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ぼくの恋は盛大な喀血と共に
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ぼく、久坂イツキには好きな人がいる。
隣の家に住む、六つ年上の女の人だ。
少し色素の薄い髪に真っ白な肌、顔立ちは幼くて小柄。くりっとした茶色の目は見るものを虜にする、とぼくは思っている。
小さなころから知ってる、お隣のお姉さん。
「あっ、イツキ君おはよゴファッ!」
「ハルさん!わかったから!わかったから落ち着いて!とりあえずその血を拭いて!それからおはよう!」
ぼくの大好きなお隣のお姉さん、高杉ハルさんは極度の虚弱体質だ。
転べば骨折、ぶつかれば出血、腕を掴めば内出血、テンションが上がれば大喀血。
もはやどのような身体をしているのか素人のぼくにはわからない。ただ昔から病院にずっといて、高校くらいからようやく学校に行けるようになったらしい。小さなころは向かいの病院で常に入院していて、そこが彼女の家なのだとぼくが勘違いするほどだった。
ぼくにとっては魅力的な彼女だが、知人曰く、明るい髪色に、死体のように白い肌、合法ロリ、その姿はみる者全てを心配させる、らしい。
ちょっとなにを言っているのか理解できないし、彼は見る目がないようだがとりあえず何やら悪口のように聞こえたのでシバキ倒しておいた。
ぼくはハルさんが好きだ。
ハルさんは可愛い。
肌は白いし手足は細い、笑顔は可憐な花のようで、ふわふわとした天然なところはもう天使としか言いようがない。何がを愚痴ったり文句を言ったりすることはなく、聡明で優しい人だ。どう考えても天使が間違って人間として生まれたとしか思えない。
立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花、だ。たとえ血に塗れていたとしても、それすらも愛嬌のように感じられる。人は痘痕もえくぼと言うけど、可愛いものは可愛い。
それからハルさんは照れ屋だ以上に照れ屋だ。彼女の照れ屋は並大抵の照れ屋ではない。
照れる、と言えば顔が赤くなったり、耳が赤くなったり、視線を逸らしたり、唇を噛んでみたり……その様相は人それぞれだ。
そして言わずもがな、極度の虚弱体質のハルさんだ。
「ちょ、そんな褒めても何もでないってゲホォッ!」
「ハルさん!!」
大喀血である。
何も出ないどころか盛大に血が出る。
顔が赤くなるどころか赤くなるのは口元で、顔は真っ青だ。
普段から出血喀血吐血を繰り返しているハルさんだが、照れるときはいっそうひどい。
三回に一度は吐血、もしくは喀血後に意識を飛ばす。
初めて吐血しながら気絶する彼女を見たのは小学生のころだが、それは今でもトラウマの一つだ。
日常的に吐血と気絶を繰り返す彼女のおかげでぼくの気道確保の的確さや応急処置および救急車の手配の手際はもはや救急隊員レベルだ。救急隊員たちとは顔見知りであり、呼ぶたびにまたお前らか、という顔をされる。
そんなわけで不用意に褒めるとハルさんは簡単に命の危機に陥るため慎重に褒めるべき点を吟味して褒めなければならない。もちろん、褒めないという選択肢はない。褒める点がこれでもかとあるのだ、崇める、いや褒めずにはいられない。
なんとか照れさせることなく本心からの褒め言葉を受け取ってもらおうと頑張っていたこともあった。
それは突然褒めるのではなく、なんとなく今から褒めるよー、みたいな雰囲気を出したり、その前に今から褒めるけどいい?と伺い建てることだ。さきに褒められる心の準備をしてもらっていれば吐血や喀血するほど照れないと考えたのだ。
しかし思惑はまったく外れた。
「今から褒めるけど心の準備はいい?」
「え、え?イツキくん?褒めるって私なんか褒められる点なんて何もガフッ!」
「ハルさん!?ぼくまだなにも言ってないよ!」
褒める前に大喀血。いわく、突然褒められても驚きと照れくささで吐血喀血してしまうが、さきに褒められることを予告されると恥ずかしさと居た堪れなさに意識を保っていられない、と。
異常というレベルの恥ずかしがりやのハルさんは尋常なく可愛いし魅力的だ。ウルトラ可愛い。可愛い。ハルさんは可愛い。つまり可愛いとはハルさんなのだ。
常日頃から吐血喀血をお供にしているハルさんだが気絶するのは照れる時だけだ。
それ以外は血を吐きながらも意識を保てている。なのでぼくがハルさんを褒めるのは病院の側にいる時だけだ。褒めたいという衝動とハルさんに無理をさせたくないという葛藤の末の折れどころである。
ぼくはハルさんが好きだ。
ぼくとハルさんには超えようのない年の差という壁がある。
六つ離れているぼくたち。ぼくが生まれたとき、ハルさんは小学生で。ぼくが小学校に入ったときハルさんは中学生で。ぼくが中学生のとき、ハルさんは体調のために留年していたが高校生だった。いつまでたっても、同じ土俵に上がれない。
ハルさんはぼくのことを子供のようにしか見えていない。よく言っても可愛い年の離れた弟、というところだろう。照れれば彼女は彼女なりに盛大に照れてみせるが、それはぼくが褒めたから、というわけではないだろう。
要するに、どこまでも脈ナシである。
いくらぼくが褒めようとも、肝心の彼女は三分の一で気を失ってるし、せいぜいシスコンのように思われている気がする。相手にされる以前に、アピールすることすらままならない。
ならばもういっそ褒めたり気を使ったり、そういうアピールよりもストレートに思いを伝えた方がいいかもしれない。
昔なら彼女はショタコンのように扱われてしまうかもしれなかったが、幸い今ぼくは高校生で、ハルさんは大学生である。ハルさんには悪いが、留年したり浪人してくれたおかげで、来年には初めて同じ土俵に上がれる。ぼくはハルさんの通う学校に進学するつもりだ。彼女の虚弱体質を何とかしたいがために小さなころから医者を目指していたため、学力には問題ない。なおハルさんの通う学校には医学部も併設されている。もう運命という言葉だけでは足りない。
そんなわけで、今なら別に六つ離れてていても大した問題ではない。未成年と言えどもう法律上は結婚ができる年齢、もうぼくらの間を阻む壁はないに等しい。
もう遠慮躊躇なく、堂々とハルさんを押していくことができる。押して押して押しまくって、ハルさんが折れる形となっても良いから、恋人という座をなんとか射止めたい。
遠回りなどやめて積極的にいくべき。照れ屋な彼女が照れて喀血して気絶するだけの暇を与えない勢いで思いを伝えるのだ。すくなくとも憎からず思われている自信はある。
そんな風に思っていた時期がぼくにもあった。
しかし現実はそう甘くない。
思い立てば吉日とばかりに割かし体調のよさそうな日を選んでハルさんを突撃した。
「は、ハルさん。ちょっと時間いいかな?」
「イツキくん……?かしこまってどうしちゃったのゴパァッ!」
「ハルさんだからぼくまだ何にも言ってないよ!?なんで照れちゃったの!?」
「な、なんで、だろ……、」
「ハルさーん!!」
そのままハルさんの意識はブラックアウト、救急車呼び出しのいつものパターンだ。
まだ何もぼくは言ってない。
なにが原因かと思えば、話し出す前のぼくの雰囲気にあるらしいことが回数を重ねて判明した。
心の中では崇拝する勢いでハルさんへの愛を語っているが、それを本人に伝えるとなるとやはり勝手が違う。ハルさんが照れる前にぼくが照れてしまっていたのだ。それを普段のぼくの褒め言葉で、そういった雰囲気を読み取る能力がカンストしてしまっているらしい。よってぼくが照れてるのに気づき、これから二人とも盛大に照れる、恥ずかしがるような事態が発生するのだと、ハルさんは察してしまい、意識を手放すという現実逃避行動を無意識のうちに取っているらしい。恐怖は伝染するというが、照れくささも伝染するものだ。
ならばまずさきにぼくが照れないようにしなくては、と思うもののまったくうまくいかない。速攻で照れてしまう。むしろ本人を前にせず、頭でシミュレーションしただけで赤面するレベルだ。
なんとか悟られないようにあの手この手で挑んだものの、悉く頓挫。確実なのは、手紙を書くなど形に残る媒体で思いを伝えることだが、そんななよなよしい事をするつもりはない。ただ今までで一番ひどかったのは悟られる前に、と物陰から飛び出して考える暇さえ与えずに告白する、というものだった。しかし結果は告白する云々の前に、突然物陰から飛び出したぼくにめちゃくちゃ驚いたハルさんが驚愕、大喀血からの気絶のフルコンボを一秒と経たない間にキメてしまった。
もう正攻法で行こう、とハルさんの写真相手に愛の告白を繰り返すこと三か月。なんとか様になり、ピンク色のフワフワした雰囲気をしまい込むことに成功し、真面目な雰囲気を醸し出すことが可能になった。真摯で誠実なハルさんのことだ、ぼくが真面目な顔と雰囲気で、まるで悩みを打ち明けるように声を掛ければ心配しながらも、ぼくの本意に気づくことは万に一つもないだろう。真面目に話を聞こうと頭がクリアになって集中しているところにぼくの思いを伝えればいい。ハルさんのオート現実逃避機能が起動する前に脳の情報処理が先にすむだろう。そうすれば少なくともぼくの思いをハルさんに知ってもらえる。
完璧だ。
「ハルさん。実はハルさんに話したいことがあるんだ。」
「なあに?何か困ったことでもあるの?私で良ければ相談に乗るよ。」
予想通りの反応に多少の申し訳なさを感じるが、折角のチャンスをみすみす逃すわけにはいかない。
「それが、ぼくはハルさんのこ、」
「ッガハァ!」
「ハルさんなんで!?」
この上なく真面目な雰囲気。桃色の空気は霧散させていたはず。
しかしぼくの一世一代の愛の告白を盛大に遮ったのは他に類を見ないほどの大喀血だった。
そのまま気を失ったハルさんの気道を確保し救急車を呼び回復体位に寝かせてから、こっそりと項垂れた。
完璧だったはず。それだけの努力をした。
だがぼくは悟った。
ぼくの成長速度よりずっとハルさんの現実逃避機能の成長速度の方が早かったのだと。
「……もう諦めようかな。」
女々しくもそうつぶやくが、白い顔で横たわるハルさんの寝顔を見てまた恋に落とされたためハルさんはもしかしたらぼくに魅了の魔法か何かを掛けているのかもしれない。
ぼくの大好きな人は極度の虚弱体質だ。
ぼくの恋路は常に彼女の出血吐血喀血で血に塗れているけれど、愛しの彼女のためなら何のその。
恋路を邪魔する盛大な喀血に立ち向かいながら、ぼくは只管ハルさんの恋人の座を必死に狙いのだ。
目下のライバルはハルさんの大学の男でも近所の男でも病院関係者でもなく、彼女の野性的な現実逃避能力そのものになりそうだ。
隣の家に住む、六つ年上の女の人だ。
少し色素の薄い髪に真っ白な肌、顔立ちは幼くて小柄。くりっとした茶色の目は見るものを虜にする、とぼくは思っている。
小さなころから知ってる、お隣のお姉さん。
「あっ、イツキ君おはよゴファッ!」
「ハルさん!わかったから!わかったから落ち着いて!とりあえずその血を拭いて!それからおはよう!」
ぼくの大好きなお隣のお姉さん、高杉ハルさんは極度の虚弱体質だ。
転べば骨折、ぶつかれば出血、腕を掴めば内出血、テンションが上がれば大喀血。
もはやどのような身体をしているのか素人のぼくにはわからない。ただ昔から病院にずっといて、高校くらいからようやく学校に行けるようになったらしい。小さなころは向かいの病院で常に入院していて、そこが彼女の家なのだとぼくが勘違いするほどだった。
ぼくにとっては魅力的な彼女だが、知人曰く、明るい髪色に、死体のように白い肌、合法ロリ、その姿はみる者全てを心配させる、らしい。
ちょっとなにを言っているのか理解できないし、彼は見る目がないようだがとりあえず何やら悪口のように聞こえたのでシバキ倒しておいた。
ぼくはハルさんが好きだ。
ハルさんは可愛い。
肌は白いし手足は細い、笑顔は可憐な花のようで、ふわふわとした天然なところはもう天使としか言いようがない。何がを愚痴ったり文句を言ったりすることはなく、聡明で優しい人だ。どう考えても天使が間違って人間として生まれたとしか思えない。
立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花、だ。たとえ血に塗れていたとしても、それすらも愛嬌のように感じられる。人は痘痕もえくぼと言うけど、可愛いものは可愛い。
それからハルさんは照れ屋だ以上に照れ屋だ。彼女の照れ屋は並大抵の照れ屋ではない。
照れる、と言えば顔が赤くなったり、耳が赤くなったり、視線を逸らしたり、唇を噛んでみたり……その様相は人それぞれだ。
そして言わずもがな、極度の虚弱体質のハルさんだ。
「ちょ、そんな褒めても何もでないってゲホォッ!」
「ハルさん!!」
大喀血である。
何も出ないどころか盛大に血が出る。
顔が赤くなるどころか赤くなるのは口元で、顔は真っ青だ。
普段から出血喀血吐血を繰り返しているハルさんだが、照れるときはいっそうひどい。
三回に一度は吐血、もしくは喀血後に意識を飛ばす。
初めて吐血しながら気絶する彼女を見たのは小学生のころだが、それは今でもトラウマの一つだ。
日常的に吐血と気絶を繰り返す彼女のおかげでぼくの気道確保の的確さや応急処置および救急車の手配の手際はもはや救急隊員レベルだ。救急隊員たちとは顔見知りであり、呼ぶたびにまたお前らか、という顔をされる。
そんなわけで不用意に褒めるとハルさんは簡単に命の危機に陥るため慎重に褒めるべき点を吟味して褒めなければならない。もちろん、褒めないという選択肢はない。褒める点がこれでもかとあるのだ、崇める、いや褒めずにはいられない。
なんとか照れさせることなく本心からの褒め言葉を受け取ってもらおうと頑張っていたこともあった。
それは突然褒めるのではなく、なんとなく今から褒めるよー、みたいな雰囲気を出したり、その前に今から褒めるけどいい?と伺い建てることだ。さきに褒められる心の準備をしてもらっていれば吐血や喀血するほど照れないと考えたのだ。
しかし思惑はまったく外れた。
「今から褒めるけど心の準備はいい?」
「え、え?イツキくん?褒めるって私なんか褒められる点なんて何もガフッ!」
「ハルさん!?ぼくまだなにも言ってないよ!」
褒める前に大喀血。いわく、突然褒められても驚きと照れくささで吐血喀血してしまうが、さきに褒められることを予告されると恥ずかしさと居た堪れなさに意識を保っていられない、と。
異常というレベルの恥ずかしがりやのハルさんは尋常なく可愛いし魅力的だ。ウルトラ可愛い。可愛い。ハルさんは可愛い。つまり可愛いとはハルさんなのだ。
常日頃から吐血喀血をお供にしているハルさんだが気絶するのは照れる時だけだ。
それ以外は血を吐きながらも意識を保てている。なのでぼくがハルさんを褒めるのは病院の側にいる時だけだ。褒めたいという衝動とハルさんに無理をさせたくないという葛藤の末の折れどころである。
ぼくはハルさんが好きだ。
ぼくとハルさんには超えようのない年の差という壁がある。
六つ離れているぼくたち。ぼくが生まれたとき、ハルさんは小学生で。ぼくが小学校に入ったときハルさんは中学生で。ぼくが中学生のとき、ハルさんは体調のために留年していたが高校生だった。いつまでたっても、同じ土俵に上がれない。
ハルさんはぼくのことを子供のようにしか見えていない。よく言っても可愛い年の離れた弟、というところだろう。照れれば彼女は彼女なりに盛大に照れてみせるが、それはぼくが褒めたから、というわけではないだろう。
要するに、どこまでも脈ナシである。
いくらぼくが褒めようとも、肝心の彼女は三分の一で気を失ってるし、せいぜいシスコンのように思われている気がする。相手にされる以前に、アピールすることすらままならない。
ならばもういっそ褒めたり気を使ったり、そういうアピールよりもストレートに思いを伝えた方がいいかもしれない。
昔なら彼女はショタコンのように扱われてしまうかもしれなかったが、幸い今ぼくは高校生で、ハルさんは大学生である。ハルさんには悪いが、留年したり浪人してくれたおかげで、来年には初めて同じ土俵に上がれる。ぼくはハルさんの通う学校に進学するつもりだ。彼女の虚弱体質を何とかしたいがために小さなころから医者を目指していたため、学力には問題ない。なおハルさんの通う学校には医学部も併設されている。もう運命という言葉だけでは足りない。
そんなわけで、今なら別に六つ離れてていても大した問題ではない。未成年と言えどもう法律上は結婚ができる年齢、もうぼくらの間を阻む壁はないに等しい。
もう遠慮躊躇なく、堂々とハルさんを押していくことができる。押して押して押しまくって、ハルさんが折れる形となっても良いから、恋人という座をなんとか射止めたい。
遠回りなどやめて積極的にいくべき。照れ屋な彼女が照れて喀血して気絶するだけの暇を与えない勢いで思いを伝えるのだ。すくなくとも憎からず思われている自信はある。
そんな風に思っていた時期がぼくにもあった。
しかし現実はそう甘くない。
思い立てば吉日とばかりに割かし体調のよさそうな日を選んでハルさんを突撃した。
「は、ハルさん。ちょっと時間いいかな?」
「イツキくん……?かしこまってどうしちゃったのゴパァッ!」
「ハルさんだからぼくまだ何にも言ってないよ!?なんで照れちゃったの!?」
「な、なんで、だろ……、」
「ハルさーん!!」
そのままハルさんの意識はブラックアウト、救急車呼び出しのいつものパターンだ。
まだ何もぼくは言ってない。
なにが原因かと思えば、話し出す前のぼくの雰囲気にあるらしいことが回数を重ねて判明した。
心の中では崇拝する勢いでハルさんへの愛を語っているが、それを本人に伝えるとなるとやはり勝手が違う。ハルさんが照れる前にぼくが照れてしまっていたのだ。それを普段のぼくの褒め言葉で、そういった雰囲気を読み取る能力がカンストしてしまっているらしい。よってぼくが照れてるのに気づき、これから二人とも盛大に照れる、恥ずかしがるような事態が発生するのだと、ハルさんは察してしまい、意識を手放すという現実逃避行動を無意識のうちに取っているらしい。恐怖は伝染するというが、照れくささも伝染するものだ。
ならばまずさきにぼくが照れないようにしなくては、と思うもののまったくうまくいかない。速攻で照れてしまう。むしろ本人を前にせず、頭でシミュレーションしただけで赤面するレベルだ。
なんとか悟られないようにあの手この手で挑んだものの、悉く頓挫。確実なのは、手紙を書くなど形に残る媒体で思いを伝えることだが、そんななよなよしい事をするつもりはない。ただ今までで一番ひどかったのは悟られる前に、と物陰から飛び出して考える暇さえ与えずに告白する、というものだった。しかし結果は告白する云々の前に、突然物陰から飛び出したぼくにめちゃくちゃ驚いたハルさんが驚愕、大喀血からの気絶のフルコンボを一秒と経たない間にキメてしまった。
もう正攻法で行こう、とハルさんの写真相手に愛の告白を繰り返すこと三か月。なんとか様になり、ピンク色のフワフワした雰囲気をしまい込むことに成功し、真面目な雰囲気を醸し出すことが可能になった。真摯で誠実なハルさんのことだ、ぼくが真面目な顔と雰囲気で、まるで悩みを打ち明けるように声を掛ければ心配しながらも、ぼくの本意に気づくことは万に一つもないだろう。真面目に話を聞こうと頭がクリアになって集中しているところにぼくの思いを伝えればいい。ハルさんのオート現実逃避機能が起動する前に脳の情報処理が先にすむだろう。そうすれば少なくともぼくの思いをハルさんに知ってもらえる。
完璧だ。
「ハルさん。実はハルさんに話したいことがあるんだ。」
「なあに?何か困ったことでもあるの?私で良ければ相談に乗るよ。」
予想通りの反応に多少の申し訳なさを感じるが、折角のチャンスをみすみす逃すわけにはいかない。
「それが、ぼくはハルさんのこ、」
「ッガハァ!」
「ハルさんなんで!?」
この上なく真面目な雰囲気。桃色の空気は霧散させていたはず。
しかしぼくの一世一代の愛の告白を盛大に遮ったのは他に類を見ないほどの大喀血だった。
そのまま気を失ったハルさんの気道を確保し救急車を呼び回復体位に寝かせてから、こっそりと項垂れた。
完璧だったはず。それだけの努力をした。
だがぼくは悟った。
ぼくの成長速度よりずっとハルさんの現実逃避機能の成長速度の方が早かったのだと。
「……もう諦めようかな。」
女々しくもそうつぶやくが、白い顔で横たわるハルさんの寝顔を見てまた恋に落とされたためハルさんはもしかしたらぼくに魅了の魔法か何かを掛けているのかもしれない。
ぼくの大好きな人は極度の虚弱体質だ。
ぼくの恋路は常に彼女の出血吐血喀血で血に塗れているけれど、愛しの彼女のためなら何のその。
恋路を邪魔する盛大な喀血に立ち向かいながら、ぼくは只管ハルさんの恋人の座を必死に狙いのだ。
目下のライバルはハルさんの大学の男でも近所の男でも病院関係者でもなく、彼女の野性的な現実逃避能力そのものになりそうだ。
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