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武者くん 久々なのに、激おこで、うっせーよと言うハメになる

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朝食を終えた俺は、頼子さんと二人で、手紙を書いていた。

頼子さんには、手紙が毎日のように届く。
古い友人だったり。
頼子さんの弟子を名乗る人だったり。
ちなみに、頼子さん的には、弟子とかとった覚えはなくて、同好の士、お仲間ということなのだが、周りは、頼子さんのことを頼子先生と呼ぶ。

うち、看板掲げるやら、〇〇教室やら、そういうこと、俺の知る限り、ひい爺さんの頃から、何もやってないんだけどな。
ただ、時折、わいわいとやってきて、頼子さんが言うところの女子会?で、きゃっきゃっとやっている最中に、おやつやら、サンドイッチやらを、俺が作って持っていくと、なんか妙に盛り上がって、みんな満足そうな顔して帰っていく…だけなんだけど。

頼子さんは、手仕事については、アナログな人で、返信が必要なものは、手書きで返事を返す。
でも、数が多いので、頼子さんが仕分けし終わったもので、俺が代筆しても構わないものについて、手伝っているというわけだ。
物心ついた時から、べったりくっついて離れず、今、思えば、色々と邪魔くさかったハズの俺に、こういった字の書き方含めて色々なことを根気よく教えてくれた頼子さんへの恩返しだ。

時候の挨拶。
俺が頼子さんの孫であること。
これこれの事情で代筆になってしまったことのお詫び。
頼子さんは、元気なことを近況を添えて書き、手紙を確かに頼子さんが読んだこと、頼子さんが伝えて欲しいと俺に話したことを書く。
結びの挨拶。

それから宛名書き・・・これは中学の頃から。
あて名書き大変そうだから、やろうか?と言った時、頼子さんは大喜びで、色々と教えてくれたっけ。
代筆は、大学に入ってから。
時候の挨拶なんかは、大学に入って学んだことと結び合わせると、なるほどと思うことが多くて興味深かった。

俺が書いたものを、頼子さんが目を通し、簡単に自筆で相手へのメッセージを書き加える。

こんな感じだが、最初、頼子さんの手伝いを始めた時は、相手が不愉快に思ったりしないだろうか?
そんなことを考えた。
けど・・・頼子さん曰く、評判がいいらしい。

良くわからんな。

お互い手を動かしながら、〇〇さんは?などと確認し、頼子さんが知り合いの和紙職人に頼んで送ってもらった毛筆用の便箋の上で、小筆を走らせる。

「狼偉く~ん。字が~また素敵になったわね~。狼偉くんの魅力が滲み出てる感じ~」
「なに大げさなこといってんの?それに、頼子さんに比べたら、全然じゃん。ココとかバランスとか変にしちまったし?書き直した方がいいかな?」
「そんなことないわよ~。こういうところは、個性だもの」
「そんなもんかね~」
「うん 男の子らしい感じがして素敵よ~」
「男の子って・・・」
「ふふふっ」
「それにしても、量、増えてない?」
「それが~なんか・・・噂になっちゃって~」
「え?」
「私に手紙を出すと、ろい君から返事が貰えるって・・・なんか盛り上がってるらしいのよ~」
「はぁ?俺宛に手紙が来てるわけじゃないし、用があるのは、頼子さんだろ?」
「そうね~」
「なんで、俺が代筆して、盛り上がるんだよ?変でしょ?」
「ふふ~ そういえば、日本橋の照子さんが、自分のところで、本格的にやってみないか?って」
「日本橋のって・・・確か、頼子さんのお師匠さんだった人の娘さん?なんとか流っていう書道の偉い先生の」
「うん。伝えるけど、その気はないかも~って言ったら、笑ってたけど~」
「なんで笑われるのかがわかんね…じゃなくて、謎だけど、まぁ、その気はないことは確かだな。俺は頼子さんから教えてもらって、それで十分。」
「も~ろい君ったら~っ」

頼子さんが、俺をペシペシと叩く。

「いや そこ嬉しがるとこ?」
「うふふふ~」

頼子さんが嬉しがる様子を見るのは、俺も嬉しいけど、なにがどう嬉しいのかがわからん。

二時間ほど、頼子さんの手伝いをした後、俺宛に来客があった。
爺さんの手伝い?みたいなもんだ。
ここ最近、月に2回ほど、通いできている。
爺さんの古い知り合いが面倒を見ている若手の俳優なんだそうな。
そろそろ3カ月くらいになるかな?
俺よりも、2つか3つ程、年上だけど、すごく礼儀正しくて、マジメだ。
あと普通にイケメン。テレビに出てる人って感じ。あんまテレビとか見ねえケド。

最初、自分が引き受けたことだし・・・と、爺さんが教えようとしたんだけど、なんかガチガチに委縮しちゃって、付き添いできていた、爺さんの古い知り合いが、苦笑いしながら、爺さんとゴニョゴニョ話して、俺にまわってきた。なんか、剣気がどうとか言ってたけど、爺さん、別にいつも通りだったんだけどな。

そんなわけで、俺が教えているっていうか、アドバイス的なことをしているのは、剣の型について。
なんか来年の年末にやる大型時代劇での主役に抜擢されて、それに備えて今から…ということらしい。
すごいな。一年以上前から準備するんだ。好きでやってるんだろうけど、こういう仕事をする人も大変だ。

俳優志望の時から、殺陣の練習とかも続けてきているそうなんだけど、話を聞いた時から、物凄くやりたいと思った役だったということで、凄く気合が入っているらしい。

そういうの嫌いじゃないケド、俺でいいのか?って想いもあったけど、俺でいいらしいということで、構えのバランスとか、重心の置き方とか・・・足運びとか、振り抜く時の感覚的なことを、俺が、ひい爺さんとか、爺さんから教わった感じだと、こうした方がいいっぽいけど?というのを、何度か見てもらいながら、同じことをしてもらい、ちょっとココが下がってるかもとか・・・ここはもうちょっと・・・的な、そんな感じ。

一時期、俺の方をチラチラみながら、なんか身が入っていないように見えて、どうしたものか・・・っていうか、俺のアドバイスの仕方が、しっくりこないんだろうけど・・・本業の忙しい合間をぬって来てくれてるのに、申し訳ないな・・・っていうか、俺、人にモノを教える程のもんじゃねぇし・・・と、考えていたところに、ひょっこりやってきたレオンが俺の隣に立って、にっこりと笑うと、唖然とした顔で、俺たちを見た後、なにかに吹っ切れたかのように、型がどんどん良くなった。

イケメンは、イケメンに笑いかけられると、覚醒するらしい。

昼飯の時間が近くなったので、頼子さんの手伝い。

ちなみに今日の昼飯は、型の練習に来ていた俳優さん(花井さんというらしい)も一緒だ。
爺さんを前に、ちょっと緊張して座っている。
これでも随分と慣れてきたと思う。

昼飯中に、爺さんが、朝、俺と頼子さんが仲良く手紙を書いてたこと…もっと細かくいえば、俺が頼子さんにペシペシされたことについて、ケシカラン、自分も混ぜろとか言い出したが、爺さんは爺さんで字が上手いけど、なんつーか、ゴツゴツしい威厳のありすぎる字なので、そんなんで、もらっても困るだろうと、俺(と頼子さん)が、いったら、爺さんはいじけた。

知らんがな。
そして、頼子さんは、「狼偉くんじゃないとダメなのよ~」とか言うのはやめてくれ。
めんどくさい爺さんが、色々もっとめんどくさくなる。

そんな会話をする、俺と爺さんと頼子さんを、唖然とした顔で見守る花井さん。

そして、いじける爺さんに、花井さんがおずおずと・・・自分のような若輩者に、先生から頂く資格がないことは、重々承知しているのですが、これから役者の道を精進していく自分に向けて、何卒、ご揮毫をお願いしたく・・・と話しかけ、機嫌を直す爺さん。

花井さん そんな気を使わなくったっていいのに。

昼飯を食べたら、二時間ほど掛けて、掃除洗濯。

そのあとは、少し空き時間となったので、今日は、花井さんが来たこともあったし、型稽古。
たまに、爺さんがふらりとやってきて、見てくれたりするけれど、爺さんは、たまには組手をしてやるとか言い出し始めると、喜々として、俺を投げ飛ばすので、それはそれで考えものだ。
まぁ、それでも身長が170センチない爺さんが、レオンと同じで185センチもある男を、ひょいひょい投げ飛ばしながら、打ち身も怪我もさせないというのは、すげーなと思う。たとえ、俺に受け身の技術が、多少あったとしてもだ。

もっとも、そんな俺に、もっと受け身が上手ければ、ワシも、ちぃ~とは本気が出せるんだがのぅ・・・とかいう爺さんには、仰せごもっともながら、ムカつくわけだが。

そんなことをしていると、子供たちの声が聞こえてくる。
蓮兄れんにぃのとこの子たちだ。
蓮兄こと、蓮司さんは、簡単に言うと、爺さんの弟子になる。

蓮兄曰く、爺さんは、色々とヤサグレテいた頃の自分を拾ってくれた大恩人なんだそうな。
残念ながら、武の道については、才がなかったが、違うことで先生と頼子先生の役に立とうと思って、勉強を続けて、この屋敷が出会いの場となった妻の日菜子さんと一緒に、この家の資産管理をしてくれている。
歳は40歳。日菜子さんは、なんとまだ、20代。

うん、あの目つきが悪くて、愛想の悪かった蓮兄が、年下の美人の嫁さんを貰って、今では、子供が5人もいるなんて・・・。そして、見た目がっつり不良だった、蓮兄に、にーちゃんにーちゃん言いながら、つき纏った俺。目つきが悪くて、がっつり不良だったけど、蓮兄優しかったからね。

なんだかんだで、俺の面倒を色々見てくれた、蓮兄への恩返しを込めて、蓮兄の子供たちの遊び相手を務めているってワケだ。

来年から小学校にあがる双子の一輝いっき二狼じろう
三琴みことは5歳で、四弥那しゃなは4歳。
・・・そして、十狼丸じゅうろうまるは2歳になったばかり。

なんで、十狼丸って・・・。
爺さんが、十狼丸の名前を付ける時、蓮兄に、目標で十にしとくかの・・・とか言ってつけた為だ。
そして、爺さんにそんなことを言われた、蓮兄は・・・やる気だ。
爺さんに、自分たちも頑張るので、それまで師匠には元気でいてもらわないと・・・とか言い出す始末、やめとけって!!

「にいちゃんっ!!」

道場にいた俺の姿を見つけるなり、飛び込んでくる双子の一輝と二狼。
少し遅れて、大人しい感じの三琴がおずおずと…元気いっぱいの四弥那はぐいぐいと飛びついてくる。
マイペースの十郎丸は、ヨチヨチ歩きで、まだ到着していないが、だー とか にーとか聞こえてくる。
ちなみに、三琴と四弥那は、俺のお嫁さんになりたいと言っていたみたいだが、その話を一輝と二狼から聞いたレオンは、ものすごく良い笑顔を浮かべて、一輝と二狼に「三琴ちゃんと四弥那ちゃんにごめんね?って伝えてくれる?」とか言い出し、そのあと、二人きりになった後、すんごくうざかった。

うざい。
あれはうざい。
しょーもなくうざい。

ちびども4人が、足元にまとわりつき、ぐいぐい押しながらも、微動だにしない俺を、期待を込めた目で俺を見つめる。

やるの?
あれやるの?
いつものやつ・・・やっちゃう?

しょーがねぇなっ!

「おっお前らっ!また強くなったな?でもそんなんじゃ俺は倒れねーぞ?」

俺の言葉に、嬉しそうに声をあげながら、さらに力を強める。
しょーがねーな~っ

「おっおっ・・・嘘だろ?マジかよ!」なんていいながら、大げさな感じで後ろに倒れこむ俺。

わ~っといいながら、歓声をあげて、俺の上にのっかるチビ達…。
ってゆーか、二狼、俺に電気あんまかけようとしてんじゃねーよ。
ガキがそーゆーの好きってのはわかるケド。

「わーやめろー」とか適当に言いながら、チビたちの相手をしていた俺だが、「ほ~今日も元気じゃの~」という、突然の爺さんの声に、俺の中のブザーが鳴り始める。

「よしよし ワシがの~いいこと教えてやるでの~」
「おいちょっと爺さんっ!」
「一輝はココでこうでの?二狼は、おー狼偉の急所を狙うとはオノコじゃの~ じゃココじゃな」
「おいっ爺さんっ」
「三琴はここをこう。四弥那はホレッ的な?」

あっという間に俺をチビ達に制圧させた爺さんを恨めし気に見る。
身体が手足がぴくりとも動かせない。
どうやったらこんな風になるんだよ!

そんな俺を、首に抱き着く十郎丸を抱きながら、爺さんがいい笑顔で見下ろしている。

ムカつく。
すごくムカつく。
あと、嫌な予感がものすごくする。

「良いかの~ これが激おこぷんぷん丸の倒し方じゃ」
「じーさん まだ言ってんのかっ」
「そしての~」
「おいっ」
「この激おこぷんぷん丸の倒し方は、これだけでは不完全なのじゃよ」

そーなの~?

と口々に聞くチビ達に、なんかマジメくさった顔で、そ~なんじゃよと頷く爺さん。

「この錬成陣はの~ まだまだ不完全なんじゃ」
「錬成陣ってなんだよ!ってゆーか、先週見てたアニメの真似かなんかだろっ!」
「よいかの~」
「聞けよっ!」
「この錬成陣をカンペキなものにするにはの~」

そういいながら、爺さんは抱いていた十狼丸を俺の上にかざす。
そして、きゃっきゃっと嬉しそうな声をあげる十狼丸。

「やめろっ やめろ~」

かくして、十狼丸が、俺の首のところに馬乗りになるように降ろされる。

「さぁ みんなで手をパンって打っての。錬成陣の完成じゃ~」

一輝と二狼はパンと手を打ち。
三琴と四弥那が続き。
十郎丸も真似して、手をペチペチとする・・・俺の顔に。

「じーさん さっさと退けろっ!」
「よしよし、激おこぷんぷん丸うちとったり~」
「お~っ」

ダメだ、ガキもジジイもナニもきーちゃいないっていうか、聞く気がそもそもない。

一輝、二狼・・・あと10年後くらいに、俺はおまえらに復讐するとおもう。
三琴、四弥那・・・俺にこんなことして、さらに喜々としてグイグイ体重を乗せてくるお前ら。お嫁にいきたいとか冗談だったんだな。
十狼丸・・・おまえ、涎だけは勘弁しろ。いいな。そのまま・・・そのままでいろ。顔をゆらすな。垂れるのだけはヤメトケ。

ジジイはいい加減にしろっ!!!

そんなことを思いながら、手足がまったく動かない俺は、諦めの境地で、目を閉じ、嵐がすぎるのを待つ。

やってらんね~

ん?待てよ?十狼丸?
良かった、おむつ変えたばかりだな。
あぶね~っていうか・・・2歳になりたての幼児って、こんな臭いにおいなんだな・・・。
そうか・・・うん。
なんかフワフワした感じになって・・・好きかも。

一瞬、うたた寝する時みたいな感覚に陥った俺の耳に、廊下を軽快に踏みしめる音が聞こえてくる。
なんか聞き覚えのある感じ・・・。
なんだっけ・・・え~と。

そして、俺の鼻孔にゆっくりと、懐かしい・・・いや、待ち焦がれていた、俺が一番好きだと感じる香りがふんわりと届く。

これって・・・。

目をゆっくりとあけると、そこには、優し気な雰囲気を醸し出すラフでふんわり金色ショートヘアで、ちょっぴりたれ目ながらも、ものすごく甘いマスクの持ち主が、光の加減や角度によって、薄い青に見えたり、濃い緑に見えたりする瞳で、興味津々という顔で、俺を覗き込んでいた。

「やぁ狼偉。ただいま」
「おっ おう・・・」
「僕ね。びっくりしたよ」
「とにかく、さっさと退けろ」

そんな俺にレオンはにっこりと微笑む。
そして、落ち着いた感じの甘い声で俺の耳に囁く。

「ねぇ 激おこぷんぷん丸?なんだか物凄く、素敵な感じで変態さんな顔をしてたけど・・・なにに興奮したのか、僕当てていいかな?」

「うっせーよっ!!!」
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