花咲か少女と怪物の守る庭

秋澤えで

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欠片と怪物の記憶

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「怖くなんてありませんっ!」


居た堪れなさも罪悪感も忘れて、勢いよくカロスィナトスの方を見た。


「あなたは優しい人です!とても!転ぶと心配してくれますし、森の入り口まで送り迎えしてくれます!歩くの遅いし下手だからおんぶしてくれたりしますし、普通にお話ししてくれます、し……」


途中まで言って、自分は何を言ってるんだろう、と思い始め声が小さくなる。まごうことない本心だ。何も考える間もなくついつい口から出てしまった言葉だが、本人を前にこうも言うのはどうなのだろうか。恐る恐る目を上げると、目を見開いてこちらを見ているカロスィナトスがいた。
気恥ずかしさに声が小さくなるが、頭のどこか冷静な部分が、ここで言わなければ改めていうことなどないだろうと告げていた。


「カロスィナトスは、最初会った時からずっと優しいです。街では、私が転んでも心配する人も抱き起してくれる人もいません。生贄のようにされようと、止める人はほとんどいません。……あなたはちゃんと私を人として見てくれます。モノとして扱わず、一人の人としてくれます。……優しいあなたは、怖くなんてありません。」


今度は、目を伏せずに真っ直ぐとその金目を見て言った。間違いない本心で、どうしても信じてほしかったから。最初は怖かった。でも触れてみれば怖くもない、優しい人。
角があっても、人の手じゃなくても、変わった目と髪色をしていても、牙が生えていても、カロスィナトスは優しい人だ。


「……でも、私の姿は恐ろしいだろう?角だってある、牙もある。君たちとは見た目が違いすぎる。」
「それはつまらないことです。本当に、少し違うだけで、どうでも良いことです。」


恐ろし気な姿をする怪物よりも、人間の姿をした怪物の方が、ずっと怖い。流石にそれは言えなかったが、事実だ。人畜無害な姿をした化け物の方がはるかに恐ろしい。


「私の足だって、人と違います。硬い木でできていますし、取り外しだってできます。……あなたは人と違う私が怖いですか?」
「まさか。君はどう見ても人だろう。ただの可愛い女の子だ。」
「……カロスィナトスだって同じです。普通に、人と同じものを持ってます。あなたの角も、私の足も、似たようなものですよ。」


本当に些細なことに過ぎない。


「カロスィナトスが私の左足を忌避しないのと同じように、私もあなたのその姿を嫌ったり恐れたりはしません。」


さらりと出た褒め言葉は無視して、自分の言いたいままに言う。違うことは恐ろしい。でも知ってしまえば、恐怖なんても物はない。近づいて、もっと知って、知れば知るほど、なんでもないことだと感じるのだ。
手袋の外された黒い掌が私の方へと迫るけれど、それを避けることはしない。黒い手は、優しい手だ。私のことを抱き上げてくれる。ふらつく私を支えてくれる。地面を耕す鍬を握る。蒔いた種に槌をそっと被せる。暖かくて大きな手は、私の頭をゆっくりと撫でた。慣れておらず、びくりと震えそうになる身体を抑えつけて、そのぬくもりを享受する。慣れないけれど、嫌ではないから。誰かから頭を撫でられるのは、いったいいつぶりだろうか。その記憶は遥か彼方にあった。


「ありがとう、ありがとう、パッペル。」


長い腕が伸びてきて私の身体をすっぽりと包み込んだ。加減しているようで、私が抵抗すれば簡単に振りほどけそうな力だった。抵抗をする理由はない。そして抵抗してはいけない気もした。その手が縋り付いているように見えて。包むように抱きしめられ、上に彼の頭があるのがわかる。そお、と片腕を伸ばしてその背中に手を添えてみる。少しだけ強くなった力に、それが正解であったことを知る。それ以上、どうしたら良いかわからず、少しだけ逃れさせた視線の先、ソファの隅に置かれたゴーグルと目が合った。


「私は昔、人だった。普通のどこにでもいる人間だった。」


とつとつと、カロスィナトスは語りだす。一字一句聞き逃さないよう、私は耳を傾けた。


「10年前、一人の男が奇病に罹った。」
「奇病?」
「……姿形が変化する。角が生え、牙が生え、髪色と目の色、手の色が変わる。その病を患った者は、怪物になる。」


黒い角、鋭い牙、青い髪、金の眼、黒い両手。一つ一つ確かめるように思い出す。


「館の人間の多くが逃げ出した。医者も匙を投げ、なすすべもない。治療法も何もなかった。見捨てず、看病を続けた者も、一人また一人と怪物に変わった。何をしても、無駄だった。変わったのは姿だけで、他に症状もなく、趣向や性格が変化することはない。ただ見た目だけが変わった。でも見た目が変わることで、私たちは何もできなくなった。」


いつから怪物の噂がグラオザームの街に広まったのか知らない。噂は正確な形も持たないものだ。けれどきっと、最初は街に行ったのだろう。なにか方法はないかと。誰か手助けしてくれる人はいないかと。
結果は、語るまでもない。
姿が変わることは、何もかも失うことに同義だった。人は社会で生きていく。姿形が変われば、社会で生きることはできない。


「……それからしばらくして、一人の占い師が館へ来た。」
「占い師……!?」
「占い師は森で迷ったらしく、たまたまこの館にたどり着いた。そして占い師は一晩、この館に泊ったんだ。怪物だらけの館に怯えるでもなく、嫌うでもなく。その礼にと、一つの予言をした。」


”花が咲き乱れたその時に、怪物は姿を取り戻すだろう”

それは、グラオザームに先日訪れた占い師の予言とよく似ていた。


「本当か嘘かもわからない。それでもすがる思いで占い師の言うままにしようとした。けれど、館にいた庭師はとっくに逃げ出していて、余裕がなくかまってやれなかった庭は荒れ果てていた。雑草ばかりが生え、花の一つも生えていない。花を咲かせようにも素人しかいない。花の苗や種を買いに行こうも怪物の姿では街に行けない。」


ぴたりとくっつけられた身体からどくどくと心音が聞こえる。


「……それから、10年経ってしまった。花を咲かせることもできず、他に治療法を見つけることもできず。それで、君がここに来てくれて、ようやく花を咲かせることができるかもしれないところまできた。パッペルには、とても感謝しているよ。」


それで話は終わりのようだった。しかしわからないところが多すぎる。私はカロスィナトスの腕の中でどこまで聞いて良いのか、その距離を測りかねていた。


「……なぜ、この庭は黒い土地になったんですか?」


枯れ果てただけならば、茶色の土になり、枯れて分解された草が養分となって新たに植物が芽吹く糧となる。なのにここに来た頃の庭は、街の人たちに知られているように黒い土地だった。草一本も生えていない。放置し続けていたなら、雑草ばかりが生えている状態になっているだろう。


「……この館の庭は、一度火に焼かれてしまった。」
「火に?」
「ああ、何故燃えたのか、誰かが火をつけたのか、私は知らない。……私がいない間に火が放たれた。私が戻ってきたときには庭は手の付けようがないほどに燃え広がっていた。」


幸い、館だけは燃えずに済んだと彼は言うけれど、幸いなどないだろう。頼みの綱である庭が焼けてしまえば奇病の治る望みはそれだけ薄くなる。


「……他の、この屋敷にいた人たちは、」
「大半が、半年もしないうちに逃げてしまった。感染することも、感染者自身も、怖かったんだろう。」


言葉がそこで止まった。見上げてみればカロスィナトスは窓の方を見ていた。いつの間にか雨は止んでいて、重たげだった空からは赤い日が見え始めていた。


「雨が、止んだね。」
「……はい。」
「少し作業して、日が暮れたらまたここへ戻ろう。雨あがりの晩は冷える。」


一度私の頭を片手でなで、やおら立ち上がると何事もなかったように部屋の出口へと歩いて行った。ハッとして、私もその背中を追う。急になくなった体温のせいで少し肌寒く感じた。
カロスィナトスは”大半が逃げた”と言った。ではその残りはどうしたのだろう。最初の患者と同じように、奇病に罹り人の姿を失った館の人間は、どこへ。答えになっていない答えは、言うつもりはないという意思表示だろうか。それ以上聞く気にはなれなかった。

しかし彼はまた少しだけ言葉を紡いだ。


「逃げていった。でも逃げられない者もいる。」
「……患者、ですか。」
「異形の身となった患者に、逃げ場はない。どこにも行けない。だから、」


振り向いて、私のさらに後ろにある窓に目をやった。窓の向こう側には、雨に濡れてじっとりと湿った庭があった。色を深めた庭に、芽吹いたヒマワリが見えた。


「私もみんなも、ここにいるんだ。」


微かに細められた金目が見ているもの。私はまだそれを知れない。
部屋には鉄色のペストマスクとゴーグルが残されていた。
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