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小学生
支配する
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「自由……って、」
自由とは、なんであろうか。
先ほど落ち着いて冷めたはずの頭が、じんじんと痺れていく。蓮様は涙でぬれた赤い目をこちらに向けたまま動かさない。彼が望む答えとはなんであろうか。
絡まり解けない細い糸。解こうとすればするほど強く絡まり、終わりも見えない。
頭の中の糸、考えれば考えるほど思考は深みへ落ちていき、答えは見えない。
もし、その糸が今、目の前にあったとすれば。
僕は間違いなく糸を切るだろう。
「……自由にします。好きなように。」
そう言うと、目の前の彼の表情が歪む。自分でそうするように言ったくせに、辛そうに。
「……そう、だ。そうしろ。」
自身に言い聞かせるように呟き、唇を噛み俯き立ち上がり離れようと僕の背中に回していた腕を解く。
「涼……?」
離れようとした蓮様を痛くないように加減はしつつも、出来得る限りの力で左腕で抱き寄せた。
切った糸を放置することはできない。それは結んで繋げるんだ。単純思考のままに。
「自由にしますよ、好きにします。……僕は貴方の側にいます。」
「は……?」
小さく口を開け理解できないという顔をする蓮様にグッと顔を近づける。
「勝手に貴方の側にいます。お側付からストーカーにジョブチェンジです。」
「ちょ、おま、どうした、」
「どうしたもこうしたも、好きなようにするだけです。貴方がなんと言おうと僕は貴方の側にいます。」
「……それじゃあ今と変わらないだろ。」
困ったように僕を見る蓮様をキッと見返す。彼の目から、もう涙は流れていない。わずかに赤い跡を残すだけだ。
「変わります、変わりますよ。貴方はこれから僕というストーカーの陰に怯えることになります。24時間365日、年中無休でストーキングしますからっ!」
「訳わからないんだが!?いったい何がどうあってそんなぶっ飛んだ結論に至ったんだよ!!」
二人して声高になる。数十分前と変わらない状態だ。
「僕はっ貴方のことが大好きなんです、何よりも大切なんですっ!」
「んなっ……!」
「ずっとずっと、蓮様のことだけを考えて生きてきて、貴方を守るためだけに強くなって、うまく立ち回るようにしてっ……なのに今更貴方の側から離れられるわけがないでしょうっ!?」
あわあわと狼狽える蓮様の姿がぼやける。瞼から涙が一粒転げ落ちると堰を切ったように次から次へと零れていった。
顔を赤くして狼狽えていた蓮様は一変して顔を青くしながら先ほどよりもさらに慌て始める。
人前で泣くのはいったいいつぶりなのだろうか。痺れる思考にそんなことが過った。久方ぶりに溢れるそれの止め方を、僕は知らなかった。
「りょ、涼っ、」
「僕はまだまだ、弱いです。……今回だって貴方に傷がないだけで、側にいなければいけないはずの僕は側にいられなかった上に満身創痍の無様な姿晒して、全くもって不甲斐なくて恥ずかしい限りです。自分で穴掘って飛び込むレベルですっ!こんな情けない僕がまた、貴方の側にいさせてほしいなんて烏滸がましく厚顔だと理解しています、でも……、」
最早抱きしめるというより縋りつくような体で腕を掴んだ。蓮様よりも低い位置からだがしっかりと目を合わせる。僕の必死さが彼に伝わるように。
「でも、もう弱いとか情けない云々以前に、僕は貴方の側にいたいんですっ!他のことは何でもどうでもいいんです、だから、僕から貴方を取らないで下さいっ……!!」
必死でそれだけ伝えるともう前など見えないほど涙で視界が覆われた。彼がどんな表情をしているかは分からない。でも分かって欲しい、蓮様が僕の全てであること。この世の何より大事な人であることを。
貴方のいない世界の生き方を僕は知らない。
恥も外聞もなく泣きじゃくる僕を今度は蓮様が抱き締める。先程の壊れ物に触れるような躊躇いなど無い、少々粗暴とも言える手つきに一瞬呼吸も忘れる。微かにはっきりしてきた僕の視界には彼の白い肩口があった。左手の細白い指が戯れのように僕の解かれた赤い髪を掬っては落とす。鋤く手に目を向けようとするとグッと頭を肩口に埋めさせられた。
「れ、ん……様?」
「……ばーか。」
掠れ震える僕の声に答えることなく頭上から言葉を降らせる。
「ばーかばーかばーか……本当、馬鹿……。」
「あ、えっと……ごめんなさい。」
拒絶ととれる暴言に熱くなっていた心が急速に冷やされる。彼の側に居られなくなったら、僕はいったいどうすればいいのだろうか……。
「そうじゃない……分かってないのはお前のほうだっての。」
「何を……?」
尋ねると、心底呆れたようにはああ、と溜め息を吐くのでびくりと方が跳ねる。そして僕の頭を抱え込んだまま、小さな子に言い聞かせるように話し出した。
「お前さっき散々言っただろ、俺は俺の思ってる以上に大切に思われてるって。……それは涼も同じだ。周りは皆お前のことを大事に思ってる。だから光さんや千里さんはお前がお側付きになるのを反対したし、こんな怪我したお前のことを本当に心配してた。翡翠でさえかなり狼狽えてる。」
「翡翠が……?」
突然出てきた兄の名前に若干困惑する。彼はむしろ喜んでいるのでは……?
「当たり前だ、兄弟なんだから心配しないわけないだろ。まあ話してみれば良いんじゃねえの?……俺だってすげえ心配した。いつまで経っても意識戻らないし、ボロボロで死にそうだし……。」
死んじまうかと思った、と小さな声で言う蓮様にごめんなさい、とだけ返す。
また手に力が込められる。
「それでやっと意識戻ったらなんかケロッとしてるし、お側付きやめようとしないし、挙げ句ストーカーになるとか言い出すし……。」
「……僕はお側付きっていう役に固執してる訳じゃなくて、貴方の側にいられる権利が欲しいんです、んむ、」
不満げにそう呟くといつかとは逆に、僕の唇を蓮様に摘ままれ言葉を遮られてしまった。……やる方は楽しいが、やられる方はなんというか、屈辱だ。あひる口で呻くも聞く耳を持つ様子はない。
「あああ、もう、よくそんな恥ずかしいこと……いや恥ずかしいとも思ってないのか……。」
「む?」
ぼそぼそと俯きながら呟いているが、何を言っているかは分からずあひる口にされたまま伺う。地味に口が痛い。
「あのさ……正直なところ言うぞ。」
「?」
深呼吸をして、真正面からしっかりと目を合わせる。……まじめに話をするならできれば口から手を放してほしい。
「俺だってお前のこと大事だし、その、す、好きだし、出来れば近くにいたいし置いておきたい。ずっと隣にいて欲しい。……でもそれと同じくらいお前に危ないことはしてほしくない。お前をお側付きとして置いておく以上今回みたいなことは避けられない。だから俺はお側付きをやめさせたい、がお前はやめる気はないしうっかりしたら犯罪スレスレなことまでしようとする……。」
「む!」
意思は確固たるものであると主張をする。目的のためなら手段など選んではいられない。少し呆れたような顔をしつつ言葉を重ねる。
「……俺は馬鹿だ、どうしようもないくらい。お前みたいに最良の方法が分かる訳じゃない。お前のためって言って本気でお側付きをやめさせる覚悟も、多分ない。」
唇から指を離され、息つく間もなく抱き締められる。遠慮のない力に身体が軋んだ。だがそれも気にならないほど意識は彼の真摯な言葉に向けられる。
「もうお前に怪我させない。次なんてないようにする。今までお前に守られてた、でも今度は俺がお前を守れるくらい強くなる。絶対、強くなる……!お前に相応しい男になってみせる、だから、」
平時より早く打たれる彼の鼓動を感じる。彼の声だけが、僕の聴覚を支配する。
「その時まで俺にお前を縛らせてくれ……――!」
自由とは、なんであろうか。
先ほど落ち着いて冷めたはずの頭が、じんじんと痺れていく。蓮様は涙でぬれた赤い目をこちらに向けたまま動かさない。彼が望む答えとはなんであろうか。
絡まり解けない細い糸。解こうとすればするほど強く絡まり、終わりも見えない。
頭の中の糸、考えれば考えるほど思考は深みへ落ちていき、答えは見えない。
もし、その糸が今、目の前にあったとすれば。
僕は間違いなく糸を切るだろう。
「……自由にします。好きなように。」
そう言うと、目の前の彼の表情が歪む。自分でそうするように言ったくせに、辛そうに。
「……そう、だ。そうしろ。」
自身に言い聞かせるように呟き、唇を噛み俯き立ち上がり離れようと僕の背中に回していた腕を解く。
「涼……?」
離れようとした蓮様を痛くないように加減はしつつも、出来得る限りの力で左腕で抱き寄せた。
切った糸を放置することはできない。それは結んで繋げるんだ。単純思考のままに。
「自由にしますよ、好きにします。……僕は貴方の側にいます。」
「は……?」
小さく口を開け理解できないという顔をする蓮様にグッと顔を近づける。
「勝手に貴方の側にいます。お側付からストーカーにジョブチェンジです。」
「ちょ、おま、どうした、」
「どうしたもこうしたも、好きなようにするだけです。貴方がなんと言おうと僕は貴方の側にいます。」
「……それじゃあ今と変わらないだろ。」
困ったように僕を見る蓮様をキッと見返す。彼の目から、もう涙は流れていない。わずかに赤い跡を残すだけだ。
「変わります、変わりますよ。貴方はこれから僕というストーカーの陰に怯えることになります。24時間365日、年中無休でストーキングしますからっ!」
「訳わからないんだが!?いったい何がどうあってそんなぶっ飛んだ結論に至ったんだよ!!」
二人して声高になる。数十分前と変わらない状態だ。
「僕はっ貴方のことが大好きなんです、何よりも大切なんですっ!」
「んなっ……!」
「ずっとずっと、蓮様のことだけを考えて生きてきて、貴方を守るためだけに強くなって、うまく立ち回るようにしてっ……なのに今更貴方の側から離れられるわけがないでしょうっ!?」
あわあわと狼狽える蓮様の姿がぼやける。瞼から涙が一粒転げ落ちると堰を切ったように次から次へと零れていった。
顔を赤くして狼狽えていた蓮様は一変して顔を青くしながら先ほどよりもさらに慌て始める。
人前で泣くのはいったいいつぶりなのだろうか。痺れる思考にそんなことが過った。久方ぶりに溢れるそれの止め方を、僕は知らなかった。
「りょ、涼っ、」
「僕はまだまだ、弱いです。……今回だって貴方に傷がないだけで、側にいなければいけないはずの僕は側にいられなかった上に満身創痍の無様な姿晒して、全くもって不甲斐なくて恥ずかしい限りです。自分で穴掘って飛び込むレベルですっ!こんな情けない僕がまた、貴方の側にいさせてほしいなんて烏滸がましく厚顔だと理解しています、でも……、」
最早抱きしめるというより縋りつくような体で腕を掴んだ。蓮様よりも低い位置からだがしっかりと目を合わせる。僕の必死さが彼に伝わるように。
「でも、もう弱いとか情けない云々以前に、僕は貴方の側にいたいんですっ!他のことは何でもどうでもいいんです、だから、僕から貴方を取らないで下さいっ……!!」
必死でそれだけ伝えるともう前など見えないほど涙で視界が覆われた。彼がどんな表情をしているかは分からない。でも分かって欲しい、蓮様が僕の全てであること。この世の何より大事な人であることを。
貴方のいない世界の生き方を僕は知らない。
恥も外聞もなく泣きじゃくる僕を今度は蓮様が抱き締める。先程の壊れ物に触れるような躊躇いなど無い、少々粗暴とも言える手つきに一瞬呼吸も忘れる。微かにはっきりしてきた僕の視界には彼の白い肩口があった。左手の細白い指が戯れのように僕の解かれた赤い髪を掬っては落とす。鋤く手に目を向けようとするとグッと頭を肩口に埋めさせられた。
「れ、ん……様?」
「……ばーか。」
掠れ震える僕の声に答えることなく頭上から言葉を降らせる。
「ばーかばーかばーか……本当、馬鹿……。」
「あ、えっと……ごめんなさい。」
拒絶ととれる暴言に熱くなっていた心が急速に冷やされる。彼の側に居られなくなったら、僕はいったいどうすればいいのだろうか……。
「そうじゃない……分かってないのはお前のほうだっての。」
「何を……?」
尋ねると、心底呆れたようにはああ、と溜め息を吐くのでびくりと方が跳ねる。そして僕の頭を抱え込んだまま、小さな子に言い聞かせるように話し出した。
「お前さっき散々言っただろ、俺は俺の思ってる以上に大切に思われてるって。……それは涼も同じだ。周りは皆お前のことを大事に思ってる。だから光さんや千里さんはお前がお側付きになるのを反対したし、こんな怪我したお前のことを本当に心配してた。翡翠でさえかなり狼狽えてる。」
「翡翠が……?」
突然出てきた兄の名前に若干困惑する。彼はむしろ喜んでいるのでは……?
「当たり前だ、兄弟なんだから心配しないわけないだろ。まあ話してみれば良いんじゃねえの?……俺だってすげえ心配した。いつまで経っても意識戻らないし、ボロボロで死にそうだし……。」
死んじまうかと思った、と小さな声で言う蓮様にごめんなさい、とだけ返す。
また手に力が込められる。
「それでやっと意識戻ったらなんかケロッとしてるし、お側付きやめようとしないし、挙げ句ストーカーになるとか言い出すし……。」
「……僕はお側付きっていう役に固執してる訳じゃなくて、貴方の側にいられる権利が欲しいんです、んむ、」
不満げにそう呟くといつかとは逆に、僕の唇を蓮様に摘ままれ言葉を遮られてしまった。……やる方は楽しいが、やられる方はなんというか、屈辱だ。あひる口で呻くも聞く耳を持つ様子はない。
「あああ、もう、よくそんな恥ずかしいこと……いや恥ずかしいとも思ってないのか……。」
「む?」
ぼそぼそと俯きながら呟いているが、何を言っているかは分からずあひる口にされたまま伺う。地味に口が痛い。
「あのさ……正直なところ言うぞ。」
「?」
深呼吸をして、真正面からしっかりと目を合わせる。……まじめに話をするならできれば口から手を放してほしい。
「俺だってお前のこと大事だし、その、す、好きだし、出来れば近くにいたいし置いておきたい。ずっと隣にいて欲しい。……でもそれと同じくらいお前に危ないことはしてほしくない。お前をお側付きとして置いておく以上今回みたいなことは避けられない。だから俺はお側付きをやめさせたい、がお前はやめる気はないしうっかりしたら犯罪スレスレなことまでしようとする……。」
「む!」
意思は確固たるものであると主張をする。目的のためなら手段など選んではいられない。少し呆れたような顔をしつつ言葉を重ねる。
「……俺は馬鹿だ、どうしようもないくらい。お前みたいに最良の方法が分かる訳じゃない。お前のためって言って本気でお側付きをやめさせる覚悟も、多分ない。」
唇から指を離され、息つく間もなく抱き締められる。遠慮のない力に身体が軋んだ。だがそれも気にならないほど意識は彼の真摯な言葉に向けられる。
「もうお前に怪我させない。次なんてないようにする。今までお前に守られてた、でも今度は俺がお前を守れるくらい強くなる。絶対、強くなる……!お前に相応しい男になってみせる、だから、」
平時より早く打たれる彼の鼓動を感じる。彼の声だけが、僕の聴覚を支配する。
「その時まで俺にお前を縛らせてくれ……――!」
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