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火の章06 外部選抜児童

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 提供された品々を平らげられ、空になった食器類を片付けた花木豆さんは、食後のお茶を飲んでいた私たちと同じテーブルに着く。そんな彼女の隣では満腹になったらしい大神が、眠いのか目元をこすって、うとうととしていた。

「花木豆さんはいつまでここに?」
「なんだそれを聞きに来たのか。ただのひとになった後も居残るつもりさ」
「さすがに越した方がいいのでは」
「ジジババどものいる地下の穴倉に引きこもってろってか。そんなのごめんだぞ」
「それだと遠からず空向こうに旅立つことになりますよ」
「構わんさ。オレもそれなりに長く生きてるからな」
「二十歳にもなっていないのによく言いますよ」
翠河市ここじゃ二十歳まで生きりゃ充分だろうよ。どんなに偉大な魔術師だろうと、二十歳過ぎれば魔術の使えないただのひとに成り下がるんだからな」
「それで、あとどれくらいなんです?」
「7、80日ってところか」
「いくらズボラとはいえ、まさか御自分の誕生日を忘れたんですか」
「ちげぇよ。オレは外部選抜児童トルネードだからな、魔術が使えなくなる正確な日時まではわかんねぇってだけだ」

 花木豆さんの発言に結城は興味を引かれたらしく、遠慮がちだった彼女は私たちの会話に混ざって来た。

「花木豆先輩も外部選抜児童トルネードだったんですか?」
「あぁ、15年前の第1期生だな。オレもってことはレオもか」
「はい、第6期生です」
「6期ってことは10年前か。じゃあレオたちの代で最後か」
「そうなりますね」
「まぁ、第7期生は不幸にも9年前のエルウ現象に巻き込まれちまったからな。全員漏れなく空向こうに逝っちまったらしいな」
「あ、でも、ひとり生き残った子が居たって噂聞いたことありますよ」
「オレもその話は聞いたことはあるが、さすがにそりゃ都市伝説の類だろう。もし生きてりゃ、来年レオたちの後輩として星鳴舎に入ることになるんだろうがな」

 そんな話をしているとまぶたを重そうしていた大神が、テーブルに肘をついて手をひらひらとさせた。

「あ、それ。私、私」

 突然の大神の告白に結城は困惑しながら尋ねる。

「え、でも、ともちゃんって私と同い年だよね?」
「ひとつ下だよ。しおちゃん先輩が手を回して色々調整してくれたんだよね。じゃなきゃ第7期生の生き残りだったってことバレちゃうし」
「それバラしちゃってよかったの!」
「今更だし、もういいかなって」
「信じるやつは少ないだろうが、ここだけの話にしておけよ。面倒を被るのはお前だぞ、大神。知れ渡れば見世物扱いは避けられんだろうからな、それがわかってたからこそ外部選抜児童トルネードの管理を担ってた東端が、その権限を使ってまで伏せてたんだろうしな。それでも人の口に戸は立てられんから、曖昧な噂話は出回ってたみたいだが」
「珍しいもの見たさに寄ってくる人間がどんななのか興味あるんですよね」

 もしかしたら大神は自身の特異性を明かして、噂を流させるつもりなのかも知れない。同じく特異な存在である護錠四家の魔嬢候補であった東端を狙った犯人なら喰いつくはずだと踏んだのだろう。しかし、このふたりが噂を流すとは思えないだけに、現状では相手がどの程度反応を示すかテストしているといった様子だった。

「寄って来た相手にお前が癇癪起こして、その騒ぎの後始末させられる蜂峰の渋面が今から目に浮かぶな」
「ぬぅ」
「そうだよともちゃん。私はともちゃんの秘密は絶対に守るから安心してね」

 結城は大神の目を真っ直ぐに見つめて力強く言うと、にこりと笑顔をつくった。それに対して大神は苦笑いを浮かべたが、すぐにいつものへらりとした笑顔を見せて宣誓するように手を挙げた。

「はーい、自重しまーす」

 それを合図にこの話題は打ち切りとなった。

「話はまとまったようだな」
「なんだかゴタゴタとすいません」
「んにゃ、別に構わんさ。オレは面倒ごとに率先して突撃するタイプだからな」
「自覚してるんなら自重してください」
「わぁったよ。それはそうとベニカ」
「焔です」
「あー、はいはい。それで悪いんだが、そろそろ店を閉めるつもりだ」

 時計を見ると既に22時を随分と前に過ぎていた。

「すみません、なんだか長居してしまったみたいで」
「いつもならここに泊まらせてやっても構わないくらいなんだが、今日はやることがあるんでな」

 そういえば入店した際になにやら魔導具をいじっていたのを思い出す。納期が迫っていたかなにかで、仕方なく店内で作業していたのだろうと今更ながらに思い至る。

「さっきの魔導具ですか」
「あぁ、そんなところだな」
「わかりました。それじゃ、また後日」
「オレがただのひとに成り下がる前には来いよ」
「わかりましたよ。夕飯、ご馳走様でした」
「ごちそうさまでした」
「……」

 私の言葉に結城が続き、大神は眠気が限界にまで達したのかテーブルに突っ伏していた。

「ほら、大神起きろ。帰るぞ」

 肩を揺さぶると「ん~」と大神は幼児のように呻いていた。

「仕方ない、私がおぶってやるからつかまれ」

 そう提案すると大神は、のそのそと私の背におぶさった。

「気ぃ付けて帰れよ」

 そんな花木豆さんの言葉で見送られ、店を離れた。星鳴舎への家路の途中で私の背におぶさっていた大神は、私にだけ聞こえるように耳元で眠気を感じさせない声で囁く。

「先輩、例の件に関して話があります。れおちゃんを先に部屋に返して、私を寝かしつけるふりをして部屋にしばらく居残ってください」
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