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第1章(前篇) ウインナーとキャベツのペペロンチーノ
その1
「行ってきます。今日は少し遅くなるかも」
「はいはい。行ってらっしゃい」
茶髪のロングヘアーをなびかせた妻の唯が出ていくのを見送ると、長沢聡志はテーブルの上に置いてある空になった白い皿とガラスのコップを、流し台に片付ける。白い皿には、唯が食パンにつけて食べたイチゴジャムがわずかに付着していた。そのままにしておくと固まって洗う時に手間がかかるので、聡志はすぐに水道をひねって皿を濡らした。
自分も食パンと目玉焼き、インスタントのコーンスープ、そしてホットコーヒーといういつもの朝食を終えると、食器類を流し台に運び、唯の食器と共に洗い始めた。水と洗剤がはねて、聡志の大きな黒縁メガネに飛び散る。だが、これは聡志にとって日常茶飯事であり、洗い物が済んだらメガネ拭きで丁寧に拭き取っていた。
洗い物が済んだ頃、リビングの壁に立てかけられた鳩時計が鳴った。綺麗になったメガネをつけて聡志が壁を振り向くと、鳩時計は朝の九時に針を指していた。
「よしッ」
聡志は気合いを入れるように一回手を打つと、廊下に出てすぐ東側にあるドアを開けた。その一室にはデスクトップのパソコンに、小型の複合機、そして様々な質感の紙をまとめたサンプルが置いてある。今やここが、聡志の職場なのだ。
大手広告代理店のグラフィックデザイナーから独立して、早いもので一年半が経過した。都心から三十分ほどの郊外にある二DKのマンションに引っ越したのは前職の有給休暇消化中の頃で、一室を自分の仕事部屋、もう一つの部屋は夫婦の寝室にしようと、引っ越し先を決める段階で既に唯と話し合っていた。
「三十路までお互い独身だったら結婚しような」
と、幼馴染でもあった唯に対して冗談半分で言ったのは高校の卒業式の時。お互い専門学校に進学はしたものの地元に残り、聡志はグラフィックデザイナー、唯はパティシエとして働き、仕事を生きがいにしていたら、いつの間にか三十歳になっていた。
同級生の結婚式に出席した際、唯のほうから、
「あの言葉、覚えてる?」
「ああ、覚えてるよ」
幼馴染ということが重なり、特に交際したという感覚もなく、その結婚式からちょうど一年後に結婚式を挙げた。保育園から一緒だっただけに、周囲の人間は二人の交際や結婚に大きく驚く様子はなかった。
お互いのことを分かり尽くしていることは聡志にとって都合が良く、仕事を辞めて個人事業としてデザイナーになろうとした時、唯は止めなかった。
「聡志の思うようにやったら良いよ」
結婚してわずか半年のタイミングだったので、新婚生活にと引っ越したアパートもわずか半年で引き払うことになり、挙句自身の両親や唯の家族からも心配される始末で、決して独り立ちは夢に描くほど華やかなものではなかった。
実際、企画から営業、制作まで全て一人で行っているが、割の合わない仕事もあり、最低限の利益がようやく出せているのが現状だった。それでも今の生活ができているのは、唯がパティシエとして洋菓子店で専門学校卒業から十三年も勤めてくれているからである。
「家のことは、俺がやるから」
「無理しない程度にね。家にいるって言っても、聡志だって仕事していくわけなんだし。仕事が忙しくて余裕がない時は、私だってやるから」
仕事とはいえ日中家にいるのならば家事は自分がやると、個人事業をスタートさせた日に宣言した聡志だったが、それでも唯は、聡志のことを気にかけてくれていた。
ダイニングキッチンの棚の上には結婚式の時に撮影した写真を写真立てに入れて飾っているが、仕事部屋のデスクの上にはプライベートで出かけた際にスマホで自撮りをした唯とのツーショット写真を飾っている。
一人で仕事をしている間も唯に見守られているような気持ちになっている聡志は、パソコンの電源を入れて椅子に座ると、デザインソフトを立ち上げた。そして、開業当時から続いている、スーパーマーケットのチラシ制作に取り掛かった。
「はいはい。行ってらっしゃい」
茶髪のロングヘアーをなびかせた妻の唯が出ていくのを見送ると、長沢聡志はテーブルの上に置いてある空になった白い皿とガラスのコップを、流し台に片付ける。白い皿には、唯が食パンにつけて食べたイチゴジャムがわずかに付着していた。そのままにしておくと固まって洗う時に手間がかかるので、聡志はすぐに水道をひねって皿を濡らした。
自分も食パンと目玉焼き、インスタントのコーンスープ、そしてホットコーヒーといういつもの朝食を終えると、食器類を流し台に運び、唯の食器と共に洗い始めた。水と洗剤がはねて、聡志の大きな黒縁メガネに飛び散る。だが、これは聡志にとって日常茶飯事であり、洗い物が済んだらメガネ拭きで丁寧に拭き取っていた。
洗い物が済んだ頃、リビングの壁に立てかけられた鳩時計が鳴った。綺麗になったメガネをつけて聡志が壁を振り向くと、鳩時計は朝の九時に針を指していた。
「よしッ」
聡志は気合いを入れるように一回手を打つと、廊下に出てすぐ東側にあるドアを開けた。その一室にはデスクトップのパソコンに、小型の複合機、そして様々な質感の紙をまとめたサンプルが置いてある。今やここが、聡志の職場なのだ。
大手広告代理店のグラフィックデザイナーから独立して、早いもので一年半が経過した。都心から三十分ほどの郊外にある二DKのマンションに引っ越したのは前職の有給休暇消化中の頃で、一室を自分の仕事部屋、もう一つの部屋は夫婦の寝室にしようと、引っ越し先を決める段階で既に唯と話し合っていた。
「三十路までお互い独身だったら結婚しような」
と、幼馴染でもあった唯に対して冗談半分で言ったのは高校の卒業式の時。お互い専門学校に進学はしたものの地元に残り、聡志はグラフィックデザイナー、唯はパティシエとして働き、仕事を生きがいにしていたら、いつの間にか三十歳になっていた。
同級生の結婚式に出席した際、唯のほうから、
「あの言葉、覚えてる?」
「ああ、覚えてるよ」
幼馴染ということが重なり、特に交際したという感覚もなく、その結婚式からちょうど一年後に結婚式を挙げた。保育園から一緒だっただけに、周囲の人間は二人の交際や結婚に大きく驚く様子はなかった。
お互いのことを分かり尽くしていることは聡志にとって都合が良く、仕事を辞めて個人事業としてデザイナーになろうとした時、唯は止めなかった。
「聡志の思うようにやったら良いよ」
結婚してわずか半年のタイミングだったので、新婚生活にと引っ越したアパートもわずか半年で引き払うことになり、挙句自身の両親や唯の家族からも心配される始末で、決して独り立ちは夢に描くほど華やかなものではなかった。
実際、企画から営業、制作まで全て一人で行っているが、割の合わない仕事もあり、最低限の利益がようやく出せているのが現状だった。それでも今の生活ができているのは、唯がパティシエとして洋菓子店で専門学校卒業から十三年も勤めてくれているからである。
「家のことは、俺がやるから」
「無理しない程度にね。家にいるって言っても、聡志だって仕事していくわけなんだし。仕事が忙しくて余裕がない時は、私だってやるから」
仕事とはいえ日中家にいるのならば家事は自分がやると、個人事業をスタートさせた日に宣言した聡志だったが、それでも唯は、聡志のことを気にかけてくれていた。
ダイニングキッチンの棚の上には結婚式の時に撮影した写真を写真立てに入れて飾っているが、仕事部屋のデスクの上にはプライベートで出かけた際にスマホで自撮りをした唯とのツーショット写真を飾っている。
一人で仕事をしている間も唯に見守られているような気持ちになっている聡志は、パソコンの電源を入れて椅子に座ると、デザインソフトを立ち上げた。そして、開業当時から続いている、スーパーマーケットのチラシ制作に取り掛かった。
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