花咲か少女と怪物の守る庭

秋澤えで

文字の大きさ
10 / 18

秋桜と黒い一画

しおりを挟む
森を抜けると、すぐにカロスィナトスの機嫌がいい理由がわかる。


「ヒマワリ!咲いたんですね!」


数日前から膨らんでいたヒマワリのつぼみは開き、黄色の大きな花を咲かせていた。東から上る太陽にその顔を向けている。黒い地面に鮮やかなヒマワリが立っているは圧巻だった。花開いているのはまだ一輪だけだが、ほかのつぼみたちも花開くのを今か今かと待っている。きっと小さなヒマワリ畑が満開になるのも遠くない。


「ぐんぐん育ちましたね。」
「本当だよ。あんな小さな種がこんなに大きくなるなんてね。」


背の高いヒマワリは私の背丈を越えていて、カロスィナトスとさして変わりないほどだった。何も考えず、渡された花の種をもっていきここに蒔いた。あの時私はこんなに大きな花が咲くとは想像もしていなかった。この花が一番最初。一番最初に蒔いて、一番最初に咲いた花。始まりの花だ。


「感慨深いですね。長かったような、短かったような……。」


季節は春から夏に変わった。たった三ヶ月、されど三ヶ月だ。いろいろなことが大きく変わった。
細々と家で針仕事をしていたのに、今ではほぼ毎日外へ出かけ庭仕事をしている。新しい友達ができた。自分の仕事が確立された。そこまでの道のりはあれど、どれも良い変化だったと言える。


「華やかでいいね。いかにも夏って感じがする。今までここに季節感なんてものはなかったから。」


精々感じて日の光や雪くらいだから。そう言ったカロスィナトスに目を瞬かせる。グラオザームでは一年中その季節にあった花が咲いているため、季節感がないという状態がいまいちピンと来なかった。天候よりも、花が咲き始めたり香り始めることの方がずっと季節を感じさせる。しかしよく考えれば屋敷周辺の森は背の高い常緑樹がほとんどを占めている。それに真正面にある庭は真っ黒の荒れ地。季節感のある植物は周りにはないのだと気づく。


「……じゃあ季節感持たせるために季節にあった花もたくさん植えましょうか。」
「季節にあった花?夏はヒマワリのイメージがあるけど秋とか冬とかはどうなんだろう。」
「秋ならコスモスや桔梗、冬ならデージーとかヴィオラ、スノードロップとかですかね。」
「素敵だね。……でもそれだと常に庭のどこかが枯れてる状態になってしまう。」
「それです!そのためにバラの苗を買ってきたんです。」


手押し車にのるバラを指さすがカロスィナトスはピンとこならしく小首をかしげている。
バラの苗を買ってきたのは、常に植物がある状態にしたかったからだ。ヒマワリは一年草だ。一度咲いたら種を残してそのまま枯れてしまう。
花が咲き乱れる状態、というのが私たちの最終目標だが、実際どのレベルなのかわからない。季節ごとに合わせて咲く花だと、花が咲いていない状態もあり得るのだ。冬にはデージーやスノードロップが咲くけれど夏の間その一角は咲いていない、ということになる。他の季節に咲く花も同様だ。しかしある季節に、例えば春にすべての花が満開になる庭と言うのはやはり他の季節寂しくなってしまう。そこで草本ではなく低木や灌木など、咲く季節は限られるけれど盛り以外でも枯れない系統が欲しくなる。


「咲く季節は限られますが、冬の間も枯れませんし植え直しの必要もありません。」
「なるほど。バラが咲くのは春かい?」
「はい。大体は5月くらいみたいです。あ、でも今回買ってきたのは春に咲くものですが、春夏秋冬それぞれ開花する四季バラという種類もあるみたいです。」


初めて育てるなら無難な春咲きのバラの方が良いだろうが、そのうち四季バラを育ててみたい。
この庭を花でいっぱいに。その基準はよくわからないが、枯れてしまっているよりも緑が植わっている方がまだ良いだろう。


「とりあえず、このバラに合わせてみようか。」
「合わせる?」
「詳しいことはわからないけど、これから植える花の開花時期を合わせれば、次の春には完全な満開の状態を作れるんじゃないか?」


秋にはヒマワリが枯れる。そして代わりにマリーゴールドが咲くだろう。だがそれ以降はまだ決まっていない。越冬できるものや、冬先の一年草を植え、春間近に春先の一年草を植えられれば、次の春には確かに満開の花畑を作ることができる。
一般的なガーデニングではそう言ったことは考えない。季節に合わせてその時期に咲く花を育てるだろう。しかし私たちが花を育てるのには意味が、目的がある。


「……良いですね。次の春を目指しましょう。」


チューリップ、ヒヤシンス、ポピー、ガーベラ。鮮やかな色に彩られるように願う。
私たちの目標は、来春に果たされる。



**********



10月も終わりに差し掛かったころ、夏のうちに蒔いていたコスモスが一斉に咲いた。コスモスの花言葉「野生の美しさ」という言葉の通り、コスモスはほとんど放置していても種さえ蒔けば簡単に花を咲かせる。黒い土地を耕しただけのところに蒔いた種は逞しく育ち、白、ピンク、紫、秋空によく似あう色を一面に広げていた。庭中花いっぱい、ではないが、庭の大半は花畑になっている。マリーゴールドもちょうど咲いて、庭はすっかり黒い土地を覆いつくしていた。死んだ土地、枯れた大地、その名の名残はもはやないと言ってもえ過言でない。今咲いていないのは間に合わなかった端の方の土地、白バラの木が植えられているところ、それから屋敷のすぐ前。そこだけが黒い四角に切り取られたようにぽっかりと黒い地面を晒していた。
ぼう、と黒い地面を眺める。
そこはカロスィナトスが夏の間、頑なに耕そうとしなかったところだ。理由はわからない。けれど気分とか、なんとなくとか、曖昧なものではない。カロスィナトスは確固たる意志をもって、四角い土地を残した。


「カロスィナトス、そこにもコスモスの種を、」
「ここはいいんだ。」
「屋敷の出入り口に近いからですか?」
「いや、そういうわけではないけれど。」


すこし逡巡し、言葉を選ぶように金色の眼を彷徨わせた後、藍色の眉を下げて困った風に彼は笑った。


「ここは、何も植えなくていいんだ。」


言いたくはない、けれど上手い誤魔化しの言葉も見つからない。正直なカロスィナトスらしかった。だからこそ聞けないでいる。花でいっぱいにしなくてはならないけれど、彼はその一部に決して手を加えない。

そこは黒い土地であるけれど、他の場所とは少し違った。
遠くから庭全体を見るとわかる。その四角い部分だけ、色が違うのだ。
黒は黒だが、色が微かに違う。近づいてみれば表面の土の大きさも違う。そこだけ、少し柔らかいのだ。他の地面はカチカチで、真っ黒に干からびているようなのに、その四角い土地だけ柔らかい土が表に出てきている。


「何かを、埋めた……?」


私の囁きは、せっせとあたりを耕す怪物の鼓膜へは届かなかった。誰に聞かれるでもなく、推測は空気に消えていく。いろいろと想像するけれど、それはあくまでも想像の域を出ない。少なくとも私は一度想像を盛大に外しているのだ。

この屋敷の当主たる青年が、何らかの形で怪物になった。
カロスィナトスからの言葉を借りるなら、病気により、当主の青年は怪物になってしまった。
しかしそれは外れていた。当主だった青年カタラ・ポルタ。消えてしまったカタラ・ポルタと怪物たるカロスィナトスは別人らしい。話を聞いてみると、カロスィナトスとカタラ・ポルタは知り合いだった。二人ともこの屋敷にいた。

たぶん、当主カタラ・ポルタもカロスィナトスと同じ病気にかかったのだろう。人の姿を失い、怪物へと変貌を遂げる奇病。

今、この屋敷、屋敷の周りにはカロスィナトスしかいない。他に誰も、何もいない。
けれどカロスィナトスは言った。

「異形の身となった患者に、逃げ場はない。どこにも行けない。だから、」

患者は何人もいた。どこにも逃げられない。異形は人里では暮らせない。だから、

「私もみんなも、ここにいるんだ。」


ここ、とは一体どこなのだろうか。

奇病に罹る人々。
怪物に変貌する当主。
逃げ出す人々。
与えられた予言。
燃やされた庭。
逃げられない患者たち。
いなくなった患者たち。
一人残された怪物、カロスィナトス。

一画だけ、手の加えられない土地。


いったい、どこに。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた

今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。 レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。 不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。 レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。 それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し…… ※短め

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

処理中です...