貴族令嬢の身代わりでお見合いしたら気に入られて輿入れすることになりました

猫男爵

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第110話 雷神の一撃

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「兵百名余りが行方不明だと?」

 ノヴァーゼに集められたオーディアル信徒の兵たちを統率していた指揮官、モイヤー大尉が眉を顰める。彼自身も教団の信徒であり、バーガットとも面識がある人物だった。

「は。教主様の宣言が終わった後、原隊への復帰を命じていたのですが、各隊から戻っていない兵がいると報告があり、その数を合計すると百名を越えます」

 部下が報告書に目を落としながら言う。彼も教団の信徒だ。

「バーガットの懸念が当たったか。諜報部に連絡して消えた兵たちの動きを探らせろ。参謀本部にもだ」

「本部へはすでに伝令を走らせております」

「よし。俺はこれからグラニー卿に会いに行く。彼の私兵も借りてこちらでも捜索と不測の事態への備えをするぞ」

「はっ!」

 部下は敬礼をして部屋を出ていく。グラニー伯爵はここノヴァーゼの領主であり、帝国南部でも有力な貴族の一人だ。彼の配下の騎士団は帝国内でも屈強な兵士として知られていた。

「思ったより事態が早く動くかもしれんな」

 モイヤーは窓の外に目をやり、厚い雲に覆われた鈍色の空を見つめながら厳しい顔でそう呟いた。




「パンナ!」

 イリノアが驚いた顔で叫び、パンナが微笑みながら彼女の方を振り返る。

「怪我はない?イリノア」

「え、ええ、大丈夫。ありがとう」

「おのれ!どこから湧いて来た!?」

 立ち上がったキドナーが顔を歪めてパンナを睨みつける。

「湧いて来たとはご挨拶ね。こいつらを扇動してるのはあなた?その恰好からして貴族かしら?」

「パンナ!こいつは教団の六芒星ヘキサグラムの一人だったキドナーよ!気を付けて。こいつ、ヘルナンデスから不完全だけど原初の力ジ・7オリジンを与えられてるみたい」

「キドナー?ロットン子爵の息子の?じゃあこいつらは教団の信徒なの?なんで教主のあなたを襲ってるのよ?」

「私が帝国で教団の解散を宣言したからよ。キドナーは私を裏切者としてこの国の信徒を扇動してるんだわ」

「そういうことだ!貴様は今やオーディアル様の信仰を裏切った背任者!今ここで貴様を始末し、私が新たなる教主となるのだ!」

「は、お目出たいわね。ヘルナンデスたちにいいように使われれるのも分かってないの?教主?六芒星ヘキサグラムはもう教団を見限ってるのよ?」

「出鱈目を言うな!ヘ、ヘルナンデス様はわ、私に期待していると……だからロリエル様の研究成果の第一号に選んでいただいたのだ!」

「ロリエル?」

「ミッドレイさんたちが戦ったという護星剣とやらの一人でしょう。なるほど、あの怪物を創ったのはそいつかもしれないわね。ますますお目出たいわ。実験動物にされただけなことも分からないの?第一あなたの父親、ロットン子爵を殺したのはヘルナンデスの配下なのよ?」

「な、バカな!そんなことが……」

「本当さ。あたしはその場にいたんだからね。スターゲイトとかいうヘルナンデスの部下ががロットン卿を殺すのをこの目で見たのよ」

 パンナの後ろからカサンドラが姿を現し、蔑むような目でキドナーを見る。

「お、お前は確か異能者狩りポーチャーの……」

「ああ、そうさ。久しぶりだね坊ちゃん。六芒星ヘキサグラムの連中はあんたらを使い捨ての駒としか思ってないよ。あんたの父親にとってのあたしらがそうだったようにね」

「だ、黙れ!ち、父上はヘルナンデス様のお役に立てないと判断されたから始末されてのだ!そ、そうとも!お、俺は父上とは……」

「同じだよ。哀れだね。親子で連中にいいように使われてさ。あたしも人のことは言えないけどね。少なくとも今のあんたよりはましな気がするよ」

「黙れえええぇっ!!」

 キドナーが絶叫し、両手を大きく振り上げて突風を生み出す。しかしその風はパンナが展開した見えない壁に遮られ、跡形もなく霧散する。

「な、何だと!?」

「氣を修得して進化した原初の力ジ・オリジンにあんたの半端な力が通じるはずがないだろう。おとなしくこいつらを退かせて投降しな」

「な、舐めるな!お、俺はヘルナンデス様のお力に……」

「キドナー、カサンドラの言う通りだわ。あなたはヘルナンデスにいいように使われてるだけよ。私は穏便に教団を解体して、奴らの影響のない新しい組織にするつもり。罪を償って、それからまだオーディアルを信仰するのか自分で決めなさい」

 イリノアが穏やかな口調で諭すが、キドナーは醜く顔を歪め、折れた剣を握りしめて突進する。

「半端者や操り人形が利いた風な口ををっ!!」

 だが何歩も進まぬうちにその体がガックリと折れ、その場に崩れ落ちる。横から飛び出したバーガットが剣の束でキドナーの鳩尾を叩きつけたのだ。

「やれやれ、頭に血が昇って何も見えなくなってやがったな。お前の方がよっぽど半端者じゃねえか」

 バーガットが白目を剥いて倒れたキドナーを見下ろして呟く。

「殺したの?大尉」

 イリノアが恐々キドナーを見ながら尋ねる。

「いや、アバラは何本かイカレたかもしれんが、死んじゃいない。殺さねえほうがいいんだろ?」

「ええ。ヘルナンデスたちの情報を聞き出したいし。出来ればこいつらに撤退の指示を出してほしかったけど」

 パンナが未だに襲い掛かって来る暴徒たちを見ながら言う。騎士たちは奮闘しているが、多勢に無勢といった様子で徐々に押され始めている。

「私の真・絶対防御ジ・アイギスなら防ぐことは出来るけど、限度はあるわ。信徒がこれ以上増え続けると困るわね」

「ならあたしに任せな。教主さん、少々手荒な真似をしても構わねえよな?」

「クロー!あなたもこっちに?」

 いきなり背後から声がしてパンナが驚きながら振り向く。そこにはミョルニルを手にしたクローが立っていた。

「あんたの旦那に頼まれてね。本当に女房思いだねえ、あの公爵様は。あのろくでなしに爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいよ」

「や、やめてください、こんな場所で」

「惚気るのは後にして!多少は仕方ないけど殺さないでね?」

 イリノアの言葉にクローが頷き、バーガットに兵をこちらに退かせるよう頼む。

「分かった。退却の笛を鳴らせ!騎士たちはどうする?」

 部下に命じながらバーガットが騎士団たちに目をやる。

「叫ぶしかないでしょう。帝国兵が引けば、こちらの意図に気付くと思いますし、死なないのなら多少は巻き添えになっても仕方ありません」

「ほう、中々冷徹な判断が出来るじゃねえか。見直したぜ」

 パンナの言葉にクローが感心したようにひゅう、と口を鳴らす。その横でバーガットの部下が撤退の合図の笛を鳴らし、それを聞いた帝国兵がこちらに撤退を始める。

「こちらに撤退してください!」

 パンナが近くの騎士たちに向かって叫ぶ。しかし暴徒たちの怒声で声は遠くまでは届かない。それでも帝国兵やパンナたちの近くの騎士の動きを見て、遠くにいた騎士たちもこちらに撤退を始めた。


「さすがベストレームに配置されてる騎士だ。判断が早いね。それじゃいくよ。パンナ、しっかり壁を創っときな」

 クローがにやりと笑いながら激流のように後退してくる兵たちに逆らって、迫りくる暴徒の方へ歩を進める。

「あんたらもまともな信仰心を持ってりゃあんなバカどもに利用されずに済んだのにね」

 そう言ってクローはミョルニルを頭上に掲げる。氣の修得によって彼女はこの神装具プライマルアームドの本来の力を引き出せるようになっていた。

「悪く思わないでおくれよ。雷神の一撃トール・ストライク!!」

 クローが叫んでミョルニルを上空に投げ上げる。と、神の力を宿した槌が黄金色に光り輝き、空が黒雲に包まれたかと思うと無数の雷が発生して暴徒たちに一斉に降り注いだ。

「ぎゃああああああっ!!」

 落雷に打たれ、信徒たちが絶叫を上げて倒れこむ。一瞬のうちに怒号が渦巻きていた駐屯所は静寂に包まれた。

「す、すごい……」

 ミョルニルの力を目の当たりにしてパンナが呆然とした顔で呟く。

「こ、これ、本当に死んでないんでしょうね?」

 イリノアも震えながら倒れた信徒たちを見渡して呟いた。

「心配ないさ。暫く痺れて動けないだろうけどね。今のうちにこいつらを拘束しちまいなよ」

「あ、ああ」

 バーガットは驚きのあまり暫く言葉を失っていたが、すぐに気を取り直し部下に指示を出す。騎士たちも同じように動き出した。

「さて、とりあえず片付いたね。でもこれは前哨戦に過ぎないだろうね」

「そうですね。ヘルナンデスたちがどう動くか、本当の戦いはこれからでしょう」

 パンナは気を引き締め、大きく息を吐く。しかし能力の行使で疲労が溜まっている。今は体を休ませねば、と考え、パンナはイリノアと一緒に駐屯所のテントの中に入った。
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