貴族令嬢の身代わりでお見合いしたら気に入られて輿入れすることになりました

猫男爵

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第59話 罠

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 ミクリードの町に夕闇が落ちる。

 郊外の少し開けた場所で一人佇むバイアスがふう、っと息を吐いて空を見上げる。空を覆っていた雲が途切れ、その間から上弦の月がのぞいた。

「バイアスさん……」

 近くの物陰に潜むパンナが心配そうに呟く。その脳裏には先ほどのルーディアの検問所での会話が蘇っていた。



異能者狩りポーチャーの女をおびき出せるって本当なのか?バイアス」

「ああ。そいつが今もゲルマと行動を共にしているなら恐らくな」

「でもどうやって?」

「俺とゲルマは同じ異能ギフトを持っている。オルトは知ってるな。異能者ギフテッドの存在を感知する能力ちからだ」

「ああ」

「他の異能ギフト同様、俺の臭能空間スメル・エグザミナーにもデメリットがある。こちらが感知できるのと同様、相手の異能者ギフテッドにもこっちの存在が感知される。否応なく俺の存在が相手にもバレるわけだ」

「コットナーで再会した時、ニケは俺だけじゃなくお前の存在にも気付いてたわけか」

「まあニケは俺のことは知らなかったろうが、俺という異能者ギフテッドがいることには気づいたろう」

「それであなたの異能ギフトでゲルマをおびき出すのですね?」

 パンナの問いにバイアスが頷く。

「待てよバイアス。それが出来るならなぜ今までやらなかった?奴はお前の仇なんだろ?」

「やれるならやっていた。だが俺たちの異能ギフトにはもう一つデメリットがある。能力の総量値が決まっていることだ」

「総量値?」

異能者ギフテッドを感知できる範囲を俺たちは任意で設定できる。今は検問所の周囲数百mの範囲で発動しているが、この能力ちからは使えば使うほど消費される。タンクの中の水を汲み出し続けるようなものだ」

「じゃあ水が無くなったら……」

異能ギフトは枯渇する。だから仕事の時以外は俺は異能ギフトをオフにしている。ゲルマもずっと異能ギフトを発動させてはいないだろう」

「発動させていても近くにいなくちゃお互いを感知出来ないわけか」

「そういうことだ。だが異能ギフトをフル解放すれば一つの町くらいの範囲は感知が可能になる」

「そりゃすげえな」

「でもそんなことをしたら総量値が……」

「一気に減るだろうな。おそらく一度フル解放すればもう異能ギフトは使えなくなるだろう。それに副作用で禄に動けなくなるかもしれん」

「そんな」

 パンナが悲痛な表情を浮かべる。

「しかしそれでもやる意味はないだろう?そもそもがどこにいるのかも分からないんだ。いくら町一つ感知出来たとしても」

 オルトの言葉にバイアスはにやりと笑って「そうでもない」と答える。

「ミクリード、だね」

 ボボルが呟き、バイアスが頷く。

「これまでの話からしてロットン卿が教団の関係者、おそらくは異能者狩りポーチャーを操っている張本人である可能性は限りなく高い。ニケがコットナーまで探しても見つからないはずだ。おそらくはミクリードのどこかにアジトがあるんだろう」

「じゃあミクリードでバイアスが異能ギフトをフル解放すれば……」

「ゲルマを見つけることが出来るだろう。そしてアジトを知られたくないと思えば俺のところにまっすぐやって来る」

「そう上手くいくか?ゲルマも自分の異能ギフトのデメリットは知ってるだろう。フル解放したりすれば罠だと思うのが普通だ」

「それでも奴は来る。来ざるをえない。俺とゲルマはお互い絶対に許せない間柄だからな。俺を見つければ必ず殺しに来る」

「だが俺たちが近くにいたらそれも向こうにはバレるわけだろ?」

「いや、俺たちは異能ギフトを臭いとして感知する。俺とゲルマにとって互いの臭いはあまりにも強烈な臭いだ。その近くに別の臭いがあっても気付かない程な」

「しかしゲルマが今もその女と行動を共にしてるとは限らないだろ?それに他の町で異能者狩りをしていたら空振りに終わるぜ」

「ボナー殿とアンセリーナ殿の挙式が発表されてからここら北部一帯は警備が厳しくなってたからな。派手な動きはしていないだろう。おそらくミクリードに潜伏していると思う」

「ここでこれ以上かんがえていても時間がもったいないだけです。可能性があるのならやって見ましょう。でもバイアスさん、本当によろしいのですか?」

 「何がだ?」

「能力をフル解放すればあなたは異能ギフトを失うのでしょう?そうなれば検問所での仕事は出来なくなるのでは?せっかく旦那……エルモンド卿に雇われたのに」

「あんたの旦那は俺たちにも平等な国を創ろつとしてくれてるんだろ?そんな男を助けられるなら俺の異能ギフトなんて安いもんだ」

「ありがとうございます」

 パンナは深々と頭を下げる。

「よしてくれ。俺たちはあんたの旦那に期待してるだけだ」

「それじゃ具体的な作戦を立てようか~。ザック、君にも協力してもらうよ」

「俺もかよ!まさか異能ギフトを使えってんじゃねえだろうな?」

「勿論そのまさかだよ」

「ザックさんも異能者ギフテッドだったのですか!?」

 パンナが驚いて尋ねる。

「ああ。こいつは純粋な人間でありながら異能ギフトが発現した稀有な例でな。子供の時から国の監視下に置かれてたらしいが、先代のモースキンの領主代行がこいつの能力に目を付けて守備隊に引き抜いたのさ」

 ネムムが説明すると、ザックはうんざりしたような顔で溜息を吐く。

「勘弁してくれよ。今まで大規模な戦闘がなくて異能ギフトを使わないでこれたのによお」

「緊急事態だ。覚悟を決めろ。俺も異能ちからを使うのは久しぶりだ」

「まあ帝国を追い払うのは仕事だからな。そのためにサンクリスト公を助けにゃならんなら仕方ないか」

「皆さん、ありがといございます」

 パンナがもう一度頭を下げる。

「美人に頼まれちゃ断れないしな」

「お前のそのブレないところだけは感心するよ」

 ネムムが呆れたように言い、一同が笑う。そうして各人の能力を鑑みたボボルの作戦が説明され、一同はミクリードへと出立したのだった。



「月が出たな。始まるぞ」

 隠れてバイアスを見つめていたオルトが囁く。するとバイアスが体を震わせ始め、雄叫びを上げて顔を月の方へ向ける。

「あれは!?」

 パンナが息を呑む。バイアスの全身に長い体毛が生えてきて、その顔が変貌していく。

「バ、バイアスさんは……」

「そうだ。奴は月狂狼ルナティックウルフだ。あいつらは普段は人間の姿をしているが、月の出ているときだけ狼の姿に変身できる。月を見ると否応なく変身するタイプと、自分の意志で変身をコントロールできるタイプがいるが、あいつは後者だ」

「ゲルマとは文字通り同族だという訳か」

 フルルが呟く。

「感知能力などない俺でも分かる。凄まじい力の放出をしてるな、バイアスの奴」

「フル解放か。これでゲルマたちが釣れれば……」

「今更ですがゲルマが単独で来るということはないでしょうか?」

「それはないだろう。罠の可能性を十分分かっているだろうからな。単独で来るような真似はしないだろう」

「僕としてはそのカサンドラとかいう女以外にも仲間を連れてこられると面倒なところだけどね」

 ボボルが鼻を掻きながら呟く。

「その時は俺たちの全力で排除するだけだ」

 フルルの言葉に一同が頷く。パンナも自分の異能ギフトを使って皆を助けようと心に決めていた。

「臭うぜ」

 どれくらい経ったろうか。バイアスがポツリと呟く。と、次の瞬間、彼の数十m先にいきなり人影が二つ現れた。バイアスと同じ狼の姿をした男と、長い髪の女だ。

「アンセリーナ殿、見えるか?」

「はい。間違いありません。カサンドラという女です」

「当たりだな」

 オルトが頷き、静かにジェスチャーを送る。それは少し離れた場所で待機しているザックとネムムに向けてのものだった。

「久しぶりだな、ゲルマ」

 対峙した二人の月狂狼ルナティックウルフは睨み合いながらじりじりと距離を詰める。

「本当だな。異能ギフトをフル解放とは頭がイカレたか?まあお前を殺せるんだから礼を言わなくちゃいけないがな」

「それはこっちの台詞だ。わざわざ呼び出したんだ。只で帰すわけにはいかないからな」

「強がりは止せ。あれだけの力を使ったんだ。体もまともには動かないだろう?」

「気を付けてよゲルマ。十中八九これは罠なんだから。無理やり突き合わせて痛い目に遭わせるのは勘弁してよね」

 カサンドラが周囲を気にしながら囁く。

「すまんが、こいつだけは俺の手で殺さなきゃいけないんでな。こいつがどんな罠を仕掛けていようとどれだけ仲間を潜ませていようと、この距離なら一撃でやれる」

「敵がどんな異能ギフトを持ってるか分からないのに。あなた今鼻が利かないんでしょう?」

「この間の女みたいな危険な臭いなら流石に分かる。そこまでの臭いは今のところ感じん」

「最後にもう一度聞くぞゲルマ。なぜ俺たちを裏切った?」

「裏切った?それはそっちの方だろう。俺と家族がどんな目に遭ったか、忘れたとは言わせんぞ」

「一族の掟を破ったのはそっちだ。粛清は当然だった」

「そんな理屈が通るか!俺はお前を……お前らを絶対に許さん!」

「そっくり返すぞゲルマ。教団の犬になった貴様は絶対に許さん!」

「ちょっといつまで話し込んでるのよ!」さっさとやっちゃって」

 カサンドラが焦れたように言う。彼女のその焦りは結果的に正しかったが、時はすでに遅かった。

「死ね!」

 ゲルマが地を蹴ってバイアスに突進する。ゲルマの言う通り異能ギフトをフル解放したバイアスはまともに動くことも出来なかった。しかしゲルマの鋭い爪がバイアスを引き裂こうとしたその直前、

「何!?」

 いきなり地面から太い植物の蔓のようなものが飛び出し、その爪を受け止めた。続いて何本もの蔓が生えてきてゲルマの視界を塞ぐ。

「ちっ!やはり罠か」

 蔓を避け飛び退いたゲルマが舌打ちをする。そこへまだ子供の戦兎コマンダーラビットが物陰から姿を現した。

「あ~あ、フルルさんも人遣い、じゃない兎遣いが荒いよなあ。トカゲさんをずっと拘束して疲れ切ってたのにまた仕事だもんなあ」

 モンテはそう言いながら、ゲルマを蔓で攻撃し始めた。




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