決められた物語

勿夏

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1.私が主人公

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 聞き取れないほどの話し声。目を瞑っているにも関わらず入り込む光に、思わず目を開けた。

 すると、そこにはスーツを着た男が、マイク片手に私を見ていた。
 また、目の前には逆光でほとんどわからないが人影らしきものが多くうごめいていた。

 どこかもわからないステージに私は立っていて、何故か私は学生服を身につけていた。
 私は家で寝ていた筈だ。何故、顔も見えない大勢の観客(?)の前に立っている?

 目に痛いくらいのスポットライト。
 そしてどんな感情が籠っているのかもわからない観客の視線。
 それがとても鬱陶しくて、嫌な予感しかしないのは何故なのだろう。

 訳も分からない状態の私を横目に、男はマイクに向かって声を発す。

「おめでとう‼︎ 今日から君が……」

 こちらを指差し、男はにんまりと笑って言い放った。

「主人公だ」

 その途端歓声が上がり、私へのスポットライトが、煩わしいくらいチラチラと光を放った。

「…………は?」



 目覚ましの音と、スズメの鳴き声で目が覚めた。場所は自分の部屋で、服はパジャマ。
 学生服は、ハンガーに掛けてあるままだ。

「……あれは、夢? それとも現実?」

 もし現実だったのなら、私はこれからこの世界の主人公……?

「だとしたら最悪なんだけど」

 主人公になれば厄介事に巻き込まれる。
 当たり前の事だし、それを解決していくのが主人公の醍醐味だ。それ目当てで観る層がほとんどだろう。

 そして、その厄介事を解決したりするのが嫌なのが私、世津無せつなという女。

「何もしなくてもお金が入ってくるのは良いんだけどなぁ」

 この世界では主人公になると、ギャラが発生する。その額は、売れれば売れるほど、長く続けば続くほど増える。

 だが、メリットばかりでもない。
 "観られる"ということは、プライバシーなんてものは存在しないのだ。
 風呂のシーンだって必要であれば映されるし、心の中で思っていることも赤裸々とバレてしまう。
 私にとってはデメリットばかりが目についてしまう。

「というかなんで私なの? 絶対私なんかより良い人いたでしょ……」

 気持ちの整理がイマイチできないが、やはり主人公になったのだから少し、嬉しいなんて思ってしまうもの。一生モブとして生きるものと思っていたから。
 だが、こうも突然来られると、不快感も拭えない。

 大きく溜息を吐いて、ベッドから出る。

「とりあえず学校行かなきゃ」

 重い体を動かし、準備を整える。昨日のうちに教科書等を詰め込んでいたスクールバッグを肩に提げる。

 ジャムも塗らず焼きもせず。柔らかい食パンを袋から取り出し、口に咥え外に出た。

 眩しい朝日に目を少し細めたが、すぐに走る。色々と考えていたら遅刻するかもしれない時間だ。急がないと。

 とりあえずふつーに過ごして、面白くないって思わせて、1クールで終わればオッケー、かな。
 そんなことを思いながら走っていると、ふと頭を過る少女漫画。

 ベタだけど、角で転校生とぶつかって、恋の予感ー……なんて、今の少女漫画の主人公でもあるわけないか!
 少女漫画の主人公なんてガラでもないし……なんて思いつつも何処かでソワソワしてしまうのは、私が女子だからだろう。

 きっとそうだ。

 そんなことが起きたら……なんて思うなんて恥ずかしい。
 とりあえず今は遅刻しないように走るのみだ。と思って角を曲がる。

 すると、同じ制服を身にまとった男が前に飛び出してきた。これはベタな少女漫画ストーリーか⁉︎と少し期待したが、動体視力の良い私は難なく男との衝突を避けてしまった。

 これじゃあ食パンを咥えた男女が恋に落ちる……なんてものが生まれるはずもない。
 避けて立ち止まったのが不思議だったのか、こちらに気づいた男は、私を見るなり眉間にしわを寄せた。

 きっとあぶねぇだろこの野郎!的なことを言われるのがオチだろうが。

「遅刻するぞ!」

「怒りも謝りもしないってどういうこと⁉︎」

 その言葉は届いていないのか、すぐに走り去ってしまった。
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