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通わぬまま
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「…」
目覚めると、ベッドの隣は空虚。
暗い部屋に、月明かりが差し込んでて。
脱いだと思った服はいつの間にか着ていて。
気だるげに煙草をくゆらせる見知った顔が、窓際にいた。
「ゆ…」
さっきとは違って、なんだか心ここに在らずっていうか…。
私のことなんてまるで見てないような、そんな顔。
「優…っ」
恐る恐る、呼びかけてみると。
「起きたんか、夏弥」
名前は呼んでくれたけど。
一瞥しただけで全然こっちを見ない。
「お、起きた…けど…」
「そっか」
私の返事を受け流し、優は煙草をもみ消す。
そして、冷たくこう言い放った。
「起きたんなら先帰れよ」
「…は?」
それは、思いもよらない一言で。
私の心を深く抉った。
「なん…で…」
「なんで?
お前、まだここにいる気かよ」
何が何だか分かってない私とは対照的に、優はふっと鼻で笑って、嘲笑いながら帰れと告げた。
「だって…あんな…」
ほんの何時間か前に、私を呼んで。
激しく抱いてくれたのに。
今はそんなこと、なかったかのように…優は私を見ない。
「なに」
もう一本煙草に火をつけて、煙を月明かりに溶けさせて。
「お前が抱いてって言ってきたし?
俺もヤリたいから、抱いただけだよ。
お前もそうだろ?」
感情のない声で、追い打ちをかけるようにそう言った。
「…そ…んな…」
嘘。
冗談だよって、言ってよ。
私はそんな、性欲に任せて抱いてって頼んだんじゃない。
ちゃんと、理由も話した。
気持ちも伝えた。
優はそれに応えるように私を抱いて。
離さねえって、そう言ってくれてたのに。
「なによ、お前もそうだろって…」
悲しくて。ただただ、悲しくて。
「一緒に、しないで…!」
手元の枕を優に向かって投げた。
枕は鈍い音を立てて優に直撃。
「………」
でも優は、その枕が顔に当たっても何も言わないままで。
「…気が済んだろ。早よ帰れ。
親御さんにバレんうちに帰っとけ」
やっぱり、無感情の声でそう言うから。
「…っ!!」
優の傍に行って、吸ってた煙草を取り上げて。
――パンッ
初めて。
その綺麗な横顔を叩いた。
「ぅ………」
なんだか良く分からない感情が押し寄せて。
堪えてた涙まで。
優の目の前でなんか…こんなやつの前でなんか、泣きたくなんてなかったのに。
「それでいい」
優は小さくそう呟くと、ふっと悲しそうに笑って。
「そのまま今日で、忘れろ。俺のことなんて」
やっと私を見たと思ったら、大きな手で私を引っ張って。
部屋の外に追い出した。
「ゆ…‼」
やっとのことで優に向き直ると。
無機質に、持ってきたカバンを押し付けられた。
そして、優は月明かりを背に纏って。
「未来の旦那に、幸せにしてもらえ」
そう言い残して、私の目の前でドアを閉めてしまった。
「………そっか…」
もう開くことの無いドアの前で、私はしばらく立ち尽くして。
優との、色んなことを思い出しては。
ただ、声を殺して泣くしかできなかった。
優。
小さい頃から、一緒で。
私の、初恋の人。
距離が近すぎて。
ずっと好きって言えなかった人。
私は、明日。
この街を離れて。
顔も知らない人とお見合いして、結婚する。
それが嫌で。
でも変えられないから。
優に、離れる前に1度だけ抱いて欲しいと言った。
もちろん、私も随分と勝手なことを言ったことはわかってる。
でもなにより、優にとっては。
タイミングよく飛び込んできた、恰好の性欲処理道具だったんだね。
最高で、最低の、初めて。
忘れるなんてできないけど。
思い出したくもない、初めてになった。
「ばいばい…優」
ただ一つだけ、気づけなかったことがある。
分厚い隔たりの向こうで。
「夏弥………っ……」
優も静かに、涙を流していたことを。
Fin
目覚めると、ベッドの隣は空虚。
暗い部屋に、月明かりが差し込んでて。
脱いだと思った服はいつの間にか着ていて。
気だるげに煙草をくゆらせる見知った顔が、窓際にいた。
「ゆ…」
さっきとは違って、なんだか心ここに在らずっていうか…。
私のことなんてまるで見てないような、そんな顔。
「優…っ」
恐る恐る、呼びかけてみると。
「起きたんか、夏弥」
名前は呼んでくれたけど。
一瞥しただけで全然こっちを見ない。
「お、起きた…けど…」
「そっか」
私の返事を受け流し、優は煙草をもみ消す。
そして、冷たくこう言い放った。
「起きたんなら先帰れよ」
「…は?」
それは、思いもよらない一言で。
私の心を深く抉った。
「なん…で…」
「なんで?
お前、まだここにいる気かよ」
何が何だか分かってない私とは対照的に、優はふっと鼻で笑って、嘲笑いながら帰れと告げた。
「だって…あんな…」
ほんの何時間か前に、私を呼んで。
激しく抱いてくれたのに。
今はそんなこと、なかったかのように…優は私を見ない。
「なに」
もう一本煙草に火をつけて、煙を月明かりに溶けさせて。
「お前が抱いてって言ってきたし?
俺もヤリたいから、抱いただけだよ。
お前もそうだろ?」
感情のない声で、追い打ちをかけるようにそう言った。
「…そ…んな…」
嘘。
冗談だよって、言ってよ。
私はそんな、性欲に任せて抱いてって頼んだんじゃない。
ちゃんと、理由も話した。
気持ちも伝えた。
優はそれに応えるように私を抱いて。
離さねえって、そう言ってくれてたのに。
「なによ、お前もそうだろって…」
悲しくて。ただただ、悲しくて。
「一緒に、しないで…!」
手元の枕を優に向かって投げた。
枕は鈍い音を立てて優に直撃。
「………」
でも優は、その枕が顔に当たっても何も言わないままで。
「…気が済んだろ。早よ帰れ。
親御さんにバレんうちに帰っとけ」
やっぱり、無感情の声でそう言うから。
「…っ!!」
優の傍に行って、吸ってた煙草を取り上げて。
――パンッ
初めて。
その綺麗な横顔を叩いた。
「ぅ………」
なんだか良く分からない感情が押し寄せて。
堪えてた涙まで。
優の目の前でなんか…こんなやつの前でなんか、泣きたくなんてなかったのに。
「それでいい」
優は小さくそう呟くと、ふっと悲しそうに笑って。
「そのまま今日で、忘れろ。俺のことなんて」
やっと私を見たと思ったら、大きな手で私を引っ張って。
部屋の外に追い出した。
「ゆ…‼」
やっとのことで優に向き直ると。
無機質に、持ってきたカバンを押し付けられた。
そして、優は月明かりを背に纏って。
「未来の旦那に、幸せにしてもらえ」
そう言い残して、私の目の前でドアを閉めてしまった。
「………そっか…」
もう開くことの無いドアの前で、私はしばらく立ち尽くして。
優との、色んなことを思い出しては。
ただ、声を殺して泣くしかできなかった。
優。
小さい頃から、一緒で。
私の、初恋の人。
距離が近すぎて。
ずっと好きって言えなかった人。
私は、明日。
この街を離れて。
顔も知らない人とお見合いして、結婚する。
それが嫌で。
でも変えられないから。
優に、離れる前に1度だけ抱いて欲しいと言った。
もちろん、私も随分と勝手なことを言ったことはわかってる。
でもなにより、優にとっては。
タイミングよく飛び込んできた、恰好の性欲処理道具だったんだね。
最高で、最低の、初めて。
忘れるなんてできないけど。
思い出したくもない、初めてになった。
「ばいばい…優」
ただ一つだけ、気づけなかったことがある。
分厚い隔たりの向こうで。
「夏弥………っ……」
優も静かに、涙を流していたことを。
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