雨音は、かく誘いて

さく

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雨音は、かく誘いて

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外は、強い雨。
一向に止む気配のない雨。

だいぶ前の、銃撃戦の日もこんな雨だった。



「っ…」
動くと、身体中を鈍い痛みが一瞬走る。
「芳樹さん…痛むん?」
俺の隣にいた後輩の紫郎が目ざとくその様子を見つけるから。
「あー、まあ…ちょっとだけな」
そう言って、笑って誤魔化した。
「そっか…」


低気圧と冷えで脚の古傷が疼く。 
その様子をちょっとでも見せてしまうと、お前はいつも申し訳なさそうな顔をする。
なんでもない、と言えば嘘をつくなと怒られる。
俺としては本当にこのくらいなんてことないんだが…たぶん、この傷の原因が自分だからってんでいつまでも気に病んでいるんだろう。
いつもは長身を活かした不遜な態度のお前が大人しくなる、唯一の瞬間…というのは、少し大げさか。



『芳樹さん!?芳樹さんっ!?!?』
響いた銃声。
気がつくと、俺の足は紅い流れ。
相手をぶちのめした後、気が狂ったように泣き叫んだお前。
お前に向けられた銃口にあのとき気づけて、本当によかったと思ってる。お前にこんな傷を負わせるなんて俺が耐えれんかったから。
…その耐えられなさを、お前に味あわせてるのはちょっと申し訳ないけど。

血流が雨と一緒に流れるように、時間も流れて。
傷は痕を残しつつも癒えて行って。
お前との繋がりも、日を追う事に深くなってった。




「よー降るなあ…」
今日も雨音は途切れることなく。しんとした部屋の中に大きく響く。
その音に身を任せるように横になって目を閉じていたら。

傷のあたりが、ほのかに温かくなった。

「ん…?」
目を開けると、心配そうに俺を見下ろすお前の大きな手がそこにあって。
「こうしてると、ちったぁマシだろ」
さっきまでは輪郭がはっきりしていた疼きの感覚が、静かに和らいでいくのを感じる。
「…そうやな」

まるで、お前の手が痛みを吸い取っていくかのようで。
引き換えに、お前の体温が俺に流れ込んでくるようで。
体全体が、それに包まれるような不思議な感覚。

「紫郎」
俺も、お前の手に自分のを重ねる。
「好きだ」
…それだけで、お前の心の痛みが和らぐかどうかはわかんねえけど。
「ここにいてくれ」
せめて、俺がどんな時でもお前を必要としていることだけは伝えたい。
もうこれ以上、気に病むなと。
申し訳ないなんて、思わないで欲しいと。



「芳樹さん…」
勝は俺の頼みに返事をする代わりに傷跡に当てていた手を退けた。
そして。

「…っ…」
慈しむように、そこへ優しいキスを落とす。

何度も。
何度も。


それから、ゆっくりと舌で跡をなぞる。


「っ…おいおい…」
お前にとっては贖罪のつもりなのかもしれないが。
俺の中では性欲が徐々に引き出されている感覚しかなくて。


「…そんなことして、俺に手ぇ出されるぞ?」
起き上がりそうな情欲を抑えながら、髪を撫でたら。
「…出していいよ…ってか」
「ん?」
「…傍に置いてくれるんが、嬉しいっつーか…詫びと礼と、それから…」
顔を上げて、また傷に手をあてがって。

「お互い、生きてんだなって実感欲しいっつーか…」
そう言うと、今度はその唇を俺に寄せてきた。

「…生きてるよ。お前も、俺も。
生きてっから…好きで一緒にいたくて、キスもセックスもしてぇんだろが…」


これっぽっちの怪我で済んで。
俺もお前も生きてる。

こうして、キスをすれば。
間違いなくお互いに欲情して。

「そんなん…傷開いたらどうすんの」
「そん時は、また舐めてくれんだろ…?」

生きているからこそ交わせる営みを。



部屋の中に響くのは。
お互いを呼ぶ声と、交わる音と。


それをかき消すかのように強くなる、雨の音。



そんな、暗闇の中でのこと。



Fin
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