないよう、私たちは彼女の「良き母」「良き姉」を演じる。第2に、シンデレラが王太子と結婚できるようサポートをする。一刻も早くこの家を出て行ってもらうためよ。舞踏会後は円滑に王太子と結婚させる。第3に、シンデレラの周りにいる畜生……主に鳥には極力近づかないこと。片端から丸焼きにしてやりたいところだけど、できる限りは黙認するのよ。……誰も光を失いたくはないでしょう」
思わず目元に手が行ってしまった。
我に返ってパトリシアを見ると私と同じポーズで歯を食いしばっていた。病気で死ぬときも苦しかったが、鳥に襲われる恐怖の方がはるかにトラウマになっていた。襲い来る白い影、周囲の悲鳴、血の赤、痛み。思い返しても恐怖で吐き気がする。おかげで爽やかなはずの早朝の小鳥の声は地獄のラッパに聞こえるし、恨みのあまり好物は鳥の丸焼きになった。
項垂れる私たちをロベリアは強く抱きしめた。
「いいこと可愛い子たち。今度こそ必ず生き残るのよ。私より先に死ぬなんて親不孝、もうやめて頂戴」
潤んだ声に母を見上げる。
初めてロベリアが泣いているのを見た。
泣いていたこともあったかもしれなかったが、1周目はついぞそれを網膜に映すことはなかった。
二度目の生を受けてから、私はただ生き残ることだけを一人考えてきた。光を失わないため、見ることのできなかった未来を生きるため。そのために努力を惜しまなかった。
けれど家族も同じ記憶を持っていると知った今、決意は強固なものとなった。
不幸せな未来など変えてやろう。
どうかシンデレラ、幸せになってくれ。
そして私たちが幸せになることを見逃してくれ。
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